xnumx(85)~(86)
(85)それってほぼ幽霊じゃん
エレベーターは左、非常口は右、という表示を確認して、明菜は反時計回りに廊下を進んだ。
・・ 薄暗いけど(特殊な暗さ)だった室内とは違って、ここはただ照明が少なめのホテルって感じ。でもとにかく人の気配がしない。テッちゃんとノアールで会うのはいつも、地下の駐車場から直通のエレベーターに乗ってすぐの部屋だったから廊下を長々歩いた事はないけど、雰囲気や匂いがどう考えてもあそこの感じだ。ここは今間違いなくリゾート・オハラじゃない。もしそうだったら(別館にもほどがある)よ。
明菜がエレベーターの前につくと、ボタンを押すまでもなくランプが光り、扉が開いた。中には訳ありそうな年齢の離れた男女がいて(女の方は、メイクが濃いが歳は多分自分と同じぐらいだ)扉を開けておいてくれるわけでもなく、むしろ入り口を遮るように二人同時に降りて来た。その時、明菜は男の方から強い視線を感じた。まるで、寿司屋に並んだ新鮮な素材から、さて今日は何を食べようか?というような欲望丸出しの視線だった。明菜は絶対に目を合わせないようにして軽く屈みながら横を滑り込み、中に入った。・・あの手の男は全てを手に入れないと気が済まないタイプだ、そして自分なら全てを手に入れられると勘違いしている。テッちゃんよりもはるかに年上に見えたけど・・・「キモ」と沢口明菜は7階行きのボタンを押しながら言った。
「あっ、マジで七階あんじゃん」
さっき使ったばかりのリゾート・オハラのエレベーターには開放的な窓があり外の景色もよく見えたが、このエレベーターはただ黒いだけの箱、それがゆっくりと上昇している。明菜は、自分が棺に入って天国に向かっているような気分になった。そんなイメージが沸いていたせいで、到着するチーンという音がどこかお坊さんの叩くおりんを思わせた。
扉が開くと7階もやはり静まり返っていた。もしかしたら暗めの照明と赤い絨毯の廊下が、建物全体の音を吸収しているのかも知れない。豪華ではあるが、どことなく80年代を思わせる佇まいで、お母さんが好きだった俳優のカイル・マクラクランが今にもその角から難しい顔をして歩いて来そうだ、と明菜は思った。741号室の前に着いて一呼吸置いてからドアベルを押そうとした瞬間に、突然扉が20センチほど開いた。
明菜は「わぁっ」と声をあげたが、それがいけない事だったかのように両手で口を塞いだ。
もう少しドアが開いて、中から小柄で白髪を短く刈り込んだ女性がひょっこりと顔を出した。年齢は自分の祖母ぐらいだ。
「アンタ、誰や?」
明菜は焦ってしまい「あ、あのテッちゃんにここに行けって言われて・・・」と経緯をそのまま口に出した。すると相手は当然の反応をした。
「テッちゃんって誰やねん」
「あの・・ここに来ればアタシが忘れてる事を思い出せるって・・」
「だから、テッちゃんって誰やねん」
「えっと・・漫画家のマツシタ・・」
「知らんよ、ワタシ韓国ドラマしか観いひんねん。ヤンちゃましか分からん」
明菜はヤンちゃまが分からず、アルカイック・スマイルのような表情で静止した。
「ったく・・しゃーないなぁ・・一時間後に大事な客が来んねんけど・・・まぁええわ、入り」
「あ、はい、お邪魔しまーす」
明菜は言われるがまま室内へ入った。
大理石の壁に埋め込まれた収納式のシューズラック、縁がデコレイトされた姿見鏡、ジノリに挿してある生花、ロックウェルの絵画、奥に見える大きな窓・・・中に入ると、それほど広くはないが明らかにスイート・ルームだった。女性はもう隣の部屋に向かっていて後姿しか見えない。明菜は置いてあるスリッパに履き換えて、後をついて行った。
「そこのソファー座っといて。コーヒーでええか?」と奥から声がする。
「え、アタシ、コーヒー飲めないんだけど」
「知らんわ。わがままやなー」
