XNUMX(68)ダイアリーⅡ ~(69)トランキーロ
(68)ダイアリーⅡ
座席のテーブルに置いていたスマートフォンが鳴って、俺は目を覚ました。覚醒した事でエンディングを見る前に取り上げられた夢の断片は、傷ついたユニコーンがほんの少しの笑みを浮かべて飛び去って行くシーンだった。
隣を見ると沢口明菜が靴を脱いで座席の上で胡坐をかいて携帯電話を弄っていた。国民的アイドルが目の前にいるせいでまだ夢の途中かと思ってしまったが、そんなボケけた頭を強制的に目覚めさせるように彼女は俺の肘を小突いて(携帯を見ろ)と合図してきた。スマホを開くと、こんなメッセージが届いていた。
ーうしろに警察いるんでしょ?これでやりとりすればよくね?ー
俺は沢口明菜の方を見た。彼女は軽く頷いてからまた携帯を触った。
ーお腹すいた。とりあえずなんか食べね?ー
OKというスタンプを送ると、すぐに ースタンプとかダセーからwー という返事がきた。
我々はグランクラス・アテンダントという乗務員を呼び、(リフレッシュメント)という気取った名前で呼ばれている軽食を頼んだ。沢口明菜はディーン&マレンコというアメリカのセレブ御用達の食材店がプロデュースした洋食のメニューを頼み、俺は日本料理の達人、吉邑道明が監修した和食のメニューを頼んだ。どちらも季節限定の新鮮な食材を生かしていて、量は少ないが(軽食だから当然だが)味については文句はなかった。沢口明菜は ーもう一個食べたいー とメッセージを送ってきたが、俺はそのぐらいの会話は聞かれてもいいんじゃないか?と返事をした。すると彼女は「あ、そっか」と小声で言った。
そんな我々のやり取りの最中、後ろの座席から着信音が聞こえた。若い方の(確か宮元とかいう)刑事が電話に出ると、年配の方の刑事(若島津だったか?)が「車内は電源を切っておけ」と叱った。宮元は「すいません、でもここ通話以外は大丈夫な席ですよ、とりあえず他で話して来ます。」と言って車両から出て行った。俺達は刑事と入れ違いに入ってきたアテンダントに食後のコーヒーとリンゴジュースを頼んだ。沢口明菜はグラスに入ったリンゴジュースを飲みながら携帯でメッセージを送ってきた。
ーなんかアタシに聞きたいことある?ー
俺はコーヒーを一口含んで少し考えた。残念ながら力の入ったリフレッシュメントに比べてコーヒーはどこにでもあるチェーン店レベルだった。考えてる間に沢口明菜から追加のメッセージが届いた。
ースリーサイズとか?wー
俺は咳ばらいをした。それを見ていた沢口明菜はキャッキャッと笑い、すかさず ーおしえねーけどww- と送ってきた。俺は ーリンゴジュースの味はどう?ー と打つと、「ふつー。それこそ口で訊けよ」と軽く叱られた。後部の車両を繋ぐ貫通扉が開き、若い刑事が帰ってきたようだった。
「電話、林屋健三でした。」と宮元は言った。
俺は沢口明菜へ送るメッセージの手を止め、後ろの座席に耳を澄ませた。
「おう。それでなんだって?」と若島津が訊いた。
「はい、林屋も例の監視カメラに映ってた女が元女優の池上セーラだと分かったみたいで・・」
「気づいたか。まぁこっちはとっくに分かってたけどな、それで?」
「はい、なんだか顔見知りだったみたいで(彼女は兄の死と関係ないから捜査対象から外してくれ)と言ってきました」
「なんだ、そりゃ。トーシロに外せと言われて外せるかよ。こちとら休日返上で自腹まで切って追っかけてんだぞ。そもそも捜査対象を外すかどうかはこっちの問題だ。・・ん?待てよ、知り合いなら池上セーラの潜伏先知ってんじゃねーか?」
俺は動悸が早くなり全神経を後部座席に向けた。沢口明菜がメッセージの返事を催促してきたがそれも無視した。
「そう思って僕も林屋に訊いたんですが、知らないそうです。そこまでの知り合いではないと」
「ちっなんだよ、使えねーな。」
今は俺もベテラン刑事と同じ気持ちだった。しかし、いつからセーラと健三さんは知り合いだったのだろう?
