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Eden’s Gate Guardian's ‐エデンの守護者-  作者: Red/春日玲音


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第十六話 奴隷 4

ため息は、静まり返った部屋の空気に溶けていった。


これから、どうなるのだろう——。


身にまとっているのは、薄手のワンピースが一枚きり。他の持ち物は、すべて没収された。それでも、与えられた部屋は思いのほか整っている。かつて泊まった安宿より、いくらか上等なくらいだ。湯浴みも許され、食事も運ばれてきた。


「まぁ、“商品”を汚すわけにもいかない、ってことね……」


静香は自嘲気味に呟き、首元に手をやる。そこには冷たい感触——外れない奴隷の首輪があった。指先でそれをなぞりながら、深く息を吐く。


舞姫を助けるつもりだった。だが結果はどうだ。助けるどころか、自分が奴隷に堕ちた挙句、彼女と言葉すら交わせていない。


「ミイラ取りがミイラに、か……笑えないわ」


ぽすり、と力なくベッドに倒れ込む。柔らかな寝具が体を受け止めたが、心の重さは少しも軽くならない。


——落ち着こう。これからのことを考えなければ。


今の自分は奴隷で、一文無し。明後日のオークションにかけられ、新たな主人が決まる。その人物次第で、未来はどうとでも変わる。


だが——今、できることは。


「……何も、ない……か」


その結論に辿り着いた瞬間だった。


不意に、目の前の空間が揺らぎ、光が凝縮する。次の瞬間、そこに現れたのは——虹色に輝く一つのダイスだった。


百面体のそれは、どこか現実離れした存在感を放っている。


『フォーチュンダイス』


脳裏に直接響くような声とともに、文字が浮かび上がった。


Yes / No


「……なるほどね」


静香は半ば呆れたように呟く。

フォーチューン……幸運という意味で捉えがちだけど、実際は運命を意味することが多い

これを振って、”運命が“きまる、ということなのだろう。


そう理解し、手を伸ばしかけ——ぴたりと止まる。


(いや、待って)


Yes/Noという尾とは、振らない、という選択肢もあるってことで……


運命の流れを変えるということは、思わぬ不利益を呼び込む可能性もあるのではないか。


出目によっては、むしろ悪化するかもしれない。


(……よく考えよう)


今の自分は奴隷だ。未来は主人次第。だが、その時点で、すでに最低に近い状況ではないか。


では——これより悪い状況とは?


想像してみる。


……思いつかない。


一瞬、「死」という選択肢が脳裏をよぎる。だが、それすらも一つの救いのように思えてしまう現実がある。


凌辱の限りを尽くされ、尊厳を踏みにじられ続ける人生を送るくらいなら——。


「……」


そこまで考え、静香は小さく首を振った。


(つまり、今より悪くなる可能性は——ほとんど、ないわね。だったら……)


その結論に至ったとき、迷いは消えていた。


静香は静かに手を伸ばし、ダイスに触れる。


そして——振った。


虹色の多面体は、軽やかな音を立てて床を転がる。やがて静止し、ひとつの数字を示した。


——21。


「……微妙」


思わず漏れた感想は、どこか現実的だった。決して高いとは言えない数値。かといって、極端に低いわけでもない。


そのとき。


再び光が揺らぎ、もう一つのダイスが現れる。


『ボーナスダイス』


今度は迷わず手に取る。すると、それもまた百面体へと姿を変えた。


軽く息を整え、振る。


転がり、止まる。


——78。


直後、先ほどの「21」と合算され、空中に「99」という数字が浮かび上がった。


「……え」


思わず息を呑む。


確かに高い数値だ。ほぼ最大値に等しい。しかし——だからといって、安心できるとは限らない。


ゲームによっては、極端な高値は暴走や失敗——いわゆる“ファンブル”を意味することもある。


「……なんか、嫌な予感するんだけど」


胸の奥に、言いようのないざわめきが広がる。


だが、それ以上の情報は示されない。成功なのか失敗なのか、この数値が何を意味するのか——すべては不明のままだ。


(多分……私を買う“誰か”に関する判定、かな)


ぼんやりとそんな考えが浮かぶ。


だが、結局のところ。


「……結局、考えても仕方ない、かぁ……」


小さく呟き、静香は体を横たえた。


運命は、すでに振られた。


あとは——それがどんな形で訪れるのかを、待つだけだ。


やがて意識はゆっくりと沈み、静かな眠りが彼女を包み込んだ。



翌日——。


静香は、与えられた部屋の中にあるあらゆる物へと視線を走らせながら、ひたすら『鑑定』のスキルを使い続けていた。


そうしているのには、いくつか理由がある。


まず一つ。静香の持つ知識では、スキルというものは使えば使うほど熟練度が蓄積され、やがてレベルアップや進化に至るとされている。この世界が本当に同じ仕組みで動いているのかは分からない。だが、試さない理由もなかった。やらないよりは、やった方がいい——それが彼女の判断だった。


次に、調合に使えそうな素材の有無を確認するためだ。持ち物はすべて奪われてしまったが、この部屋の中にあるもので何か作れないか。もし有用なものが調合できれば、それは状況を打開する一手になり得る。仮に役に立たないものしかできなかったとしても、調合そのものがスキルの熟練度を押し上げるはずだ。


