言葉を飾れ
「う、」
「う?」
「浮気は宜しくありません!殿下!」
「浮気だと?」
その言葉に殿下は取り敢えず、離れてくれた。
「何の事を言っているのだ。」
混乱する頭に浮かんだのは殿下の婚約者であるマリアンヌの顔だった。
殿下は心底怪訝そうに、そう思われる事が不名誉であり、解決しなければ先に進む自分の尊厳に関わるとでも言うように、問いかけてくる。
「殿下には婚約者であるマリアンヌ様がいらっしゃいます。差し出がましいとは思いますが、不誠実な事はお辞め下さい!」
殿下は婚約者の存在を思い出したとでも言うように
「ああ、マリアンヌの事か。」
と納得した。さっきまでパーティで一緒にいたであろう相手を忘れるとは、都合の良い記憶力をお持ちの様で。
「彼奴は唯の政略的な婚約者だ。そこに特別な感情などありはしない。」
特に何の感情もなく、だから問題など無いと言いたげに。でも私にはそんな事関係ない。
実際、マリアンヌと殿下の関係など、今はどうでも良かった。唯、逃げる口実が欲しかったのだ。
「いえ、感情の問題ではございません。政略だとしても、将来結婚すると約束されている女性がいながら、他の女に手を出すのは浮気です。」
「ならばマリアンヌとの縁を切れば良いのか?」
墓穴を掘った。その言葉を1番言ってほしくなかったのに。
「いいえ。そういう事ではございません。殿下はいずれこの国を背負うお方。私のような身分の者に構わずに、マリアンヌ様と良き国を築いてほしいと思っているのです。」
「だから思ってもない事を言うなと…あぁ、いや、会話に嘘を混ぜない者などいないとは分かっているのだが、それがお前だと気にくわないのだ。」
殿下は重いため息を吐き、鬱陶しそうにしていたが、途中、ばつが悪そうな顔になり、そして何かに気付いたようにハッとした。
「よく考えたら、お前が言葉を飾らずに直球に俺を拒絶する方が都合が悪い。これからも、拒絶は遠回しにしろよ。」
コロコロと表情が変化していく。
最後に殿下はにっこりと、目が笑っていない笑顔で
「俺はそこに漬け込んでやるから。」
と、宣言した。
私は選択肢を間違えたのだろうか。頑張って言葉を尽くし、結果、原作とは違う展開に持っていく事は出来たのに、私は殿下に興味を持たれてしまった。
「まあ、お前が俺に恋愛感情を全く、これっぽっちも持っていない事は分かった。この状態で無理強いしても、逆効果だろうしな。攻略は慎重にせねば。」
私が攻略される側なのか。
いつの間に攻略キャラの仲間入りしたんだっけ。
ゲームの主人公はリリアじゃなくハリス殿下だった?
思考が鈍り、そんな馬鹿みたいな現実逃避をする。
「ところでリリア。」
呆気にとられ、言葉を返せない私にさらに追撃。
「改めて自己紹介だ。俺の名前はハリス。」
「え、あ、リリア・リルーラと申します。」
突然の脈絡のない自己紹介に付いていけなかったが、名乗られたら名乗り返すのが礼儀だと、反射的に返事をしてしまった。
「そんな事は知っている。リリア、俺の事は、貴族の礼儀に沿った呼び方をしろよ。」
そこでようやく私は、前に知り合ったリクト様の言葉を思い出す。そして、殿下の意図も理解した。
[名乗られた名前を使わないのは、無礼と言われても仕方ない。]
確かに彼はそう言った。
殿下は今何をした?
自己紹介?そんな可愛らしい物ではない。
「殿下なんて、この国では俺1人を示す言葉だが、国から出たらその様に呼ばれている者はぞろぞろといるしな。お前に呼ばせる名としては相応しくないだろう。」
私はこれで、殿下の事を殿下と呼べなくなってしまった。
「で、殿…ハリス様。お戯れが過ぎます。」
「ああ、そろそろ冷えてきたな。部屋まで送ろう。」
私の言葉を無視して、殿下は私を部屋までエスコートしようと手を取った。
殿下と2人きりでいるところを人に見られたくなかった為、遠慮したかったが、こういう時は男を立てて、エスコートされなくてはいけないらしい。
私は部屋に戻れる事に安堵し、人目を気にしながらも、殿下と共に歩みを進めた。




