第二十三話 出会い その二
みぅと出会ってから、数日が経った。
結論から言えば――旅は、びっくりするくらい順調に進んでいる。
まず大きく変わったのが、あのエンカウント判定だ。今までは成功値が85と、ほとんど運頼みみたいな厳しさだったのに、それが40まで下がった。理由はもちろん、みぅの存在。というか、それだけでも十分すごいのに、ダイスが出たと思ったら、その判定が行われる前にみぅが魔物を瞬殺してしまうことすらある。
……うん。
「深淵の森で一、二を争う最強の魔物」っていう肩書き、全然大げさじゃなかった。
ただ――ひとつだけ、ちょっと困ることがある。
みぅは戦いが終わるたびに、倒した魔物を咥えて戻ってくるのだ。それも、いかにも「褒めてほしいです」って顔で。あの巨大な体でそれをやられると、なんというか……迫力と可愛さが混ざって、反応に困る。
どうしたものかと悩んでいると、カスミが呆れたように「これだけで王都なら一財産築けますわよ」と言った。
改めて見ると、みぅが引きずってきたのはオオカミ型の魔物で、額に白い星型の模様があることから「スターファング」と呼ばれているらしい。素材としての価値はとても高くて、爪や牙は武器の材料になり、毛皮は防寒具や防具に使える。内臓はポーションの材料として貴重で――さらに驚いたことに、お肉は普通に美味しかった。
いや、本当に。
ちょっとびっくりするくらい、ちゃんと美味しい。
そうなると、もう放っておくわけにもいかない。特に内臓なんかはすぐに傷んでしまうから、毎晩のようにポーションを作って消費していくことになった。さらに、夜はお風呂を作って、昼は魔物を狩って解体して……そんな生活を繰り返していたら、ある日ふと気づく。
「あれ?」
いつの間にか、新しいスキルが増えていた。
「錬成」。
どうやら素材を加工したり、新しく作り出したりする力らしい。試しに解体用のナイフを作ってみたら、ちゃんと形になった。思わず「おお……」って声が出るくらいには感動したと思う。
それを見ていたカスミが、「小剣を一本お願いできますか」と言ってきた。素材ならいくらでもあるし、断る理由もないので、言われた通りに作って渡したのだけど――それが、ちょっとした変化のきっかけになった。
翌日から、狩ってくる魔物の数が明らかに増えたのだ。
体感で、倍くらい。
「……なんで?」
思わず聞くと、カスミはいつもの調子で「少し効率が上がっただけです」と答える。
……いや、その“少し”の基準、絶対おかしいよね?
しかも、みぅとカスミが先に出て魔物を狩るようになってからは、エンカウントのダイスロール自体が出なくなった。危険が減るのはいいことなんだけど、なんだかゲームの仕様そのものが変わってしまったみたいで、ちょっと複雑な気分になる。
そもそも、このあたりの魔物って、A級冒険者でも命懸けって話じゃなかったっけ。
そう呟くと、アリシアはくすっと笑って「カスミは強いから」と言った。
……いや、そういう問題なのかな。
たぶん違うと思う。絶対違うと思う。
なんというか、全体的にスケール感がおかしい気がする。
そんなことを思いながらも、日々はどんどん過ぎていって――気づけば、王都を出てから三週間が経っていた。
そして、あるとき。
ふっと、森の様子が変わった。
今まであんなに密集していた木々が途切れて、視界が一気に開ける。頭上には広い空が見えて、風がすっと通り抜けていく。その場所は、深淵の森の中とは思えないくらい開けていて、どこか不思議な静けさに包まれていた。
「……ここ、だよね?」
思わず、ぽつりと呟く。
噂に聞いていた、中心地帯。
辿り着いた者はいないと言われていた場所。
――そこに、私たちは、確かに立っていた。
◇
開けた場所――そこは間違いなく、深淵の森の中心部だった。