「そうでもないですよ、有益な情報もあります。」と宮元が言った。
「おう、なんだ?もったいぶるなよ」
それから後ろの会話が突然聞こえなくなった。俺は自分の座席と沢口明菜の席の隙間に耳を張り付けて、何とか続きを聞こうとした。その様子を見て沢口明菜は呆れたような顔をした。しかし傍から見てどんなにみっともない姿をしていたとしても、俺は少しでもセーラについての情報が欲しかった。・・・だがやはり声は聞こえない・・しかし何か、紙が擦れる様な摩擦音が少し聞き取れる・・・そうか、彼らは筆談をしているのだ。俺達と同じ会話方法のアナログ版だ。
しばらくペンを走らせるような音が聞えたあと、なぜか若い刑事宮元が、はっきりとした活舌で
「林屋の話では池上セーラは近々実家に帰ると言っていたそうです」と言った。そして若島津が幾分芝居がかった調子で「よし、ビンゴ!」と言った。それから宮元はわざわざ通路側に顔を傾けて俺達に聞こえるように「向こうで会えるかも知れませんね!みんなで」と大きな声を出した。すると、通りかかったアテンダントに「お客様、他のお客様もいらっしゃいますので」と注意されていた。
俺は宮元のわざとらしい声を無視して携帯を見た。すると沢口明菜から ーセーラちゃん、警察に追われてるの?なんで?ー というメッセージがきていた。だから俺は ーいや、ただの勘違いさ、大丈夫。ー と送った。
しかし今の刑事達のやり取りは何かしらのブラフだと思って間違いないだろう。セーラが実家に帰ろうとしている事が嘘なのか、最初の健三さんがセーラと知り合いであるというところから既に嘘なのか。それともセーラが実家に向かっているのは間違いないとして、どこかに隠れてしまう前に俺が呼び出すように仕向けているのかも知れない。いずれにしろに彼らからの情報を鵜呑みにするべきではないだろう。とりあえず確証が取れないのであれば、今は考えられることは多くない。俺は沢口明菜に ーキミの話を聞かせてくれ。どうやって例のチカラを得たのか、そしてそれをどう使ってきたのか、それから出来ればお母さんやセーラとの事も知りたいー と打った。
沢口明菜からはすぐに ーお、けっこう欲しがるじゃんwてか、そんなに色々だといちいち書いて送るのダルいからこれ読んでくんない?14歳のところから読めば今の質問の答えが大体分かるよー というメッセージと共に、URLが添付されてきた。それをクリックしてみると<和のダイアリー>というサイトが開いた。
ーこれはね、アタシが小6から書いてるブログだよ、いわゆる裏アカってやつ?wちなみにアタシ本名が和子だから。マキムラ・カズコwー
サイトはIDとパスワードを入れなければ見られない仕様だったが、それもすぐに送られてきた。ーこれで入れるから勝手に読んで。でも全部読む時間はないでしょ?ー という沢口明菜からのメッセージを見て、俺は時間を確認した。確かにあと30分ほどでT県に着く。
早速教えて貰ったパスワード等を入力して、<和のダイアリー>にログインした。12~19とだけタイトルが記載されていて、数字ごとに文章が分かれている。多分年齢別になっているのだろう。俺は言われた通り<14>というタイトルのページを開いた。その途端、驚いて思わず隣の沢口明菜の方を向いてしまった。ページの冒頭にアップロードされていたのは自撮りと思われる少女の写真だった。それは横にいる沢口明菜とは似ても似つかぬ、眼鏡をかけた地味な女の子だった。太っていて瞼は重く、肌も荒れていてニキビだらけ、髪の毛は肩ぐらいだが輪郭を隠すように降ろされていて、汗で顔に張り付いている。そして彼女の陰鬱な表情は見るものをどこか不安な気持ちにさせる。
「見くらべんなよ」と言って、沢口明菜は窓の方を向いてスマートフォンでゲームを始めた。
俺は恐る恐る、しかし抑えられない好奇心に突き動かされながら<和のダイアリー・14>を読み始めた。
(69)トランキーロ
<和のダイアリー>14はその、あまり幸せそうには見えない少女の顔写真のページの下に、日付と思われる数字が羅列してあり、その年齢(14)の項目の中だけでも記事の数は優に3桁はありそうだった。俺はどこから手を付けていいのか分からず、何となく8/15 心気>という記事をクリックした。
14く8/15 心気>
