チョコレート
あの後私は殿下に控え室まで送られて、またパーティに戻る事なく帰った。既に控え室に戻っていたお父さんは殿下に送られた私を見て唖然とし、何度も頭を下げ、恐縮していた。
そんなお父さんに殿下は始終にこやかに対応し、別れ際に
「娘さんと過ごした時間はとても有意義でした。今度、お茶に誘っても良いですか?」
と、お父さんが断れる訳がないのを知ってそこに漬け込むような事を言った。
お父さんは困惑しながらも了承した。
「有難いお言葉です。娘も喜びます。」
良かったなリリア、と微笑んできたお父さん、娘は喜びません。
しかしそんな事を言う訳にはいかない。
「はい、お父様。」
どうせこれも殿下には嘘だとバレているのだろうし…と投げやりな気持ちになったけど、外面は保たなければならないのが辛いところだった。
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またお茶をしようとは言ったものの、殿下は学生の身でかなり忙しいお方だ。具体的な予定は立てていない。それよりも、私は今のようにリーゼとお茶するのが楽くて仕方がない。もし、本当に殿下から招待が来たら断れないのは承知しているので、リーゼだけは連れていけないだろうか。
「リリア、この前言っていた仕立て屋、公爵のご子息に偽物の宝石が付いた帽子を売ろうとして捕まってしまったらしいわよ。」
「そうなの?」
私はあの後、正式にマリアンヌ様に謝罪の手紙を出し、仕立て屋にも抗議したが、そんな物を売った覚えはないと言われ、お父さんが訴えるかどうか考えていたのだが、捕まったのなら良かった。
「ああ、それ僕の事だよ。全く失礼しちゃうよね。目利きが出来ない道楽息子だと思われていたのかな。偽物を見せびらかしでもしたら飛んだ笑い者だった。」
まあ、すぐに拘束して、トゥーベット監獄にぶち込んだけど、とカラカラ笑う彼。
リクト・ロゼリーは私とリーゼが学園のあまり人が来ない静かな庭園でのんびりお菓子を食べていた時に現れ、そのまま当たり前のように会話に混ざって居座った。それが数日前の事。それから毎回とは言わないが、人目のない場所に時折現れ、お茶会に参加するようになった。
この前の一件以来、リクト様は女遊びを辞め、大体男友達と連むようになったらしい。逆に女生徒が話しかけようとすると、一気に不機嫌になり、前とはまるで別人だと噂されていた。
「あら、そうなのですか。公爵子息に偽物を売ろうとするなんて、その貴族がよっぽど舐められているのか、仕立て屋が頭の悪い詐欺師だったのか、どちらかだと思っていたのですけれど。」
「貴族相手に詐欺を働くような人間の頭の出来が良い訳ないよね。君は想像力が随分お粗末らしい。」
「貴族も仕立て屋も商人も十人十色。想像力が乏しいのはいつだって、決め付けで話をするお方ではないでしょうか。」
「誰の事だろうね。」
「誰の事でしょう。」
フフフ、ハハハと一見和やかに笑い合うリーゼとリクト様。ご覧の通り仲がよろしくない。私はリーゼのいつもと違う一面を見れて楽しいから良いのだけど、リクト様は何故懲りずに会話に混ざるのだろうか。
「お二人共、甘いお菓子は如何かしら?」
とりあえず、この流れをぶった切り、籠から箱に入ったお菓子を取り出す。
「あら?これは何?」
「食べ物には見えないけど。」
冷たい微笑み合戦を辞め、お菓子に食いついた2人だったが、箱の中身を見た途端、微妙な顔になった。
持ってきたのはシンプルなチョコレートだったのだが、この世界、チョコは美味しいけれどマイナーな食べ物という位置付けだった。
値段が高い訳では無いし、貴重な物でもない。この世界の人達の口に合わないのかとも思ったけど、甘い物が好きな人は大抵チョコを気に入った。
食べた事がないのなら、黒くてツヤツヤしたこの物体を美味しいと認識出来ないのも仕方がない事なのかもしれないけど、こんなに素晴らしい食べ物を知らないのは勿体ない。
という訳で、私は機会があればチョコを布教するようになったのだ。
「チョコレートです。カカオという木の実を加工した物で、とても甘くて美味しいのですよ。」
まず、リーゼが恐る恐る口にチョコを入れた。そしてすぐに口を押さえた。
「すぐに溶けてしまったわ!とても甘くて、コクがあるけど、ほんの少しの苦味が癖になりそう!鼻を芳醇な香りが駆け抜けて…ああ、駄目!言葉に表せない!」
幸せそうで何よりです。天使の幸福に私も幸せ。
その感想を聞いたリクト様が続けて口に放り込み
「…美味しい。」
と、一言。シンプルな感想だったが、表情が和らぎ、本当に味わっているのが伝わってくる。
気に入ったのなら、広い公爵の人脈を使って、この美味しさをどんどん広げてほしい。
「良かった。知名度は低い食べ物だけど、私の大好物なのよ。ぜひ2人にも知ってほしかったの。」
「なんでこんなに美味しいのに知名度が低いのだろうね。」
「きっと売り方が悪いのよ。私だったら店の看板商品にして売り上げを伸ばせるのに、勿体ない!」
「そうですね。もっと人気が出たら嬉しいのですけど。」
今度はチョコを使った焼き菓子でも持ってこよう。そんな事を考えているうちにシンプルなチョコはどんどん減っていき、お茶会はお開きになった。