周囲を覆っていた鬱蒼とした木々は途切れ、空が大きく開けている。その中央に、まるでこの世界そのものを支えているかのような、幻想的な大樹が聳え立っていた。近づくだけでわかる。あれはただの木じゃない。空気が違う。空間そのものが、あの大樹を中心に形作られているような、そんな圧倒的な存在感。
そして――その大樹の前に、立ちはだかる影。
体長三メートルほどもある巨大な蜘蛛。
その異様な存在と、みぅが静かに対峙していた。
張り詰めた空気の中で、どちらも動かない。ただ、互いの出方を窺っている。みぅは低く身構えながらも飛びかかる気配はなく、あくまで私たちを守る位置にいる。無謀に仕掛ける相手ではないと、理解しているのだろう。
「あれは……アークデーモン・スパイダー? でも少し違う……?」
隣でカスミが小さく呟く。その声には、わずかな困惑が混じっていた。
つまり、あの蜘蛛はただの魔物じゃない。この地の支配者――そういう存在だということ。
「何とかお話ができればいいのですけど……」
アリシアがそう言って、一歩前に出た。
止める暇はなかったけれど、その背中には不思議と不安よりも信頼が勝った。みぅの時と同じだ。言葉が通じるかもしれない、という可能性に賭ける。その判断は、きっと間違っていない。
アリシアは、静かに語りかける。
この地に住みたいこと。
ここを開拓したいと思っていること。
迷惑はかけないようにすること。
そして――できれば、共存したいという願い。
飾らない、まっすぐな言葉だった。
しばらくの沈黙。
風が、大樹の葉を揺らす音だけが響く。
そのとき、ふいに――私の中に、何かが流れ込んできた。
映像とも、感情ともつかない、不思議な“イメージ”。
……この感覚、知ってる。
みぅと同じだ。
「……あ」
小さく声が漏れる。
これは、あの蜘蛛の意思。
争いは望まないこと。
だが、この大樹――“世界樹”の守護者である以上、害をなす存在は排除しなければならないこと。
静かで、重みのある意志だった。
私はそれを、できる限り言葉にして二人に伝える。
「世界樹……?」
カスミが呆然と呟く。何か知っている様子だけど、今はそれよりも目の前のやり取りが優先だ。
アリシアは一歩も引かず、まっすぐに蜘蛛を見据えたまま言った。
「傷つけることは、絶対にしません」
その言葉に、迷いはなかった。
再び、イメージが流れ込んでくる。
今度は少し雑多で、いろんな感情が混ざり合っていて――でも、なんとか整理できた。
……えっと。
つまり。
「守護者、やめたいって」
思わず、そのまま口に出してしまう。
「え?」
アリシアが目を丸くする。
「長くやってきたから、そろそろ引退して……楽したいみたい」
完全に、押し付ける気だった。
それを伝えた瞬間、一瞬の沈黙が流れて――
「なりますっ!」
アリシアが満面の笑顔で叫んだ。
「守護者になりますっ!」
……決断、早すぎない?
でも、その顔はどこか嬉しそうで、迷いなんて一切なかった。
こうして私たちは、世界樹――そしてこの地の守護者になることになった。
さらに話はそれだけでは終わらず、その蜘蛛――クモさんもまた、みぅと同じように私の“側”に来ることになった。
どうやら、召喚獣扱いになるらしい。
「名前、どうする?」
なんとなくそう聞いてみて、軽い気持ちで答える。
「くーちゃん、でいいかな」
その瞬間。
なんとも言えない、微妙な感情が流れ込んできた。
……あ、これ。
ちょっと不満なやつだ。
「……え、ダメ?」
そう問いかけると、ほんの少しだけ、諦めたような気配が返ってきた。
……まあ、いいか。
こうして、みぅに続いてくーちゃんも加わり――
私たちの旅は、いつの間にか、とんでもなく賑やかなものになっていた。