ー8月15日(土)お母さんの趣味で無理やり連れて行かれた<劇団・心気>の舞台を観た。出かけるのは面倒臭かったし、貴重な週末を潰されるなんて最悪の気分だったけど、行って良かった。半年前にお父さんが死んでからずっと元気がなかったお母さんが久しぶりに嬉しそうにしていた。<プリンス・トンガ>というお話はデスティニーのアニメ映画で知ってたけど、生の役者さんのお芝居の迫力は凄かった。お母さんはずっと<劇団・心気>のファンだ。結婚前は地方までおっかけをして観に行っていたらしい。きっと銀行員じゃなくて舞台とかに関わる仕事がしたいんだろうな。まぁあの顔じゃ女優は無理だろうけど。そのDNAをしっかりと受け継いだ私は、お陰で中学に上がってもイジメられているわけで。怒 そうだ!お母さんを芸能関係の仕事をするようにチェンジさせるのもいいかも!お父さんが死んだのは偶然だろうし、チェンジのせいじゃないと思うからお母さんが喜ぶならやってみる価値はあるかも。そんな事より<プリンス・トンガ>でお姫様のお姉さん役をやってた池上セーラちゃんは本当に可愛くて綺麗で一目見て大ファンになっちゃった。どうしてあんなに美人で才能もある人がヒロインじゃないんだろう?なんか事務所の力とか関係あるのかな?あっそうだ!お母さんにはセーラちゃんの事務所で働いて貰おう!そうしたらいつかセーラちゃんに会えるかも知れない。まぁ私が自殺するまでに間に合えばいいけど。あーあ、私もセーラちゃんみたいなルックスで生まれていればなぁ・・・ー
偶然開いて読んだその日の記事には、短い文章の中に俺が眩暈を起こしそうなほどの情報が詰まっていた。沢口明菜こと、牧村和子は(セーラに会いたいが為)に、特別なチカラで母親を別人へと変えたのだ。そして14歳の和子は(父親が自分の力で死んだかもしれない事)を、確証は持てないなまでも、どこかで自覚をしていた。・・だとすれば悲しいが、彼女は間接的に母親を殺した事になる。いや、結果的には両親を、だ。・・・なんて事だ・・いや、しかし彼女には母親の事を思ってやったという部分もある・・・強引な動機付けだとしても、中学生の女の子が誰も体験した事のない特別なチカラを持って、それを使った結果どういう結末にたどり着くかなんて、そんな事分かるはずがない・・誰が彼女を責められというんだ・・・。
今、沢口明菜は煙草を吸いに喫煙所に行ってる。俺は目を瞑ってゆったりした座席に沈み込んだ。・・しかしこの文章を見る限りでは、14歳の和子はまだ自分自身に対してそのチカラが使える事には気づいていないようだ。実際、容姿やイジメを苦にして自死をする可能性がある事をほのめかしている。
俺は<和のダイアリー>を全て読みたかったが、残りの乗車時間を考えてとりあえず半年前の、父親が亡くなった日記を探す事にした。・・・するとそれらしき<2/17 父親のお葬式>という記事があったので、クリックしてページを開いた。
14<2/17 父親のお葬式>
ー2月17日(日) 死んだと聞いてから二週間近く経ってやっとお父さんのお葬式が出来た。銀行のお偉いさんとか沢山来て結構盛大な感じになってた。でも外国で死ぬとこんなに面倒な事になるんだな・・。偉い立場になってから海外を飛び回ってて一年ぐらい会ってなかったし、突然の事故じゃ全然実感が湧かないよ。またしばらく経ったら平気な顔して帰って来そうな気がする。でもどうして南アフリカになんて行ったんだろ?内戦があって治安も良くないってニュースで言ってたし、銀行マンなんかが行くような所じゃないのに。商談とかなんとか言ってたけど海外支店とか作るっていう事だったのかな?よく分かんないけど、やっぱり無理やりチェンジさせて昇進なんてさせなきゃ良かった。だって地味でお給料の低い銀行員のおじさんとして、あのまま一生窓口でもやらせておけば、お父さん死んでなかったんだもんね。・・仕事の出来るイケオジになっても結局、爆弾テロに巻き込まれてバラバラに吹き飛んで遺体もないんだから。お母さんもおばあちゃんも泣いてたけど、私は涙も出なかったよー
・・・ん?
そこで俺の頭の中に小さな囁きが聴こえた。(南アフリカの爆弾テロ)?
その囁きは少しずつ大きくなる。(約5年前・・2月・・)声は輪郭を強調してなおもクレッシェンドになっていく。(・・日本人の犠牲者・・銀行員・・)数秒後、それはもうほとんど爆音となって頭の中に響き渡った。(あのテロに沢口明菜の父親も巻き込まれていた!?)
