第3話 俺、帰ろうとしてるだけですよ?
「俺、嫌われてます?」
誰も答えなかった。
さっきまで巨大な青白い結晶があった場所。
今は灰色の石床しかない。
継ぎ目もない。
穴もない。
最初から何もなかったみたいに塞がっている。
『同一波形と思われる魔力反応を下方に検出』
三機の中継ドローンが床へ走査光を向けていた。
森川さんも測定器から目を離さない。
「……まだ動いてる?」
「いや」
表示を確認する。
「止まった」
「どの辺です?」
「かなり下。正確な距離はまだ出せない」
「じゃあ本当に下へ移動したんですね」
「そうみたい」
俺は床を見る。
変な話だった。
結晶が走って逃げたわけじゃない。
なのに。
俺が近づいた途端、床ごと沈んで、その反応だけが下へ移った。
『現時点で、佐倉探索者の接近と対象物の位置変化に関連がある可能性があります』
「可能性?」
『確認例が一件のみのため、断定はできません』
「もう一回やるとか言わないですよね?」
少し間があった。
「言わないですよね?」
『現時点では、追加の接近検証は行いません』
「現時点ではって付けるのやめてもらえます?」
真壁さんが苦笑する。
「まあ、今回はセンターも慎重だろ」
「今回はって言いました?」
「気のせいだ」
絶対言った。
『まず現在の対象反応を継続観測します。全員、その場から移動しないでください』
「了解」
俺たちは待った。
一分。
二分。
三分。
反応は動かない。
「安定してる」
森川さんが言う。
「佐倉君が止まってるからかは分からないけど」
「俺、一生ここに立ってるわけにいきませんよ」
「分かってる」
『佐倉探索者のみ、三メートル後退してください』
「後ろならいいんです?」
『対象反応から距離を取る方向です』
「それなら」
一歩下がる。
何も起きない。
もう一歩。
変化なし。
さらに下がる。
「どうです?」
「反応なし」
「じゃあ、離れる分には平気?」
「まだ断定はできない」
「最近その言葉よく聞くなあ」
森川さんは気にせず測定を続ける。
『さらに三メートル後退してください』
「はい」
下がる。
核らしき反応は動かない。
「少なくとも」
森川さんが測定器を見る。
「離れていく動きには反応してないみたい」
「だったら帰りましょう」
俺は即答した。
「こっちは近づきたくない。向こうも近づかれたくない。全員幸せです」
相田さんが笑う。
「核の気持ちまで代弁し始めたぞ」
「逃げられた側なんで」
何となく傷つく。
『管理センターより指示します』
人間の声に切り替わる。
『今回の未登録空間調査はここで終了します。全員、既存第五階層まで撤退してください』
「よし」
今日一番素直に返事が出た。
◇
来た道を戻る。
先頭は相田さん。
続いて真壁さん。
俺。
最後に森川さん。
三機のドローンが周囲を監視している。
「今のところ構造変化なし」
森川さんが言う。
「反応も?」
「止まってる」
「じゃあやっぱり離れれば――」
「待って」
足を止めた。
「今度は何です?」
森川さんが測定器と通路の先を交互に見る。
「このまま進むと、少し近づく」
「何に?」
「さっきの反応」
「…………」
地図端末を持っている相田さんが振り返る。
「帰り道こっちだぞ?」
「分かってる」
「核、下に逃げたんですよね?」
「下だけじゃない」
森川さんが測定器をこちらへ向ける。
「少し横にもずれてる」
「どっち?」
「第五階層へ戻る経路の下あたり」
「…………」
なんで。
「避けて帰れません?」
相田さんが地図を見る。
「今のところ道は一本」
「ですよね」
一本道だった。
進むしかない。
『対象反応までの距離を継続監視します。変化があれば停止してください』
「了解」
ゆっくり進む。
十メートル。
問題なし。
さらに十メートル。
「少し近づいてる」
森川さん。
「まだ大丈夫?」
「さっき反応した距離まではある」
「その距離、分かるんです?」
「おおよそ」
「怖いなあ」
さらに進む。
階段が見えてきた。
あれを上がれば、最初に入ってきた第五階層へ戻れる。
「もうすぐですね」
「佐倉君」
「はい」
「止まって」
