(103)時々お父さんにもお母さんにも顔が似てる子供っている
俺は彼女の顔を見たまま固まっていた。・・すると沢口明菜は頭に巻いたタオルをほどきながら「あ・・いや、流石にそれはないか・・あはは、ごめん。これ子供の頃の写真だもんね、いくら何でも、もうちょっと顔は変わってるか・・・他人のイモ煮ってやつだよね」と言いながら、ばつが悪そうに濡れ髪を拭きだした。
「・・そら似だよ、他人の芋煮は勝手に食べちゃだめだ」
「ああそう、そうだね!あはは」
「俺はキミのようにジョニー蒼には会った事もないし、顔もよく知らないけど・・・」
「うん、だよね・・・」
「でも、多分・・・」
「あっ、いいの、いいの!今の発言は気にしないで!」
「キミの言うとおりだよ」
「うん・・・えっ!?」
沢口明菜の髪を拭く手が止まった。
「・・どういう事?」
「今、俺はやっとシタウケの本名を思い出したんだ」
「?」
「・・どうして気づかなったんだろうな・・・」
「なにが?」
「俺達がシタウケと呼んでいた男の名前は、青田・・青田定二と言うんだ。」
「・・アオタ・ジョウジ・・・?ええっ!!」
「そう。アオタ・ジョウジが歌手のジョニー・アオイで間違いないだろう」
「うっそ!!」
「ついでにもう一つ思い出したんだけど、俺達が昼間寄った雑貨店、あそこは青田商店と言うんだ。シタウケ・・・ジョニー蒼の実家だよ」
「マジで!!」
「ああ。・・あの美味いサンドウィッチを作る店主はシタウケの親父さんだ。さっきあの人が(うちのやつは東京に行ったきり何をしてるかも分からない)と言ってただろう?そういえば、俺が8年前父親の葬儀で帰省した時に母親が(青田さんとこの息子さん、東京の大学行ったきり音信不通になってるらしいわよ、あんた何か知らない?会ってたりとかしないの?)って訊いてきたんだ。俺はその時(東京と言ったって広いし、偶然知り合いに会ったりはしないよ)と冷たくあしらった。まともに話を聞いてなかったからピンときてなかったけど、あれはシタウケの事だったんだ」
「マジか?!激ヤバなんだけど!もしかしてアタシ、ジョニー蒼パパの手作りサンドウィッチ食べたってこと!?」
「・・まぁそうなるね」
俺はそこじゃないだろう、と思いながら返事をした。
「確かにキミの言ったとおり、シタウケのフルネームを思い出したからって、特に意味はないよ。例えシタウケが世界的ロックシンガーのジョニー蒼だったとしても、俺とは関係のない話だ。もちろんジャーナリストとしてはどうして田舎から上京した後に、家族と縁を絶ってまで歌手になったのかは掘り下げたいところだけど、それが現時点での目的であるセーラ探しに繋がるわけでもないし、地元の同級生をネタにしなきゃならないほど、仕事に困ってるわけじゃないしね」
「そうだけど・・・でも、全く繋がらないってわけでもないかもよ」と沢口明菜は含みを持たせて言った。
「どういう意味だい?」
「さっきアタシはシタウケ君の独特の目・・視線とかが特にジョニー蒼に似てると思ったからそう言ったんだけど、実はその前にこの写真を見てもう一人似てるって思った人がいるの」
「ん?シタウケに似てる人物がキミの周りにもう一人いるってこと?」
「そう。あーでも、シタウケ君がジョニー蒼で間違いないと思うよ、名前も本名もじってるみたいだし。」
「だろうな・・でも最初に似てると思った人物っていうのは誰なんだ?」
「カズ、知ってるかな・・スーパーコンテンツ・クリエイターの上垣十一太って人」
ウワガキ・・・ウワガキ・ジュウイッタ・・・?
