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XNUMX  作者: 一太
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XNUMX(66)ダイアリー ~(67)プレゼント

(66)ダイアリー


「ちょっと言い方が悪かったですね、弱点というより、きっとその方にとってはアナタが大切な存在だったのだと思います。誰かを大切に思う時、存在に対するプラスのエネルギーと失いたくないというマイナスのエネルギーが発生します。当たり前ですが何も思わない対象にはなんのエネルギーも発生しませんからね、その人にはアナタが特別だったんでしょう」

 どうしてワタシはいつもこうなのだろう?とセーラは思った。本当に大事なものをいつも自ら手放してしまう、そして気づいた時には・・・。

「兄はそれに気づいてアナタという存在を追跡した、そこで偶然発見したアナタの知られたくない過去の出来事を記事にしてしまった。・・・いやはや身内ながら褒められるような仕事のやり方ではないですね、大変申し訳ない」と林屋健三は頭を下げた。

「・・それはもういいんです。ワタシの身から出たサビですから・・」

「いえ、兄が亡くなったので当然あの雑誌は廃刊になりますが、少しでも部数が出ないようにこちらで回収の手配をしておきます。迷惑をかけてしまって本当に申し訳ないです。アナタが兄の殺害に関わっていないと分かった以上、警察の方にもアナタを走査対象から外すように言っておきますから」

「あ、はい・・ありがとうございます・・それで、余計な詮索かも知れませんが、その件では何か進展があったんですか?」

「いえ、まだ何も・・・」

「そうですか・・・」

「ただ」

「?」

 林屋健三は(今ものを口に入れるか?)というタイミングで残りの栗きんとんを口に入れた。セーラは驚きながら林屋健三の咀嚼が終わるのを待った。もしかしたら脳に糖分を入れないと話せない事なのかも知れない。

「うん、美味い。」

 湯飲みに両手を添えて林屋健三はゆっくりとお茶を飲み切った。

「・・あ・・あの、それで?」

「えっ?、ああ、なんでしたっけ?」

「えっと・・お兄様の死因の件で・・」

「ああ、はい、えーっと、公式には病死、心臓発作です。ただ・・」

「ただ?」セーラはすぐに反応し、会話の続きを催促した。

「最近、私の周りでは不審死が相次いでいます。そこには何か見えない共通点があって、例え医者が遺体から病死と判断しても、それらは疑う余地のあるものだと思っています。例えば今年の春ごろ、私の親友が兄と同じような突然死を遂げました。彼は著名な漫画家でクセのある人物でしたが、私にとってはかけがえのない友人でした。お互いでなければ埋められない感覚を我々は共有していたと思っています。そんな彼も兄同様、それまで健康状態に何ら問題はなかったのですが、まるで電球が切れるかのようにパチンと・・」

「マツシタくんの事ですよね?」とセーラは言った。

「おっ、なんと!?」

「亡くなったご友人はマツシタ・テツヤですよね?グレープフルーツマンの作者の。」

「そ、そうですが・・なぜ・・」

「実はワタシも個人的に彼の死について知りたいと思っています。なので、もし良かったら何か今までで分かった事を教えて頂けませんか?本当の事を言うとその為にもワタシはここに来たんです。」

「ちょ、ちょっと待ってください。アナタは一体・・・」

「申し遅れました。ワタシは以前、池上セーラという名前で女優をやっていた者です。マツシタくんとは正式にではありませんが、一時期婚約関係でもありました。」

「あ!アナタが・・・あ、いえ、名前こそ言っていませんでしたがマツシタくんからは(心から愛している人がいる)と何度も聞かされていました。そうか・・なるほど・・」

 林屋健三はポケットからジバンシーのハンカチを出して額の汗を拭った。

「確かにアナタには知る権利がありますね。」

「それと、ワタシ同じ事務所だった時、奥様にとてもお世話になっていたんです。今も時々ご連絡させて頂いてますが・・・」

「え?うちの妻ですか・・?」

「はい。奥様はモデルで女優の中澤よしみさんですよね?」

「・・そうですが?」

「ワタシは事務所の後輩なんです。2年ほどしか重なっている時期はありませんでしたが、よっちゃん・・あ、奥様には色々とアドバイスして頂いて、本当に頼れるいい先輩です」

「そ、そうなんでしたか!いやはや、本当に世界は狭い!それじゃあもしかして、私共の結婚式などにも来て頂いたりとか・・・」林屋健三は汗が止まらない様子で顔をハンカチで扇ぎ出した。

