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apx5.老狩人

本編で出番がほとんど無かったキャラクターの為と

ついでに世界観の補完としてのエピソード

老人は霧の中を進んでいた。

狼達に追い立てられている内に湿地帯に近づいてしまったらしい。

地面がぬかるみ始めている。老人は正面から襲いかかってくるのなら熊でも倒せる自信はあったが、狡猾な獣たちはそう単純に襲いかかってこない。


剣を抜けば警戒して正面に回らず後背から襲い掛かり、馬上でも取り回しを用意にする為、改良された小型軽量の機械式の弩を撃てばあっさり回避され射程距離内には近づいて来なくなった。狩猟用の弓なら届くが、騎馬には積んでいない。

この狼達は人間の武器について随分学習している。

蛮族には獣と意思を交せるものがあり、戦争にも従軍させて人間狩りに使うというがこの狼もその訓練された獣のように老人には思えた。

この地域から撤収した蛮族から置いてけぼりになったのかもしれない。


昼は木々の間を並走して追いかけてきて、夜に眠っている間にもこっそりと忍び寄り、荷馬として利用しているもう一頭に襲いかかってきた。

幸い騎乗用として使っている馬はよく訓練されており狼の集団が相手でも仲間を守って蹴散らしてくれた。

やはり狼達は獲物をよく観察し弱点を的確についてきている。


老人は馬を降りて、底なし沼を警戒して慎重に湿地を迂回する。

霧はどんどん深くなり、あまりに濃すぎて手に掴めそうなほどだ。

懐中時計を出して確認するとまだ昼間。

なのに数歩先も見えない。

仕方なく足を止めて霧が晴れるまで待つことにした。

焚火を起こし、馬を近くの木に繋ごうと縄を出していると、何者かが近づいてくる気配がした。

老人は繋ごうとしていた木を背にして剣を抜き、油断なく辺りを伺う。

霧の中から飛びついて来た何者かを一太刀で斬り伏せた。


足で転がしてみるとその体は青黒く腹が膨れている。

「子供の亡者・・・この体型からすると栄養失調で倒れた子供か?こちらでは貧富の差が激しいと聞いていたが」

腹を裂くと内臓が異常に肥大化して中身が無い。

腐った肉の匂いに眉をしかめながら観察していると馬が鋭い悲鳴を上げた。

「しまった!他にもいたか」

馬がいた位置に駆け寄り目についた亡者を蹴り飛ばして、頭を踏み潰す。

霧の中から次々とさらに襲いかかってくる。


剣で手足や首は撥ねていたが、どんどん切れ味が鈍くなり切断する事ができなくなってきた。

老人のかつての主はただの一言で容易に亡者を鎮静化させることができたという。

その技を自分も知ってはいたが同僚たちと長い間唱和しなければ効果は出なかった。

本当の意味で亡者達にトドメを刺すにはそうしなければならなかったが、今その余裕は無い。

剣を地面に突き刺し、代わりに腰から下げたメイスを取り出して次々と頭を叩き潰していった。戦っている間に霧が少しずつ晴れて襲われている馬の様子も見えてきた。

騎馬の方はさすがに亡者共を近寄らせず的確に頭蓋を蹴り潰している。

だが、もう一頭は背中の上にまで亡者にたかられて暴れている。


「これでも食らえ!」

老人は出立の際に神殿から貰ったアビエスの実を馬にたかっている亡者達に投げつけた。

命中すると青い火花が飛び散り亡者達にもまだ声帯が残っていたのか、悲鳴のような呻き声を上げて逃げ散っていった。


戦いの間に散乱してしまった荷物を集めていると、どうと重い物音がして荷馬が倒れた。

老人が慌てて駆け寄ると傷口が変色しどんどん拡大していっている。

「毒か、何かの病気でも持っていたか」

手当の甲斐も無く荷馬はすぐに息絶えてしまった。

普通に死んでしまったのなら、肉を切り取って塩漬けして干すなり燻製にして食料にしている所だが、この状態ではさすがに食べる気にはなれず、火葬する事にした。


騎馬に余計な荷物を持たせて疲弊させるといざという時に困る。

老人は鎧を脱ぎ天幕などの余計な荷物は諦める事にせざるをえなかった。

天幕は即席でその場にあるもので代用品は作れる。防寒は毛皮と寝袋で十分だ。

毛皮を着こみ、簡易式の弩を捨て代わりに弓を背負うと北方の狩猟民の様になってしまった。

荷物を整理して移動したがすぐに暗くなってしまう。陽が出ている時刻の筈だが、まだまだ霧が深いのだ。

亡者がまだいるかもしれないのでコリネトの枝で結界を張ろうとしたが、暗い中にうっすら灯りが見えた。