「ああ、ウワガキ・・ウワガキね。うん、顔は知らないけど、雑誌とか新聞とかそういう媒体で名前は目にした事があるよ・・確か色んなイベントやブームなんかの火付け役とか言われてる人だろ?渋谷や原宿なんかの流行請負人とか呼ばれて・・・」
「そう。・・・実を言うと、アタシはその人に気に入られてグラビアの賞を獲れたの。雑誌のオーディションを受けた時にウワガキも審査員をしててね、まぁ滅多に表には出てこない人だし、会ったのはその時だけなんだけど・・・」
「そうか・・確かに名前の知名度ほどには人物像が一般に知られていない気がするな・・で、シタウケはその上垣十一太にも似ていると。」
「うん・・何となくね。まぁでもジョニー蒼の方が似てる・・というか、カズが言うなら本人だろうし。」
「そうだな・・この土地・・と言っても俺の知ってる範囲だけど、上垣っていう苗字の家はいないはず・・・じゃあ、ジョニー蒼と上垣十一太が似てるって事か。」
「うーんとね・・変な言い方なんだけど、この写真の・・子供のシタウケ君はどっちにも似てるの。でもアタシが実際に会った、ジョニー蒼と上垣十一太は全然似てない」
「ん?なんだいそりゃ?」
「なんて言ったらいいんだろう・・・時々お父さんにもお母さんにも顔が似てる子供っているじゃない?どっちかじゃなくて両方に似てる子って。でも両親同士は別に似てない・・この写真のシタウケ君もそんな感じ。」
「言いたい事は分かるけど・・・」
「えっとね、上垣十一太はグラビアオーディションの時に2,3分しか顔を合わせてないんだけど、ハットを被ってて大金持ちなのにボロボロのスウェードジャケットとデニムを履いて、全身ヴィンテージファッションだったのを覚えてる。そんで机の後ろに座っててアタシの事をじっと見つめてきて、横の人に何か耳打ちしたと思ったらすぐに部屋から出て行った。意味わかんないって思ったけど、次の週には何故かアタシがグランプリに選ばれてたの。そんでジョニー蒼は前にも言ったけどMVにも参加したし、二人でご飯も食べた事あるから正面からしっかり顔を見たよ。あの人、普段ずっとサングラスをかけてて誰にも目元を見せない人なんだけど、アタシとの食事の時はテーブルについてすぐサングラスを外したんだ」
「・・それで?」
「シタウケ君がジョニー蒼だとしても、顔は上垣十一太と全然似てないよ。でもね、間近で見た二人の目線・・・目の奥から送られてくるエネルギーみたいなモノが、この写真の、子供の時のシタウケ君と全く一緒なの」
俺はもう一度パソコンに映っているシタウケこと、青田定二少年の顔をよく観察してみた・・・特に目が大きいわけでもないし、顔は斜めを向いていてそこから何か訴えかけてくるような強い意志はまるで感じられない・・・本当にコイツがこの後グラミー賞を獲る歌手になるのか?・・・と訝しがりながら俺は、画面から目を離し「で、その上垣十一太がどうしてセーラと関係があるんだ?」と沢口明菜に訊いた。
「あのね・・言いづらいんだけど・・・」と彼女はタオルで顔を少し隠すようにして言った。
「上垣はセーラちゃんの彼氏だったんだよ・・・一番最近の。」
「・・ん?という事は・・俺の前のって事か?それとも後・・」
「うーーん・・詳しくはわかんない。少なくともアタシの知ってる限りじゃ、二年ぐらい前から付き合ってたみたいし、別れたって話は聞いてないかな・・あっ!でも少なくとも、もう今は元彼って事だよ」
「どういう意味だ?話がよく見えないないんだけど」
「だってほら、つい最近、上垣十一太は交通事故で死んじゃってるからさ」
「そうなのか!?」
「えっ?知らない?結構ニュースにもなってたんだけど」
・・・そうか・・確かにここ最近は自分の身の回りの事で手一杯で、一般社会の情報に疎かったような気もする・・これじゃジャーナリスト失格だ。
「そうか・・・じゃあセーラは上垣十一太と付き合いながら俺と関係を持ってたのかも知れないんだな・・・」
沢口明菜は何も言わず無言の賛同をした。
「それを聞くと、彼女が突然俺の元から消えた理由も少し分かる気がするよ」
「ごめん・・こんな風に他人から二股だったかもしれないなんて、知らされるのはヤダよね・・」
「いや、そんな事はない。むしろ少し気が楽なぐらいだ。元々彼女のような女性が俺のようなパッとしない男と一緒にいる事の方が不自然だったんだ。何ていうか強がりに聞こえるかも知れないけど、どう考えても池上セーラという女優は俺が独り占めできるような女じゃないよ。彼女が俺のボロアパートにいる時なんてほとんど夢のような時間だったから・・・ただ・・ただその事で悩ませてしまっていて、今のような状況になっているとしたら申し訳ない気がしている。早く発見して警察の容疑を晴らす事に協力出来たらいいなと思ってるよ。」
そんな聖人ぶった返答をしながら俺は、シタウケの正体がジョニー蒼ではなく、もし上垣十一太だったら、セーラは当時の学級新聞係の全員(俺とマツシタとシタウケ)と関係を持っていた事になるなと思い、その考えを持った自分にも嫌な気分になった。
そういう困惑が顔に出ていたのかも知れない。沢口明菜は俺の手の上に自分の手を乗せて「カズはすごいね」とだけ言った。
俺は気を取り直して「そろそろ俺も風呂に入ってくるよ」と言ってノートパソコンを閉じた。
「うん、アタシも髪乾かして寝る準備をする。やっぱちょっと疲れてるみたい」そう言って沢口明菜は部屋の隅に置いてある自分の荷物の中から高級そうなドライヤーを取り出した。
俺は自分のタオルを持って部屋を出ようとしたところで大事なことを思い出した。
「ああ、そうだ!キミの話を聞いてなかった」
「あ、ううん。いいの別に、お風呂上りでも今度でも。」そう言いながら沢口明菜はコンセントにドライヤーを挿した。だがスイッチは入れずに会話を継続させてくれた。
「忘れててすまない。でもキミが面倒じゃなければ聞いてから行くよ、どんな話かな?」
「じゃあ、すっごく手短に話すね」
「別に長くてもいい」と言いながら俺は、もう一度座布団に座ろうとしたが、沢口明菜の話は本当に手短だった。
「カズ、アタシと結婚して。」




