表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Eden’s Gate Guardian's ‐エデンの守護者-  作者: Red/春日玲音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/38

第二十八話 領民は?

「はぁ……。」


思わず漏れたため息に、間髪入れず背後から腕が回ってくる。


「どうしたの、シズカ?」


耳元で囁くようにそう言って、アリシアがぎゅっと抱きついてきた。柔らかい感触と、ほのかな香り。相変わらず距離が近い。というか、近すぎる。


「別に……ちょっと考えごと」


「考えごとでため息? それは良くないわ」


くすっと笑いながら、さらに頬を寄せてくる。逃げ場がない。


先日、私が倒れてカスミに担ぎ込まれ、アリシアに付きっきりで介抱されてからというもの、このお嬢様のスキンシップは明らかに増えていた。


「……お嬢様、あまり密着しすぎるのはどうかと」


少し離れたところから、落ち着いた声が割り込む。


振り向けば、畑の端で作業していたカスミが、こちらをじっと見ていた。いつも通りの無表情――だけど、ほんのわずかに呆れているようにも見える。


「いいのよ、カスミ。シズカは病み上がりなんだから」


「すでに全快していると、先ほど本人が申していましたが」


「それでもよ」


さらりと返すアリシアに、カスミは小さくため息をついた。


「……過保護が過ぎます」


「心配なのだから仕方ないでしょう?」


そのやり取りを聞きながら、私はなんとも言えない気持ちになる。


アリシアの言い分も分かるのだ。あのとき、私が急に倒れたのがよほど堪えたらしい。「そばにいないと不安になる」なんて、あんな真剣な顔で言われたら、強く拒むこともできない。


……でも。


最近は一緒に寝ることも増えて、そのたびに――なぜか、何も身に着けていない状態なのは、本当にどうかと思う。


しかも、同じ屋根の下にはカスミもいるのだ。


(知られてない……よね?)


ちらりと視線を向けると、カスミはすっと目を逸らした。


(……知ってる気がする)


なんとも言えない居心地の悪さを振り払うように、私は咳払いをひとつした。


「それで、どうしたのですか」


カスミが話を戻す。こういうところはさすがというか、助かる。


「うん、それなんだけど」


私はアリシアの腕の中に収まったまま、畑の方へ目を向けた。


どこまでも続く緑。整然と並んだ作物。風に揺れる葉の音が、さらさらと響いている。


「ちょっと、思ってたのと違うなって」


「思っていたのと?」


アリシアが首をかしげる。


「開拓って、もっと大変だと思ってたの。こう……小さく始めて、苦労しながら、少しずつ形にしていく感じ」


「ふむ」


カスミが短く相槌を打つ。


「のんびり畑を耕して、今日はこれだけ採れたね、って笑って……そんなスローライフを想像してたんだけど」


言いながら、少しだけ照れくさくなる。


「ですが現実は――」


カスミが視線で周囲を示す。


「うん」


私は苦笑した。


「広すぎるんだよね、この畑」


アリシアがくすりと笑う。


「確かに、最初の予定よりはずいぶん広がったわね」


「収穫も、多すぎるし……」


倉庫には入りきらないほどの作物。次々に実る野菜や穀物。どう考えても、三人でのんびりやる規模じゃない。


「もうちょっと、苦労すると思ってたんだけどなあ……」


ぽつりとこぼすと、カスミが少しだけ考えるように目を細めた。


「贅沢な悩みではありますが、一理ありますね」


「でしょ?」


思わず食いつくと、カスミは静かに頷いた。


「規模が大きくなれば、その分管理も労力も増えます。実際の作業は、ゴーレムと農業スパイダーさんたちのおかげで楽は出来ますが……調整は必要かと」


「調整?」


「ええ。作付けの範囲を制限する、あるいは余剰分を別の用途に回すなど」


「例えば?」


そう聞くと、カスミは一瞬だけ考えてから、淡々と答えた。


「売却、備蓄、あるいは――他者への分配でしょうか」


「分配……」


その言葉に、少しだけ心が重くなる。問題はそこなのだ。


「いいじゃない、それ」


アリシアが楽しそうに言った。


「シズカが望む暮らしを守りながら、余った分は誰かの役に立てるなんて、素敵だと思うわ」


「……うん」


アリシアが明るく言うが、根本に気づいていないのだろうか?それとも、元気づけるためにあえて?


