apx4.復讐の女神たち②
エーヴェリーンはいつもの様に森に向かっていた。
父からは二年後にはエッセネ公爵家を継がせるので、それまでに旗下の者たちをまとめあげよ、と内々に厳命されている。
父の様な武力も無く、有力な家臣もない彼女にとってこの地方をまとめるのは難題だった。
有力な貴族は父が叩き潰してくれているのが救いではあったが、自分に忠誠を誓ってくれるものは少ないだろう。
叔父である王に協力して海運業を発展させて、自らの地位を確立させなければならない。
古神殿があるラリサの裏手にあるオルタ・エイペーナの森の入り口でユリウスを待たせて一人、エーヴェリーンだけ奥に入っていった。
目的は神殿書庫というわけではなく、単に一人で考えをまとめたいだけだった。
父の代からこうして誰も入れない森に入り、思考を整理し戻ってくる事で周囲が勝手に神秘的に思って傾聴してくれるのだ。
姉がもう合わなくなってしまったからと譲ってくれた上着も、他にない光沢を持った特殊な糸で織られ彼女を豪華に彩っている。
虚仮威しとはいえエイラシルヴァ天の下賜品といえば単純な家臣たちや領民は彼女を特別な目で見てくれるのだ。エーヴェリーンはまた成長して必要になるのでは?と聞いてみたが、たぶん無い
だろうけれど必要になればまた作るといわれて有難く頂くことにしたのだった。
エーヴェリーンが森の中を進んでいくと声が聞こえて、さっと木の陰に姿を隠した。
ここに訪れるものは自分以外では限られている、聞こえてきた声はその誰でもない。
「いやぁ、アトラナートようやく見つけたよ。昔と全然景色が違うんだもの。何処にいるか探しちゃったよ」
柔らかでよく澄んだ声にエーヴェリーンは安らぎを覚えたが、やはり見知らぬ人物のようなのでこっそり様子を伺った。
快活そうな女性の前に白蜘蛛が頭を垂れ小さくなってひれ伏しているように見える。
自分の姉の前でさえそこまでの服従の姿勢を見せた事は無かった。
「悪いけど、久し振りに少し働いて貰うよ。お姉様達がね、妹を苦しめた奴を捕えたらお前の毒を注入して繭の中で最低1000年はゆっくり溶かしながら苦しめて欲しいんだってさ。自分でやるのが面倒だからって悪趣味だよね?」
何やら恐ろしい事を話している、あの白蜘蛛に話しかけているのは姉以外では見た事がない。この森に来る者達はみな神獣を畏れ敬い、通り過ぎる時は必ず黙って頭を下げて通るのだ。
恐る恐る様子を伺っていたエーヴェリーンは森の奥からさらにもう一人近づいてくるのに気づいた。
近づいて来た女性が、白蜘蛛と話していた女性に声をかけた。
「エーゲリーエ、見つかりましたか?では早く帰りましょう。姉上達が心配です」
「えー、久し振りなんだからさ。もう少し下界を散歩したいなー」
「いけません!下界は危険です。あちこちに神器を持った人間がいます」
「はあ、仕方ないのかねえ。でも人増えすぎて隠れて暮らすのは無理があるんじゃないかなあ。暇だしあんまり僻地には行きたくないよ」
「暇つぶしなら知識の書があったでしょう、何処にやったんです?」
エーゲリーエと呼ばれた女性は肩をすくめて、嫌そうにしている。
自分がエッセネ公の代理を頼まれた際、エーヴェリーンは父から口外無用としてその名を聞いていた。
いつか来るはずと聞いていたが、とうとういらっしゃったようだ、エーヴェリーンはほっとして息をついた。
「そこのキミ、隠れてないで出ておいでよ」
安心した所で唐突に声をかけられて、エーヴェリーンは動揺のあまりたじろいで木を引っ掻き音を出してしまった。
「何者ですかっ!?」
驚いて新たにやってきた女性も声を上げた。
「はぁ・・・、戦士気取りなのに気づかないなんて駄目じゃん。エイダーナ姉」
「し、仕方ないでしょう。私は森の生まれではないのです。貴女達とは違うんですっ!!」
エイダーナと呼ばれた女性が真っ赤になって抗議している。
