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【本編完結済】『マティアス・オーレン』の行方 〜ところで、兄はいつ戻ってくるのでしょう?〜  作者: 青葉 ユウ
-- IF ENDING --

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4.予感していた白昼




 エレノアの侍女――シスミナ・カルドレンは通いだ。

 侯爵夫人としての役割を優先する日もあるとの話しており、今日がそうだった。


「ねね、マルティエナさん! 今日は天気も良いし散歩しない?」


 侍女が不在なら女官が側に控える。

 その役目に初めて就いたマルティエナは、朝からエレノアと友人のように近い距離感で過ごしていた。


「良いですね。本日のご予定はありませんから、距離の離れた庭園にも行けますよ」

「本当!? 実は気になる所があるの! 薬草園の奥にあるところでね。マグノリアの並木道があるって聞いて、行ってみたいんだけど、どうかな?」

「薬草園の奥というとヴュルデ・ルータ庭園ですね」


 医薬局が管理する薬草園の奥には、国王の住まうヴェルデ・グラン本宮に続く散策路がある。その辺り一帯がヴュルデ・ルータ庭園と呼ばれていて、マグノリアの並木道は今が見頃らしい。


 離宮の北に位置する医薬局の更に奥。

 王宮内の敷地図でみれば割と近い距離だが、図面に書ききれない区域や小径も多い。元々広大な敷地なのに、景観を隅々まで楽しめるように湾曲した通りにして広く魅せていることもあるので、実際にかかる時間は想定より長いはず。


(私も行ったことないけど、ナザリク様なら……)


 案内人を手配してもらえば済むが、仰々しくなってはエレノアの意に沿えないだろう。

 解放した扉を背後にしたナザリクにマルティエナは視線を向ける。下げた瞼とともに浅い頷きが返ってきた。


「俺が案内できるから心配いらないよ。――エレノア様。ヴュルデ・ルータ庭園までは遠いので、途中まで馬車に乗りましょう」

「そうね! 折角だし庭園で昼食にするのは? あっ、でも許可が必要なのかなぁ」


 王宮には細かなしきたりが多い。

 ナザリクの言葉に喜びを露わにしたエレノアが目を輝かせたのも束の間に、諦念を含んでいく瞳をマルティエナは覗き込んだ。


「大丈夫ですよ。許可が必要な区域のリストに含まれていませんでした」

「本当!?」

「はい、心配いりません」


 王宮に居を移してからというもの、エレノアは常に忙しい。

 王族の家系図や歴史、貴族の名前と宮廷内での役職。簡潔にまとめても数冊にも跨る内容を頭に叩き込むし、マナーも基礎から確認していく。

 王宮は王族が住まう宮や王宮図書館等が連なった本殿の周りに、このリスフォリア離宮や医薬局、騎士団の詰所など様々な部署が点在するのだが、建築のモチーフや歴史を学びながら各所を周り歩くのも数日がかりで、離宮に戻ってきた後はいつも疲れ果てていた。


(ぱっと見はメイクで隠れているけど隈がありそう。エレノアさんのことだから、部屋に戻ってからも勉強してるんだろうな)


