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マルコと12人の精霊  作者: 彩瀬あいり


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1/3

前編

 その町には、古びたちいさな時計台があります。

 決められた時刻になると、ゴーンゴーンと鐘が鳴る時計です。町のひとびとは、それをたよりに生活しています。

 毎朝ちいさく鳴り響く鐘は、一日のはじまりの音。

 まだ暗いうちから、新聞配達人は町中を駆け巡ります。

 パン屋さんは、焼きたてのパンを売るためにかまどに火を起こしはじめます。


 ごはんの時間を告げる鐘、仕事のはじまりの鐘、休憩時間の鐘、仕事をおしまいにする鐘。

 ほんのちょっとずつ鐘の音がちがっていることに気づいているひとは、少ないかもしれません。


 マルコは、その数少ないひとりでした。

 なにしろマルコは、幼いころから、その時計台が大好きなのです。

 大好きだったおじいちゃんが勤めていた時計台は、マルコにとってもうひとつの家みたいなものでした。おじいちゃんが亡くなったあとも、マルコは鍵を受け継いで、時計台の中へこっそりと入っておりました。


 時計台の一階は、かつてはいろいろなものを展示していましたが、いまはすっかりカラになっています。

 というのも、町にもうひとつ時計台ができるからなのです。

 町もむかしにくらべて広くなりましたから、町の中央にある公園におおきな時計台をつくろうというはなしになったのです。町全体に聴こえるよう、おおきな鐘をつけることになっています。


 鐘が鳴る回数も増えるそうです。

 こまかく、たくさん。

 いろいろな時刻を告げる鐘が完成することを、町のみんなは歓迎しています。

 マルコだってもちろん時計は大好きですから、公園を通るたびに建物を見上げてワクワクしたものです。

 けれど、ちいさな時計台からひとが消えていくことは、なんだかさみしくかんじるのです。


 ――ぼくがもっとちいさいころは、いろんなひとが時計台へやってきたのになあ。


 館長であり、立派な時計職人でもあったクロウおじいちゃんは、おとずれたお客さんにさまざまな説明をしたものですが、マルコにはまだ勉強が足りません。自分がなにをしたいのかすら、じつはわかっていないのです。

 そもそも、どこかの親方へ弟子入りすることだって、まだできません。それは12歳になってからと決められています。

 なにもかも。10歳のマルコには、まだまだずっと、とおい未来なのでした。



     ○



 あしたには、あたらしい時計台がお披露目される晩。

 いってみれば、ちいさな時計台が最後のお役目をする日。

 マルコはおとうさんに頼みこんで、時計台にお泊まりをすることにしました。


 いつもよりたくさんの毛布と、飲み水。そして、湯たんぽがわりに一匹の白猫を連れて、マルコは時計台へやってきました。

 ひどく心配するおかあさんを、おとうさんがとりなします

 おとうさんは、マルコがおじいちゃんと一緒になんども時計台に泊まっていることを知っていますから、きちんと鍵をかけて寝るようにと言いおいて、帰っていきました。


 キリキリ、ガコン。ゴゴゴゴゴ。

 時計台の中にいますと、いろいろ音が聞こえてきます。

 壁を背中につけると、わずかな振動が伝わってきて、おなかのあたりにも響くような気持ちになりました。


 ――ああ、とっても楽しいなあ。

 ――あたらしい時計台は、どんなかんじだろう。

 ――こんなふうに中に入れてくれたりするのかなあ。


 一定のリズムをきざむ振動に揺られるうちに、マルコはいつしか眠りの世界へ旅立ちました。



 夢の中は、時計の国でした。

 おおきいもの、ちいさいもの。たくさんの時計があちこちにあり、チクタクチクタク音を刻んでいます。

 時計の森を歩いていると、ひとの声が聞こえてきました。

 なんだか怒っているような、そんな声です。


 なんてことだ、ちいさな時計台をなくしてしまうなんて。

 これはうらぎりだ!

 はんぎゃくだ!

 思い知らせてやるべきだ!


