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この町に住まう者にとっての不文律があるとすればそれはまともに暮らしたいなら組の者に関わってはいけないという一事になるだろうか。尤も、それを叶えるのは人々が想像するよりも遥かに難しい事だ。
例えば町の入り口より正面の突き当りにごく普通の小料理屋がある。近隣の森から採られた山菜や木の実、自家農場から運ばれる野菜類、それに値は張るが乾燥処理を施した肉類を使用した料理なんかが振舞われる。主に余所から来た者をターゲットにこの町独自の料理を振舞っているのだが、その裏に潜んでいるのはこの町の支配権を他の組と争っているアジサイ組だ。花の名を冠するような組の何が恐ろしいのかと声高に叫ぶ者もいるがそうした者達は今頃彼らの持っている農場で苦役に服している事だろう。事実として彼らは組の中では穏健派であるが、その実態が反社会的勢力である事に変わりは無い。
とまあ、この町において組の者に関わらないのが如何に難しいのか、つまりは表向きの姿がどうであれ一皮むけばすぐそこに潜んでいるという話をしたわけだが、逆に言えば誰でもいいからそういう連中に会いたいのだとすればそんなに簡単な事はない。
町へ入ったガガは一直線に正面突き当りの小料理屋へと向かう。丁度小腹も空いているので何もかも丁度いいというわけだ。
「やあいらっしゃい。注文は?」
「これで適当に見繕ってくれ」
ガガはポケットから出した金を店主に投げると彼はそれを受け取り得心したという風に頷いて裏へ下がる。この店は料金先払いで渡した金に応じて店主が作るお任せコースも売りの一つだ。少し待てばお通しの小鉢がやって来て、更に時間と共に次々とガガの席に料理が運ばれて行く。それは正味一人では食べ切れない量のように思われたが、やがて最後の一皿を持って来た男が皿を置くと同時にガガの正面に座った。
「誰かと思えば素材屋か……。まあいい、まずは飯だ。冷める前に食え」
小料理屋の制服を着たオールバックのその男は色の濃いサングラスの隙間から鋭い目を覗かせてそう言った。一般人なら委縮してその場を立ち去ってしまうかもしれない。
「なら遠慮なく」
しかしガガはそういう視線には慣れている。目の前に並んだ食事を素直に食べ始め、それを見ると男も同じように皿の料理に箸をつけるのだった。
皿の上が空になって店員が次々とそれを下げて行く。その内残ったのはガガとオールバックの男だけになった。要するにようやく二人の話が始まるらしい。
「わざわざこの俺を呼び出したんだ。何か用件があっての事だろうな?」
「そりゃあもちろん。用も無しにアジサイ組の若頭を呼び出すほど俺も馬鹿じゃない」
二人の席は一般の客からは見え辛いように仕切りがされており、他から隔絶された空間のようになっている。しかし一方で店員からは丸見えで彼らはガガの事を監視するように仕事をこなしながら時折視線を向けている。
ガガが最初にこの店に支払った料金はこの店で通常支払われる料金のおおよそ十倍程だった。当然、通常ならばその金銭は幾らか返却されることになるのだが、一部特殊な客に対しては相応の対応が取られることになる。
つまり金銭によってアジサイ組とコンタクトを取れるという事だ。ガガにはアジサイ組を通じて知りたい事があった。
―――さて、どう聞き出すか。
ガガはここに来るまでに何パターンかその手法を考えていたが、結局は素直に尋ねることにする。
「剣組が何をしようとしているか知ってるか?」
彼が尋ねたのは剣組について、だ。ホワイトミニマムの納品の際に贋作職人の爺さんは剣組の締め付けが厳しくなっていると訴えた、千里は占いの際に工場のノルマがきつくなっているというような事を言った客がいると話していた、そして実際に森の中でホーンビートルを狩っているザンキ達にも出会った。
明らかに剣組は何かをしようとしている。ガガはそれが何なのかを突き止めたいと考えているのだ。
「剣組か。確かに最近きな臭い動きをしているってのはその通りだな」
アジサイ組の若頭は肘をついてそう言った。その態度はそれについて幾らかの情報を握っているが話すつもりはないと言わんばかりである。
「誠意は示したつもりだったが足りないか?」
「いや、欲しいものが手に入らなかったと言うなら食費を除いた差額は返そう。だがお前にこれ以上話す義理はない、というだけだ」
「じゃあ剣組にはあるのか?」
「どうだろうなぁ。だが組同士の諍いとなると事が大きくなりがちだ。うちが負けるとは思わんが漁夫の利を狙っている連中は多いだろう」
剣組とアジサイ組はそれなりに規模の大きな組ではあるが、別に同等の力を持つ組が他に無いわけではない。彼らが抗争でも起こそうものなら弱った二つの組を取り込もうと他も動く事になる。要するにアジサイ組としてはそんな隙を晒すつもりはないし、それに繋がりかねないような動きもしたくない、というわけだ。
「お前と剣組の、というよりはザンキとの関係は知っているが、それだけで何でも教えてやるほど俺達は甘くない」
「……今度素材をただで取って来ても良いと言ってもか?」
「お前は優秀な素材屋だが素材屋がお前しかいないわけじゃない。今日の所は帰るんだな」
ガガはもう少し食い下がるつもりであったが周囲からの視線の気配が変わったのに気付き諦めと共に店を出る。あれ以上長居すればすっぱり首を切られて強制退店の運びとなっていた事だろう。
