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XNUMX  作者: 一太
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X南無X(73)子の刻 ~(74)丑の刻

本日から第二部になります。第二部は過去編なので短く、二話ずつ公開しますが3週で終わります。

(73)子の刻


「裏切り者を裏切るのは、二重の喜びだ。」

      ニッコロ・マキャヴェッリ 1469~1527



 一九三五年 七月五日 子の刻


 静かな夜。人間達はもちろん、動物や昆虫、草木、そして幽世の者達までもが眠りについているような夜だった。風さえ一吹きもしない。あらゆるものが振動する事をやめて、根源的な活動を停止している。そんな異常な静けさだからこそ、逆に一比己カズヒコはその静寂から聞こえてくる違和感をしっかりと感じ取って真夜中に目を醒ました。

 上半身を布団から起こし、周囲を確認する。よく知った場所、集落から離れた山間のボロ家だ。横には家主の延子ノブコが眠っている。

 今何時だ・・あれからどれぐらい経ったんだ?とはいえ、まだ三日の夜。新しい当主が決まるのは明日だ。確か午前中に俺の家に案内の者たちが来る。そして着付けをされて顔を隠し、灰烏大社へ向かうという段取りだ。長い一日になるだろう、もう少し眠らなくては・・・。

「ん・・?アンタ、どうしたんだい?」と延子が目を覚ました。

「いや、なんでもねぇ。」と一比己は応えた。どうして俺はこの女と時々一緒にいるのだろうか、自分でもよくわからなかった。

「ちょっと明日の事に気がいってな、眠りが浅かったようだ。日の出にはけぇるからよ」

「そうかい・・寝酒でも用意しようか?」

「ああ、そうだな。そうしてくれ」

 延子は立ち上がって「アンタ、そんなに気を落とさないでおくれよ。なにも当主じゃなくたって、人間生きてりゃ御の字なんだからさ」と言いながら台所の方へ向かった。

「ん?」

「でも、林田さんとこの久太さんって、一体どんな人なんだい?確か関東から来た人だって言うけど、そんな人間にここの当主が務まるのかねぇ」

 一比己は寝床から延子の後ろ姿を見ていた。でかい尻に薄い浴衣が張り付いている・・・この女はさっきから一体何を言っているのだろう?寝惚けているのだろうか。

 延子がぐい吞みと酒瓶を持って布団に戻って来た。

「ところでアンタ、当主指名の儀っていうのはどういうものなんだい?この村にいても一生に一度、あるかないかの事だろう?アタシみたいな村八分の人間じゃ大社の近くまでも行けないし。見てみたかったねぇ~、しかも新当主様が決まって竜人ロンギン祭もあったじゃないか、アタシもお呼ばれしたかったねぇ~」

 なみなみと注がれたぐい飲みを一気に流し込んでから、一比己は「おめぇさっきから何言ってやがんだ?」と言った。

「ん?なんだい?」

「まるで新当主が決まって、もう祭りも終わったような口ぶりでねぇか。」

「アンタの言うとおり、当主様が決まって祭りも終わったじゃないか」

「なんだと?おかしな事ばかり言いやがって、指名の儀は明日だろうが!寝惚けるのも大概にしろ!」そう言って一比己は、空になったぐい飲みを壁に投げつけた。

 粉々になった破片が土間に飛び散り、延子は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

「ちょっと待ってよ、アンタの方こそ何言ってんだい?!指名の儀は昨日終わったじゃないか、それから竜人祭でしこたま呑んだと言って、そのままうちに来たんだろう?アンタ当主に選ばれなかったからって、頭でもおかしくなったんじゃないのかい?!」

 一比己は延子を見たまま微動だにしない。

「・・てめぇ・・これ以上いいかげんな事言うと、ただじゃおかねぇぞ」一比己は枕元に置いていた、いつも持ち歩いている短刀を後ろ手で握りしめた。

「正直に答えろ・・正確にな・・今日は何日だ・・?」

 延子は意に介さず酒を飲みながら「日付も分かんないのかい?日を跨いだから、もう五日だよ」と答えた。

 一比己は短刀を大きく振りかぶり、延子の胸元へ勢いよく突き刺した。ぎゃーーーーーっ!!という悲鳴と共に、吹き上がった血しぶきが布団と畳に大きな絵を描いた。延子はぐい飲みを放り投げ、ばったりとその場に倒れた。

 大量に浴びた返り血を気にもせず、一比己は考える。・・・いってぇどういう事だ?・・ここへ来たのが三日の夕時・・今が五日なら丸一日以上経っちまってる事になる・・新当主が林田久太だって・・?まさか、俺の異母兄弟じゃねぇか・・・よりにもよってこの土地から逃げ出した都会のやさ男が当主になるなんて・・・いや、あんなヤツを竜人様が指名するはずがねぇ・・しかし、何かがおかしい、とにかく静か過ぎる・・・どうなってやがるんだ?

