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ガガの頭の中は取り留めのない思考がぐるぐると回っているばかりでまるで前に進もうとはしなかったが、その一方で足は自然と前へ踏み出しとある場所へと向かって行く。それはこの町でガガが唯一世話になっていると言っていい人物、千里の元だ。
相変わらず雰囲気だけは一人前な店の外観を見て少し悩んだ後に彼はいつも使う裏口ではなく店の入り口から入って行く。薄暗い店内にはいつだったか彼が取りに行った僅かな光をも反射して星の如く輝くと言われる星光虫が虫籠の中で舞っている。その幻想的な景色はここに来る者にこの場の神秘性を印象付けるのに一役買っている事だろう。その他にも様々な雰囲気づくりの為の工夫が凝らされている。
―――店の出入り口から来たのは初めてだが、思ったより細かいこだわりがあったのか。
そんな風に思って周囲を見ていると奥からこの館の主人がやって来る。
「いらっしゃい……、ってガガ? 表から来るなんて珍しい、占って欲しいの?」
「ああいや、そうじゃないが」
「なら何? プレートザウルスの素材がこんなに早く手に入るとは思えないし、冷やかしならいらないわよ」
ガガは少し溜息をついて、改めて千里を見た。彼女との付き合いはザンキと別れてからの事だ。どうやって食いつないで行くか考えていた頃に仕事を紹介してくれたのが彼女で、それから色々と世話を焼いて来るのを彼はお節介に感じていた事もあったものだ。しかし今となっては、感謝しかない相手でもある。
故に、彼は口を開く。
「剣組は他の組を相手に戦争をするつもりらしい」
「……はぁ?」
「この町は戦場になるだろう。しばらく別の町へ逃げた方がいいだろうな」
「もしかしてそれを言いに?」
こくり、とガガは頷く。
「……あんたにそんな優しい所があったとはね」
何か反論の一つもしたい所だったが普段の行動を鑑みればどう考えても千里の言が正しい。ガガは負けが確定している議論を颯爽と打ち切り客の為に用意されている椅子に座る。
「他の町に渡るのに護衛がいるなら引き受けるぞ。言うまでも無くただでな」
「借金塗れの男に払う金なんてあるわけないでしょ。まあ次の返済を少し待ってあげるぐらいね。……しかし剣組は本当に?」
「まだ確定じゃない、が。ザンキがホーンビートルを狩っている所に出くわした。角をかなりの数手に入れていたな」
「ホーンビートルって武器や鎧に使われるやつよね?」
「ああ、あれは見た目はあまり良くないし日常の範囲で使う素材ではないだろう。それで工場に潜入して来たんだが、下っ端連中の間で戦争が起こるんじゃないかとだいぶ噂になっているようだ」
「工場ってスライム工場?」
「そうだ、あそこでは労働者を常に募っているからな、潜入し易くて好都合だった。これから他の場所でも情報を集めるつもりだがその前にお前には伝えておこうと思ってな」
「手遅れになる前に逃げ出せって? 面倒な話ねぇ……」
彼女が持っている家はここだけだがその中にある家財道具やインテリアの中には運ぶのに難儀するものが沢山あるのだ。荷物を纏めるだけで大騒動である。しかしながら本当にこの町で戦争が起こってしまえば丸ごと廃墟になってしまう事だろう。それに比べれば労力を払う価値はあるのだが。
彼女には戦争がどうこう以前の部分に一つ気になることがあった。それは目の前の男のことだ。
彼女は真っ直ぐその瞳を見つめてガガに問う。
「あなたはどうするつもりなの?」
そもそもの話をすればガガにはザンキが何をしていようが関係無い事なのだ。過去に共に過ごしていた時期もあったが、ガガの方からそこを離れ今に至る。言うなればただの他人である。ザンキの行動に対して何らかのアクションを取る理由は無い。
百歩譲って剣組が何か大きな事を起こそうとしているのならば町へ来る理由のある彼も巻き込まれる恐れはある。それ故に剣組が起こそうとしている何かを調べるまでならば納得もできるというものだ。
が、彼はさっきはっきりと言った。まだ情報を集めるつもりだ、と。それは本当に必要な事だろうか? 戦争を起こそうとしているのかをはっきりさせたい? いや、実の所その必要は一切無い。なぜならばガガはこの町に来る事はあってもこの町の住人ではない。戦争が起こると言うならしばらく町には寄らなければ良いのだ。幸い魔獣の素材はどの町でも需要はある。自分から持ち込んで売ればそれなりの金を作る事は出来るし食うに困る事はない。
では彼は戦争が起こるのを許せない善良な人間だとでも言うのだろうか? それも少々気にかかる意見だ。なにせ贋作職人に素材を提供し絡まれたとはいえ人の財布から金銭を拝借するような男だ、まともな倫理観を期待するのは少々お門違いだろう。
そもそも剣組が今も存在しているのは彼のおかげと言っても過言では無い。ガガが組という力を得る為に力を貸したのは他ならぬガガであるし、その途上で暴力的な手段も幾度となく使ってきたのだ。そしてザンキの内面を理解していた彼には剣組が生き残ったならばいずれこのような事態が起こる事を承知していたのである。
それらをある程度ではあるが千里は知っている。故に彼女はこう問うたのだ。
お前は今更何をするつもりなのか、と。
そう、今更だ。
「俺は……」
ガガは千里に問われた事で初めて自身の中で渦巻く感情を見つめていた。今まではぼんやりと心の内に存在するだけだったそれらに言葉で以て形を与えようと、初めて試みたのである。
