第三十三話 サキュバスとヴァンパイア。そしてマッドな私
「――クックック……できたわっ!」
思わず、そんな笑い声が口からこぼれてしまった。
……うん、自覚はある。ちょっと、というかだいぶマッドっぽい。
でも仕方ないと思うの。
だって今、私の手の中には――いかにも“それっぽい”光を放つ、怪しげな魔道具と、これまた妖しく揺らめくポーションがあるんだから。
きっかけは、エルちゃんたちとの何気ない会話だった。
サキュバスとヴァンパイア。
種族としては違うけれど、話を聞いてみると、意外と共通点が多かった。
「私たちって、魅了とか魔力は強いんですけど……」
と、エルちゃんが少し困ったように笑いながら言っていたのを思い出す。
「真正面からの戦いは、ちょっと苦手で……」
それは、ヴァンパイアの子たちも同じらしい。
高い魔力と特殊能力を持ちながらも、純粋な“殴り合い”みたいな戦闘では、どうしても分が悪い。
だからこそ、彼女たちは考えたのだという。
「自分たちの弱点は、自分たちで補うしかない、って」
その言葉の通り、サキュバスたちは“調合”の道を選んだ。
魅了の効果をさらに高める薬、相手の抵抗力を削ぐもの、麻痺や催眠を引き起こすもの……。
「自分が弱いなら、相手を弱くすればいいんです」
エルちゃんが、ちょっとだけ得意げに言っていたのが印象的だった。
一方で、ヴァンパイアたちは“制作”――魔道具の開発に力を入れていた。
「自分たちの戦闘力を底上げするためのものが多いわね」
と、ヴァンパイアの子が説明してくれた。
補助、強化、保護……方向性は違うけれど、どちらも“足りない部分を埋める”という点では同じ。
そして、その二つの思想が――
「……私の生産魂に、火をつけちゃったんだよねぇ」
ぽつりと呟きながら、手の中の試作品を見つめる。
錬金術師としての血が、どうしようもなく騒いでいた。
異なるアプローチの融合。強化と弱体、補助と制圧。
その組み合わせが、こんなにも新しい発想を生むなんて。
「これとこれを組み合わせたらどうなるかな?」
「その場合、魔力の流れはこう調整して……」
「じゃあ、こっちの触媒を使えば安定するかも……」
気がつけば、エルちゃんたちやヴァンパイアの子たちと一緒に、夢中になって試行錯誤を繰り返していた。
失敗もたくさんした。
爆発したり、煙が出たり、妙な色に変わったり……思い出したくないものもいくつかある。
でも、その積み重ねの先に――
「これ、すごいですよシズカさん……」
エルちゃんが、目を輝かせながら見つめている。
完成した試作品のひとつ。
どんな異常状態も、一瞬で治してしまう――超万能薬。
そしてもうひとつ。
それとは対照的に、効果を極限まで“増幅”させた、特化型のポーション。
……うん、ちょっと危ないやつ。
でも、理論上は完璧だった。
そのとき。
「シズカぁ、そろそろ一緒に――」
ぱたぱたと軽い足音と一緒に、アリシアがやってきた。
「あれ? これなぁに? 新しいジュース??」
「え、あ、ちょっ――」
止める間もなかった。
アリシアは、なんの疑いもなく、そのポーションを手に取って――そのまま、こくりと一口。
「あ……」
時間が、止まった気がした。
数秒の沈黙のあと。
「うぅ……」
アリシアの頬が、じわじわと赤く染まっていく。
「体が……熱いのぉ……」
とろん、とした瞳。
いつもの凛とした雰囲気はどこへやら、ふにゃりと力の抜けた表情で、ふらりとこちらに寄ってくる。
「シズカぁ……大好きぃ……」
ぎゅ、と腕にしがみつかれて、柔らかい感触と体温が伝わってくる。
「ちょ、アリシア……!?」
ああ、これ――
完全にダメなやつだ。
ちなみに、アリシアが飲んだそれは。
魅了効果を極限まで増幅させた、超媚薬。
どんな相手でも“一口でその気にさせる”という、とんでもない代物で――しかもこれ、こっそりハイエルフたちの協力まで得て完成させた、ある意味で究極の一品だったりする。
……うん、使いどころを完全に間違えた。
その後どうなったかは――
まあ、アリシアの名誉のために、詳しくは語らないでおくけれど。
ただひとつ言えるのは。
我に返ったアリシアが、それから三日間――
私と、まったく目を合わせてくれなかった、ってことだけ……自業自得だと思うんだけどねぇ?
