中編
太陽が昇っていない暗い町を、マルコは走ります。
時計台に鍵をかけて、まずは自分の家へ向かいました。
裏口から家に入ってみますと、ひっそりと静まっています。
家の中にある時計を確認しても、やっぱりそこに数字はないのです。
両親がいる寝室を覗いてみますと、こちらもしんとしていました。眠っているというよりは、止まっているというかんじです。
マルコは自分の部屋へ行き、机の引き出しから懐中時計を取り出しました。
クロウおじいちゃんからもらった、マルコの宝物です。開いてみるとやはり数字は消えていましたが、ひとつだけ。6の数字だけが残っています。
これはつまり、6時は戻ってきたということなのでしょう。
――他の時刻も取り戻さないと。
懐中時計を首にかけて、マルコがふたたび外へ出ようとしたときです。ベッドのシーツがほんのすこしふくらんでいることに気がつきました。
猫のユキがひょいと飛び乗って、前足でちょいちょいとつつきますと、それはもぞもぞと動きました。
ばっとシーツをめくると、そこには三角帽子をかぶったちいさな人形がいるではありませんか。すやすやと寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っています。
「ははーん。4時のやつは、あいかわらずのねぼすけ野郎だな」
6時の精霊は、ベッドの上に飛び乗ると、眠っている4時の精霊を蹴り飛ばしました。
「うひゃあ。なんだよ、ビックリするじゃないか」
「ねぼすけ野郎め。とっとと起きやがれ」
「おはよう。ぼくはマルコ。ねえ、時計に戻ってくれないかな」
「でもカイロスがさー」
6時の精が言います。
「そのことだけどな。おまえ、考えてみろよ。文字盤の役目を放棄するってことは、オイラたちは用済みってことだぜ」
「えええ、そんなのってないよ」
「だからお役目を果たすのさ」
「わかった。ぼくはクアトロだよ」
ねむたげな目をぱっちりと開いて、4時の精霊が言いました。
○
6と4の数字が戻った懐中時計を持って、マルコは外へ出ました。肩かけカバンのポケットからは、ふたりの精霊が顔を出しています。
つぎはどこへ向かえばよいのでしょう。
「そうだなあ。トレスはお菓子が大好きだから、そういうところに隠れているんじゃないかな」
「ディエスも一緒にいるんじゃないのか? あいつらはいつもお菓子を食べて休憩してる」
6時と4時がそう言うので、マルコはケーキ屋さんへ向かいました。
パステルカラーのペンキも、暗い空の下ではなんだかさみしいかんじがします。
窓にはレースのカーテンが引いてあって、中が見えません。そっとドアを押してみると、すっと開くではありませんか。
――ケーキ屋のおじさん、ごめんなさい!
こころのなかで謝りながら、マルコは店内に足を踏み入れました。
いつもはケースにたくさん並んでいるケーキも、いまはひとつもありません。しかしその脇の棚には、日持ちのするクッキーやパウンドケーキが袋に入っていくつも並んでいました。
おいしそうなお菓子を見ながら歩いていると、アイシングクッキー瓶の傍で、ちいさく動く影を見つけました。
三角帽子をかぶった人形がふたつ。ゆらゆら揺れています。
たくさん房のついた帽子をかぶった、ふとっちょのほうが、まるでリスのようにクッキーを抱えてかじりついています。
それを見て、傍にいた人形がくちを尖らせて言いました。
「ずるいぞディエス。それはぼくが食べるつもりだったんだ」
「いいじゃないかあ。たくさんたーくさんあるんだから、これはぼくが食べるんだよう」
カバンのポケットから精霊が飛び出して、クッキーを抱えたふたりのところへ向かいました。
「おい。こんなところで、お菓子を喰ってる場合じゃないぞ。さっさと時計に戻るんだ」
「なんだ、セイスじゃないか。なにをやってるの?」
「あいかわらず、のんびり屋だなあ」
「ねぼすけのクアトロに言われたくはないよう」
ふたりに引きずられるように出てきたのは、みっつの房がついた3時の精霊と、おおきくお腹をふくらませた10時の精霊です。
甘い匂いのするクッキーはたしかに魅力的ですが、それだって決まった時刻に食べるからこそ楽しいのです。
お菓子を食べる時間を守らないと、昼ごはんも晩ごはんも、おいしく食べられなくなってしまいます。