「……俺が、ザンキと別れたのは。……あいつの理想が俺の物とは違ったと気付いたからだった」
「理想?」
「あいつは力へ執着していて、人々をそれで支配して君臨したいと願っていたんだ。あいつは親に何か言われるのも嫌っているような奴だ、支配を免れる為には自らが支配者になるのが一番だ。それ自体は理解できる、そういう考えがある事自体はわかるんだ。だが……」
ザンキがそう考えているとはっきり理解した時、ガガが抱いた感情はその事への共感ではなく。
「俺はそれをつまらないと思った」
「つまらないって……」
「そんな道を選んだところで俺にとって面白い未来が待っているとは思えなかった。ザンキと肩を組んで笑顔を浮かべながら、内心冷めた表情で目の前に広がる自分を支持する人を見ている未来が想像できてしまったのさ。そしてその未来が待っているという事実に嫌気が刺したんだ」
「そんな理由でコンビ解散したの?」
「そうだな。そうなる」
そんな理由、そう言われてもガガには怒りも何も浮かばない。ただただその通りだとさえ思ったぐらいだ。あれからザンキは頭角を現し一人でも剣組をこの町で有数の力を持つ組へと育て上げた。もしもそこに自分もいたならば、もしかしたらこの町は完全に剣組の支配下になっていたかもしれない。
つまらないから、というのはその輝かしい未来を蹴るにはそんな理由と扱われて当然なのだろう。
「まあ、それであなたの過去については納得するとして、私の質問には答えてくれてないみたいだけど?」
「ああ……」
成程、きっとガガの気持ちは今も変わっていないのだ。それは理解できる。今もザンキのやる事をつまらないと思っていて、彼から距離を取った時と変わらぬようにこれから起ころうとしている争いをつまらないものだと思っているのだ。
しかしそれは彼が積極的に首を突っ込む理由ではない。ガガ自身、このまま何も見なかったことにして森の中で引き籠っているのが最適解だと考えているぐらいだ。この町に知り合いはそれなりにいるがそいつらがどうなったって知った事では無いだろう?
だからガガはこう言うのだ。
「この世はつまらない場所だ。戦争が起きることだって、ある。お前の言う通り首を突っ込んだりせず逃げるのが良さそうだな」
その自嘲気味の笑みは本人でさえその意見に納得し切ってはいないことを示していたが、これ以上ガガにはどう議論すべきか分からなかった。ザンキと別れた時の記憶を振り返り、自身の気持ちに整理を付けて、じゃあどうするのか。それが彼には無かったのだ。
「……素材屋始めるって言った時にもつまらない今から抜け出したいとか言ってたわね」
「そうだな」
「その願いは叶ったの?」
「いや、素材屋にも飽きて来たところだったさ。プレートザウルスの素材を納品したら辞めようかと思ってたぐらいだ。だがもうそんなのを待つまでも無く辞めるとしよう。戦争が起こるなら素材の納品どころじゃないだろうし」
けたけた笑うガガに千里は何か言いたそうな表情をしていたが、彼女も結局は黙り込む。目の前の男のあまりの体たらくに何か一言ぶつけてやりたかったのだろうが、彼女もまたその言葉を持たなかったのだろう。世に溢れる厭世観には彼女もまた心当たりがあった故に、だ。占い師などやってどこか神秘を交えた暮らしをしているのは同じような理由だったのかもしれない。
だから話はここで終わり。剣組の起こす戦争がどうなろうと二人には関係無く、どこか遠い町で暮らし始めるのでした。
そうなるはずだった。
「そんなことは認めない!」
大声を張り上げてその場に現れたのは。
―――こいつは、素材を頼みに来た小娘?
ガガにプレートザウルスの素材を頼んだ張本人、灯夜だ。突然の登場にガガは思わず狼狽えたが即座になぜ彼女がこの場に現れたのかを考える。真っ先に考えたのはこの館の主である千里が何か仕組んだ事。しかし彼女を見ればその驚き目を丸くしている様にその線がハズレであるとすぐに理解できる。
では偶然だろうか? 彼女が素材を頼んだのは事実で、ならば途中経過を確認しにこの場へ来ることもあり得るだろう。ふむ、そう考えてみると彼女の言もそれらしい。そんなことは認めない、それが素材の納品どころじゃないというガガの言葉に掛かっているのだとすれば一応筋が通っていると言える。
が、それは違う。
「素材なんてどうだって良いけど、そうやって逃げるのは認めないよ!」
「はぁ?」
何せ彼女自身がその意見が違うとはっきり言ってしまったのだから。そうなって来ると何が何だか分からない。ガガも千里も彼女が何を考えているのか全く分からないのだ。
ではそんな時にどうすればいいのか、君達は知っているだろうか?
「……お前、何者だ? 何を考えてる?」
そう、尋ねれば良い。相手の機嫌次第ではきっと答えてくれるさ。では彼女はどうだろう?
ガガは改めて彼女を見る。見るからに工場の労働者と見える彼女の姿は、しかし一般的なそれらとはどこか違う。洗い落とす事の出来ない汚れがこびりついた服や自身の身形を整える暇も体力も残っていないそのみすぼらしい姿は正しくそれそのものであるのに、唯一、彼女の瞳だけは違っている。
―――揺るぎない、強さ。
正面からガガを見据えるその瞳の眩しさに思わず彼は仮面を被り直すふりをして目を逸らした。
そんな彼の元へ彼女は力強く歩み出て手を伸ばした。その動きは特段速かったわけでも無い、しかしガガは不思議と反応する事が出来ずその顔を正面に向き合わされた。
「私の両親は剣組に殺された」
そして彼女の話が始まる。