◇
「――じゃぁ、行きますっ!」
ぴん、と空気が張り詰める。
カスミさんが双剣を構え、その切っ先をまっすぐに向けた先にいるのは――みぅ。
いつも通り、ふわっとした毛並みで、のんびりした顔をしているのに、その首にはひとつだけ、いつもと違うものがあった。
可愛らしい首輪。
その中央に、淡く光を放つ魔石が埋め込まれている。
「それが、今回の……?」
「うん、実験用の魔道具。ちょっと自信作だよ」
私は思わず、にやっとしてしまう。
カスミさんが一歩踏み込み、地面を蹴った。
次の瞬間には、その姿はもうぶれて見えるほどの速度で、みぅへと迫っている。
鋭い一閃。
双剣が、迷いなく振り抜かれる。
――当たる。
そう思った瞬間。
「っ……!」
弾かれたのは、カスミさんの方だった。
金属音とともに、その体が後方へと押し返される。
対して、みぅは。
「……みゃ?」
まったく動いていなかった。
毛並みひとつ乱れず、ただ首をかしげているだけ。
「成功……だね」
思わず、小さく呟く。
胸の奥がじんわりと熱くなるような、あの感覚。
うまくいったときの、あの感じ。
「今の……」
体勢を立て直したカスミさんが、驚いたように魔石を見つめる。
「物理も魔法も跳ね返す、超結界。それを小型の魔石に落とし込んだの」
私は説明しながら、みぅの首元を指さす。
「このサイズなら、指輪とかネックレスにもできるし、普段から身につけても邪魔にならないでしょ?」
「……たしかに」
カスミさんは、ゆっくりと頷いた。
「効果は、今見た通り」
まだ調整の余地はあるけど、少なくとも“防御”という意味では、かなり完成度は高い。
「保持者の魔力量に依存する部分もあるから、そこは今後の研究かな。でも――」
私は、ちょっとだけ声を弾ませる。
「これがあれば、アリシアや私でも、森の中を安全に移動できるようになるんだよ?」
「……それって」
「うん」
にっこりと笑って、私は言い切った。
「ピクニックに行けるってこと!」
その言葉に、少し離れたところで様子を見ていたアリシアが、ぴくっと反応した。
……ここ数日、ちょっと気まずい空気だったからね。
あの“事件”以来。
だからこそ、こういうお出かけは大事なのだ。
「……でも」
ふと、私はみぅを見る。
あの首輪をつけた状態で、あの防御力。
「これ、みぅ……もう無敵なんじゃないかな?」
そんなことを考えていると。
ざっ、と音がした。
振り向くと――そこには、ずらりと並んだ影。
「え?」
整然と列を作っているのは、クリムゾン・ファングたち。
その先頭にいるのが、ひときわ体格の大きい個体。
「……シュバルツ?」
私が名前を呼ぶと、低くひと声、応える。
ちなみにシュバルツっていうのは、この子たちのリーダーの名前で、最初にみぅが保護してきたつがいのオスの方。
メスの方には「ヴァイス」って名前をつけたんだけど……それ以外は、まだ。
だって、数が多いし、思いつかないんだもの。
「……これ、もしかして」
列を作って、じっとこちらを見てくるファングたち。
その視線が、みぅの首輪に向いているのは、明らかで。
「欲しいの?」
「わふ」
即答だった。
……うん、そうだよね。
いいよね、あれ。
「……量産、決定だね」
小さくため息をつきながらも、私は苦笑する。
その後。
シュバルツたちの分も含めて、超結界の魔石をひたすら作ることになって――
気がつけば、一週間が経っていた。
「……シズカ」
「は、はい」
その間、当然ながら。
「ピクニック……」
「ご、ごめんなさい……」
アリシアのご機嫌は、見事に悪化していた。
でも。
ちゃんと、そのあと――
念願のピクニックに出かけて、なんとか機嫌を直してもらえたから、結果オーライ、ということで。
「それで、何したの?」
なんて、ササラに聞かれたけど。
「……内緒」
そう答えて、私はちょっとだけ笑った。
だって。
そういうのは――
女の子の、秘密だから。
◇
領民が増えた。
それに合わせて畑もどんどん広がって、育てられる作物の種類も増えていって――気がつけば、この土地はすっかり“ちゃんとした領地”らしくなっていた。
収穫量も安定していて、自給自足どころか余るくらい。
アリシアの領地経営は、びっくりするくらい順調そのもので。
「……となれば、少しくらい引きこもってもいいじゃないのぉ!」
私はそう、精一杯の抗議を口にした。
――部屋から引きずり出されながら。
「少しなら構いません」
ずるずると廊下を引きずられつつ、私はカスミさんを見上げる。
その表情は、にこやかなんだけど、目が全然笑ってない。
「ですがもう一か月ですっ! さすがにこれ以上は許可できませんっ!」
「ぶぅ……遊んでたわけじゃないんだよぉ……」
「言い訳はあとで聞きますっ!」
ぴしゃり、と言い切られてしまう。
「とりあえずお風呂ですっ!」
「え、ちょ、まだ心の準備が――」
そんなもの、待ってくれるはずもなく。
そのまま私は、半ば強制的にお風呂へと連行されたのだった。
*
「はい、こちらをどうぞ」
「失礼しますね」
……あのね。
サキュバスさんたちって、メイドが天職なんじゃないかな?
