第18話「第184層、全部は後回しにできない」
今日の縛り。
なし。
記録帳にそう書いた。
少し考える。
消さない。
昨日まで、
縛りを作っていた。
能力を制限する。
判断を遅らせる。
条件を変える。
そうすれば、
普段見えないものが見えた。
今日は逆。
全部使う。
全部考える。
そのうえで、
普通に潜る。
これで何が起きるか。
前衛、準備よし。
◇
第184層。
扉の向こうは、
白かった。
雪ではない。
床も。
壁も。
天井もない。
ただ白い。
一歩踏み込む。
足裏に感触。
透明な床。
捕食の地図が展開する。
【第184層】
【多重保存領域】
【構造体数:12】
【安定度:低下中】
白の中に、
十二個の球体が浮かんでいた。
一つ。
森。
一つ。
海。
一つ。
都市。
一つ。
砂漠。
一つ。
小さな村。
それぞれが、
世界の断片を丸ごと抱えている。
こういう層もある。
閉じ込められた世界。
保管庫型。
珍しい。
でも初めてではない。
違うのは、
全部が崩れ始めていること。
最も近い球体。
森の端から、
白く消えていた。
燃えているのではない。
壊れているのでもない。
無くなっている。
捕食の地図。
【保存限界】
【全構造体消失まで:11分38秒】
私は十二個を見る。
全部、
救える。
そう思った。
◇
最初の三つは簡単だった。
森。
海。
砂漠。
空間断絶。
内部構造の固定。
世界線縁を縫い止める。
保存核を引き抜く。
別領域へ避難。
一つ、
四十三秒。
二つ目、
三十七秒。
三つ目、
三十九秒。
早い。
問題ない。
残り九。
時間。
9分21秒。
私は次へ行く。
都市。
地図。
【人口:814,202】
【構造不安定】
【推奨処理:世界線核優先】
核を守れば、
都市そのものは維持できる。
開始。
その瞬間。
別の警告。
【構造体06:崩壊加速】
見る。
村。
残り。
3分12秒。
都市。
残り。
8分48秒。
村を先に。
短距離転移。
◇
村は小さかった。
家。
畑。
井戸。
山。
住人、
百九十三人。
誰も騒いでいない。
空の端が、
白く欠けている。
それでも、
老人が畑を耕していた。
子供が走っていた。
犬が吠えている。
保存領域の住人は、
外側の崩壊を認識できないことがある。
私は核を探す。
地図。
【保存核:地下32m】
降りる。
引き抜く。
固定。
世界線を接続。
完了。
47秒。
次。
警告。
【構造体04:臨界】
都市。
残り1分54秒。
私は戻る。
◇
都市の空が、
半分なかった。
高層建築が、
上から消えている。
切断面はない。
最上階だけが存在せず、
その下にいた人間たちが、
何事もなく働いている。
まだ気づいていない。
地図。
【保存核まで:2.1km】
【通常固定所要:31秒】
行く。
その途中。
警告。
【構造体11】
【臨界まで:24秒】
十二個のうち、
十一番。
小さな球体。
中身。
農地。
家が一軒。
人口。
四。
私は止まる。
都市。
八十一万人。
家。
四人。
時間。
両方は間に合う。
計算。
先に都市核を固定。
二十六秒。
転移。
家。
十九秒。
合計四十五秒。
家は二十四秒。
間に合わない。
逆。
家。
十九秒。
都市。
二十六秒。
都市は残り。
1分12秒。
間に合う。
なら、
家から。
転移。
◇
家の中。
夕食だった。
四人。
父。
母。
子供。
祖母。
鍋。
湯気。
皿。
話している。
何を話しているかは聞かない。
時間。
17秒。
核。
床下。
手を伸ばす。
保存核を掴む。
白く崩れる。
13秒。
固定。
9秒。
接続。
4秒。
完了。
家の外。
世界の端が、
目前まで来て止まった。
夕食の声は続いている。
私は都市へ戻る。
◇
都市。
残り41秒。
行く。
