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Eden’s Gate Guardian's ‐エデンの守護者-  作者: Red/春日玲音


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第三十五話 商人アキン・ドゥの独白

 俺の名は、アキン・ドゥ。しがない商人――と、自分で言っていて、少しばかり苦笑が漏れる。商人なんてのは、どいつもこいつも腹の底で何を考えているか分からない連中ばかりだ。その中に放り込まれた若造が、まともにやっていける道理はない。


 ……まあ、それでも何とか生き延びてきた。


 理由は二つ。十五の時に発現した「商人」のジョブと――そして何より、相棒の存在だ。


 ワイ子。三歳になる、まだ幼いワイバーン。名前の由来は深く聞くな、俺だって勢いで付けただけだ。だが、見た目こそ愛嬌のある小さな竜でも、その血は確かに亜龍に連なるものだ。そこらの魔物など、鼻で笑って蹴散らす。


 おかげで、普通の商人が足を踏み入れない危険地帯でも商売ができた。危険と隣り合わせではあるが――それを差し引いても、利益は悪くなかった。


 ……いや、本当は「悪くなかった」なんて軽く言うほど楽でもなかったんだがな。


 それでも、続けてこられた。


 だが、どれだけ気を張っていようと、人間はミスをする。


「……はぁ」


 思い出すだけで胃が痛くなる。


 長く世話になっていた町で、ギルド長を怒らせた。いや、正確に言えば半分は嵌められたようなものだ。だが結果は同じ。あの町での商売は、もうできない。


 ならばどうするか。


 簡単な話だ。新天地を探すしかない。


 そうして俺は、隣国へと足を踏み入れた――のだが。


「……甘く見てたな、俺」


 思わず独り言が漏れる。


 どこへ行こうと事情は同じだ。既に縄張りは出来上がっている。後から来た人間が入り込む余地なんて、そう簡単にあるもんじゃない。


 だが、俺にはジョブがある。


 「商人」のジョブは、時に理屈を超えた“感覚”をもたらす。嗅ぎつけるんだ――金の匂いを。まだ誰も手をつけていない、眠ったままの利益を。


 そして今、その感覚が告げていた。


 この先に、“ある”と。


「危険な森、ねぇ……」


 噂は聞いていた。この森はヤバい、と。踏み込んだ者は戻らないだとか、国が調査を断念しただとか――尾ひれのついた話はいくらでもある。


 だが、俺には関係ない。


 ワイ子がいる。空を飛べる。危なければ逃げればいい。それだけの話だ。


 それに、この森を含む一帯は、未踏の領域といいながら、アル・ザーク領として、王国の領地と、確かに公式文書に記されていた。しかも、新たな領主が最近赴任したという情報も得ている。

つまり、新たな領主のもとで、新たな基盤が築かれようとしているわけだ。新しいことが始まれば、そこには必ず商機がある。つまり稼ぐチャンスが転がっている――つまりは、そういう事だ。そして今まで、この感覚が外れたことは、一度もない。



「……行くぞ、ワイ子」


 小さく鳴く相棒に頷き返し、俺は森の奥へと進んだ。


 ――そして。………………今に至る。


「…………いや、ちょっと待て」


 誰に言うでもなく、呟いた。


 ぐるぐる巻きに縛られたまま、地面に転がされている俺。すぐ隣には、同じように拘束されたワイ子。翼も脚も完全に封じられ、身動き一つ取れない。


 視界の端で、黒い影が蠢く。


 イリーガルスパイダーの群れ。異常種――本来の個体の進化を外れ、異常繁殖した魔物だ。一本一本が、しなやかなくせに鉄のように硬い糸を吐き、獲物を絡め取る厄介極まりない連中。


 ……それだけでも十分に最悪だというのに。


「おいおい……冗談だろ」


 さらに奥、木々の隙間から現れた“それ”に、思わず息を呑む。


 赤黒い毛並み。血を思わせる鋭い牙。森の王とでも言うべき威圧感を纏った魔獣――クリムゾンファング。


 その名を知らぬ者はいない。街一つ、いや国の一つや二つ、気まぐれで滅ぼせる災厄だ。


 ……それが、どうしてここにいる。しかも、どう見ても、イリーガルスパイダーと連携をとっているように見える。


「囲まれてる、よな……完全に」


 笑うしかない。


 前も後ろも、上も下も。逃げ道なんて最初から存在しなかったかのように、俺たちは包囲されていた。


 商人の勘? 金の匂い?


