7.偶然を狙う
女官の仕事は多岐に渡る。
定期的なブラウへの報告や予定の進行管理、郵便の確認や招待状への返信、離宮内での予算管理や請求書の処理、宝飾類や身の回りの品々のチェックと不足物品の仕入れと細々あり、単なる来客の受付に留まらない。
エレノアの離宮で働く使用人に細かな仕事は任せるものもあるが、そういった指示や管理も女官の役目である。
今はエレノアの活動範囲が少ないためユリスと二人でも仕事が回っているが、人前に立つ機会が増えていく今後に向けて、適した人材を見つけたら女官を増やしていくのだろう。
「ご苦労。内容に不備があれば後で伝えよう。すまないが離宮に戻る前に、これを魔法士団に届けてくれないか? いつも通り第三士団の副団長に頼む。不在の場合は他の者伝てで構わない」
月締めの帳簿や記録を報告に来たマルティエナは、ちょっとしたお使いをブラウから頼まれる。
王太子付き宮内長官の封蝋で閉じられた小荷物を受け取ると、上官室を後にした。
それから秘書局の出入り口に設けられたカウンターで立ち止まったマルティエナは、荷物の管理を担当する宮内官へと声をかける。
「お疲れさまです、ルド宮内官。離宮宛の荷物はございますか?」
「お疲れさま、マルティエナ女官。二件あるよー」
「ありがとうございます」
郵便物が仕分けられた背面の棚からルドが手にしたのは、ざらついた紙の繊維が目立つ茶封筒と、鮮やかな青のリボンで括られた小さな包みだ。
記録簿に受取のサインをしながら、送り元と宛て先をさっと確認する。
ひとつは離宮で働く使用人宛の手紙。もう片方は文具店から届いた荷物だった。
広げる書類や書籍が多かったので買い足した栞と文鎮だろう。
(このサイズなら持ち運べるから良かった)
魔法士団の詰め所に向かうので荷物次第では引き返してこようと思ったけれど、その必要はなさそうだ。
「マルティエナ女官、ちょい待って」
全ての荷物を両手で抱いたマルティエナが地続きの通路へと出ようとしたところで、背後から声がかかった。
「キギリ宮内官、お疲れさまです。いかがいたしましたか?」
「俺も外に用あるから途中まで一緒にどう?」
王太子付きの宮内官は、次代を担う若手とそれを指導する中堅層がいる。
この秘書局は王太子が学院助手の任期を終えて王宮に戻ると同時に設置された部署らしいけれど、新設当初から秘書局で働くキギリ・アレサ宮内官は、冷徹そうな顔立ちに反して兄貴肌で親しみやすいらしい。
そんな話をマルティエナ同様に新人の王太子付き宮内官から聞き知ったのは、ほんの数日前。
「私で良ければ喜んで」
「ん、良かった。荷物持とうか」
両手の空いたキギリが隣に並んだので、そのまま歩き始めたマルティエナはゆるゆると首を振る。
「大丈夫ですよ」
「そ?」
「はい、お気遣い――」
腰に手が添えられて、思わず足が止まった。
正面を向いていたキギリが視線に気づいて顔を合わせてくれるので、一拍遅れながらも「ありがとうございます」と告げる。
聖テレシア女学院に通っていた期間のクレイグの送迎で慣れたと思っていたけれど、どうにもエスコートをされる側になるのは慣れなそうにない。
(勤務中のエスコートは要らないんだけどな)
そうは思うけれど、彼の親切心は受け取ろう。
「マルティエナ女官は誰の誘いにも乗るよな」
そんなマルティエナは、彼の誘いが好意ではないことを早くも理解することになった。
「俺も込みで」と続けたキギリは正面を向いたままだったけれど、口角が微かに引かれていて、それが薄っすらと白々しくも感じる。
「運良くキギリ宮内官とご一緒できて何よりです」
偶々タイミングが合っただけ。
マルティエナにとってはそのつもりでも、キギリの笑みは深まっていく。
「それに何でも二つ返事で引き受けてくれるって密かに噂されてる」
「そうなのですか? 用がある時はお断りもしてますよ」
「そ?」
荷運びに手を貸してほしいとか、書類整理を手伝ってほしいとか。計算の見直しにもう誰かの目を借りたい、なんてものもあった。
王宮で勤める日数が経つにつれて、王太子付きの宮内官達から細々としたお願いをされることが増えたように感じていたけれど、理由があったらしい。
困っているのなら協力したいが、マルティエナにも優先すべき仕事がある。
半分とまではいかずとも、三回に一回くらいは別用でお断りしていた。
「まあ相方がああだから余計噂が立つのか」
視線だけでマルティエナが見上げる。今度は目が合った。
「ユリス女官。マルティエナ女官とは真逆でつれないよな。顔は可愛いけど」
愛想の良い表情を浮かべていれば、言葉がなくとも場は繋ぐ。
大抵は都合の良いように相手が笑みの意味を受け取ってくれるからだ。
「ああ、マルティエナ女官も可愛い――ってか綺麗寄りか。君ら二人で仕事はうまく回って……」
入り組んだ通路の手前で、マルティエナは立ち止まる。