「あ、いえ、ワタシは同じ事務所に所属したのが8年ほど前でしたので、奥様はもうご結婚された後でした。旦那様は出版社の社長さんだとは聞いていたんですが、林屋社長だとは・・・」

「そうですか・・いえ、妻とは年齢差もかなりありますし、私はこの見た目ですからメディアの露出は極力しないようにしています。妻の営業妨害にもなりかねないのでね・・あはは」

「そんなそんな」とセーラは手を振ったが、確かに中澤よしみから結婚相手の詳しい情報を聞いた事は一度もなかった。

「でも正直に言いますと、よしみさんの旦那様のお顔までは存じていなかったので、出版社と言ってもそれが林屋出版の方であるとは、つい最近まで知らずにおりまして・・」

「ええ・・そうでしょう・・妻とは結婚の際にいくつか取り決めがありました。その一つが我々の結婚自体をあまり公にしない事でしたので・・あ、いえいえ、そういう事に不満があるわけではないんですよ、私は元々表に立ちたい人間ではないので」

 いくつか取り決めがある婚姻関係とはどういう事だろう?とセーラは思ったが、夫婦には二人にしか分からない事があるんだろうと、詮索しない事にした。

「・・そうですか・・アナタは妻の事務所の後輩であり、マツシタくんの元婚約者であると・・うーむ・・じゃあ、あの防犯カメラの映像で誰なのか分かっていたら、よしみに聞けばすぐに会えたという事か・・うーん・・」そう言いながら林屋健三は腕を組んだ。ほおっておくとそのまま内的思考に入ってしまいそうだったので、セーラは「あの、マツシタくんの件で知ってる事を何か教えて頂けますか?」と声をかけた。

「あ、ああ、そうでしたね。うーん・・と言っても、私はその事についてはあまり多くの情報を持っていないのです。すいませんね。そちらはさっき言ったジャーナリストの友人が追っているので、私はあくまで自分の兄の件を個人的に調べているんです・・・しかし、共通項というかいくつかの点ではやはり無視できない繋がりを感じますね。というのもマツシタくんは生前に特別な力・・彼は(アレ)と表現しましたが、それをずっと追いかけていたようで・・・あ、それについては婚約者ならご存じかな?」

「いえ・・・」・・ワタシはマツシタくんが何に興味を持っていたのかなんて、何も知らない・・・セーラはまた、今までの自分が人に興味を持っていなかった事を反省した。

「そうですか、とにかく理由は分かりませんが、マツシタくんは能力者や特別な力について強い興味を持っていました。もしそういう人間がいたら私の人脈を使って接触させて欲しいといった相談も何度もされましたし・・そんな中で私は面白おかしくサイゴウ投手のエピソードを彼に話しました。その頃からマツシタくんの(アレ)への執着はより強くなったように感じます。・・これはあくまで私の個人的な想像なのですが、マツシタくんは何らかの特殊な力、能力保有者をどうしても必要としていたのではないでしょうか?あれほどの成功者ですから一見なんでも簡単に手に入るように思えますが、マツシタくんの人生には我々の知らない何か・・極めて重要な何かが足りなかった。・・きっとそれはお金で買えないものだったのでしょう、それを埋める為に力になってくれる能力者を探していて・・そして突然亡くなってしまった。」

 セーラは両手を握り合わせたまま黙って話を聞いていた。

「そして兄はですね、どうやら生前、ずっと宗教団体(幸運の世界)現GWSについて調べていたようなのです。我々家族は、あの兄が突然宗教などに入信したのでおかしいと思っていたのですが、しかし実際のところ、それは一種の潜入捜査だったのです。」

 林屋健三は立ち上がり仕事机の方へ向かうと、引き出しから一冊の分厚くボロボロの革の手帳を持ってきてテーブルに置いた。それはセーラに、嚙みついてくる辞書のバケモノを想起させた。

「これは兄の遺品整理中に見つかった日記のような物です。読んでみるとそこには異常な執着と熱意を持ってGSWという団体の真相を暴こうとしていた事が分かります。そしてそのシッポを掴みかけたところで、兄も突然亡くなったのです。」

「・・と、言いますと?」セーラは少し返答に困った。

「例えば・・」と言って林屋健三は手帳のページをめくり、音読を始めた。

「〇月×日 23時過ぎ 今日もオレの力を使って教団の施設を一日中偵察してみたが、どうしてもある所までしか近づく事が出来ない。多分一種の結界のような物が張られているのだろう。という事は、やはり向こうにはかなりの能力者がいるという事だ。こうなったらやはり信者になって内部から探るしかないかも知れない」

