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Eden’s Gate Guardian's ‐エデンの守護者-  作者: Red/春日玲音


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第三十一話 増える領民

ハイエルフたちがもたらしてくれたものは、なにも知識や技術だけじゃなかった。


ある日の午後、まだ陽のやわらかい光が世界樹の葉を透かしてきらきらしている中で、ひとりのハイエルフが、少し遠慮がちに私の前へやってきた。


「あのぉ……これ、植えてもいいですか?」


声をかけてきたのは、シシリーさん。透き通るような銀の髪を揺らしながら、両手で大事そうに抱えていたのは――小さな苗木だった。


「それって……果樹、ですか?」


近づいて覗き込むと、見覚えのある葉もあれば、ちょっと見慣れないものも混ざっている。山ブドウっぽい蔓に、丸い葉の苗、それから……オレンジに似てるけど、少しだけ色の違う柑橘系の苗まで。


「はい。山ブドウ、モモ、リンゴ、それと柑橘類です。……すべて、わたしたちの一族に伝わる方法で品種改良したものなんです」


シシリーさんは、少し誇らしそうに、でもどこか懐かしむようにそう言った。


「今はもう……失われてしまった技術なのですが……」


その言葉に、胸の奥が少しだけきゅっとなる。たぶん、それって簡単に言えることじゃない。


「植えてから、どれくらいで実がなるんですか?」


気になって聞くと、シシリーさんは少しだけ指を折って数える仕草をしてから、


「およそ……三か月ほどで」


「さんかげつ!?」


思わず声が裏返った。え、早すぎない?


普通、果樹って何年もかかるものじゃ……。


「本来は、定住する場所がなかったため、植えることもできませんでしたが……ここなら、その……」


ちらりと周囲を見る視線の先には、堂々とそびえ立つ世界樹。


「ぜひ、植えさせていただけたら、と」


そう言って、シシリーさんはぺこりと頭を下げた。


……そんなの、断る理由なんてない。


「もちろんです! むしろ大歓迎ですよ!」


私がそう答えると、シシリーさんの表情がぱっと明るくなった。


それから、少しだけ言いにくそうに、もうひとつだけ、と付け加える。


「特に……山ブドウは、お酒を造ることができるので……その、ぜひに……」


「お酒?」


その一言に、ぴくりと反応した人がいた。


「お酒って言いました?」


振り返ると、そこには目を輝かせたカスミさんが立っていた。


さっきまでどこにいたんだろうってくらい、すごい勢いで近づいてくる。


「はい。山ブドウから醸造したものは、香り高く……」


「やりましょう」


即答だった。


「今すぐ植えましょう。場所はどこ? 日当たりは? 水はけは?」


さっきまでの落ち着いた雰囲気はどこへやら、完全にスイッチが入っている。


「え、あの、カスミさん?」


「シズカちゃん、手伝って。時間がもったいないわ」


……というわけで。


気がつけば、あっという間に植樹は終わっていた。


ほんとに、あっという間だった。勢いってすごい。


そして――それからさらに驚くことが起きた。


植えたばかりのはずの苗木たちが、目に見えて成長していくのだ。


最初は気のせいかと思った。でも違う。


「……ねえ、これ……大きくなってない?」


「なってますね……」


一週間も経たないうちに、苗木はもう立派な若木へと育っていた。


どうやら、世界樹が気に入ったらしい。


その証拠に、根元の土はほんのりと淡い光を帯びていて、どこか優しい気配に満ちている。


中でも、ひときわ強く影響を受けたのが――モモの木だった。


「……あれ?」


気づいたときには、もう“普通”じゃなかった。


モモの木は、ぐんぐんと成長したかと思うと、いつの間にか世界樹の幹に寄り添うようにして、その一部みたいに溶け込んでいった。


まるで、取り込まれるみたいに。


「え、ええと……これ、大丈夫なんでしょうか……?」


誰にともなくそう呟くと、枝の高いところに、ひとつ――実がなっているのが見えた。


それは、モモによく似ているけれど、ほんのりと金色に光を帯びていて、どこか神秘的で。


見ているだけで、胸の奥がざわつくような、不思議な存在感があった。


「……不老長寿や叡智を与えるという、女神の実……」


ぽつりと、誰かがそんなことを呟いた。


……うん。


聞かなかったことにしよう。


絶対、今はまだ、関わっちゃいけないやつだと思うから。



新しくこの場所の“住人”になったのは、ハイエルフたちだけじゃなかった。


「……増えてる……」


思わず、ぽつりとこぼれてしまう。


だって、目の前の光景が、どう見ても“ちょっと多い”のだ。


陽だまりの中で、楽しそうに笑いながら走り回っているアリシア。その周りを、わらわらと取り囲む――十数頭、いや、それ以上の“ワンちゃん”たち。


うん、見た目は、ふわっとした毛並みで、ちょっと大きめだけど、普通に可愛い。すごく可愛い。思わず撫でたくなるくらいには。


でも。


「あれ、“ワンちゃん”じゃないですよね……?」


隣に立っていたカスミさんに、小声で聞いてみる。


「ええ。あれは“クリムゾン・ファング”っていう魔物よ」


さらっと、とんでもないことを言われた気がする。


「まもの……」


「この森の中でもトップクラス。みぅと同格、って言えばわかる?」


「……え?」


思考が一瞬止まった。


えっと、みぅって、あの、あの子だよね? あの、普段はふわふわしてるのに、いざとなると森の主みたいな顔する、あの子。


「つまり……あの子たち、みぅと同じくらい強いってことですか?」


「そういうことになるわね」


さらっと頷かれてしまった。


……そんな存在が、どうしてあんなふうに、もふもふとじゃれ合ってるの?


