(111)終わった事なのになぜかまだその中にいるような感覚がする
あれは仕事中の事故だった。聞いた話では若い作業員が鋭利な工具を不適切な場所に置き、それが何かのはずみで兄貴の太ももにつき刺さったらしい。大した傷ではないと思っていたようだが出血が思いのほか多く、その後すぐ病院に向かった。しかし不幸にも刃物は大動脈を傷つけていて町医者では満足のいく治療は出来ず、都市部にある設備の整った病院に運ばれているうちに兄貴は失血死で亡くなった。残念ながら田舎の医療体制ではよくある事だ。俺はその時、例の中東の激化しいた内戦の取材に行っていて、まともに連絡を取れる状態ではなかった。それから約一ヵ月後、仕事仲間をテロで失い、自分自身も命からがら日本に帰ってくると今度は兄貴が死んでいて、親戚達から全てが済んでいる事を聞かされた。だから俺は葬儀にも出ていない。
親父が病気で亡くなった三年後に兄貴も死んで、母親はあまりのショックから痴呆症のような症状を発症した。兄貴が死んだ事をうまく認識できず、その他の色々な記憶も断片的に欠落し、新しい出来事を覚える事も難しくなった。とはいえ日常生活は一人でこなせるし、意思の疎通も問題なく出来ていて、徘徊するような事もないが、逆に活発で近所付き合いも好きだった母親が外に一歩も出なくなり、ほとんどの時間をテレビの前で過ごすようになった。医師が言うには過去の記憶の欠落(逆向性健忘)と、新しい出来事を覚えられない症状(前向性健忘)を併発しているという。母親はその時、まだ59歳だった。
少しでも癒しになればと、近所の人が飼っていた猫が生んだ子猫をわけてくれた。それが銀四郎だ。母親は兄貴や夫である親父でもなく、なぜか自分の父親の名前を付けた。そう、映画館に勤めていて俺が懐いていた祖父だ。どうしてそんな名前を付けたのかと訊くと、銀色だからよ、と母親は答えた。「銀ちゃん」と呼び、可愛がっているようだが、母親が心底愛情を持って接していたのは猫でも夫でもましてや俺などでもなく、自分が最初に生んだ息子、長男のヒサヒコだった。だからその衝撃、心因性のストレスは想像を絶するものだったと思う。しかし兄の死を知らされた時、どういうわけか母親は涙を一滴も零さなかったという。その代わり誰が見ても明らかに、彼女の中から(母親という人間を構成している大事な要素)が一つ抜け出て行ってしまった。俺の知る限り、悪くなった個所を治す医者はいても、空洞を埋める医者はいない。それはカウンセリング等とはまた別の話だ。きっと母の病名は、正確には痴呆症ですらないのだろう。
猫はテレビを見ながら蜜柑を食べている母親の横に座り、丸まっている。時折母親はそんな銀四郎の背中を撫でる。どうやら二人にとって俺は特に興味を掻き立てる対象ではないらしい。それならとりあえずここに来た本懐を遂げよう。その後でゆっくり他の検証をすればいい。
俺は卒業アルバムを確認する為に、廊下を抜けて自分の部屋だった場所に入った。押し入れの中を掻き出し、何を録画したのか覚えていないVHSのテープや、もう二度と着ないであろうイキがった思春期向けの洋服の入ったダンボール箱をどけて、その奥に小学校と中学校の卒業アルバムを見つけた。中学の方は今は関係ないので黴臭い小学校の卒業アルバムを取り出し、俺は埃を軽くはたいてページをめくった。
6年3組、我が懐かしきクラスメイトたち。まずは集合写真を見る・・これはセーラが携帯にデータで送ってくれた物と同じだ。そして個人別の写真。見開きページの左上から苗字の順に一人一人、顔のアップの写真が載っている。ア行の青田は一番だから・・・えっ?!俺は思わず声を上げた。・・青田定二・・・確かにシタウケはそこにいる・・・だが、その顔写真の少年は俺の知っているシタウケとは丸っきり印象が違っていた。・・・コイツ・・こんな顔だったか?・・いや、面影がないわけじゃない。完全に別人かと言われると、そういうわけではない・・しかし俺の記憶しているシタウケの顔とは少しだが、明らかに違っている・・・。俺は一瞬、沢口明菜の(チェンジ)を疑った。しかし彼女がそれをシタウケに行っているはずはない。
集合写真の方と見比べてみるがそちらは引きの写真で、後列に立つシタウケもやや斜に構える姿勢を取っていて顔はそれほどはっきりは見えない。そもそも25年近くも昔の写真だから解明度も低い。しかしその全身写真の方の彼は、俺の知っているシタウケそのものだ。別人・・ではない・・思い違い・・ただ単に当時の俺がシタウケの顔をよく見ていなかっただけなのか?・・適当に接してしまっていて、青田定二という人間をしっかり認識出来ていなかったのだろうか?・・コイツが歌手のジョニー蒼?・・・日本人初、グラミー賞獲得の?・・まさか。
俺は困惑した気を紛らわせる為にセーラの顔を探した。海江田・モンターメ・文香・・ページ中央ほどに載っている。満面の笑みだ。俺はその12歳のセーラの顔を見てなぜか吹き出してしまった。・・ああ、なんて屈託のない良い笑顔なんだろう・・痩せて骨ばっていて肌の色が黒く、クセ毛の髪はおかっぱで、男の子と見間違えそうになる・・ルックスも今とは全く違うが、その笑い顔も今のセーラのものとは大分違う・・再会した後のセーラはどんなに笑っていてもどこか影のある表情をしていた・・・それは年齢や経験を重ねてきたからだけなのだろうか・・それともやはり沢口明菜がチェンジをさせたせいなのだろうか?・・美しさの代わりにこの完璧な笑顔を失っていたとしたら、それははたして、本当に幸せになれたと言えるのだろうか?
