XNUMX(62)パニック ~(63)ウワガキ
(62)パニック
一九三五年 七月四日
人里離れた山間にブナの木が生い茂り、ヒグラシの鳴く声が木霊する。冷たい風が夏でも辺り一面に漂い、一歩足を踏み入れれば、ここは平野と違う場所なのだと誰もが肌で感じ取る。そこは他の土地の者からは灰烏峠と呼ばれている。いつから、誰がそう呼び始めたのかを知る者はいない。灰色の着物を纏った一族がどこからか現れ、そこに住みつき集落を作り、畑を耕し、神社を建てた。不思議な事に出来た村には人が増えるわけでもなく、減るわけでもなく常に四、五十人ほどが集まり、それから幾代にもわたって村は存在し、当主は最初に住み始めた一族の血筋が代々務めている。そして今、神社に当主候補が集められ、竜人様のお告げを元に新たな当主が定められようとしている。本殿の中では当主代理の咲千代が内陣を後ろに立ち、地方から戻って顔を揃えた灰烏家の一族達と対峙している。その間、朱の壇には当主候補の者が六人座っている・・・しかし、そこに一比己の姿はない。
2010年 12月下旬
「じゃあセーラちゃん、ボクは撮影に行って来るから、その間イイ子にしててねー」
「はーい」
ナミチは真っ白い歯を光らせながら、早朝とは思えない陽気さで玄関から勢いよく出て行った。セーラは作り笑顔を戻し、Diorのバスローブを脱いでマンションの高級ホテルのような広いシャワールームに入る。
・・・結局こうなってしまった・・ワタシは困ると男性の好意を利用してしまう・・嫌だったお母さんの生き方と全く同じだ・・・波地さんは良い人だし嫌いじゃない・・彼氏だったマツシタくんも上垣くんもそうだった・・でも、それは特別な感情じゃない・・・特別な気持ちを持ったのはあの人だけ・・・六本木の高層マンションより、ワタシには商店街が近くある、狭く温かいあの人のアパートの方が合っていたのに・・・。
セーラは自分の身体をパーツ毎に丁寧に洗う。それは女優になってから事務所の先輩に教えられた事だった。(タレントなら常に他人の目で自分を観察するの。顔、髪、体、時間と共に変化する有限な持ち物が私達の価値なんだから。例えばお風呂の時間でも、自分の身体のどこが変化していってるか、それは良い変化なのか悪い変化なのか、トレーニングやダイエット等で効果的に引き締まっているのか、過食で太ったり、老化で弛んでしまっているのか、全てのパーツを毎日きちんと自分で確認しながら洗うのよ)事務所に入り立ての頃、3年先輩の中澤よしみさんがそうアドバイスしてくれた。彼女はもう40代後半になるが今も美しく、映画やドラマの出演が切れる事はない。そして事務所を辞めたセーラが唯一、今でも連絡を取る相手が彼女だ。
・・よっちゃんが教えてくれて本当に良かった。そうでなければ今頃ワタシは警察に捕まっていたかも知れない。それだけじゃなくて彼にもとてつもない迷惑をかけていただろう。もしかしたら今頃彼のところにも警察が行ってるかも知れないけど、きっと彼は何も言わないはず。突然消えたこんなワタシでも信じてくれる、そういう人だ。
1週間ほど前、セーラが引越しの準備をしていた時、中澤よしみから突然電話が来た。セーラは嬉しくなってすぐに出たが、中澤よしみの声のトーンは懐かしい友人とのおしゃべりを楽しむ物ではなかった。
「・・ねぇセーラ、一体何があったの?」
「えっ?」
「昨日、事務所に刑事が来たわ」
「どういうこと?・・・」
「社長やスタッフが貴方の事を色々訊かれたそうよ」
「・・・」
「アナタが事務所を辞めてもう一年近くになるから誰も連絡先を知らないって言ったけど・・。そっちには警察から何か連絡はあった?もしかしてこの電話は私ぐらいしか知らないの?」
「うん・・この電話は事務所の人だと牧村さんとよっちゃんしか知らない・・」
「そう・・ねぇ何があったの?・・アナタの助けになりたいのよ」
よっちゃんはワタシが事務所に入って以来、ずっと妹のように可愛がってくれた。彼女になら本当の事を話してもいいのかも知れない・・・でも、説明が難しい話だし、そうする事で彼女にも迷惑がかかるかも知れない。
「そうなんだ、どうしてだろう?」と、セーラはとぼけて言った。
「何かしたんじゃないの?例えばクスリとか・・」
