第二十四話 Edenの開拓 衣食住?
「なにから始めればいいのかしら?」
開けた空間の中で、アリシアが少し困ったように首をかしげる。Edenの守護者になった、なんてとんでもないことは決まったのに、その先をどうすればいいのかまでは、さすがに誰もわかっていないらしい。試しにくーちゃんに意識を向けてみても、「すきにすればいい」という、なんともふわっとしたイメージが返ってくるだけだった。どうやら、世界樹を守ることさえできていれば、あとは本当に自由みたい。
……うん、自由すぎる気もするけど。
「お嬢様、まずは住む場所ですよ」
カスミがこめかみを軽く押さえながら言う。その様子を見ると、やっぱり情報量が多すぎて、まだ整理が追いついていないんだと思う。アリシアはというと、良くも悪くも全部そのまま受け入れてる感じで……もう少し悩んでもいいんじゃないかな、って思わなくもないけど、あれはあれで、この人らしいのかもしれない。
住む場所、つまり家については、正直あまり心配していなかった。私には錬成があるし、ちゃんとイメージさえできれば、形にすること自体は難しくないはずだから。ただ、この世界の建物の作りなんてよく知らないから、どうしても“元の世界っぽい家”になりそうなのが、ちょっとだけ気になるくらい。
……まあ、住めればいいよね。
でも、もう一つ大事な問題がある。
「材料……必要。木材……どうしよ?」
錬成で家を作るにしても、材料は必要だ。さすがに何もないところからポンと出てくるわけじゃない。そう思っていると、くーちゃんが森の方を指し示した。
……ああ、うん。
木は、いくらでもある。
でもここって、世界樹の影響下なんだよね。勝手に切っていいのかなって、ちょっと不安になる。
そう思った瞬間だった。
森の中の木のいくつかが、ふわっと光り始めた。
近づいてみると、全部じゃなくて、特定の木だけが光っている。
「えっと、この光ってる木なら、切ってもいいってこと?」
そう聞くと、くーちゃんがこくんと頷いた。
なるほど、許可付きってことね。ちょっと安心した。
……でも。
「どうやって切ろう……」
そこが問題だったりする。
斧もないし、道具もないし、どうしようかなって考えていたら、隣でみぅが息を吸い込む気配がした。
……あ、これ。
「ダメっ!」
慌てて止める。
「燃えちゃうから!」
みぅがしゅんとした顔で項垂れる。
ごめんね、でもそれは本当にダメ。
すると今度は、くーちゃんが「仕方ないなぁ」って感じで前足を軽く振った。
その瞬間、大きな木が一瞬で切り倒されて、しかも綺麗な材木の形になっていた。
……え、すご。
ちょっと引くくらい、すごい。
そう思ったと同時に、頭の中に新しい感覚が流れ込んでくる。
「伐採」と「素材変化」。
……ああ、なるほど。
これ、私がやれってことね。
理解した私は、錬成で石斧を作って、光っている木に向かう。伐採のスキルを使うと、びっくりするくらいスムーズに木が倒れて、そのまま素材変化で材木と薪に分かれていく。
……なにこれ、ちょっと楽しい。
気づけば、無心で作業していた。
ある程度材料が揃ったところで、アリシアが場所を指さす。
「とりあえず、この辺にしましょ?」
そこは、世界樹のすぐそばだった。家を建てたら、ちょうど庭の真ん中に世界樹がくる感じになる。
……立地、すごくない?
