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番外編1 SS-EX1 マジックアワーの誘惑、あるいは「お嬢様」の正体

※番外編:本編SS3でのTGR蘭越ニセコ戦の後くらいのイメージにて


 1

 放課後の駐車場に、純白の車は静かに佇んでいた。

 トヨタ・セリカGT-FOUR(ST205)。トヨタWRCの黄金時代を駆け抜けた銘、悲運の名車。

 そのグループN仕様のラリーマシンを、あえて「街乗り用」にデチューンしたという、麗華の個人車だ。


「陽葵さん、少しドライブにお付き合いいただけて?」

 麗華に誘われるまま助手席に収まった陽葵は、札幌から国道5号線を西へ、小樽方面へと向かっていた。


 車内は、砂川で乗ったランサーエボIIIや今や競技専用マシンと化したパステルピンクのヤリスとは違い、落ち着いた雰囲気に包まれている。

 足回りはしなやかに路面をいなし、オーディオは優雅なクラシック、セミバケットシートは適度に陽葵の体をホールドしてくれた。

 これなら、憧れていた「女子大生の放課後」に近いかもしれない——陽葵は少しだけ安堵の息をついた。


「わたしの大学生活……本当はもっとお洒落なカフェに行ったり、友達とスイーツバイキングに行ったりするのが夢だったんですけど。……なんで今、泥まみれでラリーなんてしてるんでしょう」

 陽葵の切実な独り言に、ステアリングを握る麗華がくすりと笑った。


 「あら、ラリーのサービスパークでのケータリングはご存知なくて? 一流パティシエのスイーツや、三ツ星シェフの料理が並ぶこともありますわ。それではご満足いただけなくて?」

「いや、そういうゴージャスな話じゃなくて! たとえばSNS映えするところで、可愛く写真を撮ったりとか、そういうことですよぉ……」


「ふふ、冗談ですわ。――今日はたわいもない、そうですわね……普通の女子大生らしいことでもしましょうか」

 麗華の言葉通り、セリカは夕暮れの小樽の街並みをゆったりと流していく。歴史ある石造りの倉庫群、ガス燈の灯り。

 それは陽葵が夢見ていた、静かで優雅な時間そのものだった。


2

 やがて車は小樽市街を見下ろす景勝地、毛無山展望台へと差し掛かった。

 車を降りると、そこには空が深い群青へと溶けていく「マジックアワー」の絶景が広がっていた。宝石を撒き散らしたような街の灯りと、その向こうに広がる石狩湾。


「綺麗……。やっと、まともなドライブに来られた気がします……」

 夜景に見惚れる陽葵。ふと、隣で海を見つめる麗華に、素朴な疑問を投げかけた。

「そういえば、麗華先輩っていつも横(助手席)に座って指示を出してばかりですけど、ご自分で(競技で)走られる時って、実際どのくらいお上手なんですか?」


 その瞬間、風が止まった。

 麗華がゆっくりと陽葵を振り返る。その澄み渡った瞳に、小樽の夜景が冷たく、しかし美しく反射した。


「……面白い質問ですわね。わたくしの腕前がどのようなものか、知りたいと…」

 麗華の纏う空気が、一瞬で「令嬢」から「捕食者」へと変わった。

「乗りなさい、陽葵さん。せっかくですから、少しだけ味わっていただきましょうか」

「え……?」

 陽葵の背筋を、嫌な予感が駆け抜けた。


3

 助手席に乗った陽葵の目の前で、麗華の手がセンターコンソールの「隠しスイッチ」に触れた。

 カチリ。


 それまで優雅にアイドリングしていた3S-GTEエンジンが、豹変した。

 ——バババババッ!! ドォォォン!!

 アンチラグシステム(ミスファイアリングシステム)が作動し、マフラーからアフターファイアが炸裂する。市販車然としていたセリカが、その皮を脱ぎ捨て、牙を剥いた戦闘マシンへと変貌したのだ。


「たまには――本気モードで優雅にいきませんとね」


 麗華がクラッチを繋いだ瞬間、セリカが物理法則を置き去りにして加速した。

 4輪が路面を掴み、1速、2速と叩き込まれるたびに、陽葵の体はシートへとめり込む。


「ちょっ、先輩!? ここ、公道っ! 下り坂! カーブッ!!」

「ええ、ですから『優雅に』、ですわ」


 最初のタイトなヘアピン。麗華はブレーキを微塵も躊躇わず、ステアリングを鋭く切り込んだ。

 キキィィィィッ!!

 慣性ドリフト。セリカのリアが美しく、そして猛烈な速度でスライドを始める。

 麗華は視線を常に「出口」の先へと固定し、澄んだ瞳に一切の動揺を見せず、流麗なカウンターで車体をねじ伏せていく。


 砂川での紗季の走りが「野性的」なら、麗華の走りは「計算し尽くされた暴力」だった。無駄のないライン取り、針の穴を通すような正確なブレーキング。

 セリカは帳の降りた毛無峠を、文字通り「真横を向きながら」超高速で駆け下りていく。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 星が! 夜景が回ってるぅぅぅぅ!!」


 陽葵の絶叫が、マジックアワーの残滓が残る小樽の空へとこだましていった。

 隣でステアリングを操る麗華の唇は、少しだけ、愉しげに弧を描いていた。


※続きが気になりましたら、ブックマークや下の「☆☆☆☆☆」から評価をいただけると、陽葵ひまりたちの挑戦を応援する大きな力になります!

桜華女子大自動車部の物語を、ぜひ最後まで見守ってください。

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