40.巡り巡って
社交シーズンを終えて貴族が王都を離れてからも騒ついていた王宮は、日が経つにつれて日常を取り戻しつつあった。
概ねはキギリの話通りに量刑が確定し、捕らえた野盗の大半が刑地へと移送されたからだ。
残った後処理や峡谷調査から持ち帰ったデータの地象局での解析は数か月がかりの大仕事となる。
マルティエナの女官業務も、すっかり元通りに戻っていた。
(もうそろそろエレノアさんも戻ってくるかな? それまでにしておきたいことは――)
書き終えた書類をまとめたマルティエナは、仕分けされた書類を端から見返していく。
エレノアはソルフォリア翠陽宮で王太子との昼食中だ。
ナザリクも同行しているので、離宮には衛兵や使用人を除けばマルティエナひとり。
早々と食事を終えたマルティエナは、休憩もそこそこに仕事に戻っていた。
(シスミナ様は来週には領地に戻ると仰っていたし、王太子殿下とエレノアさんもきっとリヒトライ公爵領に行くよね)
オフシーズンの水の季節に王宮を離れていたように、残りの土の季節と火の季節では王太子が管轄している公爵領に戻るはずだ。
(離宮の大掃除の準備と、エレノア様の荷造りを進めておいたほうが良いかな?)
とはいえ、水の季節に模様替えも含めて大掃除を済ませている。
峡谷調査が挟まったことで、エレノアが王宮で暮らしていた日数は少なく、ほぼそのままの状態だ。
(模様替えはエレノアさんに聞いてからだけど)
不在の間も離宮の清掃は行き届いていたので、基本を抑えておけば問題ないだろう。
必要なことをメモに書き出していると、繋ぎの間の重厚な扉が開いたのが女官室からも分かった。
エレノアが戻ってきたのだろう。
出迎えようと立ち上がったマルティエナは、直後に勢い良く開いた扉に目を瞬かせる。
「マルティエナさん!! 聞いて!」
小走りで駆け寄ったエレノアが満面の笑みを浮かべた。
開いたままの扉口では、ナザリクが手を掲げている。
「今日ディオンと話していてね、水の季節ではリヒトライ領をひたすら回っていたから、次は他の領地にも立ち寄ることにしたの」
どうやら、王太子とエレノアの今後の予定が決まりつつあるようだ。
想定内の内容にマルティエナは頷いて相槌を打つ。
「それで、伯爵様のお見舞いでホスタギーヴ伯爵領に寄ることになったのよ! 久し振りにユリスさんに会えるよ!」
「そうなのですね。ユリスさんによろしくお伝えください」
エレノアの珍しい喜びように合点がいったマルティエナは笑みを返す。
けれど、期待していた反応ではなかったようで、エレノアは頬を膨らませた。
「今回はマルティエナさんも一緒だよ? ブラウさんもね」
え、と漏れた呟きとともに、背後のナザリクを見遣る。
オフシーズンはどちらかというと貴族の休暇のような時期だ。
領地運営の傍ら、自領でのびのびと過ごし、仲の良い友人を招待し合う。他所の領地や観光名所を回ったり、乗馬や狩猟を楽しむ。
議会や社交界の華やかでありながら緊張感漂う場とは異なる日常。
それは、王族にとっても例外ではないはず。
各地の視察や賓客の接待、夜会への参加等は水の季節でも予定が詰められていたけれど、隙間時間では王太子とエレノアが二人きりで過ごせる時間も多かったらしい。
形式的な食事や面会ばかりで人目を気にせずに話せる機会の少ない王宮生活とは質の異なる期間。
王宮から連れて行っていた護衛や使用人は王太子の人選だったのではと、マルティエナは薄々感じていた。
聞き間違いじゃないか疑ったけれど、いくら待てどもナザリクは否定しなかった。
「分かりました。早速荷物の準備を進めていきましょう」
そもそも、ユリス不在の今はエレノア付きの女官は自分だけ。
峡谷調査と同様に、仕方がなかったのだろう。
そんなことばかり考えていると、エレノアは更に不満を露わに唇を尖らせた。
「むぅ……なんだが私だけが嬉しいみたい」
「すみません。私も同行できると思っていなかったので、気持ちが追いつかなくて。エレノア様からリヒトライ公爵領のお話をお聞きしていたので、とても楽しみです。ユリスさんにも早く会いたいですしね」
王太子の思惑が何であれ、エレノアに同行してユリスに会いに行けるのも、各地を回れるのも嬉しい。
思考を巡らせてもどうしようもないことは隅に置いて、貴重な機会は最大限学びに活かそう。
早速動き出そうとしたマルティエナだったが、エレノアは行手を阻むように胸元で両手を組んで瞳を輝かせた。
「それとね、ヴァンビエント公爵領のバザールはマルティエナさん行ったことある?」
「――小さい頃に何度か。ここ数年は機会がなくて行けていません」
ヴァンビエント公爵領――それは、アスタシオンが管轄する王領だ。
貿易の要となる港町が有名なリヒトライ領とは趣が異なり、ヴァンビエント領は王国内の交通の要所である。
王都や各領地を行き来する際に最も良く通る中継地であり、長旅の憩いの場だった。
その立地から、土の季節の終盤には、各領地の貴族や商人が特産品を選りすぐって集まる大規模バザールが毎年開かれていた。
「実は私もなの! 最初はそこでバザールの視察をすることになったから、お屋敷で開かれる夜会にも一緒に参加しよう!」
「では後でドレスを選びましょうか」
社交シーズンに合わせて仕立てたのに、陽の目を見なかったドレスが幾つもある。
久しぶりの夜会を喜んでいるエレノアが気分良く過ごせる最高の一着を選ぼう。
そう思いながら、マルティエナは幼少の頃に家族総出でバザールへ行った記憶を思い出した。
人が多くて危険だからと夜の外出は禁止されたし、早くに眠らされたけれど、父と母は華やかに着飾って外出していたような気がする。
(きっと殿下は参加されていたんだろうな)
大人に混じる幼少のアスタシオンは、どんな子どもだったのだろうか。
兄ように年齢を疑うほど大人びていたのではないか。
知らぬ間に綻んだ口元を隠すように手を添える。
エレノアとナザリクには秘密を洗いざらい話したけれど、胸に潜む恋心は知られたくない。
そんなマルティエナに微笑んだエレノアは、背伸びをして耳に口元を寄せた。
「アスタシオン君と会えるの、楽しみだね」
どうやらお見通しだったらしい。
観念したマルティエナは、気恥ずかしくも頷くことにした。