気を取り直して、そちらに向かうと人家が見えちょうど老婆が外に出てきた。


「おや、霧で道に迷いましたか?」

「はい。手ごわい狼に追い立てられている内に迷ってしまったようです」

難儀している老人の為に老婆は家に招き入れ一部屋貸してくれた。

老人は食事は済んでいるので必要ないと断った為、茶だけご馳走になった。

老婆は茶を出した後、家の外から薪を取ってきて囲炉裏に足した。

ぱちぱちと良く爆ぜて火の勢いが増す。

「収穫は無かったようですねえ、こんな辺鄙な所まで来るなんて何か目当てでもありましたか」

「ええ、この辺りを騒がしている猛獣がいると聞いたのですが、少々外れてしまったようです。貴女は避難しなくてよろしいのですか?」

「この辺りは蛮族も近寄らなかった土地、心配要りませんよ。噂の猛獣ならもっと東でしょう。今晩はゆっくり休んで狩りならまた明日励むとよろしいでしょう」

「ご厚意かたじけない。そうさせて頂く」


完全に陽が落ちて家の外は真っ暗だ。

老狩人は離れの部屋で蝋燭に灯りをともし、断熱の為に敷かれた毛皮の上に座り剣を研ぎなおす。手入れが済んだ後、目を瞑って体を休めた。


夜更けに老狩人の部屋の扉が開き、老婆が入ってきた。


「その背中に隠した鉈、何に使うつもりだ」

「・・・鉈だなんて、何をおっしゃいますか?」

かけられた声にたじろぐ老婆。


「眠っていなかったのが意外か?茶なら飲んでいない」

「何故!?」

隠しても無駄と悟って老婆は敵意を露わにした。

「教えてやる義理はない」

「なら、これでも食いな!!」

老婆は手に持った蜥蜴を投げつけるとそれは黒い火球と化して老狩人を襲った。

だが、その火は老人が着込んだ毛皮を少し燃やしただけで収まってしまう。

「聖印は汝を邪悪と認めたぞ」

立ち上がって剣を抜いた老狩人が首から下げたペンダントが光り輝いている。

「狩人では無かったのか?」

「狩人さ、魔女よ。獣ではなく貴様らを狩るのが専門だがな」

いや、魔女ではなく女呪術師と呼ぶべきかな、魔女というと語弊があるなと老狩人は反省した。

「聖堂騎士か、まだ存在していたのか」

「解散したさ。己が不明によって」

老狩人は聞こえるか聞こえないかというくらいの声で呟いた。

「ならば何故!?」

「贖罪の様なものだ。あの亡者の子供達、お前が飼っていたものだな?まだ貴様の様な者がいたとは驚いたが、汝を狩ってせめてもの手向けとしよう」

遍歴の旅に出た老人は行方不明になった子供達の捜索依頼を受けて探索していた。

近隣領主はよくあることだと放置していたが、老人は違った。

襲ってきた亡者と化した子供達には噛み跡が多数残っていた。


「子供の血を啜ったか、貴様も蛮族なのか?」

「それは蛮族に失礼というもの。あたしらと彼らにどれほどの違いがあるというんだい?お前達はいつもそうだった。相容れぬものだと簡単に見切りをつけて虐げ追放する。ああ、いや前言を撤回するね。誇りある戦士をひん剥いてさかさまの磔にして晒しものにするあんたらの方があたしにはよほど蛮族に思えるね」

老騎士の言葉を否定し女呪術師は吐き捨てた。


「そうかもしれん、だが汝は狩られて当然のようだ」

本性を露わにした女呪術師の爪は異様に鋭く長く伸び、口もとは大きく裂けて牙を剥きだしにしている、もはや人類とは呼べそうにない。

女呪術師は再び呪術の触媒を取り出したが、辺りを見回して悔し気に呟いた。

「部屋に結界を張っていたのかい」

「そうだ、祭祀長から頂いたものだ。貴様程度の呪術など封じてくれる」

舌打ちした女呪術師が警戒しながら後ずさって扉まで戻り振り返ると、いななき声と共に大きな脚がその眼前に繰り出された。

老婆とは思えない機微な動作でかろうじてその脚を躱した。

「逃げ場は無いぞ、我らは貴様らを狩る事に特化されている」

老人の騎馬は軍馬として特殊な訓練を積んでいた。

「さあ、何百年生きてきたのか知らぬが、子供の寿命を啜って得たその妖の姿も今宵終わりを告げる。私もようやく本懐を遂げる事ができる。覚悟してもらおうか」

「はっ、あんたこそ覚悟するんだね。聖堂騎士に狩られた同胞の無念、貴様ひとり殺した所で晴れはしないが、せめてもの手向けとしてやろう」


永い時を生きた老人達のうち、どちらかの最後となる戦いが始まった。


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