 そうか!!一比己は立ち上がり、一目散に自分の小屋に向かって走り出した。ちくしょうっ、咲千代だな!これが咲千代の御手数オテカズなのだな!!

 草木で体を傷つけながら、一比己は暗闇の中を一心不乱に駆け抜けた。咲千代めぇー、村の者には御手数がないと思わせておきながら、その実こんな力を持っていやがったとは!!ぬかったわー!!腕や足に大量の擦り傷が出来、浴衣は破け、草鞋が脱げても気にかけず、一比己はあっという間に全てを準備した自分の山小屋に辿り着いた。

 延子の血と自分の血でドロドロになった衣を脱ぎ捨て、般若心境を唱えながら樽に溜めていた井戸水を桶で頭から何度も被った。まっさらな褌を締め直し、徴兵検査に落ちて着る事の出来なかった入隊用の軍服一式を着て、特攻の長い鉢巻きを頭に巻き、両こめかみに懐中電灯を一本ずつ差し込んだ。弾帯を二本、両肩にたすき掛けし、日本刀と手斧と匕首を腰に下げ、散弾銃と隣町の金物屋が内密に輸入したベレッタという自動拳銃を拳銃嚢に入れた。・・・咲千代の御手数は時間を操る力なのか?それとも俺だけに何か細工をしやがったのか?・・くそう、舐めやがってぇ、血族の俺を蚊帳の外かぁあ?・・・一比己は日本刀を右手で鞘から抜き、散弾銃を装填して左手に構えた。・・当主になれないだけでなく、力を奪われてなるものか・・謀ったことを後悔させてやる!目にもの見せてくれるわ!!村ごと全て殲滅じゃあああああ!!!一比己は、地図を見ながら何度も頭の中で繰り返した最短の道筋を走り出した。

 

 まず小屋から一番近い民家に忍び込むと、母親と小さい息子二人が眠っていた。家の父親はこの時期、市内に出稼ぎで行っているという話だった。一比己は散弾銃を床に置き、おもむろに眠っている母親の胸に日本刀を突き立てて、静かに押し込んだ。そして物音で起きた上の息子の頭を手斧で殴り、母親の胸から引き抜いた日本刀で、眠っている下の息子の首を胴体から切断した。床に転がるその顔を見てみると、この子供に以前、小遣いをやった事を思い出した。そして裏口から出て、そこからほど近い二件目の家に入った。ここは四人家族で父親、妻、娘、父方の祖母という家庭だった。しかしあまり見た事のない若い男がいる事に気づいた。どうやら農業を手伝いに来ている妻の甥にあたる男のようだった。その男は眠っていなかったのか、一比己が後ろから近づくとすぐに気づき、布団を剥いで「誰だ!」と声を上げた。その瞬間に、男の胸元に散弾銃を打ち込んだ。音に驚いたのか奥の部屋から悲鳴が聞こえた。駆け込むと、飛び起きた母親がとっさに娘を抱き寄せた。一比己はゆっくり近づいて母親ごと貫通するように至近距離から散弾銃を二回撃ちこんだ。「か、一比己じゃねーか!」と声を上げたのは部屋の隅にいた父親だった。その脳天に一比己は「ああ、そうだよ」言いながら手斧を振り下ろした。振り向くと祖母が手をすり合わしていたが「うらみはないんじゃが、婆が一人残っても立ち行かんじゃろう?」と言って、一比己は日本刀で祖母を袈裟切りに伏した。三軒目の家に行くと若い夫婦がいて、さっきまでの銃声で異常に気付いたのか夫の方がしきりに電話をかけていた。一比己は「電線は切っておいたんじゃ、この村からはどこにも繋がらん」と言った。「逃げろ!」と言った夫の声に走り出そうとした妻の背中に散弾銃を浴びせ、飛び掛かってくる夫の腹に匕首を突き刺した。腹を押さえながら夫は「な・・なんでこんな事をするんじゃ?」と言った。一比己は「ワシが当主になれんからなぁ・・もう村ごと無くなさんとなぁ」と言いいながらとどめとばかりに日本刀で首を切った。血は噴出したが、頭は落ちず、「もう切れ味が落ちたわい」と言って一比己は倒れている嫁の亡骸から帯を引っぺがし、刀や斧の歯を拭いた。日本刀を鞘に戻し、匕首を右腰、手斧を左腰に刺して銃弾を装填し、また次の家に向かう。そうやって一軒一軒シラミつぶしに殺戮を繰り返しながら、村の中心部へ向かった。

