XNUMX(70)ポリス・オン・マイ・バック ~(71)ペンギン
(70)ポリス・オン・マイ・バック
<二人の刑事> - 30分前 -
宮元「電話、林屋健三でした。」
若島津「おう。それでなんだって?」
宮元「はい、林屋も例の監視カメラに映ってた女が元女優の池上セーラだと分かったみたいで・・」
若島津「気づいたか。まぁこっちはとっくに分かってたけどな、それで?」
宮元「はい、なんだか顔見知りだったみたいで(彼女は兄の死と関係ないから捜査対象から外してくれ)と言ってきました」
若島津「なんだ、そりゃ。トーシロに外せと言われて外せるかよ。こちとら休日返上で自腹まで切って追っかけてんだぞ。そもそも捜査対象を外すかどうかはこっちの問題だ。・・ん?待てよ、知り合いなら池上セーラの潜伏先知ってんじゃねーか?」
宮元「そう思って僕も林屋に訊いたんですが、知らないそうです。そこまでの知り合いではないと」
若島津「ちっ、なんだよ使えねーな。」
宮元「そうでもないですよ、有益な情報もあります。」
若島津「おう、なんだ?もったいぶるなよ」
宮元は胸元からボールペンの付いた手帳を出して走り書きをした。
ーここからは前の席に聞こえない方がいいと思うので筆談でー
若島津は宮元の手帳とペンを奪いーわかったーと書いた。
宮元はー若さんも自分の手帳出してくださいよーと書いた。
若島津はまた宮元の手帳を奪いーうるさい、今はお前のを使わせろーと書いた。若島津は一つ溜息を吐いてからペンを走らせた。
ー林屋健三は池上セーラと恋人のウワガキ・ジュウイッタが揉めている所に遭遇したそうですー
ーなんだって!?そこはまだ繋がっていたのか!じゃあウワガキに聞けば池上の居場所も分かるじゃねーかー
ーいえ、ウワガキジュウイッタはその直後、交通事故で死んだそうです。ー
ーなんだそりゃ?じゃあ別に有力情報じゃねーじゃねーか。なんで林屋はそれを伝えてきたんだよー
ー先を急がないでください。まずですね、林屋は自分を訪ねて来た池上セーラとウワガキが揉めている所に偶然遭遇したんです。それで池上を助ける為にウワガキを投げ飛ばしてしまったらしく、やつは肘を痛めてそのまま車に乗って逃げ去ったと。そしてその直後に運転ミスで玉突き事故を起こしたようで、林屋は自分に事故の責任があるのではないかと言ってきたんです。もし罪になるのであれば、自首するから教えて欲しいとー
若島津はペンを奪う
ーんなもん、なるかよ。肘のケガと事故の因果関係なんて、誰が立証できるんだ。ー
宮元は無言で笑いながらこう書いた。
ーですよね、林屋さんは馬鹿正直な方なんでしょう。ウワガキがシャブ中だった事も知らないでしょうし。きっと投げられた腹いせに一発キメて運転して事故っただけなのに。でも若さん、これは使えますよ。林屋は自責の念に駆られてますから、きっとその辺を突っついていけばしばらくは我々に協力してくれるはずです。-
若島津もにやりと笑いながらーだな。何も教えず、泳がせておけーと書いた。
宮元は頷きーそれでここからが有力情報なんですが、林屋に罪悪感をくすぐりながら(事故でウワガキが亡くなった事も早く池上に伝えてあげたいですね、居場所なんかは知りませんか?)と訊いたらですね(それほどの知り合いではないから所在は分からないが、近々実家に帰ると言ってた)らしいです。-
若島津は声を出さずに「よし!」と言った。それから手帳を奪いービンゴじゃねーか!自腹を切った甲斐があったぞーと書いた。
宮元はペンを取り返しームダ金にならなくてよかったですね、それで今前の席の方はとっても耳をすましていると思うんですが、この情報の(池上が帰省する)というところだけをわざと伝えませんか?-
若島津は、んー?と首を捻った。宮元は察しの悪い上司を面倒くさがりながら丁寧にペンを走らせた。
ーいいですか、林屋が言うように池上がモウリ殺害に関与してなかったとしても、彼女はなぜか我々の追跡から逃れるような動きをしています。それはきっと(今は行動を止められたくない)という何かしらの理由があるからでしょう。という事は帰省しても駅周辺のホテルや実家など分かりやすい場所には潜伏しないはずです。となると我々には手掛かりがありません。そこで、前の席の彼の出番です。けして交友関係の広くない池上の、唯一とも言える地元の友人である彼を尾けていれば、おのずと池上が現れるのではないかとー
若島津は腕を組んで、うむうむと納得したようなしぐさを取った。宮元は追記する。
ーでは僕が今から声を出すので、若さんは自然な感じで合わせて下さい。
若島津は手で胸を軽く叩き、任せろとサインを出した。