 今日くらいは休日と思って、やりたいことをしてほしい。

 そのための細かな調整を行うのは女官の仕事だ。


 安心してほしくてエレノアの手をとって微笑むと、彼女の視線がぎこちなく泳いだ。


「うぅ、マルティエナさん……恥ずかしいよ。なんだかドキドキしちゃう」


 目元とは対照的に頬が赤い。

 そんなに見つめてた? なんて疑問は一旦置いて、マルティエナは距離を取る。


「失礼しました。今後は気をつけますね」

「双子ってとても似るのね。一瞬マティアス君が目の前にいるのかと思っちゃった」


 恥じらうエレノアに疑いの根はないと分かるので「幼少の頃から良く言われました」と返す。


「オーレン伯爵はそういう……」


 昼食と馬車の準備をしに執務室を出ようとしたマルティエナの耳に、ナザリクの呟きが届いた。



 ◇◇◇



「では、報告書を提出してきます」


 陽が沈み始める夕刻、マルティエナは一日の業務報告書を手に離宮を後にした。

 上官のブラウは時折様子を確認しにやってくる。初めの頃は離宮に姿を出す頻度も多かったが、女官の業務を二人でこなせていると分かるなり、徐々に回数が減りつつあった。


 官吏用に設けられた園路の裏通りを歩いて、王太子の住まいであるソルフォリア翠陽宮へ。


 官吏用の通路を行き交う宮内官に会釈をしながら秘書局へと向かう。

 開け放たれた扉をノックして来訪を伝え、カウンター席に座る宮内官に挨拶をする。

 要件を言わずとも分かり切っている彼が「ブラウ宮内官は席にいるからどうぞ」と手を滑らせて誘導してくれるのも、毎度のことだ。


 通路を曲がったマルティエナは、帰る気配なく集中して書類に向き合っている宮内官達の気を削がないよう通路を進み、顔が合えば会釈する。

 そうして一本道となった通路の奥へと辿り着き、片側が開いたままの扉をノックした。


「ブラウ宮内官に報告に参りました」


 書類を捲る音が耳に届く一室は、王太子の秘書局における上官室だ。

 個々の卓の合間には胸元までの高さの書棚で簡易的に仕切られていて、独立したスペースになっている。その中でも扉側に向かい合うよう配置されたブラウの席までマルティエナは歩を進めた。


「ユリス女官から庭園に出かけたと聞いている。どうだった?」

「丁度マグノリアの花も綺麗に咲いておりましたので、エレノア様の良い気分転換になれたと思います」

「仲良くなれそうか?」


 ブラウは仕事の一環といえる雑談を普段から混じえる。

 今回もそうだったので思ったままに告げると、より具体的な問いかけが返された。


「エレノア様にとって王宮での生活は窮屈だろう。ユリス女官や私は学院で知り合っているから、彼女にとっては先輩という感覚が抜けないように思えてな。君なら友人のような仲になれるのではないかと思ったのだが」


 ブラウの懸念にマルティエナは内心で頷く。

 侍女兼家庭教師のシスミナと衛兵や使用人を除けば、エレノアや王立魔法学院に縁のある者が配属されている。


 ブラウは先輩として。ユリスは講師助手として。

 そして、近衛騎士のナザリクはユリスと同学年の王立魔法学院生だったらしい。

 エレノアとの接点はなかったらしいけれど、近衛騎士や異性なのもあって、離宮内でもナザリクはエレノアに対して数歩引いた態度を保っている。

 エレノアの天真爛漫な振る舞いは人を選ばず好感を持たれるだろうけれど、ブラウが求める友人のような仲にはなりそうにない。

 そもそもエレノアとナザリクが親密になった時に王太子が嫉妬するか容認するかも分からないし、ナザリクだって良からぬ色恋の噂に巻き込まれるのは嫌だろう。


「私はエレノア様を好ましく思っております。親しく接してくださって感謝していますし、兄からもよく話を聞いておりました」


 自らエレノアを友人と呼ぶのは立場上違う気がして、遠回しな言葉を重ねていく。

 明確な発言はできなくても、マルティエナにとっては長年の付き合いになる友人であって、関係性が変わった今でも変わらない。仕えている主であり、大切な友人である。


「そうか」


 手元の報告書へとブラウの視線が下がったことで、マルティエナも口を閉ざす。

 窓からの日差しで橙に照らされているけれど影も濃くなってきたので、室内の照明に魔力を流してゆっくりと光度を上げていった。

 徐々に明るくすることで、書類へと注がれた集中を途切れさせないマルティエナなりの配慮だ。


 上官室全体の照明を調整し終わって居住まいを正す。

 それから少し経って、ブラウが書類を机へと置いた。


「ご苦労。明日は夜会の準備で朝から忙しいだろうが、よろしく頼む」

「はい、お任せください。それでは失礼いたします」


 去り際に目が合った他の宮内官にも会釈をしつつ、マルティエナは上官室を後にする。


 来た道を引き返して秘書局を出ると、次は王宮全体の郵便物を管理している受付口へと向かう。

 毎日決まった時間に届く郵便物は秘書局がまとめて受け取りを済ませて預かってくれているけれど、それとは別にばらばらと届いたものは直接取りに行く必要がある。

 そのため、ブラウへの業務報告と併せて確認するようにユリスと決めていた。


 ステンドグラスが夕陽を受け取って煌めく回廊の半ばで、マルティエナは足を止める。


 何となく。

 いつも閉ざされた扉が閉まりきっていなかったから。

 空気が漏れて、流れ出ていたから。



「オーレン、おいで」



 ――ほんの僅かな彼の香りが、どうしようもないほどに沁みたから。


 マルティエナは呼ばれるままに足を向けた。







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