止まった。
森川さんの声が変わっていた。
「どうしました?」
「反応が揺れた」
「揺れた?」
測定器を見る。
俺には何が違うのか分からない。
ただ、表示されている波形が小刻みに動いている。
「さっきも?」
「あなたが結晶に近づいた直前、こんな感じだった」
「…………」
全員が足を止める。
相田さんが階段を見る。
「あと二十メートルくらいなんだけどな」
「迂回路は?」
「ない」
真壁さんがセンターへ聞く。
「どうする?」
『その場で待機してください』
待つ。
波形が少しずつ落ち着く。
「戻った」
森川さん。
「俺が止まったから?」
「たぶん」
「じゃあ帰れないじゃないですか」
「だから今考えてる」
「嫌な相手に出会ったからって、人の帰り道に居座らないでほしいんですけど」
「向こうからすると佐倉君が近づいてるんじゃない?」
「俺、帰ろうとしてるだけですよ?」
核に言っても仕方ない。
『佐倉探索者は、その場で待機してください』
「はい」
『真壁探索者、相田探索者の二名のみ、前方階段まで移動してください』
二人が進む。
十メートル。
核反応は動かない。
階段へ到着。
「こっちは問題ない」
真壁さんの声。
『続いて森川探索者も移動してください』
「了解」
森川さんが進む。
反応なし。
俺だけが残った。
「…………」
分かりやすい。
あまり分かりたくないけど。
『佐倉探索者』
「はい」
『ゆっくり前進してください。反応変化があれば直ちに停止します』
「結局やるんですね」
『帰還のために必要です』
「それ言われると断れないなあ」
一歩。
何もない。
二歩。
まだ平気。
三歩。
「波形上昇」
森川さんの声。
「止まります?」
『停止してください』
止まる。
反応も止まる。
「…………」
少し待つ。
『二歩前進してください』
「はい」
一歩。
二歩。
ピッ。
「また揺れた」
森川さん。
俺は止まる。
核反応も、その場。
どう考えても。
「俺ですよね?」
『佐倉探索者との距離変化に反応している可能性が高いと判断します』
「さっきより言い方強くなりましたね」
嬉しくない確定に近づいている。
真壁さんが階段の上から言う。
「佐倉さん、一旦戻るか?」
「戻ってどうするんです?」
「それもそうだな」
前へ行けば核に近づく。
後ろへ戻れば、ダンジョンの外から遠ざかる。
「……詰んでません?」
『別経路を走査します』
三機のドローンが動き出した。
壁。
床。
天井。
周囲を調べる。
しばらくして。
『現在の未登録区画から第五階層へ接続する経路は、前方階段のみです』
「知ってた」
知りたくなかったけど。
◇
「だったら」
森川さんが階段から戻ってきた。
「核の方が動くまで近づいてみるしかないかも」
「え?」
「前と同じなら、佐倉君が一定距離まで近づけば向こうが移動する」
「俺が追い払うんです?」
「言い方は悪いけど」
「だいぶ悪いですよ」
でも。
核が今の位置から離れれば、帰り道は通れる。
「《浄化》は使いませんよ?」
「もちろん」
『接触も禁止です』
「そもそも見えてません」
床のずっと下だ。
「分かりました」
真壁さんたちが俺の周囲へ戻る。
いざという時に対応できる位置。
森川さんは測定器。
ドローン三機も監視。
俺はゆっくり階段へ向かう。
一歩。
二歩。
「反応増大」
三歩。
「まだ」
さらに進む。
階段まで十メートル。
その瞬間。
ゴゴゴゴゴゴ――。
「来た!」
床が震える。
俺は止まった。
「核は?」
「動いてる!」
森川さんが測定器を追う。
「さらに下!」
音が大きくなる。
でも。
さっきとは違った。
俺たちのいる通路の横。
何もなかった石壁に亀裂が走る。
「壁が!」
相田さんが下がる。
石壁が奥へ沈み込んだ。
その向こう。
新しい通路が現れる。
「…………」
俺は見る。
「またですか」
でも今回は、それだけじゃない。
足元。
階段の脇。
床まで動き始めた。
「全員下がれ!」
真壁さん。
全員で距離を取る。
石床がゆっくり割れる。
崩れるんじゃない。
整然と形を変えていく。
段差。
一段。
二段。
三段。
下へ続く。
