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人というのは様々なものを求めるものだ。良い暮らし、使い切れないほどの金、見栄えのいいパートナー―、その中の一つには栄誉というものも存在する。そして栄誉の中の一つに存在するのが強大な魔獣を倒したという事実だ。
「ふっふっふ、まさかこんな近くにプレートザウルスがいるなんてな。ラッキーだぜ」
「ドラゴンスレイヤーになるんじゃなかったの?」
「ドラゴンは棲み処が遠いんだよ。あんなのより手近な所から行った方が楽だろ」
「僕はどっちでもいいですよ」
「ほらな、こいつもこう言ってる」
「まあいいけどさあ」
彼らはその栄誉を求めて魔獣の犇めく地へと自ら足を運ぶ、いわば好事家の類だろう。たった三人でドラゴンやプレートザウルスを倒そうなどあまりに無謀な考えだ。しかし彼らには他者のそんな言い分は届かない。
なぜならば。
「何はともあれ」
「あれを倒せば」
「一躍有名人だな!」
彼らが見ているのは他者とは異なる世界、自らの夢の世界だけなのだから。
さて、ではそんな彼らがプレートザウルスに挑むに足る程の実力を持っているのか、まずはその装備から見て行くとしよう。やたらと髪のツンツンしたイケイケの男が身に付けているのはおそらく鱗獣の鱗で作られた鎧だろう。その頑丈さは折り紙付きでそこらの灰狼が噛み付いた所で傷一つ付かないはずだ。手に持った剣は魔獣がうろつく鉱山でしか取れない特殊な鋼で作られたものだ。剣一つで家が建つと言われる程に高額な物でその切れ味もその値段相応の物となっている。
他の二人も同等以上の装備を手にしているようで町の近くに現れた魔獣を討伐する程度の仕事なら十分過ぎてお釣りが来るだろう。それどころかなぜそんな良い装備を持って来たのかと不審がられるぐらいだ。
と、装備を観賞していると彼らの後方から迫る影一つ。あれは灰狼の中でも特に力の強い縞灰狼だ。身体が二回りほど大きく出会った者がその縞模様を宙に浮いた首から見る事になると噂の強力な魔獣である。音を立てぬまま凄まじい速度で接近し鋭い爪で首を掻き切る、末恐ろしい魔獣である。
「あ、後ろ何か来ます」
「ん」
その接近を如何なる手段でか察知した七三分けの男、彼の言葉に三人は即座に戦闘態勢を整える。その動きは正に熟練のそれでこれまでにどれだけの魔獣を討伐して来たのか想像できるはずだ。
対して縞灰狼は距離のある段階で気付かれた事にこそ僅かに驚いたようだがそれだけだ。気付かれていようと関係ないと言わんばかりの態度で歩を進め、そして、人の目では捉え切れない程の速度で地面を蹴る。
地面、木の幹、遂には木の枝すらも自らの足場とし三次元的な軌道で三人組へと迫る縞灰狼。その爪は鱗獣の鎧を避けて無防備な頬から首元へ、その一撃を避ける事は人の身には不可能。
「お?」
と、思われた。
縞灰狼は見た、まるで爪を擦り抜けるようにすれすれの位置で躱し切ったのを。
「悪いな、俺の回避技能の方が上らしい」
外した事によるショックはあった、しかしそれで縞灰狼が動きを止めたのは一瞬だ。が、その一瞬で勝負は決していた。横にいた紅一点の女が手に持っていた弓矢を放つ。その軌道は明らかに宙へ向けられたものでともすれば彼女の下手さを笑ってしまいそうだが、注意深く見れば彼女の弓と矢を繋ぐ紐のようなものに気が付くだろう。縞灰狼はそれに怪しい気配を感じたのかその場を離れようと宙へ跳んだ、が。
「捕縛!」
彼女の声と共に紐が大きく広がり巨大な網を形成する。そうなると先に跳んだ縞灰狼は自ら網へと囚われに行ったようなものだ。
「着地で足を潰す」
「頼むわ」
次いで七三分けが網に絡め取られ落下するそれに向けて無数の手裏剣を投げた。その軌道は初めこそばらばらだったが空中にて軌道が修正されまるでホーミングするように地面へと落ちた縞灰狼の前脚へと突き刺さる。
いや、突き刺さりそのまま抉るように回転を続けて前脚の先端を切り落とした。
「ヴォウウウゥ!」
本来灰狼とは遠吠えを上げぬ種の狼である。もしもそれが遠吠えを上げていたならばそれは自らの危機を伝え仲間に逃げるように伝えているのだ。そんな縞灰狼の元へツンツン頭の男が剣を構えてやって来た。
「ま、残念だったな」
そして躊躇うことなくそれを振り下ろす。首を切られた縞灰狼は当然生きていられるはずも無い、すぐさまその姿は風景に溶けるように消えて行き血の跡一つ残る事はない。
さてこんな大騒ぎを起こしているわけだが彼らの本命である相手はそれに気付かずにいてくれるだろうか?
