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apx7.第一次ヴェーナ沖海戦

今回は後日談ではなく本編中の出来事です

約10年間漕ぎ手を務めて彼は段々言葉を覚えていった。

最初に教えられた言葉は漕ぎ方始め、ゆっくり、早く、止めろなどの簡単な単語とそして自分に与えられた名前。


奴隷601号。

それが彼の名だ。


同じ時期に拉致された仲間は全員死んだ。

或いは自分のように他の船に移ったのかもしれない。

漕ぎ手の環境は過酷だ、移動する時は五人一組で手も足も鎖に繋がれ寝る時も食事をする時も排便する時も、常に離れる事は出来ない。

漕ぐ時にだけ近くの柱に繋がれる。


誰かが反逆しようとすれば、全員まとめて殺されるのでお互いを見張っていて反抗の意思を見せたものは全員で押しとどめる。手の届く範囲の船員を捕まえた所で、船内の柱に鎖は固定されているし、船員の一人や二人など、船の指揮官は簡単に見捨てる。

601号は長い奴隷生活の中じっと耐え、観察し、船を乗っ取る事は不可能だと悟っていた。


昔はもっと扱いが酷かったが、船内で病気が蔓延して船員達にも移った為、最近は改善された。

故郷の島も彼らが持ち込んだ病で人口が激減した。


601号は昔から定期的に襲ってきて健康な男を拉致して労働力としているらしいことは聞いていたが、自分がその労働者になるとは思っても居なかった。

故郷の島で建造されていた双胴船と違い、襲ってきた連中の船はその何十倍もの大きさだった。

火を噴く筒で遥か遠距離から戦士達を殺し、反撃しても彼らの鎧や武器とは硬度が違い過ぎてまったく歯が立たなかった。


航法師だった彼は、そのあと自分が乗せられた船が東に移動し巨大な港を母港としている事を理解した。

最初の数年で同胞の多くは過酷な環境に耐えられず死んだ。

減ればまた襲って連れ去り漕ぎ手とした。

自分はその方棒を担いでいる。

屈辱と同胞への申し訳なさに何度死んでしまいたくなったことか。

それでも、もともと漕ぐ事にも粗食にも慣れていた彼は、生き残ってしまった。

最初は暗い船内に閉じ込められていたが、少しずつ環境が改善されて、甲板で陽に当たる事も出来るし、長い航海の時は食事も栄養価が高いものが与えられるようになった。


漕手達は息を合わせる為、鼓手のドラムを叩く規則的なリズムに従って漕ぐ。

何度も母港に帰還する度に、さらに大きな船に乗り換える事になり組の漕手達もすっかり様変わりしてしまった。

今は大きな櫂を五人で息を合わせて漕ぐ。

他の櫂の漕ぎ手達とも息を合わせなければならない。

漕手として長い奴隷生活を送る間に、今の組の漕手が自分と違って拉致されてきた人間ではなく現地人の犯罪者などであることを知った。

彼らは刑期を終えれば解放されるらしく少しだけ他の奴隷とは立場が違うようだ。


私語は許されていないが、200人近い漕手達を船員は常時完全には見張れない。

時折私語をしているものもいる、船員同士で話している事もある。

601号はそんな会話を聞きながら少しずつ彼らの言葉を学習した。

ある日、いつも違って母港から西へ進むのではなく南に進んでいるらしいことを陽の傾きから悟った。

普段は一方的に同胞たちの島々を蹂躙していた船が数十隻の船団を組んで移動しているのだ。

船から櫂を出す隙間から同じくらいの大きさの船が多数見える。


南方ではやはり同じような大きさの船と何度か戦闘になって轟音に悩まされた。

他の船の様子から判断すると、人が持てる程度の火を噴く筒をさらに大型化したもので戦闘しているらしい。


「新型の大砲はどうだ」

「まだまだらしい。メインマストや火薬庫に直撃しない限り100発命中させた所で大型船を沈める事は出来ないし、小型船にはそもそも命中させられん」

601号はずっと言葉が分からないフリをしている。

何度も船を移ってきたので船員達も601号がどれほど長く務めて、言葉を理解しているのか分かっていない。

「これなら本命との戦いの時は弩砲で火をつけたり、接近戦でオーティウムの火を浴びせた方がマシか」

「ああ、海賊相手なら十分な火力だが、帝国の大型船が相手だと一日中撃ち合っても決着はつけられそうにない。接舷切り込みではあちらに分があると艦隊司令は判断している。火炎放射で近づく端から燃やすべきだろう」