新しい階段。
「…………」
相田さんが覗き込む。
「これ、さっきなかったよな?」
「なかった」
森川さんが答える。
『登録構造に該当なし』
三機のドローンも同じ結論。
俺は階段を見る。
暗い。
下がどこまで続いているのか分からない。
「いや」
嫌なことに気づいた。
「このダンジョン、五階までですよね?」
「そうだ」
真壁さん。
「俺たち今、五階の下にいますよね?」
「正確には未登録区画だな」
「で、さらに下に階段?」
「……そうなるな」
「何階なんです、ここ」
誰も答えなかった。
森川さんだけが測定器を見ている。
「核反応、また止まった」
「どこ?」
「この階段の先」
「行きませんよ」
即答した。
『追跡は行いません』
「よかった」
『全員、撤退を継続してください』
「はい」
やっとまともな指示だ。
俺たちは改めて第五階層への階段へ向かった。
核との距離はさっきより開いた。
今度こそ。
帰れる。
はずだった。
◇
「……あれ?」
相田さんが先頭で止まった。
「どうしました?」
「階段」
「ありますよね?」
「そこじゃなくて」
上を指す。
俺も見る。
さっきまで第五階層へ続いていた石階段。
その途中。
右側に。
通路が一本増えていた。
「…………」
「これもなかったよな?」
「なかった」
森川さん。
『新規構造を確認』
「また増えてる」
俺は頭を抱えたくなった。
「でも無視して上がればいいんですよね?」
「そのはず」
相田さんが先へ進む。
階段を上がる。
新しい横道は無視。
さらに上。
「……待て」
今度は真壁さん。
階段の先。
俺たちが入ってきたはずの場所。
そこに。
壁があった。
「…………」
「嘘でしょ」
灰色の石壁。
継ぎ目なし。
扉なし。
完全に塞がっている。
『登録地図との不一致を確認』
「また帰り道なくなってるじゃないですか!」
「落ち着け」
「前回もこれやりましたよ!」
「分かってる!」
三機のドローンが一斉に走査を始める。
壁。
横道。
新しい階段。
俺たちが通ってきた通路。
次々と測定。
『周辺構造を再構築します』
「再構築って誰が?」
聞いてから気づく。
「……ダンジョンが?」
森川さんが答えなかった。
測定器を見ている。
「核、また動いてる」
「俺動いてませんよ?」
「核だけじゃない」
「何が?」
「周りの魔力全部」
ゴゴゴゴゴ――。
遠くから音。
一つじゃない。
右。
左。
下。
いくつもの場所で石が動いている。
『登録構造との一致率、八十二パーセント』
「それ高いんですか?」
『低下中です』
「聞かなきゃよかった」
『七十一パーセント』
「早くないですか?」
『六十四パーセント』
「止められない?」
真壁さん。
『構造変化、継続中』
横道の奥。
何かの鳴き声が聞こえた。
『前方、新規モンスター反応三』
「佐倉さん、後ろ!」
「はい!」
もう条件反射だった。
真壁さんが前に出る。
相田さんが短剣を抜く。
森川さんが手を上げる。
新しい通路から、三体のゴブリンが走ってきた。
「なんでモンスターまで!」
「ダンジョンだからだろ!」
「そういう話じゃないです!」
真壁さんが一体を止める。
相田さんが横から切り込む。
森川さんの魔法。
数十秒。
三体とも消えた。
『周辺モンスター反応なし』
「帰りたい……」
本気だった。
「センター、現在地は?」
真壁さんが聞く。
『照合中です』
少し長い。
「まだ?」
『既存地図との一致率、四十三パーセント』
「半分以下じゃないですか」
『現在位置を既存階層へ照合できません』
「…………」
静かになった。
今いる場所。
元々。
存在しなかった。
森川さんが核反応を見る。
「まだ下にいる」
「何階くらい?」
「分からない」
ドローンがしばらく周辺を走査する。
そして。
『周辺構造、地下方向への連続性を確認』
一拍。
『現在位置を暫定的に、第六階層相当と判断します』
「…………」
俺は天井を見る。
次に床。
最後に、全員を見る。
「このダンジョン」
「うん」
相田さん。
「五階まででしたよね?」
「……だったな」
「だったって言わないでくださいよ」