「えっ!」とセーラは声を上げた。

「他にも・・」と言って林屋健三は数ページ飛ばしたところを読み出した。

「△月××日 正午 教団に入って一年が経つ。オレの能力をうまく使ってだいぶ幹部信者たちからも信頼を得られてきた。しかし中枢の構造はいまだ何も見えてこない。個人的な事は追えても教団に関わる事となると全く何も見えてこない。不思議だ・・これはバリア的な能力とは違う、きっと教団内には複数人の能力者がいるのだろう。一体いつになったらサチヲの居場所が分かるのだろうか・・・」

「サチヲ・・というのは・・?」とセーラは訊いた。

「はい、多分これは幸運の世界、初代党首、バンバ・サチヲの事だと思われます。なぜかは分かりませんが兄はバンバの所在を探していたようです。」

「そうなんですか・・・」熱くもないのにセーラは脇の下から冷たい汗が流れるのを感じた。

「この日記にはもちろん兄の力の具体的な部分は書いてありません。まぁ本人にとっては当たり前の事でしょうからわざわざ誰かが読む為に説明書きする事はないでしょうしね、しかし毎日欠かさず書かれているわけではないのですが、10年以上もの間、外から中からGSWとバンバを追い続けているという貴重な記録になっています。さらに驚く事にこの手帳の後半部分、近年のページになってくると・・・」

 と言って、林屋健三は手帳を開いてセーラの方に向けて置いた。

「マツシタくんや、サイゴウくん、タレントの沢口明菜や、アナタの名前までもが出てくるのです。」



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「えっ!」 

 前後の文章はないが、確かにそのページには<マツシタテツヤ><サイゴウマサヒロ><沢口明菜>などと並んで<池上セーラ>という名前の記載があり、チェック印が付いている。そして他にも知った名前、ナミチ、ウワガキ、マキムラがあり、他数人はセーラの知らない名前だった。

「このページは文章がないので詳しくはわからないんですが、どうやらこれは何らかの理由で兄が追っていた人たちのリストのようです。ジャンルに関係なくその範囲は多岐に渡ります。他にも最近亡くなった元柔道オリンピック候補のシオザキ選手や・・」

「・・ウワガキくんの名前もありますね・・・」

「えーそうですね、確か今をときめくスーパーコンテンツ・クリエイターの方ですよね?もしかしてお知り合いですか?」と林屋健三はセーラの様子を伺った。

「あ・・はい、えっと、林屋社長が先ほど投げた男性です。」

「ええっ!」と林屋健三はひっくり返るようにソファーの背もたれに飛びのいた。

「し、知らなかった・・色んな記事でお名前は知っていたのですが・・お顔までは存じてなかったので・・・ああ!しまった・・多分、うちの雑誌でも彼の特集を組んでるはずだ・・マズイなぁ・・もう取材NGかなぁ・・」

「大丈夫だと思いますよ、ウワガキくんも林屋社長を認識してないでしょうし、さっきもすぐに逃げ出してますから。あと根本的に彼、忘れっぽいので」とセーラはフォローした。

「そ、そうですか・・・」林屋健三はまた大量に噴出した額の汗をハンカチで拭った。

「でも、どうしてこの錚々たる人たちの中にワタシの名前があるんだろう?・・ワタシには追われるほどの価値も、特別なチカラもないのに。」

「そうですかね?」と林屋健三は言った。

「え?」

「アナタには相当なチカラ、能力があるように私には見えますよ」

「どうしてそう思われるんでしょう?」と言いながらセーラは手の甲に顎を載せて、少し首を傾いだ。

「ほらね」

「?」

「まず先に言っておきますが、私は妻をとても愛しています。もしかしたらちょっと異常だと思われるかも知れませんが、妻以外の女性を女性として見た事がありません・・・あ、もちろん私の方が世のほとんどの女性から男性扱いされてこなかったんですが、そういう意味ではなくて、私はある種の病気なんです。・・なんというか、異性に性的な物をほとんど感じないんですよ。とはいえ同性に感じるわけでもないので同性愛者でもないんですが・・・多分、無性愛者という区分けになるかと思います。若い時から性欲もほとんどなくて行為も必要としません・・なので妻には色々と苦労をかけたかと思うのですが・・・あ、これはまた別の話ですね。ははは。まぁとにかく何が言いたいかと言いますと、そんな私なんですが、アナタの事を見ていますとね・・・なんと言うか・・こう・・あの気持ち悪かったらすいません」