「違うだなんて、そんな悲しい事言わないでよ、エイダーナ姉。それはそれとして、いい加減出て来なさいって。アトラナータ」
エーゲリーエが指図すると意を汲んで、白蜘蛛はエーヴェリーンの足に糸を巻き付けて木の陰から引きずり出してエーゲリーエ達の前に連れて来た。
引きずられる際、地面の砂利や落ちた枝に当たりエーヴェリーンは悲鳴を上げる。
「こ、こんな乱暴な!」
手荒な扱いにさすがにエーヴェリーンは抗議した。
そんなエーヴェリーンに白蜘蛛は牙を剥きだして威嚇した。
未だかつてこの白蜘蛛が攻撃的な意思を露わにしている様子を見た事が無かったエーヴェリーンは一瞬で怖気づいて抗議する意思が消え失せてしまった。
「おや、この娘の着ている服はイルンスールの物に似ていませんか?まさか奪われたのでしょうか」
エイダーナが携えていた弓に矢をつがえてエーヴェリーンに向けた。
「そうだね、普通の子じゃないみたい。私はエーゲリーエ。ねえ、貴女のお名前は」
「・・・私はエーヴェリーン。この地方の統治者です」
怯えながらもエーヴェリーンは何とか答えた。
名前を聞いてエーゲリーエはぽんと手を打った。
「ああ、イルンスールのこっちの世界での義理の妹か。服はどうしたの?」
アトラナートに下がる様命じたエーゲリーエは、エーヴェリーンに再度問いを投げかけた。
「これは・・・お姉様から頂いたものです。もう合わなくなってしまったから、と」
「なるほど、そりゃそうか。体型はそのままなのに縮んじゃったから、かえって怪しい魅力増しちゃったよね。そう思わない?」
コクコクとエーヴェリーンは頷いた。
イルンスールは一度成人して大人らしい骨格になりそれにともなう体型ラインに変化したが、そのままラリサから帝都に越した頃の背丈に縮んでしまった。
実母であるコンスタンツィアとも早婚だったらしいので、自分の父はそれくらいが好みなのだろうかとエーヴェリーンは邪推してしまっていた。
「そうでしたか、疑って悪い事をしました」
エイダーナはエーヴェリーンの足を縛っていた糸を切り払い助け起こしてやった。
「あ、あの貴女方はお姉様のお姉様ですよね。いつか迎えに来る筈と伺っておりました。お会いできて光栄です」
恐る恐るエーヴェリーンは挨拶した。
「おや、聞いていたのですか。あの子は下界の事を語りたがりませんでしたがこちらで妹が出来たと喜んでいましたよ」
「そうそう、私も長年末の妹だったからあの子の気持ちがよくわかるよ。お姉様達ったら横暴なんだから」
「お小言聞かずに好き放題やってた癖によくいいますね、まったく」
金銀二色の髪の姉妹はエーヴェリーンそっちのけで姉妹談義をしている。
「ああ、放って置いてごめんね。私達に会った事はイルンスールにも内緒だよ。約束できる?」
唐突に話を振られ、エーヴェリーンは疑問を感じながらも頷いた。
アウラの名に懸けての約束だからね、とエーゲリーエは念を押した。
「当分お会いする予定もありませんから、それは構いませんが理由を教えて頂いてもよろしいですか?」
「ま、理由わからないと困るよね。私達はしばらくあの子を見守る事にしたから、それだけ」
エーヴェリーンは女神が自分の疑問など気に掛けるだろうかと思ったが、あっさり回答があった。
「あの、どうしてお会いにならないのですか?お姉様は会いたがっておられました」
「もちろん私達も会いたい。でも姉妹でも意見が対立しちゃってて、一番上のお姉様がやってくるまでしばらく保留にしておこうって結論でね」
困ったものだ、と両手を空に向けて頭を振るエーゲリーエにエーヴェリーンは親近感を持った。妙に人間臭い。
「あの、何度も済みません。何故意見が対立していらっしゃるのでしょうか・・・」
「いやあ、それがね。下界に降りて木霊たちから話を聞いたエイファーナ姉が激怒しちゃってさ。普段ならエイメナース姉を宥められるのはエイファーナ姉だけなんだけど、上の姉二人があの状態じゃねえ・・・」
額に手を当てて手を仰ぎ見るエーゲリーエだが、頭上は樹々が生い茂って木漏れ日が少し差すくらいだ。