そして、最大の理由は——


単純に、暇だった。


やることがないまま時間だけが過ぎていくのは、思いのほか精神を削る。だからこそ、静香は無心で『鑑定』を繰り返す。目につくものすべてを対象にし、何度でも、飽きもせずに。


それは、わずかな可能性に縋るための行為であり——同時に、退屈から逃れるための、ささやかな抵抗でもあった。



静香は、与えられた限られた環境の中で、考え得るあらゆる可能性を一つずつ試していった。


――というよりも、他にやることがなかった。


行動の自由を奪われた今、彼女に残されているのは思考と検証だけ。時間だけは有り余るほどあった。だからこそ静香は、思いつく限りのことを試し、仮説を立てては確かめる、という地道な作業を繰り返していた。


その積み重ねの果てに――彼女は一つの新たなスキルを獲得する。


『スキルツリー』


それは、自身が習得したスキルや、一度でも認識したスキルについて、その詳細や関連性、さらには進化先までも確認できるというものだった。


その有用性に気づいた瞬間、静香は思わず息を呑む。


そして次の瞬間には、時間を忘れて情報を読み漁っていた。


枝分かれするスキルの系統。複雑に絡み合う派生条件。未知の可能性が、そこには無数に広がっていた。


やがて、一通り目を通した静香は、小さく息を吐く。


「はぁ……錬金術師アルケミストへの道は遠いのね」


ぽつりと漏れたその言葉には、諦めではなく、どこか呆れにも似た感情が混じっていた。


スキルツリーによれば、『錬金術』を得るためには、事前に四つのスキルを習得しておく必要があるらしい。


『錬成』『合成』『付与』『時空』――その四つだ。


まず『錬成』。これは複数の生産系スキルから派生するもので、静香がすでに持っている『調合』からも繋がっている。

そして『合成』は、『調合』の進化先にあたるスキル。


この二つに関しては、今の延長線上にある。調合を繰り返し続けていれば、いずれ辿り着けるだろうという確信があった。


だが、問題はその先だ。


「付与……か」


小さく呟く。


『付与』は、『属性魔法』から派生する『魔導』というスキルを、さらに進化させた先にあるという。しかも属性は一つでも習得自体は可能らしいが、将来を考えれば複数――いや、全属性を扱えなければ作れないものも存在するらしい。


想像しただけで、気が遠くなる道のりだった。


そして最後の一つ――『時空』。


これに至っては、スキルツリー上に存在こそすれ、詳細な情報が一切表示されていない。どこから派生するのか、どのような条件で得られるのか、そのすべてが不明だった。


「アルケミストの道は遠いなぁ……」


思わず、そんな言葉が漏れる。


けれど、不思議と絶望はなかった。


遠いからこそ、やりがいがある――そう思えてしまう自分は、根っからのゲーマーだ……と、静香は小さく苦笑する。


そして、静香はもう一つの検証にも手を伸ばしていた。


――ダイスロール。


それは、TRPGにおいて要とも言うべき要素。運命すら左右する、無機質でありながら絶対的な判定装置。


どうやら、この世界はそのルールに従って動いているらしい――少なくとも、静香自身の行動に関しては。


頭の中に直接響いてくる、どこか無機質な謎の声。

そして、ふとした瞬間に視界へ浮かび上がるステータスウィンドウの文字。


それらはまるで、ゲームマスター――GMからの指示そのものだった。


メインミッションの提示。クエストの発生。次に取るべき行動の示唆。

重要な局面では必ず現れ、静香を導くように、あるいは試すように語りかけてくる。


そして何より不可解なのが――行動のたびに求められるダイスロールだった。


何かを試みようとした瞬間、唐突に現れるダイス。

その出目によって、結果のすべてが決定される。


努力や過程すら無視して、ただ“数字”だけで結末が決まるその仕組みは、どこか理不尽で、しかし同時に抗えない絶対性を持っていた。


実際、静香が様々な検証を重ねている最中にも、何度かダイスは現れた。


そして規定値以上の出目を出したとき――それまで知り得なかったはずの情報が、まるで最初から知っていたかのように、自然な形で頭の中へと流れ込んできた。


知識が“与えられる”感覚。


それは便利であると同時に、どこか不気味でもあった。


だが、不思議なことに――同じような状況でも、ダイスが現れないことがある。


その違いは何なのか。


静香はそこにも疑問を抱き、いくつもの仮説を立て、繰り返し試した。


そして辿り着いた、一つの結論。


「……重要な場面、か」


ぽつりと呟く。


どうやらダイスロールは、すべての行動に対して発生するわけではない。

それが現れるのは、“意味のある分岐点”に限られているらしい。


たとえば、本来なら知り得ない知識を得ようとしたとき。

あるいは、その後の展開に大きな影響を及ぼす選択を迫られたとき。


そうした“転換点”においてのみ、結果はダイスへと委ねられる。


運命を決めるのは、意思ではなく出目。


理不尽でありながらも、どこか妙に納得できてしまうその仕組みに、静香は小さく息を吐いた。


――ここは、そういう世界なのだ。


ルールがある以上、それに従うしかない。


ならばせめて、そのルールを理解し、利用する。


そうすれば、この「奴隷」という最底辺の状況から抜け出せる道が開けるはず……


そう考えた時、控えめな物音とともに、食事の時間が訪れたことを告げられる。


同時に小さくお腹が鳴る。


その音が、思考の海から現実に引き戻し、静香は顔を上げたのだった。



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