「ぼくはマルコ。キミたちがいるから、ぼくらは美味しいお菓子が食べられるんだ。いないとこまっちゃうよ」
「そうまで言われちゃ、しかたがないなあ」
「ちぇ、単純なヤツらめ」
マルコが懐中時計を開くと、そこには3と10が増えています。
残る精霊は八つです。
○
マルコはカバンに精霊たちを携えて、町を走りました。
朝の鐘が鳴るまえから動いている新聞屋さんを訪ねてみると、そこには5時の精霊シンコが、輪転機を動かそうとがんばっていました。
記事を書くための紙の上で、9時の精霊ヌエベが、しかめっ面で万年筆を抱えて唸っています。
みんながいろいろな情報を知るために必要な新聞だって、時間に追われて、時間とともに発行されているのですから、締切時刻がなくなってしまっては、はじまりもおわりもなくなってしまいます。
町の秩序を守るため、マルコは精霊たちに戻ってもらいました。
商店街にある食堂へ行ってみると、竈の前で火を起こそうとマッチをすっている精霊がいました。
房の数は11本。彼は、11時の精霊オンセです。
どうしよう。みんながお昼ごはんを食べられなくなってしまうよ。
おどおど、じめじめ。
涙を流しています。
店内のカウンターには、偉そうにふんぞりかえっている精霊もいます。
いちばんたくさんの房を揺らしている12時精霊のドセは、自分を起点にみんなが食事をはじめることを自慢に思っているものですから、しんと静まってしまった町は、おもしろくありません。
マルコは声をかけ、なんとか時計に戻ってもらいました。
残りは四つです。
○
つぎの時精霊はどこを探せばよいのでしょう。
お店、道路、街灯、軒先、街路樹。
町の中を歩きまわって、マルコはへとへとになってしまって、ベンチに座りました。
空には太陽も月も星もなく、ただの闇が広がっているだけです。
風の音もなく、誰かの足音もなく、マルコは震えそうになりました。膝の上に乗って頭をすりつけてくるユキがいなければ、くじけてしまったかもしれません。
懐中時計を開いてみると、まだ数字が欠けています。
――おじいちゃん。どうやって探せばいいのかなあ。
マルコがため息をついたとき、精霊のひとりが言いました。
「1番のヤツはいなくてせいせいするぜ。オレがいればじゅうぶんさ」
12時のドセが、腕組みをしています。
なんでも1時のウノと12時のドセは、仲がよくないのだそうです。
ふたりはいつも、どちらが先頭なのかを争っているのだとか。
1と12。
12時はたしかに区切りの時刻ではありますが、単に数字だけで考えると1番のほうが先頭に感じます。
お昼の休憩がおわって、午後のはじまりになるのが1時です。
――ううん、たしかにどちらも「はじまり」だなあ。
マルコが考えていると、11時の時精霊オンセが、なにかを言いたそうにしています。12時の勢いにのまれて、いつだって隠れてしまうのが11時なのです。
それに気づいているのかいないのか、ふとっちょのディエスがのんびりと声をあげました。
「ドセはいつだってそう言うけどさあ、ぼくもキミも、1がいなければ成立しないんだよう」
「なんだと!」
「1だけじゃないよう。1と2のふたつがないと、12の形はつくれない」
「ぐぬぬ」
ぼくもそうだけどねえ――と、10時はニコニコ笑っています。そのとなりで、11時もうなずいています。
時刻の中でも、数字をふたつ使わなければいけないのは、10と11と12。
1と2は、大切なのです。
「ぼ、ぼくは、ウノにはいてほしいって思ってる、よ」
ひっこみじあんのオンセがめずらしくも勇気を出して言ったところ、オンセの足もとから、ポンとなにかが飛び出してきました。
他の精霊よりもちいさな身体を元気よく跳ねさせて、くるりと一回転。地面に着地した人形は、胸を張りました。
「ハハハ! そのとおり。オレさまは、なくてはならぬ存在なのだ!」
三角帽子の先っぽで、たったひとつの房を立派に揺らして、1時の精霊ウノは笑いました。
あっけにとられる一行をよそに、ウノはドセに近づきます。そしてドセの足もとに手を伸ばすと、えいやあとなにかを引っ張りあげました。
手の先にいたのは、二本の房を揺らした精霊――2時の精霊のドス。
なんとまあ。1と2は、11と12の中にずっと隠れていたようです。
マルコの時計には新しく数字が戻ってきて、埋まっていないのは、あとふたつだけになりました。
あともうすこしです。




