第二十六話 Edenの開拓 畑を作ろう
深淵の森の中心部にやってきて、一週間。
「住」は確保したし、「衣」はくーちゃんのおかげでむしろ贅沢すぎるくらい整った。
「食」も、みぅとカスミさんの狩りのおかげで困ることはない。
――ない、んだけど。
「シズカ?どうしたの?変な顔してる」
干し肉をかじりながら、のほほんとした顔でアリシアが首をかしげる。
「……ぃ……」
「え?」
「野菜が足りないって言ってるのっ!お肉ばっかりじゃブタるよっ!」
思わず声が大きくなる。
その瞬間。
みぅが、しゅん……と耳を伏せた。
「あ、違う違う!みぅは悪くないからね!?」
慌てて頭を撫でる。
「いつもありがとう、ほんと助かってるから!」
なでなで。
みぅは少しだけ元気を取り戻したみたいで、ほっとする。
……でも。
「野菜がないのは事実なんだよね」
真顔で呟いて、私はぐっと拳を握る。
「――ないなら、作るのよっ!」
こうして。
畑を作る計画が、勢いだけで発動した。
* * *
「さぁ!まずはここを畑にするのですよっ!」
鍬を構えて、びしっと宣言。
「おぉー!」
アリシアも元気よく構える。
カスミさんも、少し困ったような顔をしつつも鍬を手に取った。
そして――
足元には、わらわらと集まる、手のひらサイズのくーちゃんの眷属たち。
「……うん、気持ちはすごく嬉しいんだけど」
小さすぎないかな?
* * *
――一時間後。
「……つかれたぁ……」
アリシアは、すでに木陰でぐったりしていた。
「まあ……無理もないよね」
子爵家のお嬢様に畑仕事は、さすがにハードルが高い。
……いや、それ以上に問題なのは。
「これは……正直、厳しいですね」
カスミさんが、珍しく弱音を吐いた。
視線の先。
三人がかりで一時間、地面と格闘した結果――
出来上がったのは、たった一本。
幅も長さも、だいたい一メートルくらいの、小さな畝。
「……固すぎる」
鍬を打ち込んでも、ほとんど跳ね返される感覚。
普通の土じゃない。
「このあたりは、世界樹の影響が強いから」
いつの間にか、くーちゃん(上半身だけ人型モード)が説明してくれる。
『力で無理やり掘るか、魔力を流して変質させるか』
「どっちも大変だね……」
一方で。
足元を見ると――
くーちゃんの眷属たちは、ちまちまと、でも確実に土を耕していた。
「……あれ?」
気づけば、小さな畝が二つ、ちゃんと出来ている。
サイズは、私たちのと同じくらい。
「……すごいね」
『慣れてる』
さらっと返ってきた。
……うん、人海戦術(?)って強い。
* * *
「とりあえず、今ある畝に植えましょう」
カスミさんの一言で、作業は次の段階へ。
私は、持ってきていた種を取り出す。
「じゃーん」
手のひらに並べたのは――
トウモロコシ、ジャガイモの種イモ、大豆、トマト。
「……」
「……」
あれ?
アリシアとカスミさんが、なんとも言えない顔をしている。
「え、なにその反応」
「シズカ……それ……」
カスミさんが、ちょっと言いにくそうに口を開く。
「トウモロコシと大豆は、基本的に家畜の餌よ」
「え」
「ジャガイモは……飢えた人間が、最終手段で口にするものね」
「えぇ……」
「トマトは――“悪魔の実”と呼ばれているわ」
「なんで!?」
思わず叫ぶ。
「魔物以外は食べない、と言われているの」
「いやいやいやいや」
ちょっと待ってほしい。
「トウモロコシは甘いし、ジャガイモは料理の幅すごいし、大豆は万能だし、トマトは栄養のかたまりだよ!?」
力説してみる。
けど。
「……ジャガイモには毒がありますよね?」
カスミさんの一言で、ぴたりと止まる。
「それは……あるけど……ちゃんと処理すれば……」
「その“ちゃんと”が信用されていないのよ」
「うぅ……」
文化の壁が厚い。
「……まあ」
ため息をつく。
「これはもう、食べてもらうしかないよね」
実際に味を知れば、絶対わかるはず。
――問題は。
「……収穫まで、長いよねぇ」
種を見つめながら、ぽつり。
三か月。
トマトはそれ以上。
その間。
「肉生活かぁ……」
ちょっと遠い目になる。
* * *
結局。
気乗りしないカスミさんをなだめつつ、種を蒔いていく。
アリシアは途中で復活して、楽しそうに土をかけていた。
そして――
「……」
私は、ふと手元を見る。
せっせと働く、くーちゃんの眷属たち。
小さい体で、器用に、確実に作業を進めている。
「……あれ?」
もしかして。
「私たち、いらないのでは……?」
「言わないで!?」
アリシアが抗議してきた。