 ・・もう灰烏家やその関係のもんはいねぇか・・儀式の後、新当主以外の血筋のもんは村から早々に立ち去るのが決まりだからな・・・まぁ逃げれるもんは逃げりゃあいい・・だが、新しい当主様は大社にいるはずだ、そこが当主の家だからな、本当に当主が久太になっているなら、まだ他の林田の家のもんも泊まっているかも知れねぇ・・・そいつらは始末しねぇと。

 そう考えながら何軒かの家を血の海にしてまた次の家に入ると、蠟燭の灯の中、老人が布団の上に胡坐をかいて座っていた。本来ならここにはシノブという孫息子もいるはずだ。両親は早くにこの村を出てしまっている。

「おい、中川の爺、孫はどうした?」

 老人は微動だにせず落ち着いた声で「・・カズよ、オメェはもう終わりじゃ」と言った。

 一比己はその言葉を無視して「孫は隣町の駐在んとこにでも向かっておるんじゃろう?今更知らせてもあとの祭りじゃ」と言った。

「そういう事ではねぇ」と老人は言った。

「・・なんじゃ?」

「咲千代様はとんでもねぇお方だ、オメェなんかが敵う相手じゃねぇ」

「ほう・・なにか知っとる口ぶりじゃのう」

「・・ワシも昔は御手数を持っとったから分かる。一日飛ばされたんはなぁ、オメェだけじゃねぇんだ」

「なに?」

「ワシが思うにはな、村ごと一日飛ばされたんじゃ」

「なんだって?」

「オメェはもう終わりじゃ」

「オメェはもっと前から終わっとるだろうが!」そう言うと一比己は、刀で爺を一刀両断に切り捨てた。

 ・・・村ごと一日飛ばしたじゃと・・?それが本当なら・・咲千代の御手数はとんでもねぇ力だぞ。一比己の着ている軍服の背中を、冷や汗が伝った。



(74)丑の刻


「ん?」一比己は外の気配に耳を澄ませた・・・辺りがざわめき始めているのを感じる。

 ・・一日飛んだ事もわからねぇような鈍感な村人共でも流石に目を醒まし出したか・・考え事ばかりしてちゃ本懐は遂げられねぇな。

 家に押し入っては、女子供を切り裂き、老人を殴りつけ、男に鉛玉を食らわせて、慣れ親しんだ人間にも容赦せず、犬が吠えればその犬も。そうやって一比己の通った後には血の回廊が出来ていった。それは里の離れから渦を巻くように灰烏大社へと続いている。

     

   ー 赤き長帯野山に垂れて、鬼の足音濡れ木に消える ー


 家に入ると中は静まり返っていた。この家は土谷という名で、四十路の未亡人と娘の二人暮らしだった。一比己は以前何度か小銭を渡してこの女を抱いた事があった。

 ・・・もう逃げよったか?そう思った矢先、短い廊下から何者かが飛び出してきた。・・それは娘だった。

 一比己はゆっくりと刀を振りかぶりながら「おぬし大きゅうなったのう、母ちゃんはもうおらんのか?」と訊いた。

 娘は首を振った。歳の頃なら十といったところか。

「あっちいけと言われたで」と小さな声で娘は言った。

「ん?隣におるんか?」

 娘は頷いた。

 奥に駆け込むと、物置のような狭い部屋で男と女がしがみつき合いながら一比己を見て悲鳴を上げた。

「なんじゃおるけ。」

「か、一比己ー!?」と、女は見覚えのある顔に驚いた。

「お前また若い男をたぶらかしとんのか?」

 すると男が「た、助けてくれ!ワシはこの女とは関係ないんじゃ!」と言った。

「勘違いするな、女どうこうの話じゃねぇ」そう言って一比己は、その男の胸元に日本刀を突き刺した。男は血を吐きながら前のめりに倒れた。女は失禁しながらさらに大きな声で悲鳴を上げた。

「静かにせい、近所に聞こえるじゃろが」と、一比己は血の付いた切っ先を一振りし、「お前はいくつになっても女を捨てきれんのじゃな。娘を生贄に逃げようとしたんか?」と言った。