次に俺はマツシタを見た。・・ははは、相変わらずつまらなそうな顔をしている。世界の全てが敵だとでも言いそうな顔だ。こんなガキ、大人が見ても嫌うだろう。この時コイツは、地元横浜に戻って私立の中学校を受ける準備を着々と進めていた。単純に受験勉強も相当厳しかったらしく(それはそうだ、それまではずっと俺と一緒に学級新聞ばかり書いていたのだから)そのせいで学校を時々休んだりしていた。我々地元の子供たちには勉強の為に学校を休むという行為が本当に理解出来ず、徐々に彼の周りからはクラスメイトも離れて行き、転校して来た頃のようにマツシタはまた学校の中で孤立していった。俺とマツシタも六年になってからは例の「新聞廃刊事件」以来、校内で会話を交わす事は少なくなっていた。受験は無事上手くいったようで、卒業と同時にマツシタは横浜に戻った。別れの際にもクラスでの軽い挨拶程度で、俺達は特別、個人的な言葉も交わさなかった。
なぜだろう?全てははるか昔に終わった事なのに、なぜかまだその中にいるような感覚がする。俺の周りの空間に、過去の出来事や現在の出来事が全て気体となって浮かんでいて、それに包まれているような感じだ。そしてそこからまだ出る事が出来ない・・・。
俺はそっとアルバムを閉じて、押し入れの奥へと戻した。
・・シタウケに関して存在は確認出来た。だがジョニー蒼とシタウケが別人なのか同一人物なのかは、やはり直接会ってみないと分からない。そして学校の中庭に埋めた新聞を持ち去ったのは、はたしてヤツなのか・・そしてその事になんの意味があるのか・・・俺が・・いや、マツシタが命を懸けて探していた「アレ」に繋がる何かなのか・・・。
沢口明菜は必ずジョニー蒼に会わせてくれると言っていた。シタウケの父である青田商店の店主が「息子は出て行ったきり音信不通で行方不明だ」と言うかぎり、その進展を期待して待つしかない。どちらにしてもジョニー蒼と面会するなら場所は都内だろう。俺はまだここでやるべき事がある。
さて・・と言いながら俺は立ち上がって、部屋を出て居間に向かった。・・・俺が宿からここへ来るまでに考えたとおりなら、ある現象が起こるはずだ。それはすぐではないかも知れないから、しばらく様子を見てみよう。
母親は先ほどと寸分たがわず、定位置でテレビを見ている。蜜柑は天板の上、銀四郎は・・母親の左後ろで丸まっている。
「お邪魔するよ」
俺は母親の右側、廊下側からコタツに入った。
「どうぞ。よかったらミカンお食べ」と母親はテレビ画面を見たまま言った。
俺は言われたとおり蜜柑を一つ掴んで皮を剝き始めた。
・・・ほどなくして、何かを思い出したように銀四郎が立ち上がって廊下へ出て行った。俺は、蜜柑を食べながら母親の見ているサッパリ面白さが分からない情報番組を見た。眼鏡をかけた若い司会者が無理やりテンションを上げて次のコーナーを紹介している。彼が張り切れば張り切るほど、見てる誰もがきっとこの人は普段こんな人じゃないんだろうな、と思うはずだ。・・・すると廊下の方から気配がした。
例の、擦るように歩く足音・・・母親はすぐに反応した。
「あ、お兄ちゃんだ。きっとお昼休憩で戻って来たのね」
居間の襖が開いて、作業服の兄貴が顔を出した。
「お・・カズ帰って来てたのか・・まぁ正月だもんな、ゆっくりしていけよ。こっちは元旦から仕事だよ」
「・・ああ」やっぱりな・・・。
母親は兄貴に「ご飯食べる?」と訊いた。
兄貴は「いや、財布を取りに来ただけ。いつものところでラーメンを食べるよ」と言った。
「あんたあそこのラーメンほんと好きね、ずっと通ってるもんね。あの店、私が子供の頃からあるのよ」と母親は言った。
兄貴は特にそれには返答せず、廊下に出て自分の部屋の方へと歩いて行った。
「年末にきた発注が溜まってるんだって。お休みなくてお兄ちゃん大変でしょ?あんたもいずれ戻って来て手伝ってやってね」と母親が言った。俺は中身がなく皮だけになった蜜柑をゴミ箱に捨てた。
・・・やはりか・・俺の仮説は正しかった。どうやらここには(猫がいて兄貴がいない世界と、猫がいなくて兄貴のいる世界)が混在しているようだ。




