第2話
リジェは、幸い一命を取りとめ
日が経つにつれ、その愛くるしい仕草が
ありすの心を捉えるようになった。
お皿に入れたミルクに
顔をうずめるようにして飲むリジェは
まだ上手に飲めないのか
何度もケホケホと咳き込んでは
泪をぽろりと零した眸で
ありすを真顔で見つめたりする。
誰かが既に小さなリジェに
トイレの躾を済ませていたようで
ありすが部屋の片隅に用意した場所に
よじ登るようにして這い上がり
ちょこんと座っては神妙に
やはり真顔でありすを見つめたりする。
そのあまりの愛らしさに
ありすは、リジェに夢中になった。
リジェは、初めこそ
ありすの家の住人を警戒するかのように
窺うような眸で小さく縮こまっていたが
やがて、ありすやありすの両親や
少しやんちゃそうな弟も
自分をとても可愛がってくれることに気づいたのか
少しずつ奔放で無邪気な様を見せ始め
仔猫のリジェは、まるで小さな子犬のように
部屋中を駆け回り
ありすやありすの弟の足元にじゃれついてみせ
興奮のあまり加減を忘れ、
ありすの膝小僧に小さなひっかき傷を作ったり
母親のお気に入りのクッションの刺繍を
ボロボロにしてしまって
がっかりさせたりもしたものの
ありすの家には、
リジェ一匹分の陽だまりが
確かに運ばれ
温かなものが家の彼方此方を
ゆっくりと満たし始めたことを
ありすは目覚めて
カーテンを勢い良くあけた ある朝に
ふっと感じたのだった。
ある日リジェが、突然姿を消したことがある。
ありすが名前を呼びながら
リジェの姿を求め家中を探しても
リジェの可愛い甘えた鳴き声が
部屋の何処からも聴こえることはなく
途方に暮れたありすが
ふとピアノのある東の部屋から
庭へと目を遣ったその時
蔓薔薇の這う門柱の上に座り
拾われた海の方角を
じっと見つめているリジェの姿を見つけたのだ。
それはありすに声をかけることを
躊躇わせるほどのリジェの横顔であり
その日を境にしてリジェは時折
家の中から姿を消しては門柱へと座り
いつまでもいつまでも
何かを探しているような眸で
海の方を見つめるようになった。
そんなリジェの姿に
ありすはリジェを
海へと連れていくことを思いつき
自転車の前カゴに小さなクッションを入れ
そこに小さなリジェを座らせると
勢い良く坂道を下り 海へと向かった。
潮風が髪を頬を、撫でる暇もなく通り過ぎていく。
深まる秋は、夏の間
痛いほど肌を突き刺した日差しを
いつのまにか円やかに変えていて
柔らかに微笑む陽だまりは
ありすに心地良いという感情を運んできたが
やがてもうすぐ晩秋の風が、
夏の日差しの代役を務めるように
突き刺すようなあの痛みを、
ありすの頬に届けだすことだろう。
リジェはカゴの中で小さく蹲り
目まぐるしく自分を追い越していく景色を
じっと見つめている。
ありすはリジェが怖がらないように
時々声をかけてやりながら
どんどんと坂道を下った。
潮の香りがいっそう強くなり、
やがて視界が開け
そこに海が見え始めた時
リジェは体を起こして首を伸ばし
まっすぐにその海を見つめ
にゃぉ・・んと憐れなあの日の声を
再びにありすの耳へと届けたのだった。