宮元は一度咳ばらいをしてから大きめの声で「林屋の話では池上セーラは近々実家に帰ると言っていたそうです」と言った。そして若島津はかなり芝居がかった調子で「よし、ビンゴ!」と言った。宮元は苦笑したが、通路側に顔を傾けて前の席に向かって「向こうで会えるかも知れませんね!みんなで」と言った。すると、すかさず通りかかったグランクラス・アテンダントに「お客様、他のお客様もいらっしゃいますので」と注意された。
「これは失礼しました」と宮元は言い、「ついでに僕らにも軽食のセットを下さい。和と洋、一つずつ」と注文した。
若島津は、なぜかまた宮元の手帳を借りて短い文章を書いた。
ーお前、池上とかいう女が白だと思ってるのか?ー
宮元はそれを読むと若島津から手帳とペンを返して貰い、胸ポケットに仕舞ってから「まさか。」と言った。
一九三五年 七月四日
灰烏大社の本殿の中では、今まさに竜人様の啓示を受けた咲千代が新たな当主の誕生を告げようとしている。焚き上げの前に座る候補者六名は全員灰装束を被り、一目で誰なのかは分からない。その親族である灰烏家の者達十数名も自分の血を分けた子がどれなのか見分けがつかず、後方から固唾を飲んで見守っている。異様な緊迫感と静けさが辺りを包み、その張り詰めた静寂の空気は大社だけでなく、山を下り、森を抜け、里中にも広がっている。村の人間たちは皆、正午丁度に新しい当主が告げられる事を知っている。今日は誰も朝から仕事や家事を行っていない。ある者は自身の家の窓から、ある者達は参道の階段の下に集まり、ある者達は見晴らしの良い丘に集って、新当主誕生を告げる狼煙が上がるのを、今か今かと待ち続けている。亡くなった前当主・灰烏八太と咲千代の間には実子がいない。よって今日本殿に召喚された分家の者達の中から選ばれるわけだが、八太と妾の子である一比己がここにいない事を知っているのは咲千代ただ一人である。他の者は当然、頭巾を被った中のいずれかが一比己だと思っている。そして全員が、一比己ではなく自分の子が選ばれるべきだと考えている。その業の思惑がうねりとなって、焚き上げの煙をどす黒く色付けていく。煙は竜に形を変え、憂き世を離れて空に舞い上がる。
(71)ペンギン
沢口明菜は小学校3年生の時の思い出を話し続けた。
「体育の授業はドッヂボールだったからアタシは最初から外野にいて試合に関わらないようにしてた。まぁ太ってて運動音痴だったし、普段から教室の隅で読書しかしていないやつの事なんて、戦力にならないから誰も気にしなかったけどね」
俺の知っている彼女は四肢が細く俊敏で、動物で言うとインパラやトムソンガゼルのような印象なのだが、<チェンジ>前の彼女はどうやら全てが今とは違っていたようだ。
「んで、どうせパスもこないし暇だから、さっき言ったみたいに自分の利き目を知りたくて、遠くにあるバスケット・ゴールのポールに人差し指を合わせて左右の目を交互に瞬きしてたのね、それを続けていくうちに、しばらくしたら普通に見えている運動場と運動場の間になんか白い空間?みたいな物がある事に気がついたの。で、なんだこれ?って感じで瞬きのスピードをもっと上げていったらどんどんその、視界の真ん中にある空間がはっきりしてきてさ、逆に両目の端にあった運動場はどんどん薄く見えづらくなっていったの」
俺は思わず唾を飲み込んだ。
「それで高速で瞬きを続けてたら、さっきまであった運動場は視界からもうほとんど消え去っていって、目の前に白い空間だけがはっきり浮かび上がってきたの、アタシすごい!って声を上げて、きっとこれを続けていたらアタシは大嫌いなこの世界からあそこへワープできるんだ!と思って、興奮してそのまま交互に瞬きを続けたの・・そしたら、どうなったと思う?」
「どうなった?」
食い気味に返事をした俺を小バカにするようにニヤッと笑った沢口明菜はこう続けた。
「突然外野に飛んできたボールが頭に当たって、ぶっ倒れた。あはははは」
溜息を吐いた俺の腕を掴んで揺さぶりながら沢口明菜は「いや、マジなんだって!そのまま気絶して保健室運ばれたんだから!死んだかと思ったんだって!!ヤバくない?」と言った。俺は「時間がないんだから簡潔に頼むよ」と言った。
「いやマジ、ここ意外と大事なんだって。・・そんでアタシは保健室で眠ってたんだけど、その間にすんごい変な夢を見たの」
俺は沢口明菜に掴まれた腕をほどいて「どんな?」と訊いた。
「うんとね、なんか山奥?森林?とにかくすっごい田舎のおっきな木が沢山生えてる森の中なんだけど、一か所だけ木が生えてない草原みたいなエリアがあって・・うーんと、広さはうちの小学校の運動場ぐらいかな?・・あ、分かんないか。まぁとにかくそこの中心には1メートルぐらいの、少し高くなった丘?・・なんか段差がある所があって・・えっと、あれ、お相撲をするところ!何て言うんだっけ?」
「土俵?」