しかも、なんでこんなにいるの?


「最初はね、つがいの一組だけだったのよ」


カスミさんは、額に手を当てながら、少し疲れたようにため息をついた。


「みぅが、傷ついたクリムゾン・ファングを保護してきたのが始まり」


「ああ……なんか、ありそう……」


容易に想像できてしまうのが怖い。


「メスの方が妊娠していてね。でも、何者かに襲われたみたいで、かなり深手だったの。放っておけば、母子ともに危なかったでしょうね」


その光景が、なんとなく頭に浮かぶ。


傷ついた体で、それでもお腹の命を守ろうとしていたのかな、とか。そばでオロオロしていた雄の姿とか。


「それで、みぅが連れてきた、と」


「ええ。で、雄の方が必死に庇おうとしてたんだけど――」


カスミさんは、ちらっと私を見る。


「押しのけて、ポーションで回復させたの、シズカちゃんでしょ?」


「……えへ」


だって、あのまま見てるなんて無理だったし。


「そのまま居ついて、無事に出産して……そこまでは、まあ良かったのよ」


「そこまでは?」


嫌な予感がする。


カスミさんは、遠い目をしながら、続けた。


「そのあとね、どこからともなく“仲間”が集まり始めて――」


視線の先には、じゃれ合う群れ。


数えるの、やめたくなるくらいの数。


「気づけば、三十頭超え」


「……三十」


思わず復唱してしまう。


もうそれ、“群れ”っていうか、“勢力”では?


でも、改めてよく見てみると、子犬……子狼?たちがころころ転がっていたり、大人たちもどこか穏やかな顔でアリシアと遊んでいたりして。


……うん。


「可愛いから、いいかなって……」


正直な気持ちが口から出た。


カスミさんが、がくっと肩を落とす。


「災厄級の魔物がこんなにいて、“可愛いからいい”で済ませるのは、たぶんここだけよ……」


「え、ダメですか?」


「ダメとは言わないけど……」


そう言いながらも、カスミさんもちらっと群れの方を見て――少しだけ、表情を緩めた。


……うん、やっぱり可愛いよね。


たとえそれが、“災厄級”だとしても。



その日も、なんの前触れもなく――警報が鳴り響いた。


静かだった空気が、一瞬で張り詰める。


「また……!」


反射的に顔を上げたときには、もう遅かった。


「みぅ、行くよ!」

「わふっ!」


そんな声と一緒に、白い影と紅い影が、風みたいに駆け抜けていく。


気づけば、みぅとクリムゾン・ファングたちは、もう森の奥へと消えていて、続くように――ざわり、と不穏な気配が地面を這った。


「……くーちゃんの子たちも、行ったわね」


カスミさんがそう言った瞬間、ぞくっと背筋が震える。


あれ、絶対“子たち”って規模じゃないよね。


「私たちも行こう、シズカ」


ササラに呼ばれて、私は慌てて頷いた。


少し遅れて現場にたどり着いたときには――もう、すべて終わっていた。


「……あ」


思わず、間の抜けた声が出る。


視界に広がっていたのは、戦闘の跡……ではなくて。


どこかで見たことのある、光景。


「どこかで見た光景ね」


ぽつりと呟くと、隣でササラがくすっと苦笑した。


「そうね。……とても、見覚えがあるわ」


そこにいたのは、数人の女の子たち。


全員、ぴしっと地面に額をつけて――いわゆる、見事な土下座。


そして、その体は。


「……ぐるぐる巻き……」


白くて丈夫そうな糸で、これでもかってくらいに拘束されている。


腕も、足も、たぶん魔力も封じられてる。


完全に無力化、ってやつだ。


……うん、ほんとに見覚えある。


というかこれ、前にササラたちがやられてたやつと、ほぼ同じじゃないかな。


「違いがあるとすれば――」


ササラが、少しだけ視線を巡らせる。


その先を追って、私も周囲を見る。


そして。


「……あー……」


納得した。


違い、あった。


大いにあった。


まず、正面。


どっしりと構えるのは、くーちゃんの眷属――アークデーモンスパイダー。


体長、軽く三メートルはある。


艶のある外殻に、ゆっくりと動く脚。その存在感だけで、普通の人なら気絶してもおかしくない。


それが、一匹じゃない。


「……多くないですか?」


「数十匹はいるわね」


ですよね。


さらに、その外側。


ぐるりと取り囲むように、クリムゾン・ファングたち。


ざっと見ても――三十頭以上。


低く唸る声と、鋭い眼光。


でも、尻尾はちょっと揺れてる子もいる。


……うん。


「大丈夫。なれれば可愛いからね」


思わず、ぽろっと本音が出た。


「基準がおかしいのよ、シズカは……」


カスミさんが、遠い目をして呟く。


でも、よく見てみてほしい。


確かに大きいし、強そうだし、囲まれたら絶対逃げられないけど――もふもふだし、ちょっと賢そうな目してるし。


それに、ちゃんと加減してる。


目の前の女の子たち、誰一人として怪我してないし。


……うん、やっぱり優しい子たちだよ。


たぶん。


たぶんだけど。

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