そこは高価そうなハンドメイド・ラグが敷かれた応接室のような部屋で、明菜は言われたとおりテーブルを挟んだ奥側の二人掛けソファーに座った。広さは6畳ほどで間接照明だけが点いていて薄暗いが親密な雰囲気があり、個人的な話をするには適した空間という感じだった。ほどなくしてコーヒーカップと何かが入ったグラス、オールドファッションらしきドーナツをお盆に載せて女性がやって来た。持ってきた物をカッシーナのガラス・テーブルに置くと、女性は正面の、明菜より少し目線が高い籐で編まれた一人掛け用のピーコックチェアに腰かけた。黒いタートルネックのセーターにブルーグレーのタック・パンツ。髪はほとんど白いので60代は超えているだろうが、シワ等も少なく正確な年齢は分からない。
明菜は目の前に出されたグラスを指さして「おばあちゃんこれ何?」と言った。
「誰がおばあちゃんやねん!ワタシ、アンタのおばあちゃんやないで」
「こわっ」
「怖ないわ、失礼な子なやぁ・・これはコーラや、ドーナツにはコーラかコーヒーやろ?」
「そうなの?タピオカもちもち黒糖ミルクでしょ?」
「なんやその、高岡市土地持ちなんちゃらってのは?富山の話か?知らんわそんなもん、アンタみたいなお子ちゃまにはコーラがお似合いや」
「子供じゃないもん」
「アタシからしたら30ぐらいまではみんな子供やねん。さっさと飲み」
「はーい」
明菜はコーラを一口飲んだ後、どうして中高年はオールドファッションが好きなんだろう?と思いながら出されたドーナツを一口食べた。
「ん!うまーーーっ」
口の中で温かい甘さとシナモンの香りが一斉にほどけた。
「揚げたてやで、ワタシの手作りや」
「すごい!ミスドより美味しい!おばあちゃんドーナツ屋さんなんだ?」
「ちゃうわ!なんでそうなんねん、編み物うまくても編み物屋にはならへんやろ」
「でも、すっごく美味しいよ、アタシこんな美味しいドーナツ食べた事ない」
「せやろ?料理っちゅうのは味だけやない、良質なエネルギーを作る作業やねん。素材やレシピがシンプルでも、なんぼでも美味く作れんねん・・って、アンタ聞いてるか?」
「あっ、ごめん、食べるのに夢中になっちゃった」
明菜は二個出されたドーナツを一つ平らげ、もう一つも手に取ろうとしていた。
「あ、こっちはおばあちゃんのだった?」
「そうやけどで、ええで。まだあるから食べたらええ」
「マジ、ありがとうー」
そう言って明菜はもう一度コーラを飲んでから二つ目のオールドファッションに取り掛かった。
「アンタ、腹立つけどかわいいな」
モゴモゴ「そう?」
「よう見たら顔もべっぴんさんやん。若い頃のアタシにそっくりや」
モゴモゴ・・・
「それには答えへんのかい」
明菜は二つ目のオールドファッションも数秒で食べ終えて、口の中をコーラで潤した。
「歯に着いた食べカスも美味しいーー」
「きしょいこと言うな。どういう育ち方してんねん」
ふーと一つ息を吐きながら、明菜は背もたれに体を預けた。
「ありがとうおばあちゃん、お陰で少し落ち着いたよ」
「おばあちゃん、ちゃうねんけど・・まぁええわ」
「本当はアタシすっごく怖かったの、ここに来るまで」
「そうか?」
「興味本位でJ市になんて来なければよかったと思ってた」
「・・J市?」
女性は動きを止めて少し考え込んでいるようだったが、明菜は緊張の糸が解けておしゃべりになっていた。
「どうしてこんな遠くまでカズについて来ちゃったんだろうって、さっきまで後悔してたんだよね、でもこんな美味しいドーナツを食べれたんなら田舎まで来た甲斐があったよ」
「さっきからJ市とか、田舎ってなんやねん」
「ありがとね、おばあちゃん、また来るね!」そう言って明菜はソファから立ち上がった。
「いや、待て待て待て。アンタなんの為に来たん?さっき深刻な顔でなんか思い出したい、言うとったやろ?」
「あ、そうだっけ」
明菜は体重をそのまま落とすようにまたストンとソファに腰かけた。
