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さて、そんな観察を続けて数日、灯夜も段々と例の装置を使う事に慣れて来た頃。今日の占いの館には千里だけがのんびりと過ごしている。
「……誰もいないって気楽でいいわね」
ここ数日の喧騒には少々気疲れしていたようで一人ソファに身体を預けて香を焚きながら微睡の中へ。しかしながらこの町はそんな彼女を放っておいてくれない。
リンリン。
ベルの音が響く。それは来客を知らせる合図だ。彼女のような時間を特別決めていないような仕事形態の場合、のんびりしたい時ほど仕事が舞い込むものである。億劫な身体を引き摺って彼女は身支度を整え店へ出る。
今日の客は初めて店に訪れる客だったが彼女の知る顔だ。いや、この町に住む者ならば彼の顔を知らない者はいない。町の入り口正面、とある料理屋に常駐している強面の男。
「アジサイ組の若頭がこんなところにどんな御用かしら?」
彼は町でも有数の力を持つアジサイ組の若頭、その権力の及ぶところは幅広く裏から町を牛耳っている側の人間だ。千里はどの組にも属しているわけではないのでそれらの人間とはほとんど関わりが無いのだが、一部占いを愛好する者に、或いは彼女の容貌に惹かれて足しげくここへ通っている者もいる。
因みにアジサイ組の今の頭はその内の前者に属している。
―――わざわざ若頭を寄越すなんて、なんだか面倒に巻き込まれそうね。
彼女のそんな直感は残念ながらある程度当たりと言っていいだろう。二人は占いの道具が幾つも置かれているテーブルを挟んで向かい合う。
「うちの頭があんたに世話になってるな」
「世話と言う程のことは無いでしょう。ただの店員と客の関係ね」
「だが頭があんたにそれなりに心を許してるのは確かだ」
彼女にとっては面倒な事であるが、アジサイ組の頭はまだ組がそう大きく無かった頃に彼女の占いから天啓を得て組を大きくした経緯があり、妙な信頼を得てしまっている。適当に言ったことから相手が勝手に何か閃いただけだとしてもそれを否定するのは難しい。金払いの良い客ではあるが何らかの組に強く肩入れするのは彼女の本意では無いので少々鬱陶しくも思っている節はあった。。
「まあ、何でも良いわ。本題に入ってちょうだい」
「俺の方もあまり時間が無いのでな。そうさせてもらおう。……剣組が戦争を起こそうとしている事は知っているか?」
「噂ぐらいは聞いてるわ。最近派手に動いているらしいわね」
「なら話が早い。それはもうじき起こる」
若頭は断定するようにはっきりとそう言った。そして組のそれも幹部レベルの人間がそう言ったという事はつまり、それが事実になるのである。
「もうじき、というのはつまり」
「猶予はほとんど無い。明確な日数まではわからんがそういう事だ」
「そういう事よねぇ……」
つまり彼は頭のお気に入りである千里を戦争に巻き込まれないように保護する為に来た、彼女はそれを察する。それは成程ありがたい事ではあるのだが、それを受け入れれば彼女はアジサイ組の中に組み込まれる事になるかもしれない。
―――あまり歓迎できないわねぇ。
戦争に巻き込まれるのは御免だがアジサイ組に関わるのも同様だ。であればどんな返答をすべきか、彼女は手元にあった小さな水晶を弄りながら考える。戦争が自分に引き起こす損失は膨大な物になるだろう、運が悪ければどこかの組に復活地点を奪われ奴隷同然に扱われる可能性も無くはない。その点、アジサイ組の保護を受ければ確実とまでは言えないが他の方法に比べて大きな安全を買う事は出来るはずだ。
とはいえそんな損得を勘定するよりも彼女が強く思い浮かべたものがある。
「……あなたは占いはお好き?」
「……どういうつもりの質問かは分からないが、俺は頭とは違う。悪いがその類の話は信じていない」
「へえ、でも今に信じる事になるかもしれないわね」
「どういう意味だ?」
彼女は一際大きな水晶を手に取るとそれを彼に見えるように置いた。そして大袈裟なポーズと共に手をかざす。
「私には見えるのよ、未来が」
「……一応、聞こうか。どんな未来が見える」
幸いにも若頭は最低限芝居に乗ってくれるようだ。或いは単に頭のお気に入りに対して失礼は働けないと思っただけかもしれないが。しかしおかげで彼女は照れる事無くノリノリで笑みを浮かべて断言した。
そう。
「戦争は起こらないわ」
彼女が思い浮かべたもの、それはガガと灯夜だ。あの二人が今、戦争を止めようと必死に動いているのを彼女は当然知っている。その中でもしも自分だけが逃げたなら、彼女はその未来を想像すると我慢ならなかった。
戦争が起こったならまだ良い。しかしそうでなかったならば? あの二人が町の英雄として語られる事は無いだろう、しかし二人の間には特別な絆が結ばれることは想像に難くない。いつの間にか自分は蚊帳の外でそんなことが起こるなど彼女にとっては。
―――絶対にそんな未来は認めない!