「いやでも……」
正直、効率が違いすぎる。
「……人手に頼るやり方じゃ、だめだね」
ぽつりと呟く。
この土、この環境。
普通に耕すのは非効率すぎる。
「別の方法、考えないと」
魔力を使うのか、道具を工夫するのか、それとも――
視線を、わらわら動く小さな眷属たちに向ける。
「……うん」
なんとなく、方向性は見えた気がした。
◇
種を植えてから、二週間が過ぎた。
畑の様子はというと――正直、私はほとんど関わっていない。
というのも、くーちゃんの眷属たちが、驚くほど手際よく世話をしてくれているからだ。
小さな体で、せっせと土を整え、水を運び、芽の様子を見て回るその姿は、もはや職人の域で。
……うん、あれを見てしまうと、下手に手を出す方が邪魔になる気さえする。
だから私は、その間――ずっと別のことに没頭していた。
部屋にこもりきりで、試して、失敗して、また試して。
気がつけば昼も夜も関係なく、ひたすら手を動かし続けていて。
そして――ついに。
「できたぁっ!!」
完成の瞬間、思わず叫び声が漏れた。
達成感と解放感で胸がいっぱいになって、そのまま力が抜ける。
視界がぐらりと揺れて――
そのまま、私は床に倒れこんだ。
* * *
次に意識が浮かび上がってきたとき、最初に感じたのは――柔らかさだった。
ふわりと包み込まれるような感触。
どこか温かくて、安心するような匂いもする。
「……ん」
ぼんやりと目を開けると、すぐ目の前にアリシアの顔があった。
「……アリシア?」
どうしてこんなに近いのかと不思議に思いながら、状況を整理しようとして――
ふと、違和感に気づく。
やけに、肌の感触が直接的というか。
嫌な予感がして、そっと視線を落とす。
「……」
一瞬、思考が止まった。
「なんで私もアリシアも裸なのよっ!?」
勢いよく飛び起きる。
その反動で、アリシアも目を覚ました。
「えっ、なに!?どうしたの、シズカ?」
寝ぼけた顔でこちらを見るアリシアに、思わず頭を抱える。
いや、落ち着こう。
順番に考えれば、きっと理解できるはず。
「……状況、説明してもらっていい?」
* * *
ほどなくしてカスミさんも合流し、ようやく事情が明らかになった。
大きな物音に驚いて、二人が私の部屋に駆けつけたとき。
そこには、床に倒れている私の姿があったらしい。
「さすがに、あのときは焦ったわ」
カスミさんが静かに言う。
「ごめん……」
まったく記憶がない分、余計に申し訳ない。
とりあえず安静に、と運び出そうとしたものの――
「シズカの部屋、すごかったからね!」
アリシアが楽しそうに言う。
「……うん、否定できない」
作業に集中しすぎて、片付けなんて一切していなかった。
足の踏み場もなかった、というのも納得だ。
「だから、私の部屋に運ぶことにしたの!」
「それ、アリシアが言い張ったのよ」
カスミさんが軽くため息をつく。
「だって、その方がいいでしょ?」
にこにこと悪びれないアリシア。
……うん、らしい。
ただ、そのままベッドに寝かせるわけにもいかず。
「先に、お風呂に入れたのよ」
「……はい?」
「二人がかりで、きちんと洗わせてもらったわ」
「聞いてない!」
思わず声が裏返る。
「シズカ、全然起きなかったよ?」
「そりゃそうだよ!?気絶してたんだから!」
結局、そのままアリシアのベッドに運ばれて。
「一緒に寝た!」
満面の笑みで宣言された。
「……なんで一緒に寝るの」
「だって、一人だと寂しいでしょ?」
悪気が一切ない。
むしろ当然と言わんばかりの顔。
……もういいや、深く考えるのはやめよう。
小さくため息をついてから、ぽつりと呟く。
「……もう、お嫁にいけない」
半分冗談、半分本音。
すると。
「シズカは私のお嫁さんだから、誰にもあげないよ?」
即答だった。
しかも、満面の笑みで。
「……」
冗談、だよね?
でも、妙に真剣な目をしているのがちょっと怖い。
「……と、とにかく!」
これ以上突っ込むと危険な気がして、無理やり話を切り替える。
「私が倒れた理由、説明しないとだし」
「うんうん!」
「それに、この一週間の成果も見せたいし」
そう言いながら、私はベッドから降りた。
少しだけ足元がふらついたけれど、立てないほどじゃない。
「大丈夫?」
「平気。ちょっと疲れてるだけ」
軽く笑ってごまかす。
そして、二人の方を振り返る。
「外に行こっか」
この一週間、ずっと引きこもって作っていたもの。
それを、ようやく見せることができる。
胸の奥に、少しだけわくわくが戻ってきていた。