俺が遭遇した南アフリカの首都モガディシュの自爆テロ、仕事仲間のライオネルが亡くなったあの日、同じホテルに宿泊していた日本人も犠牲になったと後から聞いた、確かどこかの地方銀行の頭取クラスの人だったとニュースにもなっていた・・まさか、それが沢口明菜の父親だったのか!!・・・なんてことだ、俺達は煮え滾った運命という大鍋に一緒くたに投げ込まれて、ぐるぐると混ぜ合わされているんだ。彼女も俺も、あの事件で大切な人間を失っている。年齢も性別も生まれた場所も、生きてきたバックボーンも全て違うのに、俺達は出会う事が決まっていたのだ。
沢口明菜が喫煙所から帰ってきた。俺は足をどかして彼女が奥の席に入りやすくしようとした。するとその動作に気づいた彼女は、わざと俺の膝の上に腰かけた。
「よいしょ」
「おいおい!」
「あはは、いい歳してテレんなよ」
そして彼女は何事もなかったかのように自分の席に着席した。俺は携帯を使ってメッセージを打った。
ー 日記を二つ読んだだけで、キミに訊きたい事が山ほど出来た。だけどそれは後にするとして、とりあえずキミが(チカラ)を使えるようになった時の事が知りたい。それはいつの記事を読めばいい?ー
「ああ、それ?それはこのブログにはない。」と携帯を弄りながら沢口明菜は言った。
「なんだって?」と俺も声を出した。
「それはね、小3の時だから」
「そんなに前なのか・・」
「電車着くまであと・・・15分ぐらいっしょ?話すよ」
「でも・・」俺は後ろに聞かれたらまずいだろ?というジェスチャーをした。
しかし沢口明菜はあっけらかんと「いや、大丈夫だと思うよ」と言った。
「どうして?」
「あんね、全く意味が分からないと思うの。多分ちゃんと聞いてもあんたも意味わからんと思う」
「そうなのか?」
「うん。じゃとりあえず指一本出して」
「えっ?」
俺がまごついていると沢口明菜は俺の右手を掴んで自分の顔の前に持っていった。
「人差し指を出して・・そうそう、それでアタシの鼻に重なるように指を立てて・・」
言われるがまま俺は指を一本立てて、沢口明菜の鼻筋と重なるようにした。・・しかし、煙草の臭いが気にならないほど美しい顔だ。あのブログに載っていた写真とはまるで似ても似つかない。額は丸く広過ぎず、目は二重で猫のように黒目が大きい。鼻は筋が通っていて小鼻が小さく、口は黙っていてもはにかんでいるように口角が上がっている。唇も厚過ぎず薄過ぎずなんとバランスのいい事か・・それでいて全体的には少女っぽさの中に少しラテンの血が入ったような、なんとも言えない憂いを感じる。セーラとはまた違った造形美を・・・
「見惚れてねーで、片目閉じて」
「あ、はい」
俺はとりあえず左目を閉じた。特に変わりはない。
「今度は逆」
俺は右目を閉じた。すると左目だけで見た時、俺の人差し指は沢口明菜の鼻から少し右にズレていた。
「どっちかズレて見えたっしょ?」
「ああ、左目だけだとズレていたね」
「じゃあ、あんたの利き目は右目だね」
「ふむ、そうなるのか。・・・で、これがなんの関係があるんだ?」
「トランキーロ」
「ん?」
「スペイン語で焦るなよ、落ち着けって意味」
「そうか・・」
「大体の人はどっちかがズレてて合ってる方で利き目が分かるんだけど、アタシは両目がどっちもズレてて利き目がないんだ」
「へぇー・・・」
「この事に気づいたのは小3の時で、体育の授業で先生が(利き目を知ってるとボールを投げたり打ったりするのに役立つ)って教えてくれたからなんだけど、みんなが(わたし右目ー!)とか(おれ左目ー!)とか言ってる時に自分だけずっとズレててすごい気になっちゃって、アタシは授業の間も遠くにあるバスケットのゴールネットのポールに人差し指を合わせて、ずっと左右の目をぱちくりぱちくりしてたのね」
「ああ」
「そしたらね・・・あ、馬鹿なこと言ってると思って引かないでよ」
「ああ、約束する」
「うん、そしたらね、右目で見てる視野と左目で見てる視野の間に、なんかもう一つの視野・・見えてる世界があるって事に気がついたの」
「なんだって?」
「あ、馬鹿にしてる」
「してない、してない。それで?」
「だからトランキーロだって、今話すから」