この町特有の狭い空を見上げて一人溜息をつく。
「当てが外れたか……」
敵対する組であれば何らかの情報を手に入れられると踏んでいたのだが残念ながら今回は失策。とはいえ他に剣組について調べる手段が無いわけではない、ガガは次の目的地へと走り出す。
数時間後、夜も更けてきた頃合いだ。多くの組の人間、特に古くからいる重鎮はガガの事をよく知っており、故に顔を合わせるところまでは難なく行けたようだが。
「余計な火種を抱える気はねえよ」
「あんたに教えて何か私らに得があるのかい?」
「直接聞けばいいんじゃないかな?」
残念ながらその先はけんもほろろ、少なくとも今の彼らがガガに直接的に手を貸す事はないようだ。
「あ~、予想は出来てたがまさか誰も何も教えてくれねえとはな……」
一切の成果もなく町を彷徨うガガは夜闇を照らす明かりの元で立ち止まる。そうした時にかつては二つあった影も今は一つだけ。
この町にまだ剣組が存在しなかった頃、その記憶が彼の頭の中で再生されて行く。
町から少し離れた森の中、様々な魔獣が潜むその森を遊び場として走り回る二人組がいた。町の大人に聞けばすぐに彼らの名は分かる事だろう、時たま魔獣の素材を持って来ては駄賃とばかりに好き勝手に食糧や金を取って行く悪ガキ、背が低くひねた目をして悪知恵ばかり付いているのがガガ、そして子供とは思えないぐらいに背が高く力ばかり強いのがザンキだ。
彼らは町の厄介者として知られる家なき子だった。
「親? 気付いたらいなかった」
誰かが尋ねるとガガはそう答えて笑っていた。まるでそんな過去はどうでも良いと思っているらしい。
「はっ、あいつらなら邪魔ばっかしやがるからな。ぶち殺してやったよ、今頃暗闇の中で狂ったか或いは本当に死んじまったかもな」
ザンキの方はまるで武勇伝のように高らかに語る。親の居ない二人はどこかの小さな組がそこらの住民からちょろまかした食料を盗もうとしたところで意気投合、それから共に過ごす事になった。ザンキが子供とは思えないその力で暴れ回りガガが彼に足りない知恵を貸して二人はみるみる有名になって行く。
「魔獣が儲かるらしい、狩りに行こうぜ?」
「あれは結構手間がかかるんだが……」
「そういうのはお前に任せる。良いだろ?」
「ったく、しょうがねえな」
二人が事を起こす時はいつでもそんなノリでザンキがどこからか儲け話を見つけてはガガを誘って突撃する。最終的には何だかんだ上手く行って一儲けだ。そうして頭角を現していった二人に町を支配する組の者達が関心を寄せるのは時間の問題だっただろう。
「俺達と手を組まないか?」
最初にそう言ったのがどこの組だったのかを二人は覚えていない。覚えているのはその話を蹴るついでにその相手をぶち殺して逃げた事だけだ。有力な組の者を殺した結果その事実は即座に露見し彼らは追われる身となる。
「はっ、馬鹿らしい。お前らが俺の部下になるなら考えてやってもいいがな」
ザンキのその言葉は今も心の内に残っている。それを聞いた時にガガは初めてある事を思った。
―――俺とは違うな。
役割分担とは違う、初めて感じた心の内のいわば芯のような部分の相違。それでもしかし、彼らはまだ一緒に居続けた。ザンキが好き勝手に暴れ回るのをガガが手綱を取る、彼らは更に大きな力を得て行く事となる。
やがて、二人はとある小さな組を乗っ取り一気に力を付けた。それは追って来ていた多くの組ですら手を出せないほどに、だ。或いは彼らを潰すだけであれば簡単だったのかもしれない。しかしそれをすれば確実に大きな被害を被る。それは他の勢力に隙を晒す事になるだろう。ガガとザンキはただの孤児から組ですら手を出すほどが出来ないほどの巨大な力を手にした、それは間違いなくこの町の歴史に残る一事であった。
そして二人の別れが訪れる。それを言い出したのはガガだった。
「ザンキ、悪いが俺は抜ける」
「……あ?」
「まだ小さいがこれだけの勢力があればお前が他の組の連中に手を出される事は無いだろう。後はお前一人でも十分にやっていける」
「……どういうつもりだ?」
ガガはその問いに黙り込んだ。ザンキと過ごした日々は悪いものでは無かった。一種の青春のようなものだったのかもしれない、その思い出を振り返れば胸の内を熱いものが過る、そんな瞬間さえ存在するのだから。
しかし彼は自分とザンキがどこか違うのだと気付いてからずっとどこかもやもやとした言葉に言い表せない何かを感じていたのだ。
「悪い、ただ、なぜだか……。これ以上お前と一緒には居られないと、そう思ったんだ」
そしてそれはこの時にもまだ胸の内で言葉にならず漂っていた。
「そうか。なら、行けよ」
ザンキは引き留めなかった。普段の彼の性格を知っている者達は皆、ガガが彼の持つ大剣の餌食になるだろうと考えていた。いや、ガガでさえ、そうなるかもしれないと思っていたほどだ。
しかし彼は意外にも去り行くその背を見送り何もしなかった。いや、一言だけ、一言だけ声を掛けた。
「戻りたくなったらいつでも来いよ」
それは長年連れ添った相棒に手向ける最後の言葉だったのかもしれない。しかし結局ガガはザンキの元へ戻る事はなく、そしてザンキの方もガガを頼ることなく一人で組を巨大にして行った。
そして今、剣組はこの町で何かを起こそうとしている、のかもしれない。ガガは何をしようとしているのかを突き止め、そして。
―――そして俺はどうするつもりなんだ?
その先はまだ彼にも分からなかった。




