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プレートザウルスは知っているだろう。そう、あの大地を背負い歩く巨大な亀のような魔獣だ。多くの者はそれがあまりに危険な魔獣だと知っており、それ故にわざわざその前に姿を現そうという者はいない。しかしプレートザウルスと言えば魔獣の素材の中でも特に高グレードのもので取引額は非常に高く庶民どころかセレブでさえ中々手が出せないようなものだ。
なぜこんな話をしているかと言えば簡単な話で、今回ガガが頼まれた素材というのがそのプレートザウルスの角だからである。
「あの小娘……、何がプレートザウルスの角だ。面倒な依頼をしやがって」
森の中、手元には途中で狩った灰狼の足を抱えてガガは歩く。そしてあの小娘、灯夜の顔を思い浮かべ怒りのあまりに歯ぎしりを軋ませていた。
彼はこの辺りでは一番の素材屋だ、プレートザウルスの角を取って来た経験はある。が、その難度は他の魔獣に比べて桁違いであったこともまた事実だ。以前にそれをしたのは一年程前の話になるがその際に死んだ回数は十を越えた辺りで数えるのを止めている。結局、失敗を重ねすぎたせいで折角の報酬も経費によってほとんど消えた苦い思い出だ。
崖沿い、ガガは高く聳えるそれを見上げながら周囲の気配を探る。誰も後をつけていない事を確信すると近くの雑木林へと身体をねじ込む。そこはぱっと見だと人が通れるような隙間は無いのだが、よくしなる枝に囲まれた部分へ無理に身体をねじ込むことでその向こうへと行くことが出来るのだ。
さてそんな妙な道を進んだ先にはログハウスが建っている。周囲の植生を利用し先の雑木林から入らねば目にすることもまず無い、それがガガの住まう家だった。彼は鍵など当然かけていない家の戸を蹴飛ばして開けると少ない荷物を廊下に投げ捨てその場に倒れ込む。
「どうするかな……」
もしもこの家を探し当てて依頼をしに来た者であれば土下座されようが断っていたことだろう。しかし千里の手前断る事も出来ずなし崩し的に受けさせられたこの依頼、出来ませんでしたと言うのは簡単だが。
「そうなりゃ廃業か?」
素材屋なんてのはその実力で客を勝ち取る商売だ。頼まれて出来ませんなどと言えばその噂はあっという間に広まって依頼の数は一気に減る事だろう。それは今のガガに取っては。
「願ったり叶ったり、かもな」
丁度この稼業もつまらないと感じ出した頃だ。単に辞めるのでは千里あたりが借金をどうするのかと詰めて来そうなものだが評判が悪くなったのでは仕方ない。それにプレートザウルスを相手にするのは非常に難しいのは事実で失敗はさしておかしな事では無いのだ。
「後は成功するまでやれと言われない事を祈るか?」
百回殺されても出来ませんでしたとでも言えば納得してもらえるだろうか。そんな後ろ向きな計画が次々と頭の中で組み上がって行くのを感じる。
さて、この男まるでやる気のないその様を見てしまうと全く呆れたやつだと嘆息したくもなるものだ。しかし計画というのは実行しない限りにおいてはただの絵空事、空想の話に過ぎない。頭の中でむかつく相手を殺したとて非難される謂れは無いだろう。その程度の話。
要するに、だ。
「……はあ。しかし、工場勤めであの金を集めるのはどれだけかかるのやら」
ガガにこの仕事をわざと失敗するような度胸は無い、そういう事だ。
「よし、とりあえず飯だ。腹が減ったままじゃろくに考えも浮かばないし」
そう言って彼は帰りに出会って採っていた灰狼の足を探す。先程荷物とまとめて廊下に投げ飛ばしたところだ。灰狼の足と言えばその肉をしっかり煮込むとコクのある出汁が取れ、更に野菜と香辛料を入れて煮込めば絶品の煮込みに変わるという。あまり有名では無いが知る人に見せれば目の色を変えて欲しがるような珍味の一つだ。
ガガも長い素材屋暮らしの中で自然とその味に惹かれ灰狼を見かけると反射的にその足をどうやって採るか考えてしまうようになっている。そんなわけで今日の食事は豪勢だとうきうきだったわけだが。
「……無い?」
探せど探せど灰狼の足が無い。このログハウスは独り暮らしを想定して作られたものでそう広くはない。当然、玄関から繋がっている廊下も奥まで見通せてしまう程だ。そこに投げたはずの灰狼の足が消えて無くなる事などあり得るだろうか?
