37.他人事ではいられない
王宮に帰還してからのマルティエナは、荷物の片付けや不在の間に届いた品々の整理に明け暮れた。
ブラウには休み明けで良いと言われたけれど、荷物が山積みになった場所ではエレノアもゆっくり休めれないだろうと、先に整理を済ませることにしたのだ。
ブラウが処理してくれていた仕事は休み明けに引き継ぐこととなり、久方ぶりの休みが迫っていた。
秘書局に届いた手紙や荷物を受け取って、陽の暖かさで蒸した官吏用通路を歩いていると、向かいから歩いてくるキギリと顔を見合わせた。
「お疲れさまです、キギリ宮内官」
「ん、お疲れ。これから離宮戻んの?」
「はい」
「なら俺も途中まで付き合おうかな。息抜きに外の空気吸うのも仕事のうちだし」
早々と踵を翻すキギリは待つ気がないらしい。仕方がなく小走りで駆け寄って、キギリの顔色を盗み見る。
青い隈が目の下にくっきりと刻まれていた。
特務隊が王宮へ戻って来てからは、交代のように秘書局が忙しくなっている。彼らに降りかかっている仕事と溜まった疲労を想像したマルティエナは悩みながらも口を開く。
「囚人の量刑はどうなりそうですか?」
エレノアを誘拐した実行犯の野盗集団は、王宮に戻ってくる際に荷馬車に繋いで連れ帰って来ている。
今は王宮騎士団本部にある地下牢のなかだ。
捕えた野盗の頭によると、誘拐したエレノアを引き渡す予定だった商人との細かな連絡は、相手側が用意した闇属性の魔法使いを通していたから連絡の取りようがないらしかった。
外見の特徴は自白させたものの、近隣の村落への聞き込みも含めて何日探せど見当たらず、ハーストーン辺境伯の騎士団に捜索を任せて戻ってきている。
捜索を待って全貌が明らかになってから刑を確定させる案も上がったが、現時点でも重罪となるため、刑罰を定める方針になったらしい。
その書類作りに秘書局は駆り出されているのだ。
「俺は息抜きって言ったんだけど。真っ先に仕事の話振るなんてどうかしてるよ」
「……気遣いが足りず、すみませんでした」
仕事以外の会話か、とマルティエナは開いた扉から広がる景色を見渡す。
ソルフォリア翠陽宮とリスフォリア離宮を繋いでいる園路は裏道でも生垣の花が咲き誇っている。
(不在だった間に庭園も様変わりしたな)
瑞々しい緑に染まっていた庭園は、深みの増した緑となって、葉先の色を黄や赤へと少しずつ変わってきている。
色鮮やかな花弁と落ち着き払った深緑の葉の対比が、今年の土の季節も豊穣だと教えてくれているようだった。
(王都では少し前まで収穫祭があったんだよね)
特務隊が王宮に戻ってきた時には既に祭りの後の余韻が消えていたけれど、王都の街並みには装飾の名残が残っていた。
キギリが祭りを楽しむ姿はあまり想像できないけれど、行きましたかと尋ねてみようか。
そろりとキギリを伺うと、不満を露わに口を曲げていた。
折角外の空気を吸いに来ているのに、庭園には興味もないらしい。
「大半は鉱山送り。数人は王宮に残って被験体になるのが妥当な線かな。死ぬまで国家の奴隷として扱き使われるよ」
「そうでしたか」
先ほどから、キギリにじとりと見下ろされている。
マルティエナは気まずさに耐えかねて肩を竦ませた。
「あの……私は元気ですよ? 気に掛けていただいて嬉しいですが、この通り何も問題はないので、平気です」
王宮に戻ってからというもの事あるごとに心配や同情をされ、見ず知らずの宮内官にまで声を掛けられた。その多くが心からの心配ではなくて面白半分だと分かるから、どうにも居心地が悪かった。
(キギリ宮内官や秘書局の皆さんは本当に心配してくれてるんだろうけど……)
そこに労力を掛けるよりも、何も考えずに頭を休める時間をつくってほしいと思ってしまう。
「そ。君たちからの中間報告が届いた時は大騒ぎだったよ。まだ社交シーズンのど真ん中だったしね。追加で人員を送るかどうかで揉めてたって話聞いた?」
「いえ、知りませんでした」
「始めはエレノア様だけ帰還命令出すか議論されてて、そのままの調査続行が決まった時に、第二王子殿下が増員すべきだって食い下がったみたいだよ。まあ、結果は知っての通りだけど」
「――そう、でしたか」
峡谷調査中、王宮から追加での人材は送られていない。
けれど、結果はどうであれアスタシオンの行動から心情を察せられることはある。
綻びそうになる口元を隠そうと書類や手紙を抱えている胸元へと顔を伏せると、ふわりと華やかな香りが鼻に届いた。
どこかの夫人か令嬢からの手紙だろう。
生花とは違った、奥深くも凝縮された馨しさが、送り主の人柄への想像を掻き立てる。
「君さ、俺らが余計な心配してるとでも思ってる?」
そんなマルティエナを横目に、キギリは耐え兼ねた不満を吐き出した。
「中間報告と一緒に入ってた君からブラウ宮内官への手紙。俺らも読ませてもらったから」
一瞬、なんのことだったかと記憶を遡る。
あれは高熱で寝込んで数日後の話だった。
拘束されていた洞窟の捜索と捕らえた野盗の自供がひと段落したので、隊長がそれらをまとめて報告を王宮に送ったのだ。
マルティエナも、エレノアの体調面の報告のために手紙を一枚同封させてもらっていた。
大体のことは隊長がまとめられていたので、マルティエナはそこに被らない内容を記したのだが――
「エレノア様や他の人たちの体調には触れておいて、自分のことだけ抜けてたよ。馬鹿なんじゃないの」
何か問題があっただろうかと首を捻ったマルティエナを、キギリが罵倒する。
「ブラウ宮内官は言わないだろうから、俺が言っておく。君は馬鹿で、能無しだってことがよく分かった。ほんと呆れたね」
その辛辣な言葉の数々に呆気にとられた。
「エレノア様が無事なら安心するとでも思ってたの? 手紙を書いたのが君だから無事なことが分かるって? 本当に大馬鹿だよ」
思わず足が止まったのに、そんなことはお構いなしでキギリは先を行く。
「帰ってきてからも仕事してさ。さっさと休めば良いのに融通聞かないし。心配するなって言われて、そうですかって納得するとでも? 君をその程度に思ってたら誰も最初から心配なんてしないから。ほんと馬鹿」
キギリは息継ぎもせずに冷めた罵倒を繰り返す。
呆れに変わっていた彼の怒りに、頭を殴られた気分だった。
思わず足元をみると、キギリは吹っ切れたように笑う。
「頭の足りない君でもそろそろ理解できた? 明日は頭空にして、頭冷やして、馬鹿な真似したことを反省してきたら良いよ」
そうして、ようやく昼下がりの陽だまりの空気を吸い込んでいた。
久し振りに太陽の日差しを直に浴びたのか、目を細めたキギリの顔色はすっきりしている。
「お言葉に甘えて、そうします。キギリ宮内官ありがとうございます」
「ん。それと、オリビア・ハラディ伯爵令嬢にも手紙書きなよ。君が峡谷調査に行ったのは本当かって問い詰められたんだけど、顔面蒼白で今にも倒れそうだったから」
――君が元気で安心した、と。
来た道を引き返していくキギリの呟きは、すれ違いざまに肩に触れた手の温もりが教えてくれた。