否、そんなことはない。
ズゥウン。
「うおっ、何だ?」
「……どうやら気付かれたらしい」
彼らの本命の相手、プレートザウルスがゆっくりとその身体の向きを変えて行く。首を伸ばしすぐ傍で暴れ回る羽虫の姿を目に収めようとしている。
「よっしゃ、とりあえずあのでかい足をぶった切ってやるか!」
「じゃあ私は顔を狙うわ」
ツンツン頭と女が前に出る。
「もう少し慎重に行くべきだろうに」
それを見て七三は大きく溜息をついたが結局は二人を追って駆け出した。
先制の一撃は女の矢だ。少し距離を詰めると腰の辺りに身に付けていた粉を矢に結わえてそのままプレートザウルスの顔を目掛けて射る。矢の威力は上々、更には宙を舞う間に発火し炎を纏う。
「目ん玉沸騰させてやるよ!」
矢は一直線にプレートザウルスの目玉に向かって行く。その速度は鈍い動きのそれに避けられるはずも無い。つまり、直撃だ。
「やっ! ……え?」
成程、直撃である。それは確かに目玉へと当たった、が、表面に突き刺さっただにも関わらずまるで意に介する様子は無い。
「……でかすぎてあのサイズじゃ意味無いって事?」
プレートザウルスの目玉のサイズは直径がおおよそ人の身長と同じぐらいだ。矢で刺すのは画鋲が目に刺さるのに相当するぐらいだろう、そう思えば当然に失明コースのはずがどうも違うらしい。
「火も消えてるしどうなってるの?」
「いいから下がりなよ。とりあえず気を引ければ十分でしょ」
「分かってるって!」
プレートザウルスの視線は自らに矢を放った女とそのすぐ傍にいる七三の男へと向けられる。その視線に込められた純然たる敵意に思わず彼らは身震いした。
「来るぞ」
「だから分かってるって!」
巨大にして強大な魔獣であるプレートザウルスであるが意外にも自ら敵へと襲い掛かる事はあまり無い。それは彼にとってその必要が無いからだ。
女と七三がその巨大な魔獣が背負う陸地に視線を向ける。プレート、それは陸地の意を持つ。その名が冠されたその魔獣はその名の通りに陸地を背負いそこに生態系を作り出すのだ。
「首狩り蜂だ!」
今回、その陸地から飛び出て来たのは針ではなく鎌を身に付け擦れ違いざまに敵の首を狩るスラッシュビー、通称首狩り蜂だ。おそらくはあの陸地の中で無数の巣を作っていたのだろう、自分たちの宿主への攻撃に反応して敵を狩りに出て来たのだ。
「あの数はまずいぞ」
「見れば分かるって! くそ、捕縛!」
女は先に縞灰狼との戦いで見せていた網を即座に宙に張る。頭ほどの大きさを持つ巨大バチの群れを幾らかは網目に捉える事に成功するがその一部は鎌によって網を切り裂きそのまま突撃を仕掛ける。
「近くに来たのは任せる!」
「仕方ないなぁ……」
女の矢は次々と発射されそれは正確に網を越えて来た蜂を貫いたがその発射速度よりも遥かに多くの蜂が向かって来る。七三の男はどこからか取り出した二本の短剣を逆手に持ち呼吸を整える。
「結界」
そして小さく呟くと彼は動きを止めた。そんな彼の元へ鎌の一撃を喰らわせようと首狩り蜂が一挙に押し寄せる。折り重なって動きの見えるはずも無いその蜂の動きを見切る事は不可能だったはずだが、しかし七三の男は動じない。短剣を振り上げた、かと思うと間近に迫った一匹に振り下ろす、それは的確に頭を潰し一瞬で息の根を止めるに足る一撃だ。そして息つく暇もなく逆の手を振り上げて次の一匹を、そして先に頭を潰した蜂が消えた頃には再びその短剣を振り上げて次の一匹を、そして次の、次の……。
迫り来る蜂の猛攻をまるで流れ作業のように順番に処理していく姿は傍から見ていると滑稽にすら見えるだろう。しかしこれが示しているのは、首狩り蜂の猛攻も彼らの命を奪うにはまだ足りないという事だ。
空中に張った網は更に複数重ねられより強固なものに、そしてそこから漏れ出た蜂は七三の男が次々と処理していく。
いやはや大したものだ、彼らの実力は全く疑うまでも無く強者の域に達している。あの首狩り蜂の猛攻を凌げる者など世界中を探したところでそうはいないだろう。ただプレートザウルスの恐ろしさは決してそれが首狩り蜂を飼っている事などではない。