「やってないよ」クスリは高校生の頃、彫師と付き合っていて無理やり大麻を吸わされた時だけだ。
「本当?」
「うん、クスリなんてやってない、どうして警察がワタシを調べてるんだろう?」
「自分でも分からないのね?」
「うん、心当たりはないです」
少しの沈黙の後、中澤よしみは溜息をついた。
「いいわ、信じてあげる。アナタは男性運は悪いけど馬鹿じゃないから。でもきっと警察はアナタの所にもすぐ行くわよ、事務所に先に聞きに来たって事は、外堀を埋めてから何かしらの容疑でアナタを捕まえようとしてるって事だから。友達とか彼氏とか家族とか、その辺ももう探ってると思うわ」
「そっか・・・よっちゃん詳しいね」
「ふふ、知ってるでしょ?私、刑事ドラマ長年やってたから」
「ああ、そっか(私、再犯させないので)ってセリフ流行ったもんね、ありがとう、色々教えてくれて」
「いいの、とにかく気をつけてね、何か手伝える事があったらいつでも言って」
「うん、本当にありがとう」
「落ち着いたらまたご飯でも行こう」
「うん、楽しみにしてる」
「じゃあまたね」
「はい」
電話を切ってからセーラは着信履歴と中澤よしみのアドレス、それまでのやり取りを全て消去した。
・・・よっちゃんにこれ以上迷惑はかけられない。今もずっと売れっ子の大女優さんだもん。・・・そっか、もしかしたら彼にも警察が接触してるかも知れないんだ・・もう連絡は取らない方がいいし、家にも行かない方がいいな・・・あっ、元彼の上垣くんや実家もダメか。・・ワタシ、一体どこに行けばいいんだろう・・・。
そしてセーラはナミチのマンションに逃げ込んだ。ナミチには(実家に戻るはずが母親と喧嘩をしてしまい、マンションは引き払ってしまった為に次の家を契約するまでの間だけ)と言っている。もちろんナミチは歓迎し、娘ぐらいの歳のセーラを永遠に居候させるつもりでいるようだ。セーラはシャワーを出てバスタオルを巻いてベランダへ向かう。流石に真冬の空、その格好で窓は開けないが、カーテンを全て開いて地上42階からの景色を眺める。東にスカイツリー、北東に富士山が見える。空気は澄み切っていて、渡り鳥も飛び易そうだとセーラは思う。・・ほんの10日ほどの間に色んな事があった、マキソンも亡くなって、ワタシは恩人である彼女のお葬式にも行けなかった・・・娘の明菜ちゃんは大丈夫だろうか・・ああ、空が青い・・そしてどこまでも果てしなく続いている・・・セーラは巻いていたバスタオルを床に落とす。超高層マンションの42階の一つの窓を覗くのはかなり高性能の望遠鏡でも使わなければ無理だ。そして雲一つない空に向かって自分を曝け出す・・・ワタシがあの日、GSW出版に行ってその男性を発見した時、彼は既に亡くなっていた。チャイムを鳴らしても返答がなかったから室内に入ってみると、男性は机に顔を埋めるようにして倒れていた。最初は寝てるだけかと思ったけど、顔を覗き込んでワタシはパニックになってしまった・・・だって、その男の目が、片方なかったから。ワタシは直感的にこう思ってしまった、あの時、自分の家の窓の外に浮かんでいた目玉は、この人のモノだ!と。やっぱりワタシはあの眼球に監視されていたんだと。そして逃げるようにそのビルから出て来てしまった・・まさかそのせいで自分が警察に追われる身になるだなんて・・だってワタシには彼を殺すような動機がない・・いや、あるのか?・・他人から見たら、ワタシがAVに出ていた事を雑誌で暴露されてそれに怒って殺した、という事なのか・・でも違う、ワタシは怒ってなんかいない、だって出演したのは事実だし、それは自分の責任、取り返せない過ちだ・・でも、それはもう受け入れている・・それについて今更抗議したって自分の過去は変わらないし、雑誌も出てしまった後ではどうしようもない・・・だけどワタシはあの記事を見て、どうしても出版社、記事を書いた人に訊きたい事があった、その為に直接足を運んだ・・・雑誌には<池上セーラ、過去に素人ものAVに出演!>という見出しと共に、男性の上に乗った背中側から映した裸の女性の写真が載っていた・・映像が古いから画質も荒く、動画から起こした写真は全体的に暗い・・・それでも分かる、あの雑誌に掲載された写真の女はワタシじゃない!自分のAVなんて一度も見直してないけど、あれは絶対に違う!体を見れば分かる・・あれは一体誰なの?!