「本当に申し訳ないのですが、何故そんなにお怒りに?それと会いに行かない事にどんな関係が?」
エーヴェリーンは何度も頭を下げながら、もう少し詳しく教えて欲しいとお願いした。
「うーん、わからないか。人間達は随分うちの妹を虐めてくれたみたいじゃない?エイメナース姉様はずっとイルンスールの泣き声を耳を塞ぐ事も出来ずに聞かせられてたから仕方ないけどさ。地上に降りて木霊の話聞いたらそりゃー人間根絶やしにして下界を作り直す気にもなっちゃうよねえと納得したわけだね。古老達もいないし、なんだか変に狂った木がいるし」
過激な発言に驚いて何も言えないエーヴェリーンをおいてさらに話は進んだ。
「でもネーメ姉が今は幸せそうだからそっとしておきましょうって言って祝福しちゃってね。私もこっちのエイダーナ姉もイルンスールが受け入れた相手に花があまりつかなかったからとりあえずネーメ姉に賛成する事にしたわけ」
エーヴェリーンがしつこく聞いて整理した内容では、姉妹の中でエイファーナに対し反対3、棄権1で意見が割れてしまい長女のエイメナースの到着を待っている状態らしい。
「まあビルビッセ姉上はエイメナースお姉様がいらっしゃればそちらの意見に従うでしょうから3対3になるでしょう」
「五分になっちゃったら、その場合は私達もエイメナース姉様に従う事になるだろうから決まったも同然かな。イルンスールの大事な妹だから今のうちに教えておくけど、もし地上で変な病が起き始めたら奥の泉で暮らす事だね」
人類にとっては死活問題だがエーゲリーエはあっけらかんとしている。
「そ、そんな・・・決定なのですか?」
「いやあ、どうかな。嫌なら私達を殺してみる?イラートゥスの剣とかあれば出来るかもよ。ウィッデンプーセ爺さんが色んな神器や知識に力を人間に与えちゃったみたいだからねえ」
「ちょ、ちょっと何を言い出すのですか!エーゲリーエ!!」
エイダーナが気色ばんで横から口を挟んだ。
「今更だよ、エイダーナ姉。もともと人間が神器持ってて危険って言い出したのはそっちじゃん。エイダーナ姉はまだ信仰されてていいけど私は全然もう誰も名前も知らないみたいだし」
「名前変わっていて何が何だか分からない状態ですけどね。まったく何で私が子宝の神様扱いなんでしょうか」
まさかあの子から子供を授けて下さいと祈られるとは・・・エイダーナは頭を抱えてそう苦悩している。
人間の言語随分増えたみたいだから仕方ないね~とからかうエーゲリーエに再びエーヴェリーンは口を挟んだ。
「あのう、話を戻させて頂きたいのですが」
「ああ、御免ね。どうぞ」
「先ほどの判断にイルンスールお姉様の意見は入らないのですか?」
ふむ、確かにイルンスールが反対に回れば3:4には持ち込めるかもしれませんね、イルンスールが嫌がるような事をする姉ではない、とエイダーナは答えた。
だが、エーゲリーエの答えは違うものだった。
「でも、本当にイルンスールがお姉様に逆らってまで人類を擁護すると思う?」
ずっと面白がるようだったエーゲリーエの様子が変わり、エーヴェリーンに問いかけた。
突然面持ちが切り替わり、その深い瞳に魅入られてエーヴェリーンが答えられずに悩み続け気が付いた時には二柱の森の女神の姿は無く、目の前にはひらひらと舞う白い羽が一枚あるだけだった。
設定上名前がエーちゃんばっかな回
エーゲリーエからの無理難題・・・守護者のいなくなったゲリアの泉とその周辺の遺産をエーヴェリーンはどうするのか
本編最終話のタイトル
天女散花・・・天女が空から花を散らして、体にまとわりつく花の量で煩悩を確認するテスト。仏教説話から
祝福されたみたいな演出ですが、ネーメストリーヌによるイルンスールの周囲の人物へのテストでした。
寒がりな姉用なので、上着はちょっと暑いけど大事に着ているエーヴェリーンでした
汚されちゃってユリウスにどう説明するんでしょうね