保存核。
固定。
成功。
時間。
十二秒。
間に合った。
問題ない。
残り七。
私は次へ向かう。
そこで、
地図が一度に赤くなった。
【構造体02】
【構造体07】
【構造体09】
【構造体12】
四つ。
同時臨界。
残り時間。
29秒。
31秒。
34秒。
38秒。
私は立ち止まる。
計算。
全部救える。
方法はある。
完全強化。
空間断絶を四重展開。
幻影剣で各核を同時固定。
短距離テレポートを並列化。
可能。
消費。
大。
問題ない。
実行。
視界が四つに割れた。
◇
一つ目。
海底都市。
二つ目。
無人荒野。
三つ目。
病院。
四つ目。
森。
核。
位置。
距離。
強度。
全部違う。
私は同時に処理する。
幻影剣。
八千。
空間断絶。
十二。
重力固定。
世界線縫合。
処理。
処理。
処理。
警告。
【構造体09】
病院。
核位置変動。
予定より4.2秒遅延。
修正。
警告。
【構造体02】
海底都市。
水圧変動。
修正。
【構造体12】
森。
問題なし。
【構造体07】
無人荒野。
問題なし。
全部。
救える。
私はそう思った。
病院の核が、
消えた。
◇
音はなかった。
病院だけ、
白くなった。
ベッド。
廊下。
人。
窓。
全部。
瞬間的に。
球体ごと、
消えた。
地図。
【構造体09:LOST】
私は見た。
理由。
【並列処理競合】
【構造体02修正処理に演算資源偏重】
【構造体09固定処理遅延:0.7秒】
0.7秒。
私は立っていた。
他三つは、
残っている。
森。
荒野。
海底都市。
全部成功。
病院だけ、
ない。
◇
残り三。
私は動く。
考えない。
順番。
残存時間が短いものから。
一つ。
二つ。
三つ。
完了。
終わった。
十一個。
残った。
一個。
消えた。
記録帳を開く。
書く。
「第184層」
「保存構造体12」
「救済11」
「消失1」
次。
「原因:並列処理競合」
次。
「判断ミス」
手が止まる。
違う。
判断そのものは、
間違っていなかった。
理論上、
全部救える。
能力も足りていた。
速度も。
出力も。
ただ。
同時に全部やろうとした。
それだけ。
私は書き直す。
「原因:全対象同時救済を選択」
その下。
「単独優先処理なら消失回避可能性あり」
どれを優先する。
海底都市。
人口多。
病院。
人口少。
森。
人口不明。
荒野。
無人。
なら。
無人荒野を捨てればよかった。
簡単。
私は書く。
「構造体07を放棄すべきだった」
ペンが止まる。
無人だから。
誰もいないから。
価値が低いから。
前にも、
似た計算を見た。
地下街。
二十六人。
都市生産性。
資源消費。
総合価値。
私はそのページを閉じた。
◇
帰還前。
消えた病院があった場所へ戻る。
何もない。
本当に、
何もない。
地図にも出ない。
私はそこで初めて、
失ったものの内容を調べた。
人口。
百十六。
患者。
七十一。
職員。
四十五。
保存理由。
【不明】
由来。
【不明】
世界線。
【消失済】
もう調べられない。
私は記録帳を開く。
さっきの一文。
「構造体07を放棄すべきだった」
その下に、
一行追加する。
「結果を知った後なら」
それだけ。
◇
ぱんでむ。
自室。
冷蔵庫を開く。
プリン。
一つ。
昨日と同じ。
手を伸ばす。
やめる。
隣。
肉。
その隣。
果実。
全部食べられる。
全部欲しいわけではない。
全部食べる必要もない。
私はプリンを取る。
机。
記録帳。
新しい項目。
【SELECTION】
その下に、
「選ばないことも、選択に含まれる」
書く。
少し考える。
もう一行。
「全部できることと、全部やるべきことは同じではない」
プリンを食べる。
甘い。
今日は、
それだけでよかった。