「そうそれ!土俵みたいな高さと雰囲気の・・あ、でも四角じゃなくて丸だよ、円になっててね、そこの中心に9歳のアタシは立っていて、ドッヂボールのボールをバスケのドリブルみたいにして地面にポンポンついて遊んでるの。誰か来ないかなーみたいな感じで」
「うん」
「それからしばらく経って、ふと顔を上げてみるとね、突然目の前におっきな白人がいたの」
「・・・白人?欧米人ってこと?」
「うーん、アメリカって感じゃなくて、どちらかと言うとヨーロッパ系なのかなぁ・・それにしても現実味がないというか・・人間ぽくなくて妖精とかエルフとか、そういう感じの・・あ、あのなんて言うんだっけ、元々色が白く生まれてきちゃう人」
「アルビノか?」
「そうそう!そのアルビノ?の人みたいに顔も髪も全部白くて、銀?・・違うな、全身がプラチナって感じなの。ファンタジー系のアニメから飛び出してきたみたいな。それで身長が異常にデカくてね、3メートルぐらいあったと思う。・・まぁアタシが子供だったからそう感じたのかも知れないけど、でもとにかくデカかった。親とか先生の倍ぐらいのサイズ感だった。性別?・・は男か女かよく分からない・・細くて髪が長くて背が高くて目もデカくて・・・あっあと服着てた!全身シルバーっぽい色のオールインワンみたいなやつ」
「オールインワン?」と俺が訊くと「ツナギの事だよ、おじさん」と笑われた。
「何て言うか、宇宙服をもっと洗練させたフィットしてる感じのオールインワンみたいな・・あ、でもマントっぽいのも付いてたかな?ロング丈の何かも身に着けていたような・・・まぁとにかく全部が白く輝いてる感じでね、その美しさにアタシは(ああ、これが神様か)って思ったんよ。んで、そのおっきな白人がゆっくりアタシの頭に手を置いてきたんだけど、その瞬間にパンッ!ってこの辺で音がして」
沢口明菜は眉間の辺りを指さした。
「目が覚めたら保険室のベッドの上だった。その時、分かったんだ。(あ、アタシは今、特別なチカラを手に入れたぞ)って。」
「へぇ・・」
「いや、違うな。」
「ん?」
「新しく何かを手に入れたっていうよりは、(昔から持っていたモノを思い出したぞ)って感じだったかな。とにかくそれまでの地味な読書少女にはもう戻れないって直感でわかったんよ」
「・・ふむ、それから例のチカラを使えるようになったと?」
「うーん、まぁ実際にはそこから三年ぐらいかかったかな、初めてチェンジを使うまで」
「そうなのか・・・」
田舎の森のような風景、小高になったエリア・・俺が夢の中で浮遊しながら眼下に見た、地元近くの山間の景色に似ている。
「キミはそこに行った事があるのか?子供の頃とか、旅行とかで」
沢口明菜は突然腕を組んで、俺の言葉を無視した。
「ん?どうした?」
「・・ってかさ、キミって呼ばない約束だよね?忘れた?名前で呼んでくれないと会話しないから」
「あ、いや、忘れたわけじゃないんだ、でも今はほら」
と言って、俺は後ろの席を指さして(キミの素性がバレたらまずいだろ?)というジェスチャーをした。
「あ、そっか。じゃあ今は許す。でも、二人の時もキミって言ったらマジ絶交だから」
「ああ、わかった」お姫様の命令は絶対だ。
「夢の中の場所でしょ?もちろん行った事ないよ。大人になってからも似た景色をテレビとかで見た事もない。でも変な所だったけど、現実にあるような気がする。瞬きの最中に見えた白い空間とは真逆だったし」
「そうか・・・」
もしそこが俺の思っている場所なら、沢口明菜がなぜ俺に付いて来たのか分かる気がする。もしかしたら彼女も個人的にT県J市に呼ばれているのかも知れない。
「という事は、きっかけはその時だけど、チカラを使えるようになるまでにはもうしばらくかかったって事だよね?」
「そうそう。チェンジを初めてやったのは11の時。」
「その件を簡潔に話して貰えるかな。時間もないし」
気づけば次が目的の駅だった。もちろん着いてからゆっくり話してもらえばいいわけだが、J市に到着後、俺達に何が起こるかなんて全く想像も出来ない。(危険な場所では少しでも食べられる時に食べておけ)というのが、海外取材をする前に先輩ジャーナリストに習った大切な教えの一つだ。
「ねぇ」と、ひじ掛けに肘を置いてこっちを向いた沢口明菜は「女に簡潔に話せっていうのは、ペンギンに飛んでみろっていうのと同じ事だよ。あれは飛べないところがカワイイんだから。」と言った。
「あはは、そうか。でも、キミは飛べるペンギンだろ?」
実際、彼女の話術はキレがあって無駄がなく、独特だが人を引き込む力があった。女優やアイドル業よりも、バラエティ番組などの、素でしゃべる状況の方がよっぽど魅力的に映るだろう。生放送だったらやや危なっかしさはあるが。
「そう、アタシは歌って踊れて、飛べるペンギン。じゃあ特別にそこの部分を、フリは短くオチは大きくって感じでしゃべってやんよ」
「ああ、頼むよ」




