29.橙に染まる街
いつもマルティエナたちの物語をお読みいただき、ありがとうございます!
主要人物のキャラデザ紹介を--Another--の章(IF ENDINGが始まる前)にアップいたしました。
作者の自作絵ですが結構気に入っていますので、見ても良いよ~と思っていただける読者さまは良ければぜひ! 覗いていただけたら嬉しいです。
チリン、チリンと鈴の音がなる。
道の脇に生える木の枝に点在して括られた風鈴の音色は、ハーストーン辺境伯領に入ってから鳴り続く。
風を感じる軽やかな響きが涼やかで、始めは物珍しさからエレノアと眺めていたけれど、あっという間に見慣れた景色へと変わってきていた。
それでも馬車の窓に映っては過ぎ去っていく風鈴を目で追っていたマルティエナは、そっと胸を撫で下ろした。
ハーストーン辺境伯領に着くまでの道中は、比較的穏やかだったように思う。
社交シーズンの王都へ集まる各地の貴族とすれ違うように出発したことで、どの町を通っても宿の部屋はそれなりに空いていたし、人の出入りが多かった時期のため、建物の外も中も掃除が行き届いていた。
事前の連絡なく行きずりで決まる行程は、町の食堂や宿で食事を摂るにも人数分の食材があるかが気がかりだったけれど、何も心配要らなかったと直ぐに分かった。
特務隊員が道すがらに食糧となる動物を狩るし、魔法や機動力を活かして逃げ足の速い動物も手に入れてしまうから、むしろ、町の料理人たちは珍しい食糧に目を輝かせて喜んでいた。
(野営での食事も美味しかったな。肉料理ばかりなのは難点だけど……)
辺境伯領に入ってからのここ三、四日は野営が続いている。
セペルハース峡谷は辺境伯領内でも少し辺鄙な場所にあるため、通りかかる町が少ないのだ。
人の集まる集落があれば、狩猟で得た肉や毛皮を摂れたての野菜と交換してもらえるけれど、そうした機会がなかった。
結果として、朝昼晩と続く肉料理に保存の利く乾物、そして自生する木に実っていた果実という偏った食生活になってしまう。
好意で多く盛られる食事を残すのも気が引けて沢山食べるのに、一日の大半は馬車の中で過ごしていたせいで、お腹周りの肉付きが気になってきていた。
(王宮にいると建物の行き来で動き回るから、良い運動になってたのかも)
セペルハース峡谷付近の町に到着すれば、ハーストーン辺境伯の別荘がある。
峡谷調査の間は、辺境伯騎士団の駐屯地にもなっている別荘へ滞在させてもらう手筈になっているので、各々一人部屋が用意されることだろう。
(部屋で過ごす時は運動でもしよう)
調査が始まれば、日中もエレノアについて動き回ることになる。
大人しく座っているだけの馬車移動から解放される喜びと、セペルハース峡谷への不安は間近に迫っていた。
「あっ! マルティエナさん、見えてきたよ!」
道に沿って植えられた木々を除けば、灰を帯びた緑と小麦色の草原が広がっている。
風に揺られる葉先の奥には、壁一面が橙色に染まる建物が散らばった都市が覗いていた。
◇◇◇
ハーストーン辺境伯の別荘で身体を休めた翌日。
駐在しているハーストーン辺境伯騎士から近況を聞いた特務隊は、編成を分けて街の視察に出掛けていた。
褐色の石材や砂を固めてベースにした家々が不規則な間隔を空けて建てられた街並みは、温もりと開放感を与えてくれる。
標高のある地域ならではの日差しの強さはあるけれど、そこかしこから奏でられる風鈴の音色によって心地良い風や颯爽とした空の青さに意識が向くから、暑さに苛まれることもなかった。
「体調はどう? 山酔いしないように移動のスピードは落としてたんだけど」
案内役の騎士について市場を回るヨリアンとエレノアの後を追うマルティエナは、歩調を合わせて隣に並んだギークに声をかけられる。
「昨夜は軽い眩暈と倦怠感があったようですが、寝て休んだら症状も気にならなくなったようです。朝食も食べられていましたので、今のところは心配いらないかと」
「それエレノア様の話だよね。朝食の席で隊長が聞いてたんだから、俺だって聞こえてたよ。寝ぼけてたの?」
はっと鼻で笑うギークにマルティエナは思わず眉根を寄せる。
深夜の湖畔で脅されてからというもの、ギークは表立っても声をかけてくるようになった。
今のように小馬鹿にされるのは毎度のことで、人の沸点を刺激してボロを出させようとしているのかもしれない、と思いながらマルティエナは過ごしていた。
監視をしやすくするために距離を詰めていると警戒もしていたけれど、最近はそうではないとも思い始めている。
「あんたはどうなのさ」
見下ろされた眼差しは呆れたままなのに、心配していると伝わるからだ。
しかし、朝食の席で「問題ないか」と体調を尋ねられて頷いたのはマルティエナも同じだった。
「私も大丈……夫ですけど、少しだけ頭痛がしたので、念のため薬を飲んでおきました。ほんの少しですが、眠りが浅かったのも原因だったと思います」
大丈夫です、の一言で終わらせようとしたマルティエナは、険の増した目つきに早々と根を上げる。
伝えるほどの内容ではないことと隠し事の境界は難しい。
「それエレノア様には言った?」
「些細なことですから、お伝えしていません」
つい数秒前までは些細なことだった。
平時だったら薬を飲まずに放っておく程度の痛み。
薬を飲んだのは、エレノアと町を見てまわる途中で症状が悪化したら、調査行程に影響が生じるから。
それなのに、ギークが相手だと大事に思えてくる。
罪悪感が増すのは彼の詰問じみた口調に叱られていると感じるからだろうか。
気まずくなって視線を泳がせたマルティエナを再び鼻で笑ったギークは、マルティエナの頭に手を置いた。
「調査の方向性を決めるためにも、逐一報告するのはあんたの仕事でもあるんだよ。どうするか決めるのはこっちの仕事なんだから」
彼の行動の元には優しさがあると感じてはいても、頭を撫でるギークなんて想像ができない。
この手は何だと驚きに目を見張ったマルティエナは、頭に圧し掛かった力に顔を歪ませた。
「我慢が美徳だなんて思わないことだね」
貴方のせいで頭が痛いです、とは言えず言葉をのみ込む。
「返事は」
「はい……」
代わりに不満を露わにして睨んでみたけれど、口元だけ綺麗に歪ませて離れていったギークに効果はなかった。




