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XNUMX  作者: 一太
38/43

XNUMX(72)コウ

この回で第一部が終わりになりますので、今週は一話のみの掲載になります。来週からはまた二話ずつ掲載します。

「小5の時、アタシには大好きな男の子がいました。名前はマエバラ・コウ。あだ名はコウくん。コウくんは髪の毛がサラサラの真ん中分けで色が白くて細くて、今で言うK-POPっぽいルックスでした。そこそこお金持ちの家の子で、勉強もそこそこ出来てスポーツもそこそこ出来て、性格もそこそこ悪かったです。」

「ん?なんだって?」

「なにが?当然でしょ、お坊っちゃまでそこそこモテてたから、そりゃ性格はあんまり良くないよ。」

「そういうもんかな?」

「そういうもん。コウくんはまんべんなく何でも出来たけど、特出した物がなかったの。でも自分が一番じゃなきゃ気が済まない人で、男子にも好かれてなかったし、女子はみんなそれを見て見ぬフリしてた。でもアタシなんて遠くから見てるだけだから全く関係ないしね。授業中に横目で見て(はぁ~そこそこカッコイイ~)って思ってるだけで良かったの。」

「その、そこそこって言うのはなんなんだ?」

「いいじゃん、いちいち話し止めないでよ、子供の頃好きだった人なんて今思えば大した事なかったっていうのあるじゃん!アタシは今じゃ、毎日すんごいカッコイイ人ばっかりと仕事するようになっちゃったんだから。正直コウくんなんて全然大した事ないよ、思い出補正っていうのがあるでしょ?細かい所に引っかからないでね。いい?続けるよ?」

「わかった」

 沢口明菜は煙草が切れたのか、イライラしはじめた。

「そんなコウくんは6年生になる前に引っ越す事が決まりました。アタシは焦ったよ(もう学校来る意味ないじゃん、マジ終わた)ってね。その頃のアタシはさらに太ってて目が悪くなって分厚い眼鏡をかけてたから4WDって呼ばれてイジメられてたの」

「えっと・・どこが4WD?どこも眼鏡と体形にかかってないじゃないか?」

「またもうーーー、知らないよ!出所は分かんないし、ハブられてて(なんでみんなはアタシを四輪駆動って呼ぶの?)って訊ける相手もいなかったんだから!まぁとにかく、学校での唯一の楽しみである(コウくん観察)も6年になったら出来ない事が決まって、アタシは絶望の淵に立たされたってわけ。それで毎日、家で現実逃避をくり返すようになってた。その方法はさっき言った、左右の目を瞬きして真っ白い空間を浮かび上がらせるっていうやつ。例の小3の体育の授業から二年間、暇があればそればっかり繰り返していたから5年の時には数回の瞬きで目の前に白い空間を出現させる事が出来るようになってたの。どうしてそんな事をしてたかと言うと、まぁボッチで暇だったっていうのもあるけど、頑張ればそこに自分が入り込めると思っていたから。現実世界はアタシには余りにもキツ過ぎて、その白い空間こそがアタシの世界だって思い込んでた。まあよくある十代女子の(不思議の国のアリス症候群)だけどね。んで、コウくんが引っ越すっていう事でいよいよもう限界になっちゃった。ぶっちゃけ、もう死ぬか異世界転生するかしかないなって思ってた。だから暇さえあれば、寝る前でもお風呂の中でも、なんなら数学の授業中とかでも目の前に白い空間を出現させて、そっちに逃げ込もうとしてた」

 新幹線の停車が近づいていた。俺は相槌を打ちながら荷物棚からバッグを下ろして下車の準備を始めた。沢口明菜は続ける。

「でもダメだった。何度やっても目の前にある空間にアタシが入る事は出来なかった。映画館のワイドスクリーンみたいに、すぐそこにある感じがするのに入れない。だから、アタシはこう思ったの(もしかしてこれって実は特別なチカラでもなんでもなくて、ただ瞬きのやり過ぎで気絶してるだけなんじゃないの?)って。息を止めて、酸欠で目の前が真っ白になるっていうのあるじゃん?そういうのと同じ現象をただ自分で引き起こしてるだけなんじゃないのって。実際、目覚める時は大体ハッとして起きる感じだし。日常の、目覚ましかけてる朝とかとあんま変わんないし。あれ?もしかして最初の時もボールが当たって気絶したのを、白い空間が出来た!って勘違いしてただけなんじゃないの?ヤバッただの思い違いだったのかも!って。ほら、スポーツ選手で肩が脱臼しやすい人っているじゃん?それみたいにアタシはただ気絶しやすい人で、それが自主的に出来るようになって、なんか変なクセを覚えたっていうだけなんじゃないかって気がしてきたの。・・あ、アタシの荷物も下ろして。」