「・・・そう言えば、アタシどうしてここに来たんだろう?」
「それも忘れてもうたんか?」と女性は飲んでいたコーヒーカップをテーブルに戻しながら「全くかなわんなぁ」と小声で言った。
「そうだよね、突然部屋に押しかけた上に、ドーナツまで頂いちゃって・・アタシそういうとこあるんだよね・・ごめんね」
「それはええ、そんなん全くかまへんねん。でもなぁ・・困ったなぁ・・ワタシこういうの専門ちゃうんやけどなぁ・・・アンタ、自分で気づいてないやろけど・・・」
「うん?」明菜は腕を組んで首を傾いだ。
「アンタなぁ、こっちから見ると、透けてんねん」
「え?!」
「ちょっとやけどな、なんちゅうか半透明やねん。自分では分からんやろう?」
「え?マジ?どういうこと?!」
「アタシからはな、薄っすら透けて見えてんねん。セロファン被せたみたいに。多分アンタここのもんとはちゃうんやろなぁ」
「うっそ!シースルーってこと!?それってほぼ幽霊じゃん!」
「せやねん」
「えっ?!アタシ死んでんの?」
「知らん」
「うっそ、マジかーー!死んでたのかーー」
「いや・・・多分ちゃうと思うで」
「・・え?」
「その感じはなぁ・・死んではおらんと思うねん。多分な・・」
「・・そうなの?」
「ドーナツ食べれとるしなぁ・・2つも」
「そうだね」
「うーーーん」
二人は互いに胸の前で腕を組み、首を傾げた。
「・・・アンタのいる所は何年やった?」
「え?今年の西暦ってこと?」
「そや」
「201X年。ここは違うの?」
「いや、一緒や。・・・という事は・・」
「なに?」
「アンタJ市言うとったやろ?それはT県J市か?」
「そうそう!おばあちゃんすごい!地理の成績良かったでしょ?」
「覚えとらんわ、そんなもん。やっぱりT県か・・・」
「なにそれ?じゃあ、ここはどこなの?」
「ここは東京や」
「えっ!ガチ?じゃあやっぱりノアールじゃん!」
「そや。・・ん?知ってんのんか、ここのホテル?」
「うん、何回か使った事あるからね」
「ほう・・若いのに珍しいの。ここは普通の人には使えへんホテルやで?」
「だよね?アタシ普通じゃないから。超有名芸能人だよ、おばあちゃんは知らないだろうけど、アタシ沢口明菜っていうの。知ってる?」
「知らんなー」
「あはは、そっか。アタシももっと頑張らなきゃだね。おばあちゃんの名前は?」
「万場幸代や。サッちゃんと呼んでええで」
「わかった。サッちゃん、改めてよろしくね」
「切替が早いのう。若さっちゅうのは柔軟性の違う言い方なんやろな。」
ー もしもここで、沢口明菜が本名の牧村和子と名乗っていれば、バンバは明菜がカウンセリングをしていた牧村の娘である事に気づいただろう。しかしそうはならなかった ー
(86)しちゃってんねんなぁ
「で、サッちゃんは霊能者なの?」
「ちゃうねん、お化けの類は大嫌いや。ワタシはただの心理カウンセラー。困ってる人の相談に乗るっちゅう仕事や・・・今はな。」
「ふーん、人助けか、えらいね」
「別に偉ないねん。自分の業を消化してるだけや。とんでもない業を背負ってもうてるさけ・・・アンタにはよう分からんやろうけど」
「うん、わかんないけどお互い大変だね」
「せやけど今はアンタの方が大変やで。下手こいたら戻れんようになってしまうけ・・・あっ!しもたーー」
「ん?」
「アンタ、ドーナツもコーラもいってもうたんや!」
「うん、すんごい美味しかったよ!またすぐ食べたいぐらい」
「それがあかんねん」
「えっ?なんで?」
「あんな、ワタシが前の仕事をやってた時の話なんやけど・・・まぁ前の仕事っちゅうのは・・なんちゅうかざっくり言えば宗教団体の仕事なんやが・・・」
「なにそれ?」
「そこはええ。とにかく新興宗教の入信希望者っちゅうのは大概なんかしら自分で解決できひん問題を抱えている人達なんや。例えば不治の病やったり、大きな借金やったり、恋愛のもつれやったりな・・そんなんが手に負えんようになった時、人っちゅうのは大体神様にすがんねん。ワタシんとこにもそういう人たちが山ほど来よってな」