(63)ウワガキ
あの写真の女性がワタシじゃないなら、一つの記事で被害者が二人になる。ワタシと間違って掲載されてしまった女の子の名誉を守ってあげたい・・その為にもGSW出版に行ったのに・・・。
セーラはバスタオルを拾って洗濯機に入れ、乾燥までをセットする。・・人の家の家電なのにすっかり使い方を覚えてしまった。・・そして寝室に行って下着を付けてXNUMXのロゴが入った黒の長袖Tシャツとリーバイスの濃いブーツカットジーンズを穿く。それからクローゼットに行って、ナミチが外出するなら使っていいと言っていたモンクレールの黒のダウンジャケットを羽織る。フードを被ってサングラスをすれば簡単には誰か分からないだろう、身長のお蔭でパッと見は男性だと思われるかも知れない。一応マスクもして・・・セーラは玄関にある大きな姿見の前に立つ。
・・・こんな変装、無意味かも知れない・・でもワタシにはやるべき事がある。ナミチさんが帰って来るまでに急いで戻って来よう。
厚底のコンバースを履いて、セーラはマンションを出る。高層階からエレベーターを降りて1Fのエントランスから堂々と真昼間の六本木の街に繰り出す。そして足早に駅へと向かう。
・・・ここが六本木だったから良かったのかも知れない。この有象無象の人間が行きかう街の象徴的な匿名性が、ワタシという個性を上手く埋没させてくれている気がする。今のところ誰かにつけられている感覚も、周りに気づかれている感じもしない。これなら上手くいきそうだ。今、ワタシが会うべき人間は一人。林屋出版の林屋健三社長だ。ナミチさんから聞いて驚いた、GSW出版の亡くなった編集長と林屋出版の社長が双子の兄弟だったなんて。ご兄弟の雑誌の事だし、もしかしたら林屋健三に会えば、あの記事の写真や情報の出処が分かるかも知れない。知ったところでどうなる問題でもないけど、ワタシと間違って掲載された女性の事がどうしても知りたいし、出来る事ならその子に間接的にでも迷惑をかけてしまった事を謝りたい。それがどんな人でも、例え本職でAV女優をやってる人であってもだ。だって、ワタシの代わりになった事でどんな影響が出ているかは分からないのだから。平気ならそれでいい、それを決めるのはワタシじゃない。もし泥が田んぼに跳ねたとしても、それが自分のせいならワタシはキチンと謝罪したい。それに林屋社長は彼の話だとマツシタくんとも親しかったらしいし(ワタシが元婚約者です)と言えば、その件でも何か聞けるかも知れない。どちらにしろ、林屋社長がワタシの件にもマツシタくんの件にも繋がっている。問題はどうやってアポなしで会って貰えるかだ・・・。
セーラはダウンのポケットに両手を突っ込み、六本木の街を闊歩する。それがもし、五反田や町田の駅前だったら目立っただろうが、大通りを敢えて使う事でランウェイのように歩くセーラの姿はむしろ風景に完全に溶け込んでいる。東京メトロの入口に入ろうとした時、ふいに強い風が地下から吹いてきてセーラの被っているフードを一瞬で飛ばした。セーラは慌てて右手をポケットから出し、それを被り直した。そして手をポケットに入れ直そうとした瞬間、道路側から右手首をガシっと誰かに掴まれた。
「セーラ」
驚いて振り向くと、路上に停めてある赤いスポーツカーの窓から身を乗り出すようにして、元恋人の上垣十一太がセーラの腕を掴んでいた。
「ウワガキくん・・・」
「今までどこに行ってたんだよ!突然出て行っちゃうし」
「ごめん、あのね、色々あって・・」
セーラは掴まれた腕を振りほどこうとした。するとウワガキは握る力を強めながら「オレを捨てるのかよーー」と言って突然泣き出した。
・・・やばい、彼はまだ二十代で、若くして成功したけどこういう所があるんだった。
