34.闇に埋葬
ナザリクの手に納まる懐中時計のような魔道具は、ダイヤル錠を模した仕掛けがされている。
ランタンの光に照らしながら隅々まで見たものの、スイッチひとつで発動を切り替えられるような簡単な造りではなかった。
「魔法使いは殺めてしまいましたが、魔道具らしきものは見つけました。証拠になるので持ち帰りたいですけど、適当に弄って誤作動が起きるのは避けたいですね」
敵の仲間が入ってきた時に迎撃できるように扉を警戒するナザリクが口を開く。
「そうね。一旦隠しておいて隊長達と合流してから取りに来るのも、その間に何かあったら嫌だし……このまま持っていくしかない、よね?」
「四元素の魔法が使えないのは厄介ですが、それしかないですね」
エレノアのレイピアは見つからなかったものの、ナザリクの長剣はある。そして、光属性も闇属性も使える人員が揃っている。
敵陣の真っ只中であっても、不意をつかれない限り勝機はある。
そう思えてしまうが、楽観視はしていられない。
「始めからエレノア様を狙って仕組まれていたように思いますが、何が目的だったのでしょうね。 おおよそでも、あちら側の背後が分かると良いのですが」
「あっ! それは私聞いたよ! 商人が迎えに来くるから、その後は取引先のお客さまに売り渡すって話してたの。私に触れないように言われてたらしくて……マルティエナさんに世話させるからって」
危険な目に遭わされる彼女自身よりも、他者を巻き込んでしまったことの方が辛いらしい。
徐々に落ち込んでいくエレノアに、マルティエナは微笑む。
「そのおかげで拘束が緩かったのですね。私も連れてきてもらえて良かったです」
「マルティエナさん……」
「動くならその闇商人が来る前に脱出した方が良いってことですか。あの魔法使い以外は雑魚が多そうだし、この面子なら」
緩みそうになる空気を悟ったナザリクが状況を分析し、扉から視線を離す。
落ち着きの払った眼差しで静観されたマルティエナは、ゆっくりと一度、瞬きをした。
続く言葉を避けることはできないだろう。
「まあ、でもその前に確認はしておかなきゃならないか。マルティエナ女官って一体なんなの? エレノア様の敵じゃないことは分かるけどさ」
ギークのように全てを疑われる。
それを当然のように受け入れようとしていたマルティエナは、思いの外柔らかなナザリクの口調に目を瞬く。
訝しんでいるわけでもなく、嘲りでもない。
いざ言葉にしてみると可笑しくて笑ってしまうとでも言いたげな表情に変わっていた。
「闇属性の魔法が実際どんなもんか、俺は使えないから知らないけど。自分とエレノア様の拘束を解いて、その上、悪党を四人も倒して……そんなん、相当場数踏んでないと無理でしょ」
驚くほどに柔らかな視線が外れ、扉へと向かう。
背後を見せる姿は、まるで信頼されているようで。
「オーレン伯爵が魔法を教えてたとしても、それだけで使いこなせるとは思えない。そもそも、魔力制御されながら使える魔法なのかも疑わしいんだよね」
月日が経つ毎に増す秘密と、全てを嘘で偽ってきた罪を打ち明けるのが怖くないと思えた。
そう思えるのは初めてかもしれない。
「このまま報告したら、マルティエナ女官への不信感は増すだけだろ? エレノア様も、流石に魔法までってなると庇いきれないでしょう」
なにから話そうか、と。
悩む前には口から滑り出た。
「私は昨年の今時期まで――『マティアス・オーレン』として暮らしていました。王立魔法学院に入学した日からずっとです。魔法は兄として学院で学びましたし、魔力制御も外れています」
騙していてすみませんでした、と謝罪するより早く、エレノアの呟きが静寂を打ち消した。
「やっぱり、そうだったんだ」
「え……」
声が上擦る。
エレノアの核心に満ちた面持ちが、ふっと和らいだ。
「違和感はあったの。最近のマティアス君、らしくないもの。結婚で人は変わるって言うけど釈然としなくて」
耳から溢れた前髪をエレノアの白く透き通った手が攫ってくれる。
「さっきのマルティエナさん、私の知ってるマティアス君そのままだったの。私、マティアス君が助けに来てくれたんだ――って、ほっとしてた。私が知ってたマティアス君は、始めからマルティエナさんだったんだね」
人工的な明かりを必要としないくらい、エレノアはいつだって底抜けに眩しい。
『されたこと』よりも『してくれたこと』を心に刻み込むような、エレノアの優しさが羨ましくもある。
だからこんなにも輝いて見えるのだろうか。
「偽っていてすみませんでした。――ずっと騙しててごめんね、エレノアさん」
今の謝罪と、過去の謝罪を繰り返す。
耳を掠めたエレノアの手を握ると、今だけは仕える主人と女官ではなくて、学友だった頃に戻った感覚になった。
「ううん、マティアス君がいるって思うと心強いの。それに私の光魔法とマルティエナさんの闇魔法は相性がぴったりだもの! 私は今、凄く嬉しいよ」