その瞬間、アリシアがさらに強く抱きしめてきた。


「ちょ、アリシア、近いってば……!」


「いいじゃない。三人での暮らしを守る第一歩なんだから」


「それとこれとは別問題!」


抗議しながらも、どこかでこの距離が嫌じゃないと思ってしまう自分がいる。


少し離れたところで、カスミがまた小さくため息をついた。


広すぎる畑も、多すぎる収穫も、悪いことじゃない。ただ――


「……結局のところ、問題は私たちしかいないってことよね」


ぽつりとそう言うと、アリシアとカスミがほとんど同時に頷いた。


風が畑を渡っていく。広がりすぎた緑の中に、ぽつんと私たち三人だけ。


「一応、ここってアリシアの領地なんだよね?」


「ええ、そうよ」


当たり前のように返ってくるその言葉に、私は小さく息を吐いた。


「領地ってことは……」


「領民が必要、ですね」


カスミが静かに言い切る。


「だよねぇ……」


「現在の構成は、領主一名、元奴隷の友人が一名、そして護衛兼側仕えが一名。以上です」


「改めて言われると、なんか寂しいね……」


「ええ。とても」


カスミの同意が妙に重たい。


アリシアはというと、困ったように微笑んでいた。


「でも、無理に人を集めるのも違う気がするのよね。後、シズカは友人じゃなくて私の嫁さんだよ」


「無理に集めないというのは分かりますが、領地としては成り立ちません。」


嫁、という言葉をスルーしてカスミが言う。


そう、結局そこなのだ。


どれだけ畑が広がっても、どれだけ収穫が増えても――人がいなければ、それはただの“空いた土地”でしかない。


「どうする?」


アリシアが私を見る。


どうする? と聞かれなくても分かる。


人を増やすしかない。


――その時だった。


ふ、と……視界の奥で、何かが“差し込まれる”ような感覚。


(……あ)


次の瞬間、目の前に現れたのは――二つのダイス。


十面体が二つ、静かに宙に浮かんでいる。


視線だけをほんの少し動かして、アリシアとカスミの様子を窺う。


二人とも、特に反応はない。


ダイスの下に、淡く光る文字が浮かび上がる。


『領民獲得についてのダイスロール』


(あー……なるほどね)


内心で頷きながら、私はその内容を読み取っていく。


一から五で失敗。六から九で限定的失敗。十から十四で限定的成功。十五から十七で成功。


そして――


(ゾロ目……九でファンブル、零でクリティカル、か)


自然と、思考が深く潜っていく。


時間の感覚が、すっと引き伸ばされる。


目の前では、アリシアが何か言いかけているような気がするし、カスミもいつものように周囲を警戒しているはずなのに――そのすべてが、遠く、ゆっくりとしたものに変わる。


(成功率は……ざっくり五割くらい)


頭の中で、冷静に計算する。


(悪くはないけど、安定もしないライン)


こういうのは、たいてい偏る。


出るときは変に出るし、出ないときは全然出ない。


(クリティカル……微妙だなぁ)


“必要な領民が集まるが、トラブルもあり”。


一見良さそうで、絶対に面倒ごとが付いてくるタイプだ。


(ファンブルは論外として……)


できれば、普通に成功か、せめて限定的成功がいい。


(まあでも)


そこで、ふっと肩の力を抜く。


(狙って出せるものでもないしね)


そう。これは結局、“振るしかない”やつだ。


ダイスに手を伸ばす。触れた感触は、やけに現実的で――でも同時に、どこか現実から切り離されているようでもあった。


(さて、と)


軽く息を整える。


どれだけ考えても、ここでは意味がない。決めるのは、私じゃない。


(お願い、って言うのも違うか)