ちょっと贅沢すぎる気もするけど、まあいいか。
私は集めた材木を並べて、錬成を発動する。頭の中で、住みやすくて、あったかくて、できればちょっとだけおしゃれな家をイメージする。
そうして出来上がったのは、二階建てのログハウスだった。
外から見てもちゃんとしてるし、中に入ると吹き抜けのホールがあって、その周りにリビングや食堂、キッチン、お風呂なんかが配置されている。二階には個室が並んでいて、全部で六部屋。
……うん、多いね。
今は三人しかいないのに。
でもまあ、余ってるくらいでちょうどいいよね。
こうして見てみると、とりあえずの住まいとしては十分すぎる出来だと思う。
……ところで。
奴隷だった私が個室をもらっていいのかって話だけど、それについてはもう心配いらない。
みぅが召喚獣になったとき、なぜか隷属契約が消えていて、さらに錬成を覚えたあとに試してみたら、あの首輪もあっさり外れた。
つまり今の私は、もう何にも縛られてない。
自由。
……だからといって、アリシアのところを離れるつもりはないんだけどね。
ここに来るまでの流れも、この場所に辿り着いたことも、全部ただの偶然とは思えないし。
なんとなくだけど、わかる。
(これ、きっと……本筋なんだよね)
この世界で、私がやること。
そんな予感を胸の奥に感じながら、私は新しくできた家の中を、ゆっくり見渡した。
◇
住む家ができた。
それだけで、胸の奥に張りついていた不安が、少しだけほどける。
生活に必要なのは「衣・食・住」。そのうちの「住」は、これで解決。
――だから、あとは「衣」と「食」。
のはず、だったんだけど。
「衣」は、まさかこんな形で片付くなんて思ってなかった。
「……できたよ」
やわらかく頭に響く声と一緒に、差し出された布を見て、思わず息をのむ。
光沢がある。
でも、ただ光ってるだけじゃない。水みたいに滑らかで、触れたらそのまま指が沈み込みそうな……そんな、不思議な質感。
「これ……ほんとに、くーちゃんが作ったの?」
『うん』
こくり、と小さな肯定。
「最高級のスパイダーシルク……」
隣で、カスミさんが呟く。
その声は、驚きを通り越して、ちょっと現実感がない。
「スパイダーシルクって、そんなにすごいの?」
私が聞くと、カスミさんはゆっくりと視線を布から外さないまま答える。
「王家でも、簡単には手に入らない代物よ。それを……こんな量で、この品質で……」
そこで言葉が止まる。
「……王都に持っていったら、相場が崩れるわね。いえ、崩壊するかもしれない……」
「え、そこまで?」
さすがに大げさじゃないかな、と思うけど。
「ねえシズカ!これすごいよ!つるつる!」
アリシアはというと、完全に別の意味でテンションが上がっていた。
頬に布を押し当てて、きゃっきゃしてる。
「ずっと触ってたい!」
「ちょっと、やめてってば……!」
「えー?」
……ほんと、この子は平和だなあ。
――と。
そこで、私は改めて“くーちゃん”を見る。
いや、正確には。
「……くーちゃん、だよね?」
そう、確認せずにはいられなかった。
だって――
白い肌に、同じく白い髪。
その中で、紅い瞳だけが鮮やかに際立っている。
ちょっと鋭い印象はあるけど、よく見ると、その奥はすごく穏やかで――
……そこまではいい。
問題は、その下だ。
視線を落とせば、豊かな胸元の前で器用に動く手。そこには編み棒が握られていて、今まさに――
「……それ、私たちの、下着?」
『うん』
さらっと返ってきた。
さらにその下。
人の体は、腰まで。
その先は――大きな蜘蛛の胴体と脚が、ゆったりと床に広がっている。
上半身は、どう見ても人の女の子だ。
だけど、床に広がる脚。艶のある黒い外殻。
人と魔物が、そのまま繋がっているような姿。
……うん、知ってる。……アラクネ……って言うんだ……
「……」
ちょっと、言葉が出なかった。
『どうしたの?』
首を傾げる気配と一緒に、思念が届く。
「あ、ううん……その……びっくりして」
正直に言う。
「くーちゃんが、人の姿になれるなんて思ってなかったから」
『上だけ』
「あ、うん、見ればわかる」
思わず苦笑する。
でも、それでも十分すごいよ。
「どうして、その姿に?」
『編み物するには便利』
さらっと返ってきた。
「……ああ、なるほど」
納得してしまった。
たしかに、あの脚の数で糸を扱うより、人の手の方が細かい作業はしやすいよね。
といっても、その脚も、複雑に動いて糸を紡いでる……
……いや、冷静に考えると十分おかしいんだけど。
「すごーい!半分人で半分クモだ!」
アリシアは目を輝かせている。
「かっこいい!強そう!」
「そっち!?」
怖いとかじゃないんだ。
「シズカもなればいいのに!」
「ならないよ!?」
簡単に言わないでほしい。ってか、アリシアの中では、私はいったいどういう存在に思われてるんだろうね?
一方で。
「……この品質を市場に出すなら、供給量を制限して……いえ、むしろ段階的に流して価格を固定……」
カスミさんは完全に別の意味で壊れていた。
「カスミさん?」
「劣化品を先に流通させて、本命は極秘ルートで……」
「戻ってきて!」
だめだ、帰ってこない。
アリシアは純粋に感動してるし、カスミさんは経済戦争を始めそうだし、くーちゃんは何事もない顔で編み物してるし。
……私は、ようやく一息ついて、ぽつりと呟いた。
「……うん」
驚くことは多いけど。
「衣」は、たしかに――もう、困らなさそうだった。