「うん」
「その中でもちょっと変わった、毛色の違う問題を抱えて来る人たちがいたんよ、多くはないねんけど年に数組は必ず来る。どこにも相談も解決も出来ひん問題を抱えてな」
「何それ?」
「いわゆる神隠しや」
「神隠し?」
「そう。突然誰かがどっかに行ってしもうて、見つからんようになるやつや」
「あっ知ってる!アタシの子供の頃住んでたところにも、近所の公園で迷子になった子が、そのままいなくなっちゃって見つからなかったっていうのあった!」
「せやろ。子供が多いんやけど、大人でも普通におるんやで。いなくなった人の家族とか、恋人とかがな、うちの教団にもよう来たわ・・見つけてください、言うて・・」
「でもそういうのってさ、大体しばらく経ってから山の中で骨になって見つかったーとか、誘拐されて殺されてたーとか結構悲劇的な結末になるよね?」
「ああ、こっちの世界ではな。」
「?どういうこと?」
「むこうの世界から戻れない事が決まった時、こっちではそれに合致する結果が決まるんや。まぁ言うたら(シュレディンガーの猫)やな」
「え?なにそれ、新しい猫種?わかんない、わかんない」
「量子力学っちゅう学問や。例えば、そうやな・・・Y字になったコースにボールを転がして分かれ道から右と左、どちらかに進むとするやろ?んで、丁度分かれ道の辺りにカーテンが掛かっててこっちから見えへんようになっとったとしたら、右と左、どっちのゴールに着いたか分からへん、確率は五分五分や。そんで転がり終わってたどり着いた時に初めてカーテンが外されてワタシらは(ああ、右やったんやな)って分かんねん。そんでその結果に対して適当な理由をつける。ああ、ちょっと右にコースが曲がっとったんやろな、とか。」
「当たり前じゃん」
「普通に言ったらな。でも抵抗やらなんやらがなかったとして、実は我々が見てない左にゴールしたケースもあったとしたらどうや?」
「え?ないでしょ?」
「いや、あんねん。ワタシらに見えてないだけで、左にゴールしたケースもあるんよ。これが量子力学。有名な二重スリット実験言うて、物事は観測された時に状態が決まんねん。オカルトやなくて科学や」
「サッちゃん科学の成績も良かったんだね!」
「知らんわ。ワタシ中卒やで?それにこれは全部、昔の恋人が教えてくれた事の受け売りや」
「うっそ!サッちゃんの元カレ?知りたい!どんな人?」
「そうやな・・・あの人ブスやったけど頭が良くて、雑誌とか作っててな・・って、もうええねん!何言わすねん!」
「もっと聞きたいー」
「アンタな、もう少し半透明の自覚持ちいよ。・・とにかくワタシが言いたいのは、例えばいなくなった人がこっちで事故死した事になったとしても、それはあくまで右に転がったケースを我々が観測して、それっぽい理由が付いただけっちゅう事でな、いなくなった先の、要するに左の世界では違う状態・・・生きてる事もあるかも知れんっちゅうこっちゃ」
「ほぉーーー、それならなんか希望があるね!・・違う世界では生きてるかも知れないのか・・・ん?そんで?なんでドーナツ食べちゃいけなかったの?」
「それやねん。その神隠しっちゅうのはな・・まぁ全部が全部そうではないやろけど、今言ったみたいに多くはここと違う並行世界に次元の隙間から入り込んでしまったっちゅうケースや。」
「・・えっ?もしかして今のアタシもそれ?」
「わからん。わからんけどな、もしそうだったとしたら、本来自分のいるべき世界とは違う世界に行ってしまった場合、その世界の食べ物を口にしてしまうと、元の世界の事を忘れてしもうて戻れんようになるっちゅう話やねん。」
「えっ!えーーー!うそーーーっ!!マジやばいじゃん!!アタシ、ドーナツ二個も食べて、コーラもがぶ飲みしちゃってんだけど!」