苦笑しながら――私は、ダイスを振った。


ダイスは、音もなく宙に浮かび、ゆっくりと回り続けていた。

指先で触れたはずの感触さえ、どこか遠くに置き去りにされたようで、ただ視線だけが、その行き先を見届けようとするみたいに張り付いている。


(……止まって)


そう思った瞬間、世界がわずかに息を止めたような気がして、回転していたそれは、ぴたりと静止した。


こちらへ向けられた面を見たとき、私は一瞬、自分が何を見ているのか分からなかった。


最初のダイスに浮かんでいたのは、0。


これは失敗が確定したのも同然だ。せめて限定的失敗であれば……もう片方のダイスへと視線が吸い寄せられていく。


――そして、そこにも同じ数字があった。


0。


重なるように並んだ二つの零を見つめたまま、私はしばらく動けなかった。考えるより先に、あの説明文が、鮮明に頭の中へと浮かび上がってくる。


零と零のゾロ目。それが示すもの。


クリティカル。


同時に、そこに添えられていた一文も、嫌になるくらいはっきりと覚えていた。


――必要な領民が集まるが、トラブルもアリ。


(……うん)


心の中で、どこか他人事みたいに頷く。


(そうだよね)


都合のいいことだけが起こるなんて、そんな甘い話は、最初からどこにもなかったのだと、妙に納得してしまう自分がいる。


むしろ、“必要な領民が集まる”という部分が保証されているだけでも、十分すぎるくらいなのかもしれない。今の私たちにとって、それがどれだけ大きな意味を持つのかは、考えるまでもないのだから。


それでも――


(絶対、面倒なことになるよね、これ)


胸の奥に引っかかるのは、やっぱりそっちだった。


どんな形で来るのかは分からない。

人なのか、状況なのか、それともその両方なのか。

ただ、“トラブルもアリ”という曖昧な言い方が、かえって想像の余地を広げてしまって、じわじわと落ち着かない気持ちを膨らませていく。


その不安を置き去りにするように、ダイスは静かに輪郭を失い、何もなかったかのように消えていった。


ほんの一瞬の出来事。


時間にすれば、まばたき一つ分にも満たない。


「――それで、シズカはどう思うの?」


すぐ耳元で、アリシアの声がした。


途切れていたはずの現実が、何事もなかったように繋がる。風の音も、草の揺れる気配も、そのままの続きでそこにあって、今見たものだけが、ひどく場違いな幻だったみたいに感じられた。


「……え?」


間の抜けた返事をしてしまった自覚はあるけれど、誤魔化す余裕はなかった。


アリシアが不思議そうにこちらを覗き込み、その少し後ろで、カスミが静かに様子を窺っている。二人とも、ほんのわずかな時間の空白にすら気づいていない様子で、それがかえって、さっきの出来事を“私だけのもの”として際立たせていた。


私は小さく息を吐いて、頭の中で言葉を探す。


どう説明すればいいのか、そもそも説明すべきなのか。そんな迷いはあったけれど、これから起こるかもしれないことを考えれば、黙っている方がきっと厄介だと、直感が告げていた。


「……たぶんなんだけど」


ゆっくりと口を開く。


「領民は近いうちに集まりそうな予感がするの」


自分の声が、思っていたよりも落ち着いて聞こえて、少しだけ安心する。


「本当?」


アリシアの表情が、ぱっと明るくなる。その変化があまりにも素直で、胸の奥にほんの少しだけ、温かいものが広がった。


「うん。ただ――」


その続きを口にする前に、ほんのわずかに躊躇う。


言葉にした瞬間、それが現実になるような気がしてしまうから。


それでも、私は小さく首を振って、その考えを追い払った。


「ちょっと、トラブルも起きそうな予感」


アリシアは少し考えるように瞬きをしてから、ふわりと微笑む。


「それでも、人が来てくれるのなら……嬉しいわね」


その言葉は、驚くほどまっすぐで、飾り気がなかった。


「……うん」


私は小さく頷く。


「大丈夫、三人なら何とかなるよ。」


アリシアが明るく言う。

そう、この明るさに、私もカスミさんも救われてきたのだ。

アリシアがそう言えば、何とかなると思える。

そう思えることが、単純に嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