 なにやらぶっそうですが、聞こえてくる声は、甲高い子どものような声でした。

 癇癪(かんしゃく)を起こしている近所の子どもみたいだなあとマルコが思っていると、おとなの声が聞こえました。


「そのとおり。我々は彼らに知らしめてやらねばならぬ。時計の大切さを。時刻を告げる我らの大切さを」

「カイロスさま、ばんばーい」

「カイロスさま、ばんざーい」

「ではゆけ、時をつかさどる精霊たちよ」

「アイサー!」


 マルコの足もとを、なにかが駆け抜けていきました。

 三角帽子をかぶった、ちいさな人形のようななにか(・・・)は、あっというまに消えてしまいます。いったい、なんだったのでしょう。

 命令をしていた男のひとも、いなくなっていました。

 無人になった広場には、時計台とおなじような鐘がついた、おおきな時計がひとつ。振り子が左右に揺れています。

 しんと静まって、さっきまでの賑やかさが嘘のようでした。


 どうして、こんなに静かなのか。

 マルコは気づきました。

 耳にうるさいぐらい聞こえていた音が――秒針の音がすこしも聞こえなくなっているのです。

 見まわしてみて、おどろきました。

 時計の文字盤がまっしろになっているのです。

 これでは、いったい今が何時なのか、ちっともわかりません。


 ――これはこまったぞ。どうしよう。


 あしたは、あたらしい時計台を見に行くつもりだったのです。寝坊してしまってはたいへんです。

 あわてるマルコの目に、ひょこひょこ動くものがうつりました。

 三角帽子をかぶったちいさな影。あの、たくさんいた人形のひとつでしょうか。


「ねえ、今って何時かな? ぼく、あしたは行くところがあるんだよ」

 声をかけると、それはぴょーんと飛び上がって逃げていきます。

 せっかく見つけた、マルコ以外のだれかです。見失ってはこまります。

 追いかけていくうちに、人形は柱時計の扉を開けて中へ入りました。マルコは、閉まりかける扉にすべりこみます。

「うわあ!」

 そこはまっくらやみ。

 足をとられて転んでしまったマルコは、つぎにあたたかいなにかにさわりました。


 ニャオー。


「……なんだ、ユキか」

 いっしょに泊まっている白猫のユキでした。

 ユキの毛はとってもきれいな純白で、それが名前の由来です。

 名づけ親のクロウおじいちゃんが言うには、東のほうにある国の言葉なのだとか。初雪が降った日に拾った子猫なので、ユキなのだそうです。

 暗い室内では、まっしろな毛もよくわかりませんが、ぐるぐると喉を鳴らす音が聞こえてきます。

 今は何時でしょう。

 マルコは起き上がると、外へ出て時計台を見上げました。


「――ない。まっしろだ」


 なんてことでしょう。夢で見た時計とおなじように、文字盤から数字が消えてしまっているのです。

 マルコは、近くにある店に向かって走りました。外から見えるところに、ちいさな時計が飾ってあるのです。

 けれど、そこの時計も文字盤はまっしろで、時間がわかりません。

 町はしんと静まっています。あの夢とまったくおなじです。


 時計台に取って返すと、もういちど時計を見上げました。

 まっしろな文字盤ですが、下のほうでなにかが動くのが見えました。

 マルコは二階へあがります。そこから文字盤が覗ける窓があるのです。

 そこにいたのは、あの三角帽子の人形でした。


「ねえ、キミはいったいなんなの? どうして夢とおなじように、数字が消えてしまったの?」

「どうしてって、それは人間たちがクロウの時計台をなくそうとしているから。だから、カイロスが言ったのさ。だったらオイラたちが消えてしまえばいいって」

「消える?」

「みんなどこかへ行った。だからほら、文字盤はまっしろ。時刻も消えてしまって、世界は止まった。ずっとこのまんまさ」

「そんな!」


 こんなに静かなのも、まっくらなのも、時計から「時刻」が消えてしまったからだというのです。


「なら、どうしてキミはここにいるの?」

「うーん。オイラはべつにどうでもいいんだ。世界が動いても止まっても。中立ってやつさ。真ん中、6番だからね」


 よく見ると、帽子の先っぽにあるふさが6つに分かれていました。

 朝と夜の境目。彼は6時を司る精霊なのだそうです。


「どうしたら、もとに戻るの?」

「アイツらを探せばいい。連れ戻して、文字盤に戻ってもらえば、時はふたたび刻まれる」

「どこにいるの?」

「そんなのは知らない。きっとこの町のどこかだよ」


 文字盤のふちに腰かけて、のんびりと景色をながめる6の時精霊(ときせいれい)に、マルコは言います。


「どっちでもいいなら、探すのを手伝ってよ」

「わかった」

「え、いいの?」


 頼んではみたものの、ほんとうに手伝ってくれるとは思っていなかったマルコがおどろくと、6時の精霊はちいさな肩をすくめました。


「みんなカイロスにそそのかされているけど、時刻が消えてしまったら、オイラたちの存在も消えてしまうじゃないか。みんな、そのことに気づいていないんだ」

「そうだよ。朝の6時は一日のはじまりを告げる大切な時刻。なくなっちゃったらこまるよ!」

「ふふん、おまえはなかなかいいヤツだな。オイラは6の時精霊セイス」

「ぼくはマルコ。こっちはユキだよ」


 ニャオン。

 ぬっと顔を出した白猫の姿に驚いた精霊でしたが、ぴょーんと飛んで、その背中に乗りました。


 12人の精霊探しのはじまりです。




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