「袋に入れたとか……」
当然そんなことはない。傍から見たら空恐ろしい姿であるが彼は灰狼の足を抱えて歩いていたのだ。
「えっと、懐に入れたり」
言うまでも無くあるはずはない。懐にあれば気が付くサイズだろう。
「……うわぁ、まじかぁ」
一応言っておくと落としたわけでもない。彼は確かにこの廊下に金や生活用品の入った袋と一緒に投げたのだ。
となれば結論は一つだ。
「あの灰狼死にやがった……」
足を取った元の灰狼が死んだのだ。彼は手際よく気絶させ足を切り落とし即座に止血。そのまま茂みに上手く隠していたのだが、運の悪いことに何か他の魔獣に襲われる事になったのだろう。
「あ~、クソ! こんなことならさっさと調理しとくんだった~!」
実際の所、仮に帰宅後すぐに調理に入ったとしても十分な加熱が為される前に本体の灰狼が死ぬ頃合いだった為に彼が今日この日に灰狼の煮込みを口にする事は出来なかったわけだが。しかしそれを知らぬガガに取ってこの心残りは相当なものだったらしい。そのまま外に出て灰狼を探しに走ったが夜が更けるまでついぞ見つける事は敵わなかったという。
無駄な夜更かしをした前夜、ガガはそのせいで体調は頗る悪く目の下に隈を作り山菜と木の実だけのさもしい食事をしながらこくり、こくりと船を漕ぐ。本来ならばもう一眠りと行きたい所であったがそうもいかないのが残念な所だ。やたらと酸っぱい木の実を口に詰め込み無理矢理に目を覚ますとさっさと身支度を整えて家を出る。
「さて、プレートザウルスの所に行きますか」
プレートザウルス、その危険度は魔獣の中でも飛び抜けて高く警戒の為に常に居場所が報じられている。昨日町で買っておいた新聞に載っていた位置情報と行動予測は既にガガの頭に入っている。とはいえ町からわざわざ新聞を届けてくれる相手はいない、丸一日経っただけならば位置はある程度予測がつくが更に一日過ぎればどうなるかは分からない。最悪町に戻って新聞を買う所からやり直し、流石にそんなことは馬鹿らしくてやってられない。
結果、この日はたとえ眠気に目を擦りながらでもプレートザウルスを探しに行く必要があったわけである。
町から更に遠ざかること一時間。普通ならばこの森の中を一時間程度彷徨ったところでそれほどの距離を稼げるわけではないがガガには素材屋として培った経験や専用の装備が無数にある。時に追い掛けて来る魔獣を躱し、崖を飛び越え、あっという間にその場所へ辿り着く。
「……あれか」
彼が今いるのは崖の上、流れる川が落ちて行く滝のすぐ傍だ。見晴らし良く遥か遠くまで見通せるその場所は多くの者が端まで行くのに二の足を踏む事だろう。ガガもその一人で万一にも落ちないよう少し距離を取って双眼鏡を手に目的のそれを観察する。
「相変わらずでかいな」
彼の横を流れる清流がかなりの落差を持つ滝を落ちて行く。もしもその川が小さなものであればきっと落ちるまでに霧散して消えてしまっただろうに、十分な水流を持ったそれは滝壺にてどどどどと音を立てていた。滝を上ると噂される鯉がその腹を一回り大きな尖突魚に貫かれそのまま喰われそうになった、かと思うと一度棲みつくと万の魚を喰らって生態系を変えてしまうと言われるヨロズ魚がそれらを纏めて丸呑みにした。そしてそのヨロズ魚を川の水を飲むついでに十数頭、まるで人が煮干しを喰らうがごとく吞み込んでいる、それがプレートザウルスである。
「あの角をまた切り落とす事になるとは……」
その頭は人よりも大きく、角というのはその頭に幾つも付いている剣山のような突起である。切ってしまえばどうにか抱えて持ち運べなくもない大きさであるがその為に乗り越えねばならない壁は多い。そんなわけで彼は以前の事を思い出して頭を抱えていたのだが。
「……近くに誰かいるな」
ふと、プレートザウルスの近くの木々で光が反射するのが見えた。武器を構えた時に陽光が反射したのだろう。あの巨大な魔獣を相手にそんなことをするとは腕試しが好きなイカれたバトルジャンキーの類であろう。
「色々と確かめる手間が省けたな」
ガガは無謀な挑戦者たちに感謝の意を捧げながら成り行きを見守る事に決め込むのだった。