 ――ああ、なるほど。


「これが、そうかよ……」


 乾いた声が喉から漏れる。


 確かに“手つかず”だ。誰も手を出さないどころか、出せるわけがない。


 こんな場所……自殺行為という言葉が身に染みて理解した。


「……ツイてねぇな」


 項垂れる。抵抗する気力すら、どこかへ消え失せていた。


 ここまでか、と。………俺の命運も、どうやら尽きたらしい。



 広場に足を踏み入れた瞬間、私は思わず足を止めた。


 くーちゃんの眷属たちが、ぐるりと円を描くように取り囲んでいて、その中心には――見慣れない男の人と……あれ、ワイバーン、だよね?


 しかも、どっちもぐるぐる巻き。


「……わぁ」


 ちょっと引く光景だけど、くーちゃんらしいといえばらしい。


 私たちが近づいたのに気づいたのか、男の人がぱっと顔を上げて、必死な声をあげた。


「助けてくれ!」


 うーん、第一声がそれなんだ。


 私は少し首をかしげながら、その人の前にしゃがみ込む。


「えっと、あなたが不法侵入者?」


「違うっ! 俺はたまたまこの上を飛んでいただけで――」


『嘘』


 ぴしっ、と空気が弾けたみたいな音がして、くーちゃんの糸から電撃が走る。


「うわっ!?」


 男の人がびくっと大きく震えて、そのまま固まった。


 ……あ、くーちゃん、そんなことも出来たんだ。あとでちょっと詳しく聞いてみようかな。


「えっとね」


 私はできるだけやわらかく笑ってみせる。


「正直に話した方がいいと思うよ?」


 そう言った瞬間、みぅがすっと前に出て、男の人の顔をぺろりと舐めた。


 ……うん、フォローのつもりなんだけど、たぶん逆効果。


「へ、へ、ヘルキャット……しかもイリーガル種か……!!」


 男の人はみるみる青ざめて、がたがた震えはじめる。


 あー、うん、怖いのかな?みぅはこんなに可愛いのに。


 少しショックを受けたよな顔をしているみぅの頭をなでる。


 しばらくして、男は、とうとう観念したみたいに、ぽつぽつと話し始めた。


 自分は商人であること。


 新しい儲け話を探して、この森に来たこと。


 そして――どうやら、完全に運が悪かったこと。


「なるほどねぇ……」


 私は相槌を打ちながら、内心でひとつ納得する。


 ああ、これ――まだ残ってたんだ。


 前に振ったダイスで出た“クリティカル”。


 あの時の効果は、「必要な時に必要な人材が集まる」だったはず。


 ちょうど今、流通の話をしてたところだし……つまりこの人、そういうことだよね。


「必要な人材、かぁ」


 小さく呟くと、男の人がびくっと反応する。


 ……うん、聞こえてたかな。まあいいや。


 でも、クリティカルって、いいことばかりじゃないんだよね。


 たしか説明に、「トラブルも一緒にやってくる」ってあった気がするし。


「……うん」


 私はにこっと笑って、立ち上がる。


 こういうのは、適材適所っていうし。


「アリシアに任せよっと」


 小さくそう呟いて、私はすっと一歩下がった。


私に場所を譲られて、前に出たアリシアは――案の定、少し困ったように眉を下げた。


 うん、こういうの、いきなり振られると大変だよね。でもまあ、アリシアなら大丈夫。たぶん。


「えっと……」


 少しだけ間を置いてから、やわらかい声で問いかける。


「商人さんは、私たちに敵意があったりする?」


 その言い方がいかにもアリシアらしくて、私は思わず小さく笑いそうになる。


 問いかけられた男の人――アキンは、ぶんぶんと勢いよく首を横に振った。


「な、ない! そんなもん、これっぽっちもない!」


 必死さがすごい。うん、これは本音っぽいね。


 アリシアはそれを見て、ほっとしたように表情を緩めると、今度はふわりと微笑んだ。


「じゃあ、とりあえず……場所を変えてお話ししましょうか?」


 その笑顔はやさしくて、けれどどこか有無を言わせない強さもあって。


 不思議だなって思う。アリシアって、普段はちょっと頼りなさそうなのに、こういう時だけはちゃんと“上に立つ人”の顔になる。


 その一言で、空気がすっと変わった。


 さっきまで“捕らえられた不法侵入者”だったアキンの立場が、まるで何事もなかったかのように塗り替えられる。


 ――来訪者。


 ただそれだけの言葉に変わったのに、意味は全然違う。


 アキンもそれを感じ取ったのか、ぽかんとした顔のまま、何度も小さく頷いていた。


 ……うん、やっぱりアリシアに任せて正解だったかな。

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