「接近戦では混戦になって、数の差が出るのでは?」

「そうだなあ、漕ぎ手の熟練度次第で艦隊機動に差が出る。接舷されない程度の距離を取ってかつ火力で上回るようにするのは難事になりそうだ」

「帝国は奴隷を使っていない分、士気が高い。機動力で上回るのは厳しいと思うんだが、司令は何を考えているんだろう」

「新造船は漕ぎ手にあまり依存しない設計らしい。銅板を張ったりして燃えにくく、船底も劣化しにくいんだとか。その新造船の艦隊が合流するのを待つんじゃないか?」


601号の理解する限りでは、どうやら恐ろしい科学力を持った連中、西方連合艦隊というらしい、それは海賊相手に実戦訓練を積んで本命だという帝国艦隊という連中と戦う準備をしているらしかった。

それも勝ち目があるかどうか不安がって、船員達が集まり普段奴隷たちの側ではしないような話をしている。


601号は他の組にいた言葉が通じる故郷の島に近い部族の者たちにその内容を伝えた。

これから大きな海戦が起きる、その時相手の国の船は自分達の主と違って奴隷制度が無い。その海戦を左右するのは自分達の働き方次第なのだ、と。


そして、母港に戻った後西方連合艦隊は東進し海戦が始まった。


601号には艦隊戦の事などまったく理解できなかったし、そもそも彼がいる漕手達の船倉からは戦いの様子はほとんどわからなかった。

「息を合わせないか!ドラムの音に合わせろ!!この船こそがお前らの肉体、このドラムの音が心臓の音だ。止まった時、お前らは死ぬ!!!生きたければ力を合わせろ!!!!」

船員が必死に檄を飛ばすが、漕手達はどうせ生きながらえても大半は長生き出来ずにすぐ死ぬ。601号が例外なのだ。

奴隷達はわざと不規則に櫂を漕いだ。

敵に捕虜にされた方がきっとマシだ、と601号の説得に応じて一か八かに賭けた。

鼓手は苛立ったが、戦闘中にはどうにもならない。

他の船員達は各々の業務に専念している。


601号が櫂を外に出している隙間から外を見ると、自分が乗る船の真横から一隻の大型船が一直線に突っ込んで来ていた。

「来るぞ!オーティウムの火を回せ!!」

船員達の怒号が聞こえ、砲撃が突入して来た船に集中し、火炎放射器もそちらを向いて火を噴かせる。

原油と樹脂を混ぜて着火させた粘着性の炎は大きく燃え広がり水をかけても消す事は出来ない。

だが、大型船の大質量の突撃を止める事も出来なかった。


帝国艦はその衝角で601号が乗った船の船体を真横からへし折った。

西方連合艦隊旗掲揚艦には大穴が空いて海水が入り込み、その船体は傾斜していった。

船員達は海に飛び込んで味方の船に救助されていったが、奴隷の漕手達は船と命運を共にしてしまった。


601号も沈みゆく船で必死にもがいたが、どんどん浸水し胸まで海水に浸かってしまう。上を見れば炎が燃え移り、船体はあちこちが衝撃でへし折れている。

もはやこれまでか、と601号は覚悟したが鎖が繋がれた柱の先をよく見れば今にも折れそうだ。

暴れに暴れて、完全に水没してしまってからようやく鎖が繋がれた柱が折れてそこから鎖を外して海上に浮かび上がった。


沈没し始めてから、601号が脱出するまでの間に戦場は移動してしまい彼の周りには助けてくれそうな船はいない。

いても西方艦隊とやらに拾われてはまた奴隷生活だ。

何も出来ないまま601号は浮かんでいた船の残骸に掴まって漂流を続けた。


鎖が重く、自力では泳ぐことが出来ない。

食料も無い、飲料水も。

肉体的にも精神的にも601号は疲れ切っていた。


翌日、船の残骸の一部を使って近くを泳いでいた魚を取って生のまま頬張った。

悪い虫がいるかもしれなかったが、背に腹は代えられない。


さらに翌日、海流に乗ったまま移動した先で陸地が見えた。

601号はバタ足でそちらに近づいていくと、その陸地には港が見える。

ここはあの母港ではない、帝国という所の港の筈、きっと助けてもらえると期待して601号の疲れ切った体に活力が戻った。


力を振り絞って近づいていくと、その港らしき所は既に使われていない廃港のようだった。桟橋の木は腐りきっていて、上陸して掴むとぼろぼろと崩れた。


まあ、でも陸地だ。どこかに人がいるだろう。

601号は周囲を見渡して、道らしき所に出て故郷に帰る為歩き始めた。


彼は、言葉をかなり理解できるようになっていたが文字は読めなかった。

その港にあった看板標識の文字を。

その島がどんな島か、読めたとしても知る由は無かった。


看板にはこう書いてあった。


"ツェレス島へようこそ"


と。

ベン・ハー オマージュ

第四章の海戦舞台裏を遥か西の島から連れてこられた海の民の奴隷視点


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