自ずと会話も途切れた。
「お話の途中にすみません、今日は荷物を届けに魔法士団本部へ向かう予定なんです。キギリ宮内官はどちらに御用でした?」
階段を降りると家政局や近衛騎士の詰所、エレノアの離宮に続く外への出入り口がある。
右手の通路は王宮内外の各所に繋がっていた。
キギリのいう途中までの道のりは案外短い。
「丁度俺もそっちの近くに用あるから、もう少し一緒かな」
腰に添えられた手に追い立てられるように足が進みだす。
残念――心の中で息を漏らした。
人から聞き知った評判がそのまま自分の感覚と一致するとは限らない。
(私に見せる一面はほんの一部だろうけど、今のところ親しくなりたいとは思えないかな)
それでも中途半端に別れるよりはこれで良かったかもしれない。
「キギリ宮内官」
優しく冷静に、を意識する。
勝手に感じた落胆が棘になって表面化しないように。
「ユリスさんはとても優しい方ですよ。仕事もユリスさんと細かく調整しながら進めていますので、隙間時間に皆さんのお手伝いも出来ますし」
「そ?」
「はい」
キギリの薄ら笑いは止んでいた。
(目が合わない人)
不要な場でのエスコートはするのに、正面ばかり向いて会話をする。だから余計に何を考えているのか想像もつかない。
「ここ最近気になっていたのですが、皆さんは人手不足なのでしょうか?」
「いや?」
即答された返事に沈黙で返すと視線が降りてくる。
マルティエナが軽く首を傾けると気まずそうに目を逸らされた。
「あー……でもまあ、色々と、な」
(私も逆の立場なら濁したくなる。そこは一緒だったみたい)
王太子付きの宮内官とエレノア付きの女官は、大まかな括りでは管轄が同じ。そこから枝分かれした先にそれぞれ所属している。
他所の官吏に手伝いを何度も頼まなければいけないほど、手が足りていないのか。
人手が足りているのなら、どうして仕事が回せていないのか。
そんな風にマルティエナの沈黙を受け取っただろう。
マルティエナとユリスの二人で仕事がうまく回っているのかと否定ありきで口出した手前、キギリは言葉に詰まる。
分かるだろう? と言い含まれた沈黙にマルティエナは微笑んだ。
「ブラウ宮内官にお伝えしたら纏まった時間も取れますので、皆さんのお手伝いが必要な時は仰ってくださいね」
そうして、マルティエナは分からないとばかりに親切を押しだす。
ブラウはキギリと同じ王太子付きの宮内官ではあるが、エレノアが住まう離宮の監督を任され、宮内長官室に続く上官室に専用の席を用意されている。
ブラウに話を通せば、自然と宮内長官の耳にも届くのは必然で――
「最近は慌ただしくてマルティエナ女官の手を借りた奴もいるけど、もう落ち着く時期だからその必要はないかな。もし必要になったら、その時は俺から頼むわ」
「それは良かったです。早くお仕事が落ち着くと良いですね」
やめてくれ、とキギリの心の声が聞こえたマルティエナはにこりと笑んだ。
ここ最近声が掛かっていた頼まれごとと噂は、これを機に落ち着くだろう。
秘書局は人の出入りが多いので、上手く人脈を築ければ情報網も増える。
王太子の元で働いているだけあって皆優秀だ。
そんな宮内官達と気軽な話ができる機会は貴重だったけれど、ユリスの評判が下がるのはいただけない。
「こんなこと言うのもどうかと思うけど、何かと理由つけて異性とお近づきになりたいって男心を学ぶと良いよ。オーレン伯爵にでも聞いてさ」
(知ってます、とは流石に言えない)
男だけの秘密の会話。
マティアス・オーレンとして過ごした日々のなかで、マルティエナは男心も、男の浪漫も、下心も小耳に挟んだ。
それに、現在進行形でマルティエナ自身が実行に移している。
アスタシオンの第二王子としての日常を知りたい。
偽りのない姿で会いたい。
男心も何も、性別なんて関係ない。
だから、それなりに分かっているつもりだけれど――
「キギリ宮内官はそうではないですよね」
足音が一人分消えていく。
「――マルティエナ女官は案外策士ってことか」
数歩遅れて足を止めたマルティエナが振り返ると、腰から離れたキギリの右手が掲げられた。
「それじゃ俺はここまでで」
「はい。色々な面でご心配くださって、ありがとうございます。おかげで楽しい時間を過ごせました」
正面から見たキギリの口元は笑っているけれど、見下ろす眼差しは品定めをするように冷徹だ。
そう感じるのは、これまで知り合った男性のなかでも取り分け彼の背が高いからだろうか。
自身の身体的特徴を分かった上での振る舞いなら、兄貴肌で親しみやすいという前評判には、やはり疑問を投げかけたい。
一本道の回廊を引き返していくキギリに背を向けたマルティエナは彼の目的を考える。
結局、彼はどこに向かう予定だったのだろう。
どこへも寄らずに秘書局に引き返す姿を想像して、マルティエナは考えることをやめた。