そう思ってしまうくらい、完璧だった。
やさしくて、丁寧で、細やかで。
気がつけば、髪の先から足の先まで、隅々まできれいに洗われていて、ついでに心までほぐされているような気分になる。
「はぁ……癒される……」
思わずそんな声が漏れてしまうのも仕方ないと思うの。
……うん、これは危険だ。いろんな意味で。
*
「それで?」
お風呂のあとの食事。
湯気の立つ料理を前にして、ほっと一息ついたところで。
アリシアが、じーっとこちらを見ていた。
「遊んでたわけじゃない、って?」
責めるような目。
……うん、ちょっと放置しすぎたかもしれない。
普段は為政者として、年齢以上にしっかりしてるのに、こういうところはちょっとだけ子供っぽいんだよね。
そこがまた可愛いんだけど。
「あ、うん、ほら……収穫物、増えすぎてるでしょ?」
話を切り出すと、アリシアは少しだけ眉をひそめた。
「それは……そうね」
「畑、調子に乗って広げすぎちゃってさ」
気づけば、その規模は百ヘクタールを超えていた。
農作業用ゴーレムも、いつの間にか七百体以上。
しかも、この土地の特性のおかげで――
「どんな作物でも、一か月も経たないうちに収穫できるでしょ?」
「ええ……」
「つまりね」
私は、少しだけ身を乗り出す。
「生産過多、なんだよね」
いくら領民が増えたとはいえ、消費が追いつかない。
保存庫も、もう限界に近づいている。
「その問題を解決するために――」
私は、懐から三つの小さなコアを取り出した。
それぞれ、淡く違う色で光っている。
「これが?」
アリシアが、興味深そうに覗き込む。
「こっちが、単純な空間拡張コア」
左のものを指さす。
「中の容量をぐっと広げられるから、保存庫のスペース問題はこれで解決」
「なるほど……」
「で、真ん中のが」
少しだけ誇らしげに、私はそれを掲げた。
「時間の流れを調整する機能付き」
「時間……?」
「うん。中の時間を遅くできるの。つまり、食材が傷みにくくなる」
「……それは、すごいわね」
アリシアが素直に驚く。
ふふん、でしょでしょ。
「で、最後にこれ」
右側のコアを軽く持ち上げる。
「これは、完全に時の流れを遮断するやつ」
「……え?」
「中に入れたもの、ほぼ“そのまま”の状態で保存できるの」
空気が、ほんの一瞬止まった気がした。
「……シズカ」
「なに?」
「それ、さらっと言っていいものじゃない気がするのだけど」
「そうかなぁ?」
首をかしげると、アリシアは額に手を当てた。
空間拡張はともかくとして。
時間の流れをいじるのは、正直かなり苦労した。
何度も失敗したし、安定させるのにも時間がかかった。
「量産は……ちょっと難しいかもだけど」
それでも、これで当面の問題は解決できるはず。
そう思って、満足げに頷いたところで――
ふと視線を感じる。
横を見ると。
「……」
カスミさんが、ものすごく呆れた目でこちらを見ていた。
「……なんでそんな顔してるの?」
恐る恐る聞くと、カスミさんは、はぁ……と深いため息をついた。
「一か月引きこもっていた理由が、“これ”ですか……」
「うん!」
胸を張って答えると、もう一度ため息。
……あれ?
これ、褒められてもいいやつじゃないのかな。