「ち・・ち、違う、逃がそうと」と、女は震えながらに言った。

「嘘をつけ。逃がすんなら庭の方へ行かすじゃろ、わざわざワシの方に行けとは言わんわ。おめぇみてぇな女はなんでも自分の都合のええように言い変えるけのぅ」

「た、た、助けて、これからはタダで抱かせたるけ!」

「ババアの股には用はないんじゃ」

 そう言いながら一比己は脇から左手で手斧を引き抜き、女の脳天に振り落とした。「全く、子がおるのに自分の事しか考えられんやつじゃ」そして隣の部屋に戻ると、娘がもじもじと立ち尽くしているのを見て「お、逃げなんだか。よし、お前は見逃してやろう」と、持っていた小銭を渡した。

「朝まではまだある。K町の方まで行けば童の一人ぐらい誰か匿もうてくれるじゃろ。・・おっ、そうじゃ、そうじゃ」一比己は胸元から一通の封筒を出した。

「この手紙をな、駐在か誰かに渡してくれ。頼まれてくれるか?」

 娘は頷いた。

「なるべく賢そうな人に渡すんじゃぞ。よし、行け」

 走り出す娘の背中に「暗いで足を滑らせんようにな」と声をかけ、一比己も後を追うようにまた次の家へと向かった。


 先ほどまでとは違い、集落にははっきりとした喧騒が生まれていた。山火事用の鐘が鳴り、わめき声やなき声が響き、いくつかの家からは煙も上がっていた。だが、その混乱の原因が何者によってもたらされたのか把握している者はほとんどいなかった。数十人分もの返り血を浴びてドス黒く変色した日本軍服をまとい、一比己は切り立った丘の上からその様子を眺め、高笑いした。だがそれと同時にいわれもない虚しさも感じた。

 ・・・しかし命とは何なのだ・・殺すも無意味、殺されるも無意味。いざその時が来て思う、人の人生とはこれほどまでに吹影鏤塵すいえいろうじんな物なのか。我々はこれを幾度も繰り返し、一体どこへ向かおうとしておるのだ・・金があろうとなかろうと、当主になろうとなるまいと、力があろうとなかろうと、結局のところ同じではないか・・・なんと無常なことか・・・だが、もう後には引けぬ・・ほれ見い、俺の手はもう真っ黒じゃ・・・。一比己は山を滑り降り、尚も集落の殲滅を続けながら、灰烏大社へと向かった。


 ここからは隠れるような事をしても意味がねぇ。やつらがどんな力を持っているかは分からねぇが、端垣から忍び込むぐらいで誤魔化せられるような連中じゃねぇからな。

 一の鳥居をくぐり抜け、参道を歩きながら、一比己は違和感を感じていた。・・・しかし妙だ、さっきから人の気配が全くしない・・・灰烏家や当主の者どころか、宮司やら神職の人間達までいねぇみてぇだ・・まさか眠っているのか?いやいや、そんなはずはねぇ・・だが村中大騒ぎになっているというのに、一体どういう事だ?・・一比己は二の鳥居を抜け、拝殿の目の前に到着した。もう一度辺りを見渡す・・そして気づく。まさか!はなからこうなる事を知っていて、咲千代も林田達も、村を置いて逃げちまったのか!?中川の爺が言ったとおり、村中の人間に御手数をかけて、その間に自分たちはとっととここから逃げ去ったと言うのか?!一比己の頭に割れんばかりの血が巡り、沸騰するごとく煮え滾った。くそぉおおおっ、はかったなぁああああーーー!!

 賽銭箱を一足飛びに飛び越えて、土足で拝殿に駆け込むと、一比己は奇声を発しながら幣殿に置かれた供物を蹴り飛ばした。そして本殿に入り、火を放とうとした・・・が、一たびそこに足を踏み入れるとその瞬間に、一切の体の自由がきかなくなった。力は抜け、刀と銃が手から離れた。すると静かに奥の襖が開いた。

「馬鹿は、馬と鹿と書くが、オマエは馬鹿な上に猪突猛進、猪のように突っ込んで来たのう」そう言いながら咲千代が目の前に現れた。横には光り輝く灰色の着物を着た林田久太もいる。一比己はそのまま地面に這いつくばった。まるで上から大岩に押し潰されているような感覚がした。それから左右の戸が開き、二人ずつ知った顔の人間が入って来た。西からは波地、塩崎、東からは牧村と植垣という、当主候補者であり灰烏家の直系にあたる四名だった。

本日から第二部になります。第二部は過去編なので短く、二話ずつ公開しますが3週で終わります。

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