セーラは元々涙に弱いところもあったがそれ以上に、今ここで人目につく行動だけは避けたかった。誰かに写真でも取られたら、すぐに警察に居所が知られてしまう。
「なー、車に乗れよー、ちゃんと話そうよー」ウワガキはセーラの腕をブンブンと縦に振り出した。
「ちょっ、ちょっと離して!」
「なんだよー、逃げんのかよー」
「わ、わかった、車に乗るから一回離して」
セーラは歩行者の視線から逃げる為に車体を回り込んで、素早く助手席に乗り込んだ。
「あのね、ウワガキくん。ワタシこれから行かなきゃいけない所が・・」
「セーラぁぁぁ」
ウワガキは情けない声を出して、運転席からセーラの胸に顔を埋めるようにして抱きついてきた。・・セーラは固まりながら溜息を吐いた。・・ああ、この人はまだ子供なんだ・・セーラは自分に間違った母性がある事は自覚していたが、かと言ってそれを改善させる方法を知らなかった。いつでも求められれば応えてしまう。他人を見た時に好きな人と普通の人という振り分けしか存在せず、嫌いな人がいない。そして同性の友達がほとんどいない。それらは父親不在の家庭の影響が強かったのかも知れない。・・この人は、ワタシがいなきゃダメなんだ・・そう思いながらセーラはウワガキの頭を撫でる。その時突然、頭の中に電撃が走ったかのように強烈なイメージが浮かぶ。それは小さな暗い部屋の中で本や書類が散乱した机の上に顔を埋めて、血を吐き出して死んでいる片目の中年男だ。そのモウリの死体がセーラを空洞の瞳で睨みつけてくる。そのぽっかりと開いた闇の中から無数の小さな手が伸びてきてセーラを引き込もうとする・・・ハッとしたセーラは、両手を使ってウワガキを自分の身体から強い力で引き剥がした。
「ど、どうしたの?・・もうオレの事キライになった?」とウワガキは懇願するように言う。セーラが見た事もない強い拒絶反応を示した事に驚いているのだ。
「ごめん・・あのね、ワタシどうしても行かなきゃいけない所があるの。だからごめんね、止めても無駄だから」
セーラはドアを掴んで車から降りようとする。
「わ、わかった!キミの行く所まで送るから。少しだけ、少しだけ話をしよう、オレだってキミが突然居なくなって傷ついているんだ、話ぐらいさせてくれよ」
セーラは動きを止めて考える。・・・確かに車で送って貰った方が警察や誰かに見つかりにくい。タクシーは顔バレしたり、話しかけられるのが嫌だったけど、この車なら窓にスモークも貼ってあるし安全に移動出来るかも。他人を利用するのは気が引けるけど、彼には付き合ってる間に沢山利用されたし、少しぐらいならいいか。
「・・うん。いいよ、恵比寿の林屋出版まで送ってくれる?」
「・・わかった」
ウワガキのソウルレッドクリスタルメタリック・カラーのマツダが、重低音を上げながら走り出した。
六本木通り都道412号を進んで外苑西通り都道418号を経由すれば、15分はかからないだろう。しかし案の定、ウワガキの車は赤坂方面へと逸れていく。セーラは運転席のウワガキを見る。男は何食わぬ顔で正面を向いて運転している。最新のカーステレオからは山下達郎のスパークルがかかっている。曲と合わない音響設定のせいで、ヒップホップのような重低音が響いている。
・・・また高そうな革ジャン着てる。一見ボロボロだけど、ヴィンテージで三桁ぐらいするんだろうな・・・ハットはステットソンか・・これも高そう・・サングラスはオリバーピープルズのシェルドレイクだ・・・もうほとんどジョニー・デップじゃん。どうしてこの格好で赤いスポーツカーに乗るんだろう?・・若くして成功したからお金の使い方が分からないんだろうな・・・顔はカッコイイけど、なんか空っぽなんだよな・・・そう言えばこの人って何で成功したんだっけ?よく考えたら何やっている人か全然知らないや・・・ワタシ、どうしてこの人と付き合ってたんだろう?