それよりも近いかもしれない。
手を握り返して、エレノアが頬を乗せることなんて一度も無かったのだから。
「何があっても私がマルティエナさんを守るよ。だから、マルティエナさんは今日だけじゃなくて、これからもずっと私を守ってくれる?」
「もちろん。傍にいると約束しましたから」
顔を赤らめながらはにかむエレノアから目を離せずにいたマルティエナは、わざと濁らせた咳払いに慌てて手を離す。
エレノアとは『マティアス・オーレン』として過ごした時間のほうが長い。
そのせいか、ナザリクの無言の訴えに、婚約者のいる女性にしてはいけない過剰な接触をした後ろめたさを感じてしまった。
「お二方とも待ってくださいよ。俺だけ蚊帳の外なんですけど。流石に理解が追いつかないって」
やましい場面を見られて気恥ずかしいようなこちらの気持ちに構っている余裕はないようで、ナザリクは「どう考えても無理」と頭を振り払う。
「確かにマルティエナ女官と伯爵は似てたけど、それでも男女の骨格の差は服の上からでも分かる。実技授業は着替えもするし、流石に男の中に女の子がいたらバレるでしょ。そもそも何でそんな真似を……」
ナザリクの疑問は最もだ。
エレノアがあっさりと事実を受け入れたので説明する機会を失っていたが、足りない部分を補足するべく順序立てて、かといって長話にならない範囲で説明していく。
最後に姿形を変える闇の古代魔法を発動してみせたことで、ナザリクは開きっぱなしだった口を塞いだ。
「未だに理解追い付かないけど、取り敢えずは分かった。分かったけど、脱出した後はどうする? ギークさん、元々かなり疑ってたけど。下手なこと言えばどうなるか」
「言わなければ良いだけよ」
頭を抱えたナザリクへ、エレノアがきっぱりと言い張る。
「ギークさんだけじゃなくて、ディオンにも言わないから、ナザリクさんも全部忘れて。マルティエナさんの拘束は足だけだったし、私の拘束も緩めだったから、魔法を使わなくても外してくれやすかったの。私が光魔法で目眩ましして、ナザリクさんが上手く立ち回ってくれた」
躊躇う素振りは微塵もなかった。
両手を合わせてにっこりと告げたエレノアが、息をつく間に口を窄める。
「マルティエナさんの功績を隠すのは気が引けるけど、私も癒しの古代魔法を使っちゃったし、闇属性の魔法士集団の魔道具が関与している以上、真実が表沙汰になることはないもの。それで良いと思わない?」
「あ〜そうでしたね、どうやら寝ぼけてたみたいです。そう報告しますし、なんなら証拠隠滅も任せてください」
完全に意気投合した二人に有難く思いながらも、今度はマルティエナが蚊帳の外にされた気分になる。
「お気持ちは嬉しいのですが、王太子殿下にまで隠しても大丈夫なのでしょうか? もし後で知られた時にエレノアさんとナザリクさんに何かあったら……」
正直言うと、マルティエナとて王太子には知られたくない。
王太子に信用されていないというのもあるけれど、マルティエナ自身も王太子を信用するに至っていないのだ。
王太子の命令には当然従うし、アスタシオンやエレノアが慕い選んでいるというだけでも人となりは信頼に値するけれど、姿形を変えられる闇の古代魔法を知った時にどのような政治判断をするのかが気がかりだった。
それでも、二人が不利益を被るのは見過ごせない。
なるべくオーレン伯爵家に影響が振りかからないように話してもらえないか頼むつもりだったマルティエナは、エレノアの予想外の提案に口を挟む。
「いいの。ディオンは私が何を言ったって、自分の目で確かめるまではマルティエナさんを信用してくれないもの。私は私の大切な人を守るだけよ。私の話を聞かなかったこと、後悔してもらうんだから」
けれど、エレノアは意に介さずに平然とした顔で笑った。
「俺はエレノア様のご命令に従ったまで、ということで。万一には俺のこともよろしくお願いします」
「任せて!」
ナザリクの便乗にも頼もしく頷く。
「帰ったらアスタシオン君とも話をしなきゃ。ディオンに気づかれないようにしたいんだけど、ナザリクさん何とかできる?」
「出来ますけど、どうして第二王子殿下に?」
「だって、マティアス君のことは誰よりもアスタシオン君がよく知っているもの。――でしょう? マルティエナさん!」
そうして、全ての点と点が繋がったとでもいうように晴やかな笑みを見せた。
どうやらエレノアには見透かされているらしい。
「はい。魔道具も、殿下を通して兄に伝えてもらえたら扱い方が分かると思います。終わったことだと思って詳細は聞かずにいたのですが、兄は失踪中に闇属性の魔法士集団の穏健派と繋がっていたようですから」
「……一体、君ら兄妹はどうなってるのさ」
呆れ切ったナザリクが大きく愚痴をこぼす。
険しい顔つきになっていたナザリクが「第二王子殿下が絡んでるなら心配いらないか」と最後に呟いて、脱出に向けた計画へと話を戻すのだった。