「大丈夫ですよ、何でもおっしゃってください」とセーラは笑った。

「はい、ですから、ええーっと、あの、アナタのそういう屈託のない瞳で見られるとですね、なんですか、こう、普通以上の好意を持ってしまうというか・・端的に言えば、えー好きになってしまいそうなんです、年甲斐もなく。」

「えっ!」

「あ、いえいえ、ごめんなさい、大丈夫ですから。私はもう初老ですし、先ほども言ったとおり本当に妻を深く愛していますので、口説くつもりなんて毛頭ありません・・でもですね、自分でも驚いているのですが、アナタと一緒にいる時間が長くなればなるほど、不思議な事に、純粋に触れたいという気持ちが湧いてくるんです。いえ、アナタは確かに美人だし愛嬌もある・・しかしご存じの通り、私は仕事でモデルやタレントさんにも沢山会いましたし、高級クラブでの接待なども日常的にあります、そして何より妻はあの中澤よしみです、手前みそですがこれでも美人には見慣れてる方だと思います。その上、無性愛者で60歳を越えてる・・そんな人間がですね、アナタを前にするとそういう気持ちになるのですから、やはり人を惹きつけるアナタのチカラ・・これはちょっと特別なチカラだと言わざるを得ないと思いますよ」

「そう・・なんですかね・・?」とセーラは返事に困った。

「ええ。例えば、どこかの揉めている二国のトップ同士が一触即発の険悪な会談をしている時に、アナタが笑顔でお茶を配膳した事で戦争突入を免れたと言われても、私は信じますよ。」

「そんな、そんな!」とセーラは手を振った。「褒めて頂いてありがとうございます、でもそれはさすがにオーバーですよ」

「私はこう思うんです」と林屋健三はセーラのリアクションを無視して続けた。

「人は誰しも特別なチカラを持っている。しかしそれは自分にとっては当たり前すぎる事なので特別なチカラだとは気づかない。鳥に(飛べてすごいね)と言っても彼らは(何を馬鹿な事を)と言ってその場から飛び立つでしょうから。」

「確かに・・・」

「何も特別なチカラは、物を動かす超能力やエースで4番のように分かりやすい事とは限りません。人類全員が自分のチカラに気づいてそれを人生に活かせるとも限りませんしね。しかし、誰もが一つや二つ持っているのだと私は思います。」

「そうですね、ワタシからは社長さんもかなりの能力者に見えますし。」

「そうですか?言っておいてなんですが、自覚はありませんが・・・」

「だって、合気道も使えるし、そもそもこんな大きな会社の社長ですし・・」

「それは父から継いだだけなので」

「(鳥)と同じです。当たり前で気づかないかも知れませんが、誰かから何かを継いで発展させるという事も、みんなが出来るわけではありませんよ?」

「ああ、そうか・・」

「それになんと言っても、奥様はあの中澤よしみさんですから!」とセーラはまた例の笑顔で言った。

「いやはや、まいったな・・でもその通りですね、私は恵まれ過ぎている・・それが私の能力なのかも知れない」

「はい、能力と努力の賜物だと思います。あと、ワタシは久しぶりにリラックスして人としゃべった気がします。これも林屋社長の能力だと思います。ありがとうございます」

「あはは、ベレッタを突き付けられたとしても?」

「はい、突き付けられたとしても。」そしてセーラはニコっと笑った。林屋健三はテレながらまた汗を拭いた。

 その時、部屋の奥の仕事机の上にある黒電話が鳴った。見た目は古臭い昭和仕様なのに完全にデジタルな呼び出し音だったのでセーラは少し驚いた。林屋健三は「ちょっと失礼」と言って立ち上がり、机に向かって行って受話器を取った。

「はい。・・あ、はいはい、ああ!そうか、すっかり忘れていた。すまん、すまん、うむ、今から準備するから会議室で待たせて置いてくれ。うむ、すぐに行く。・・・えっ?あ、そうなのか、分かった、伝えておくよ。じゃあ後で」