「セーラ、XNUMX着てるんだね」と唐突にウワガキが言った。
「あ、これ?」セーラはインナーのカットソーの胸元をつまむ。
「これはナミ・・あの、家にあったから。」
「そうなんだ・・随分地味な格好しているね、アウターはモンクレールだし、そんな誰でも着てるつまんない服セーラには似合わないよ、セーラは体のラインを出した方がいい。」
大抵の男はワタシに同じような事を言う。真冬でも。
「顔も隠して・・何だか変装みたいじゃん。誰かに追われてるの?」
「別に。寒かったから」
「例えば警察とか?」
「えっ?!」
「オレの所に刑事が来たよ。セーラのこと色々訊かれた。居場所知ってるか、とか。」
「そう・・ごめんね、迷惑かけて」
もうこんな近くまで、警察の捜査が進んでるんだ・・・。セーラは自分が砂場でやる棒倒しの棒になったような気がした。周りから少しずつ足場が削れて行って最後には倒れる。残りの砂山はあと何回掻けるのだろう?・・ウワガキは続ける。
「でも何も言ってないよ。だって知らないじゃん?セーラは突然出て行ったんだから。行先も知らないし、連絡先ももう代わってるみたいで電話も出ないって言った、実際そうだからね」
「ああ・・うん」
「でも刑事の奴ら、あっちからは何にも教えてくれねーの。セーラが何をしたか、何の容疑で追ってるかとか。ケチな奴らだよ、全く。・・ねぇ、何したの?クスリ?人でも殺した?」
「・・・」クスリはアナタでしょう?怪しい白い粉のパケ、クローゼットで見た事ありますよ、と思いながらセーラは黙っていた。
「心配だったからここんとこずっと探してたんだよ、セーラが使いそうな駅を張ってたんだ、それで今日・・」
「ねぇ、遠回りしてない?」
「えっ・・いや、そんなこと・・」
「ワタシ、マキソンの車で十年近くずっとこの辺を送り迎えして貰ってたんだよ?道も行き方もほとんど頭に入ってる。ねぇ、ここで下してくれる?」
黙っているウワガキの様子を見て、信号に止まった瞬間セーラはシートベルトを外し、ドアのロックを解いた。
「わ、わかった!ちゃんと向かうから!危ないし、変な所で降りるなよ」
セーラはインサイドハンドルからゆっくり手を離し「最短ルートでお願いします」と言った。
「・・なんだか、セーラ変わったね・・・んで、何をやって警察に追われてるかは教えてくれないんだ?」
セーラは頷いた。
「居場所も教えてくれない?」
セーラは頷いた。
「オレの元に戻って来たら匿ってあげれるけど?」
セーラは首を振った。
「チッ」
ウワガキは小さく舌打ちをした。そういえばこの癖も嫌だったな、とセーラは思った。・・・結局、よく知らない人と2年も付き合って、よく知らないまま別れたんだ。この人を信用する事は出来ない。きっとワタシが捕まって、自分のクスリをバラされるのを恐れているだけなんだろう。
「ねぇセーラ、どうしてオレがこの若さでこんな車に乗れているのか分かる?」
また始まった、とセーラは思った。だからいつもどおりウワガキが喜ぶような返答をした。
「天才だからでしょ?」
「そう、そのとおり」
付き合ってから何度も似たようなやり取りをした。もううんざりだ。
「でも、今日はもう少しつっこんだ所まで教えてあげるよ」
「ん?」
「オレが何でセーラの使う駅がわかったと思う?しかも使う入り口、時間まで知ってて待ってたんだぜ?」
・・確かに変だ(使いそうな駅)というだけでは説明がつかない。
「・・どうしてわかったの?」
ウワガキは前を向いたままほくそ笑んだ。
「キミは仮にもオレの正式な彼女だったからなぁ、仕方ない、特別に教えてあげるよ。実はオレはね、少し先の事が分かるんだ。瞬間的にではないけどね、特殊な状況下で物凄く集中すれば少し先の未来が分かる。すこーーし、だけどね」
「えっ?どういう事?・・それでワタシが今日、六本木駅を使うって分かったの?」
「ああ。それに犬型のロボットとかみんなが愚痴を書き込むネット掲示板とか、オレが作った物はみんな流行っただろう?分かってたんだよ、少し前から流行るモノが。」
「そんな・・・」
「まぁ信じられないだろうね。でも実際これもめちゃくちゃ流行ってるだろ?」
ウワガキは片手でセーラの長袖Tシャツの裾を軽く引っ張った。
「えっ?」
「XNUMX、このロゴにすれば世界中の人達が着るって分かってたんだ、だからデザインした」
「まさか・・・」
「そう、オレがXNUMXという名のブランドを立ち上げた、3人のうちの1人だよ」




