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初心者ダンジョンを掃除してたら、なぜかコアに嫌われました  作者: ギズモ


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第2話 前に見たのは、これじゃない

「……また?」


 目の前の青白い結晶は、何も変わっていないように見えた。


 割れてもいない。


 大きくなってもいない。


 光り方だって、さっきと同じだ。


 なのに。


『ダンジョン活動値、上昇を継続』


 三機の中継ドローンから、あまり聞きたくない報告が続く。


「どこまで上がってるんです?」


 俺が聞くと、森川さんは測定器から目を離さなかった。


「まだ中級の下の方。でも止まってない」


「止められません?」


「私に言われても」


「《浄化》した俺に言われても困りますよ」


「じゃあ誰に言うの」


「ダンジョン?」


 全員が黙った。


 たぶん違う。


『全員、その場で待機してください』


 管理センターから人間の声。


『追加の《浄化》は禁止します。現在取得したデータを解析します』


「追加する気ありませんよ」


 俺は右手を身体の後ろへ隠した。


「一回でこれですから」


 前回の青梅第二を思い出す。


 掃除する。


 照明が明るくなる。


 モンスターが増える。


 宝箱が出る。


 通路が生える。


 最後には初心者指定を解除されて、中級ダンジョンになった。


 今回も同じなら。


「これ、このまま中級になるんですか?」


『現時点では判断できません』


「嫌な答えだなあ……」


 相田さんが結晶を眺める。


「でも見た感じ、何も変わってないよな」


「見た目はね」


 森川さんが答える。


「魔力濃度は上がってる。でも……」


「でも?」


「ちょっと変」


 また嫌な言葉が増えた。


 森川さんは測定器を操作する。


「青梅第二のときとは違う」


「どこがです?」


「青梅第二は、掃除するたびに魔力の偏りが減ってたでしょ」


「淀みが取れてた」


「そう。でもここは最初からほとんど淀んでない」


 そういえば。


 入ってすぐにも同じことを言っていた。


 魔力濃度正常。


 偏りもほとんどなし。


「じゃあ、何が元気になったんです?」


「それを見てる」


「俺としては元気にならなくてよかったんですけど」


「それはもう遅いかもね」


「言わないでくださいよ」


 数分待った。


 その間にも活動値は少しずつ上がった。


 ただ。


 あるところで上昇が鈍る。


『活動値の変化率が低下しました』


「止まった?」


『完全には停止していません。ただし、急激な上昇は収束傾向にあります』


「じゃあ帰れます?」


『引き続き待機してください』


「ですよね」


 もう分かってきた。


     ◇


 二十分ほど経った。


 結論として。


 ダンジョンは消えていない。


 壁も動いていない。


 モンスターが大量発生したという報告もない。


 少なくとも今のところは。


『周辺区画におけるモンスター生成数に有意な変化は確認されていません』


「宝箱は?」


 相田さんが聞く。


『変化なし』


「そっか」


「残念そうですね」


「別に?」


 絶対残念そうだった。


 真壁さんがセンターへ確認する。


「撤退でいいのか?」


『その前に、現地点で追加測定を実施してください』


「了解」


 森川さんが結晶へ近づいた。


 俺は少し離れておく。


 別に指示されたわけじゃない。


 なんとなくだ。


「佐倉君」


「はい?」


「そこまで離れなくても大丈夫」


「気持ちの問題です」


「そう」


 森川さんは気にせず測定を始めた。


 結晶の正面。


 側面。


 床。


 壁。


 少しずつ位置を変える。


「活動値は高いけど、安定してきてる」


「良いこと?」


「少なくとも暴走って感じじゃない」


「じゃあやっぱり中級になるだけ?」


「まだ決めつけないで」


 決めつけたくはない。


 できれば初心者のままでいてほしい。


 俺のために。


「それにしても……」


 目の前の結晶を見る。


 やっぱり違う。


 多摩第一で見たものは、こんな大きさじゃなかった。


 もっと巨大で。


 部屋の中に、どん、と存在していた。


 黒いものが表面を覆っていて。


 何度《浄化》しても戻ってきた。


 最後に直接触れて――。


「…………」


 本当に。


 あんなに大きかったっけ。


 あのときは遭難していた。


 暗かった。


 怖かった。


 中継ドローンのライトしかなかった。


 黒いものにも覆われていた。


 俺が大きく見間違えた可能性だって――。


「どうした?」


 真壁さんに声をかけられた。


「いや」


 首を振る。


「俺の記憶違いなのかなって」


「多摩第一のコア?」


「はい」


 真壁さんが目の前の結晶を見る。


「かなり違うんだな」


「少なくとも、こんな感じじゃなかったと思うんですけど」


 相田さんも近くから結晶を見る。


「俺も今まで何個か見てるけど、だいたいこれくらいだぞ」


「ですよね」


「多少大きかったり細かったりはするけど」


「俺より大きいくらいは?」


「見たことないな」


「…………」


 ますます分からない。


 あれは何だったんだ。