許せない事だ。
―――ガガは私のものだ、ぽっと出の女に奪われてたまるか。
つまりこれは、単なる嫉妬だ。しかしそのエネルギーを馬鹿にする事は出来ない。今まで町の趨勢など気にもしていなかった彼女が初めてそれに口を出そうと言うのだから。
「戦争は起きない、か。無論、我々としてもその方がありがたいが」
「ふふふ。世の中何が起こるかは分からないものよ。昔はアジサイ組もまさか今のような大きな組になるとは思われて無かったのだから」
若頭は黙り込む。彼女の言葉には裏も何も無いのだがアジサイ組が彼女の占いを元に今のように大きくなったのは事実だ。もしかすると、そんな思いが僅かに彼の内に生まれても不思議は無いだろう。
やがて、彼はこれ以上話す事は無いと悟ったらしく立ち上がる。
「ひとまず、今日は帰るとしよう。俺がどこにいるかは知ってるか?」
「ええ、あそこの料理は美味しいから何度か頂いたことがあるわ」
「なら用があればそこへ来い。頭には文句を言われるかもしれんが、もう少しだけ時間をやる」
「ありがとう」
千里の頭の中に何か戦争を止める策があるわけではない。しかし彼女が得た成果が後に何かを変える事もある、のかもしれない。
更に二日後。香の充満した占いの館に突如現れる影が一つ。それを見てにやにやと笑みを浮かべる千里。
「おかえりなさい。今日も死んじゃったのね」
「こうやってここに来るのも最後だと良いんですけどね」
不満げな表情を見せる灯夜は腕に付いていた自殺装置を外すと軽くなった腕をぶんぶん振る。
「今日はザンキが来ませんでしたよ」
「あら、じゃあもう素材は集まったって事かしら?」
「ガガもそう言ってました。それで今日はひたすらその矢を撃つ特訓をして来ましたよ」
「あら、あなたも戦うの?」
「さあ? ろくに説明せずにどっか行っちゃったんで」
「へえ……。それなのに素直に特訓して来たの?」
そう聞かれて灯夜はバツが悪そうに頭を掻いた。ガガには様々に文句を付けまくった身としてはその言葉に素直に従うのはダサいとでも思っているのかもしれない。しかし、
「まあ、少なくとも私一人じゃザンキには逆立ちしても勝てませんからね。癪ではありますが、従わない理由も無いでしょう」
「そうねぇ~。もしかしてちょっと絆されちゃった?」
何気なく聞かれた風のその問いに対しての返答は、尋ねた千里が思わずぎょっとするような苦虫を噛み潰して飲み込んだかのような表情だ。
「ちょっと……、冗談でも止めて欲しいですね」
「あらそう? 悪かったわね」
千里は表面上まるで何ともない風に装っていたがその表情をどう取るべきか悩む。好きの反対は無関心、嫌い嫌いも好きの内、喧嘩するほど仲が良いなど、嫌っているような素振りというのはその態度がそのまま正解とは限らない。彼女は警戒を怠ってはならないと肝に命じつつ灯夜にどこぞで取れた苦味の強いハーブティーを振舞うのだった。
しばらくしてガガが顔を出す。
「あ~、やっと来た」
「遅かったわね」
「遅いのか? 灯夜には目標を達成するまで帰るなと言っておいたんだが」
「疑ってるの? それなら的になってくれても良いけど」
灯夜は先程外した装置を手に取る。
「……遠慮しよう。あまり時間も無さそうなんで先に色々と考えにゃならんことがある」
時間がない、それはつまり。