「しちゃってんねんなぁ」
「しちゃってんねんなーじゃないよ!止めてよ!!てか、美味しいドーナツで、もてなしちゃダメだから!十代の食欲マジなめんなってー、出されたもん全部食べちゃうんだからー」
「そんなん言われても知らんやん、こっちかて。」
「知らんやんじゃないよー、サッちゃんのせいだよー」
「なんでやねん!アンタが勝手に部屋訪ねて来たんやろ」
「いや、そうだけどさー、帰れないのはマジやばいってー」
「まだわからん。決まったわけやない」
「マジかー・・・えっ?・・そうなの?」
バンバはカップに手を伸ばし、コーヒーを一口飲んだ。
「ねぇねぇ、落ち着いてないでさ、教えてよ、帰れんのアタシ?」
コーヒーカップを小さく揺すり、バンバは中の水分を時計回りに廻しながら「そもそもアンタ、どうしてここに来たん?目的はなんやった?」と言った。
「目的?・・目的はないよ、テッちゃんに行けって言われたから」
「ふーむ。・・じゃあどうやって来たん?」
「うんとね、普通に自分の部屋を出て廊下を歩いてエレベーターに乗って」
「そうか・・それは覚えてるんやな」
「途中でエレベーターからキモイおっさんと若い女の子のカップルが降りて来て引いたけどね」
「ん?・・なんや若頭のやつ、また若い女連れ込んどんのかい」
「え、なに?」
「いや、こっちの話や。アンタ、順路覚えとるなら戻れるかも知れんで。」
「マジ!?」
「大マジや。でも、最初自分の忘れとる事を思い出したいとか何とか言っとったやろ?それはええんか?」
「あ、そうだ!・・うーんと、なんだっけなぁー、なんかテッちゃんにここに来れば思い出せるって言われたんだよなぁー」
「ふー。しゃーないなぁ・・・まぁドーナツ食わせたんも、ちょっとは責任あるしなぁ・・・」
「ん?」
「・・よし、わかった!」
バンバはコーヒーカップをテーブルに置いた。そして両膝を叩いてこう言った。
「久々にお手数使ったるわい!」
「ん?オテ・・なにそれ?」
「分からんでいい。ちょっとした特殊な力や」
「それが、オテカズ?・・オテ・・あっ!カズ!」
「なんや?」
「アタシ、明日カズと待ち合わせてるんだ、早く帰んなきゃ!えっと・・今何時?」
「夜の9時をちょっと過ぎたとこや」
「え?まだ9時過ぎ?うっそ!どういう事?だってホテルに帰って来たのが・・・あ、でも、そういえばテッちゃんが(オマエが9時だと思えば9時だ)とか何とか言ってたような・・・」
「ええで。その調子や。ここに来る前の事を思い出せとる。もっと自分のいた世界に強く意識を持っていくんや、ほんで目印になるような事柄に焦点を合わせるんや」
「う、うん。カズとの約束、カズとの約束、カズとの約束・・」
「そう、そのまま目を瞑りなさい。もうちょっと頭をこっちによせて・・」バンバは明菜の額に向かって右手を差し出し左手で印を結び、何かを唱え出した。
「カイエダ・モンターメ・カイエダ・モンターメ・カイエダ・モンターメ・・・」
明菜の頭の中に映像が現れて、出来事が逆再生のようにフラッシュバックして行く。
「なにこれ!」
「黙って!モンガーヤ・モンガータ・モンガーラ・ラシラセッ・・・」
その映像は明菜の瞼の裏で映画のように鮮明に流れる。今通って来た暗い通路、乗った四角いエレベーター、自分の部屋の重たいドア、室内でのマツシタの影、そしてやり取り。・・記憶の巻き戻しは、遡るほど高速になっていく。・・眠る前にいたリゾート・オハラの明るい内装、よく教育されたホテルの感じのいいスタッフたち、感じの悪いタクシーの運転手、帰りにカズと交わした気まずい会話・・・。
「サッちゃん!どんどん思い出してきたよ!」と明菜は目を瞑ったまま言った。
バンバは「まだや、アンタが思い出したいのはそこやない!」と言ってそのまま続けた。
「モンガーヤ・モンガータ・モンガーラ・ラシラセッ・・・」