それが背負っているのは生態系だ。
首狩り蜂が埋め尽くす空のその向こう、二人には見えぬ上空で一匹の鳥が羽ばたいている。その鳥は消化の際に出る特殊なガスを体内に留める袋を持っており、そして喉元には火打石のような部位が存在する。それらを組み合わせて何が出来るかと言えばつまり。
「うわっ、何あれ!?」
女が叫ぶ。それは首狩り蜂の隙間を縫って出て来た奇妙な嘴だ。それが大きく開くと同時に、カッ、と音が響いた。
直後、嘴から炎が凄まじい勢いで放たれる。
「はぁ?」
疑問符を浮かべている間に超高温の炎にまかれた女はそのまま何をする事も出来ず焼死、七三の男は少し距離があった為に何とか直撃は避けたが。
「炎? サンバー」
カッ。
その言葉は最後まで紡がれることは無かった。一旦後ろに下がり体勢を整えようとしていたようだがいつの間にか別の場所からも飛び出ていた嘴に気付かなかったのだろう。一瞬で炎に包まれ焼死。
炎を吐いたのはサンバード。かつては太陽とは巨大なサンバードが放った炎であるなどと言い伝えられていた鳥だ。後に太陽はそもそも単なる炎などではないし、サンバードが炎を吐く仕組みも解明されているために今ではそんなことを言い出す者はいないが、吐き出す炎の熱であっという間に町を壊滅させかねない危険な魔獣である事は今も昔も変わらない。
サンバードがどこから来たのか、それは言うまでも無いがプレートザウルスの背だ。それはそこに住まう生態系の一部だったらしく、敵を燃やし尽くすとその場を飛び立ち元の棲み処へ、プレートザウルスの背中へと戻って行く。首狩り蜂も同様で多くは七三男や弓の女、或いはサンバードの炎に燃やされてしまったが生き残った者は当然のようにサンバードの後を追って帰って行く。
プレートザウルスの脅威とはつまり多種多様な生命がその背に息づいており、もしも宿主へと攻撃を仕掛けようとする者があればそれらは協力して敵を排除しにかかるという部分にある。仮に大砲を用意したとて空を舞う無数の首狩り蜂やサンバード、或いはその他の大小様々な魔獣がその背中から下りて襲い掛かってくるかもしれない。そしてそうなれば大砲が幾つあろうと対応し切るのは難しいことだろう。
さて、何もかも終わった様な雰囲気でそんな厄介な一面を語ったわけだが実はまだ終わってなどいない。まだツンツン頭の男が生き残っている。彼は先に殺された二人から早々に離れていた為にどうやら気付かれなかったようだ。
「いや~、首狩り蜂にサンバードか。やばいな」
彼は過去にそれらを倒した経験もあったが、あの数に加えて協力して殺しに来るそれらを相手に勝てる気はまるでしない。
が、それもどうでもいい事だ。今の彼がいるのはプレートザウルスの真下。四本の脚で立つその下でありこの巨大な魔獣の丁度死角だ。そして目の前にあるのは大木どころではない太さの一本の脚。
「ま、これを切っちまえば関係無いってな」
剣を構える。光が刀身を彩るのが見えるだろう、この手の技能を持つ者はそうはいない、刀身の鋭さと切り裂く事の出来る距離を伸ばす。一言で言い表すならばでかくて硬い物をぶった切る、そういう技能。
正にこの状況にお誂え向きだ。
「喰らえ!」
ツンツン頭を揺らして男は剣を振った。剣は目の前の巨大な脚の表皮を切り裂き、切り裂き……、そして。
「あ?」
止まった。表皮だけを切り裂き、血の一滴を流す事すらも出来ずに、だ。
「ちょ、まじで?」
彼は脚にめり込んだ剣をどうにか引き抜こうとしたのだがその瞬間、凄まじい揺れが自身を襲うのを感じた。それが表皮を切られた事で違和感を感じたプレートザウルスが脚を振ったからだと気付いたのは宙を舞ってからだ。
「まじかぁ」
空中、身動きの出来ない彼はただそう呟く。段々と地面が近付くのを見ながら彼は思う。
―――落下死だけは勘弁だぜ……
その後どうなったか、詳細を語る必要は無いだろう。一つだけ言えるのはその場には誰一人として居なくなっていた、ということだけだ。