 俺は頷いて、お姫様の荷物も下ろし始めた。

「そんなある土曜日の夕方、家に誰もいない時間帯にアタシは自分の部屋でだらだらしながら、あ~コウくんがもう少し性格良ければいいのにな~とか、あ~もう少し体がガッシリしてたらな~とか、もう少し笑いのセンスもあればな~とか、でもあと半年でコウくんにも会えないのか~、何より転校しなければいいのにな~とか、考えながらこれで最後にしようって思ってまた目をパチパチしてたらいつもの白い空間が浮かんできてさ、あっ、また気絶しちゃった、やっぱり向こうには行けないみたいだな、でもこのまま死ねたらいいのにと思って白い空間をずっと眺めてたら・・・・」

 沢口明菜の言葉が止まって、俺は荷下ろしの手を止めて彼女の方を向いた。

「いたのよ、人が。」

「えっ、なんて?」

「だからね、その白い空間の中に人がいたの。遠くーーの方に」

「誰なんだい?」

「だからトランキーロって言ってるでしょ?焦るとモテないよ」

「モテなくていい。時間がないんだ」

「はいはい。とにかくね、遠くの方に人がいるのがわかったの。でも言ったとおりアタシは中には入れない。んで、意識をその人にグーーって寄せていったの、カメラのズームアップみたいに」

「それで?」

「グーーーっと寄って寄って寄っていったら、ある距離でその人がアタシの視線に気づいたみたいで、突然振り返ってこっちを見たの。その瞬間、アタシ達は完全に目が合ってお互いを認識し合った。それは、コウくんだった。うーうん、正確にはアタシが望んだコウくん。こっちの世界にいるそこそこのコウくんじゃなくて、アタシの思い描いていた完璧なコウくん。全然違うし初めて見たんだけど、アタシにはそれがコウくんだとすぐに分かった。アタシは(コウくん!)って大声を出した、そこで意識が戻った」

 車内にアナウンスが流れた。そろそろ席を立つ頃合いだ。気が付くと後部座席の刑事達はとっくに荷物をまとめて乗車口の方へ向かったようだった。

「そして月曜日に学校に行きますと・・」と沢口明菜はどこか落語家のような口調で続けた。

「教室には前のコウくんではなく、アタシの思い描いた完璧なコウくんが登校していまして、そのコウくんは引っ越しも転校もしないらしく、さらに教室のゴミを拾ったり、みんなに気さくに話しかけたりと、前とはかけ離れた振る舞いをしていました。もう(そこそこ)とは言えません。誰が見てもかなり良いバージョンに仕上がっております。アタシはランドセルをしょったまま立ち尽くしていましたが、クラスメイト達は誰もそのコウくんの変化に疑問を持たず、普段通りの事のように受け入れていました。挙句の果てにコウくんは茫然としているアタシに近づいてきて、いきなり(サワグチさん、体調悪い?倒れそうなら保健室に一緒に行こうか?)と声をかけてきました。アタシはむしろその言葉で倒れそうになりましたとさ、ジャンジャン。」

 俺はなぜか拍手をしそうになった。しかし、その代わりに「キミの名前はマキムラ・カズコじゃないの?」と訊いた。

「ああ、まだお父さん生きてたからその頃の苗字はサワグチね。あ、あとほんとはチェンジする時には相手に触った方が早いし、その方が完璧に出来るんだけど、とにかくその初めての時は、多分アタシのコウくんへの熱量がハンパなくて接触なしでもチェンジを発動させたんだと思う。まぁ毎日同じクラスの二列しか離れてない席に座ってて、同じ空気を吸ってたからね。・・あ、この言い方なんかキモいか。あはは」

 沢口明菜は座席から飛び上がるように立ってウインドブレーカーを着はじめた。<まもなく~>というアナウンスが聞こえて俺達は各自(いや、俺が多めに)荷物を持って、きっともう二度と乗らないであろうグランクラスの美しい車両をあとにした。乗車口で刑事達と鉢合わせしたくはなかったから、彼らとは逆方向に進みながら俺は沢口明菜にこう訊いた。

「それじゃあ、そのコウくんという彼とは上手くいったのかな?優しく話しかけてくれたみたいだけど。」

「まさか!学校のヒエラルキーって小学生ぐらいからあるでしょ?コウくんの感じは良くなったけど、そもそも友達のいないデブスのアタシなんかと仲良くなる男子なんていなかったよ。」

「・・そうか。」

 確かに小中学生ぐらいの方が校内の序列は露骨に存在している。それに年齢的に小5なら気が合っても交際に発展する事は少ないか・・・。

「でもまぁ卒業まで(コウくん観察)は、より楽しめたけどね。卒業後は二度と会えなかったし」

「ん?」

「コウくん、中学入る前の春休み中に死んじゃったから。」

 新幹線は我が地元の町に最も近い駅に到着した。



一九三五年 七月四日


 太陽が村の真上に上がり、そこに向かって竜の姿をした野太い狼煙が立ち昇る。

 灰烏家、新当主の誕生である。



              ー 第二部に続く ー

この回で第一部が終わりになりますので、今週は一話のみの掲載になります。来週からはまた二話ずつ掲載します。

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