 そう思ったとき。


 ピッ。


 森川さんの測定器が鳴った。


「ん?」


「どうしました?」


「ちょっと待って」


 森川さんが位置を変える。


 結晶から一歩離れ。


 床へ測定器を向ける。


「……何これ」


 声が小さかった。


「また何か出ました?」


「静かにして」


「はい」


 怖い。


 森川さんがしゃがみ込む。


 測定器を床すれすれまで下げる。


 右。


 左。


 また右。


「センター、今送ってるデータ見える?」


『確認しています』


「この低い反応、さっきまであった?」


 数秒。


『照合中です』


 真壁さんが森川さんの横へ来る。


「何かあるのか?」


「分からない」


「分からない?」


「何か……下から来てる」


「下?」


 全員が床を見る。


 普通の石床だ。


「地下六階?」


 俺が聞く。


「このダンジョンは五階まで」


 相田さんが即答した。


「ですよね」


『照合完了』


 センターから声。


『検証開始前の測定データにも、同種の反応が微弱ながら存在していた可能性があります』


「可能性?」


『当時はダンジョンコア周辺の魔力反応との分離ができていません』


 森川さんが測定器を見る。


「今は分かれる」


「なんでです?」


「たぶん、《浄化》」


「俺?」


「コア周辺の魔力の乱れが減ってる」


「活動値は上がったんですよね?」


「上がった。でも波形自体は綺麗になってる」


「…………?」


 分からない。


 顔に出ていたらしい。


「簡単に言うと」


 森川さんが少し考える。


「大きな音がずっと鳴ってたところで、小さな音を聞こうとしてた感じ」


「はい」


「佐倉君が掃除したあと、大きな音はまだ大きいけど、雑音が減った」


「それで?」


「別の音が聞こえるようになった」


「なるほど」


 それなら分かる。


 あまり嬉しくないけど。


「その別の音が、下から?」


「そう」


 森川さんは床を見た。


「かなり深い」


「どのくらい?」


 真壁さん。


「正確には無理。でも、この部屋のすぐ下じゃない」


『三機による地下構造走査を開始します』


 ドローンが散った。


 床へ淡い走査光を当てる。


 部屋を何度も往復。


 しばらくして。


『第五階層下部に未登録空間の存在を確認』


「…………」


 俺だけじゃなく、全員が黙った。


「未登録」


 嫌な言葉だ。


 本当に嫌な言葉だ。


「俺、この言葉嫌いなんですよね」


「知ってる」


 相田さんが答えた。


『推定空間規模を算出中』


 俺は床を見る。


 その下。


 地図にはない場所。


 そして。


 多摩第一。


 床が崩れた。


 落ちた。


 滑った。


 地図にない場所へ出た。


 その先。


「……俺」


 声が出た。


 三人が見る。


「前のダンジョンで、普通の道からコアまで行ってないんですよね」


「何?」


 真壁さんが聞き返す。


「多摩第一です」


 あの日のことを思い出す。


「地下二階で床が抜けて、下に落ちて」


 急な斜面。


 戻れない通路。


 黒い染み。


「地図にないところをずっと進んだ先に、あれがあったんです」


 森川さんがゆっくり立ち上がった。


 目の前の結晶を見る。


 それから床。


「じゃあ」


 言葉を選ぶように続ける。


「多摩第一で佐倉君が見たものと、これが別物だった可能性がある?」


「俺には分かりません」


 ただ。


 違う。


 それだけはずっと引っかかっている。


「センター」


 真壁さんがドローンを見る。


「どうする?」


 すぐには返事がなかった。


 当然だ。


 今回の検証予定に、


『ダンジョン最深部より下に謎の空間が見つかった場合』


 なんて項目はたぶんなかったと思う。


『全員、その場で待機してください』


「了解」


 俺も待つ。


 できれば、


『予定外なので帰還してください』


 と言ってほしい。


 その期待は。


 十分ほどで裏切られた。


『未登録空間について、限定的な観測を許可します』


「やっぱり」


 思わず言った。


『ただし条件があります』


「聞きます」


『《浄化》の使用を禁止します』


「使いません」


『未知の物体への接触を禁止します』


「触りません」


『異常反応を検出した場合、即時撤退してください』


「最初からそうしてください」


『また、未登録空間への進入は、既存区画との接続が確認できた場合に限ります』


 つまり。


 壁を壊したり。


 床を掘ったり。


 無理やり入ったりはしない。


「それならまあ……」


「佐倉さん」


 相田さんが笑う。


「嫌ならここで待っててもいいぞ?」


「一人で?」


「三機のドローンと」


「行きます」


 一人で待つ方が嫌だ。


     ◇


 接続経路が見つかったのは、コア部屋の奥だった。


 壁際。


 一見するとただの装飾にしか見えない石柱の裏。


 相田さんがしゃがみ込み、床を調べる。


「ここ」


 細い継ぎ目。


 押す。


 動かない。


 引く。


 動かない。


「壊すなよ」


「分かってる」


 相田さんが周囲を調べる。


 少し離れた壁。


 小さなくぼみ。


 そこへ手を触れる。


 ゴゴッ。


 低い音。


 石柱の裏側がゆっくり開いた。