 そう言って電話を切ると林屋健三はセーラのいるテーブルの方に戻ってきた。

「いや、申し訳ない。ちょっと重要な会議があるのを忘れていましてね、すぐに行かないとならんのです」

「もちろんです、気にしないで下さい。むしろ突然来てこんなに貴重なお時間を頂いてしまって、申し訳ありませんでした。」セーラはそう言って頭を下げると、ダウンジャケットを持って立ち上がった。

「我々はもう友人ですよ」と言った林屋健三は、正面に立つとセーラよりも頭半個分ほど背が低かった。

「兄のこの日記はまだ全て読んではいませんが、何かマツシタくんに繋がる事があればすぐに連絡します」そう言って林屋健三は名刺をセーラに渡した。

「ありがとうございます。私も何か分かったらご連絡差し上げます」

「ところでアナタはこれからどうするんですか?あとで警察に連絡して容疑者でない事は言っておきますが、現場にいた事には間違いないので参考人として事情を訊かれる可能性はありますよ」

「・・ああ、そうですね、そうなったらきちんと事情を説明します。」

「今まで見つからなかったという事はどこかに隠れていたんですか?・・あ、いや、詮索したいわけではなくて、もしそうだったとしたら、その必要はもうないんではないかという事です。」

「そうですね・・・ただ例の記事の件もあって今はあまり人に会う気持ちになれないので、マンションも引き払ったし、とにかく一度実家に帰ろうと思っています。」

「そうですか・・事情を知らなかったとはいえ、申し訳ない。私の中では兄が被害者でアナタを加害者のように思い込んでいた部分がありました・・本当は逆だったんですね・・・兄が書いた記事についての借りはいずれ必ず返させてください」林屋健三は深々と禿げた頭を下げた。

「あ、いえ、いいんです、先ほども言ったように、それはワタシ自身が蒔いた種なので気にしないで下さい、いずれこうなるだろうとどこかで分かってはいたので・・すいません、何か責めるような口調になってしまって。本当に十分です・・今日は色々とありがとうございました」そう言ってセーラも頭を下げた。

「そうですか・・・。ところで今、息子が業務連絡をしてきたんですが・・あの、さっきここに来る時にエレベーターを外から操作していた背の高い・・」

「あ、はい、覚えています。スラっとした若い男性ですよね?・・あっ!あれ息子さんなんですね、確かによっちゃんに似てる!スタイルとか雰囲気そっくりだ、あ、なんかすいません!」

「いえいえ、そうなんです。本当に私に似なくてよかった、というか、どこにも私のDNAを感じないんですよ、まるで3人目の誰かが介入しているような・・」

「えっ?」

「あはは、ジョーダンですよ、ジョーダン。で、その一緒に働いている息子が今言ってたんですが、近くで玉突き事故があったらしくてね、近場の道路が大変込み合っているようなんです。タクシーを呼んでもしばらく時間がかかるという事で・・どうします?」

「あ、大丈夫です、電車で帰りますので。元々その方が早いぐらいなんで、お気になさらずに」

「そうですか。とにかく何か困った事があったらいつでも力になるので言ってくださいね」

「ありがとうございます」

 セーラは部屋の出口へ向かおうとした。

「そうだ、これを持っていきなさい」そう言って林屋健三は、唐突にベレッタM92をセーラに手渡した。

「えっ、あの・・」

「わかってます、モデルガンなんて渡されても困りますよね。私だって普通なら女性にこんな物をプレゼントしません、普通ならね。でも私にはアナタがあまりにも無防備な気がしてならんのです。勘がいい方ではありませんが、これからアナタが進んでいく世界は多分、丸腰ではあまりにも危険な気がします。さっきも言いましたが、これは古いモデルガンで発砲できますが殺傷能力があるわけではありません。でも私が少し改造しているので近くで打てば対象にそれなりのダメージを与える事が出来ます。装弾数は10発です。どうか、お守りだと思って持って行ってください。」

「は、はぁ・・・」

 ・・・セーラは少し戸惑いつつも健三に礼を言って林屋出版のビルを後にした。ダウンジャケットの内ポケットにはベレッタM92が入っており、玩具といえどもそれなりの重さを感じる。・・・恵比寿駅に向かって歩いていると近くで救急車のサイレンが聞こえた。きっとさっき聞いた事故によるものだろう・・・まだ喧騒が続いているという事は、思ったより大きな事故だったのかも知れない。

 セーラが後日ニュースで知る事になる、この明治通りの玉突き事故は結局11人が巻き添えになり、発端となった車を運転していた人間一人が死亡。ウワガキ・ジュウイッタは即死であった。

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