「……あった」


 下へ続く細い階段。


 照明はない。


『未登録経路を確認』


「ほんとにあるんだ」


 相田さんがライトを向ける。


「先、見てくる」


「頼む」


 真壁さん。


 相田さんが先行。


 数分後。


『経路上に危険反応なし』


 俺たちも続く。


 階段を下りる。


 照明魔石はない。


 三機のドローンのライトだけが、灰色の石壁を照らしている。


「…………」


「佐倉君?」


 森川さん。


「何でもないです」


 何でもなくはない。


 似ている。


 多摩第一の未登録区画に。


 全く同じわけじゃない。


 道の形も違う。


 石材も少し違う。


 黒い染みだってない。


 それでも。


 普通のダンジョンから一枚剥がした裏側へ入ったような。


 そんな感じだけは似ていた。


「嫌な感じします?」


 相田さんが前から聞いた。


「します」


「モンスター?」


「違います」


「じゃあ何?」


「思い出です」


「ああ」


 納得された。


 しばらく進む。


 分岐はない。


 一本道。


 少しずつ下へ。


 森川さんの測定器が反応を強くしていく。


「近い」


「何が?」


「下から来てた反応」


 さらに進む。


 やがて。


 前方の暗闇に。


 青白い光が見えた。


 俺の足が止まった。


「佐倉さん?」


 真壁さん。


「……これ」


 喉が少し乾いた。


 進む。


 通路が広がる。


 部屋。


 その中央。


 巨大な青白い結晶があった。


 人の背丈どころではない。


 天井近くまで伸びている。


 淡い光が内部をゆっくり流れている。


「でか……」


 相田さんが呟いた。


 森川さんも何も言わない。


 俺は。


 見覚えがあった。


「これです」


「何が?」


 真壁さんが聞く。


「多摩第一で俺が見たの」


 三人が結晶を見る。


 今まで見てきたダンジョンコアとは、明らかに違う大きさ。


「間違いない?」


「たぶん」


 近づかずに見る。


「形は少し違う気もします。でも、大きさはこんな感じでした」


 そして。


 もう一つ。


「ただ」


「ただ?」


「黒くない」


 多摩第一では、これに黒いものがまとわりついていた。


 表面を覆って。


 剥がしても戻ってきて。


 最後には。


「今回はないんだな」


 真壁さんが言う。


「はい」


 どこにもない。


 青白い。


 綺麗な結晶。


 それだけだ。


『全員、対象物へ接触しないでください』


「しません」


 俺は即答した。


『森川探索者は非接触測定を実施してください』


「了解」


 森川さんがゆっくり近づく。


 一メートル。


 二メートル。


 三メートル。


 何も起こらない。


「反応強い」


「危険?」


「今のところは」


 さらに測定。


 真壁さんも少し近づく。


 変化なし。


 相田さんも。


 変化なし。


「佐倉君」


「はい?」


「あなたはまだそこで」


「もちろん」


 言われなくても行かない。


 森川さんが測定を続ける。


「表面温度安定。魔力反応も周期的。少なくとも今すぐ何か起きる感じは――」


『佐倉探索者』


「はい」


『対象物との距離を五メートルまで縮めてください』


「…………」


 俺はドローンを見る。


「さっき触るなって言いましたよね?」


『接触はしません』


「近づくのはいいんです?」


『変化があれば即時停止します』


「…………」


 真壁さんが俺を見る。


「無理なら断っていいぞ」


 少し迷う。


 でも。


 五メートル。


 触らない。


 《浄化》もしない。


「分かりました」


 一歩。


 進む。


 何もない。


 もう一歩。


 青白い結晶はそのまま。


 さらに一歩。


「ここで五メートルくらい?」


『あと一・二メートルです』


「細かいなあ」


 一歩進んだ。


 その瞬間。


 ゴゴゴゴゴ――。


「え?」


 部屋全体が震えた。


「佐倉さん、下がれ!」


 真壁さんの声。


 すぐ後ろへ。


 巨大な結晶の周囲。


 床が沈む。


「何これ!」


 結晶そのものが、ゆっくり下へ落ちていく。


 いや。


 床ごと。


 台座ごと。


 青白い光が沈んでいく。


「森川!」


「測ってる!」


 壁が動く。


 結晶のあった場所が石で塞がっていく。


「待って!」


 森川さんが測定器を追う。


 反応が消える。


 いや。


「……違う」


「何?」


 真壁さん。


「消えてない」


 森川さんが床を見る。


「移動した」


「移動?」


「もっと下」


 三機のドローンが同時に走査を始める。


『同一波形と思われる魔力反応を下方に検出』


「…………」


 俺は塞がった床を見る。


 さっきまで。


 そこに巨大な結晶があった。


 森川さんも。


 真壁さんも。


 相田さんも近づいた。


 何も起きなかった。


 俺が近づいた途端。


 下へ。


「……もしかして」


 誰も答えない。


『魔力反応の位置変化を確認しました』


 俺は塞がった床を見る。


「俺、嫌われてます?」

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