「ザンキは戦争に向けての準備をほとんど終えた。あとは切っ掛けがあればいつ始まってもおかしくないだろうな」
ホーンビートルの素材は既に必要分を調達済み、その他の素材もスライム工場をフル稼働させ剣組と関わりのある連中から金を絞り入手済み。そしてそれらの加工も既に職人を総動員して大部分が完了している。
既に剣組は完全武装した組員を大勢揃えており、どの組が隙を晒すか町中に配置した目で見張り始めている。
「俺がここに来る際中も何人か剣組のやつを見かけた」
「一昨日にアジサイ組も間も無く戦争が始まるって言ってたし、まあ間違いないんでしょうね。それで、どうするつもり?」
期待するような視線で二人がガガを見つめる。
「俺達はザンキがやっていた事をやる」
「どういう事?」
「釣りだ」
釣り、それはホーンビートルを相手にザンキがやっていたそれだ。
「どこかにおびき寄せて戦うって事?」
「こっちが有利な地形におびき寄せて倒す。この手の作戦としては普通だな」
「それはそうでしょうね。でもその釣りをどうやってするの?」
「その辺はヤカラがくれた情報が役に立った」
ヤカラ、運悪く復活地点を彼らに人質に取られたかの男は様々な情報を絞られた後に剣組に返されることになった。ただし相変わらず復活地点は奪われたまま、要するに剣組の内部で流れる情報を得る手段にさせられたのである。
ガガはここに来る前に武器等を作る職人の元やスライム工場などを視察に行く傍らヤカラの元へ行きタイムリーな情報を得て来たところなのだ。
「曰く、今の剣組が探しているのは他の組の幹部クラスの連中らしい」
「何でまた?」
「身柄を確保して相手の士気を下げる為だろうな」
「寧ろ士気が上がりそうじゃない?」
「お前ぐらい殴られたら殴り返す、みたいな奴ばかりならそうだろうがな」
溜息をつかれ灯夜は思わずカチンと来て拳を握ったが、隣にいた千里がそれを止める。
―――え、私間違ってる?
彼女はそんなことを思ったが、このようなバーサーカーじみた考えの持ち主ばかりだとすれば人間が社会を形成する事はきっと出来なかった事だろう。
「確かによくも人質なんぞ取りやがってと奮起する奴もいるだろうが、幹部クラスの奴が捕らえられるんだぞ? 余程自分に自信があるやつでも無ければそんな相手に逆らいたいと思うか?」
「あ、そっか。二の舞になるかもしれないんだ」
「下っ端からすれば雲の上にも見える幹部連中がそうなるんだ、ビビって当然だろ」
要するにザンキの狙いは士気の低下と共に起こる戦力低下だ。逃げ腰の連中を狩るのは非常に楽だ。そしてそういう連中を虐殺する事でザンキの名はより大きな恐怖の象徴となる事だろう。
「しかしまあ、他の組の連中はそれを察してるんだろうな。今の所剣組の網には誰もかかっていない」
「……あ~、つまりその幹部に変装でもしてザンキを釣ろうって事?」
「そういう事だ」
一見良さそうな策と言えるだろう。現状を把握すれば釣りに必要な餌も自ずと見えてくる。あとは大急ぎで戦う場所の選定と準備を終えれば何とかなる。
ガガと灯夜の間に漂う希望の香り、を。
「無理じゃないかしら」
千里が呆れた溜息と共に吹き飛ばした。
「変装って誰に変装するつもり?」
「誰でもいいだろ。それらしい奴ならな」
「それらしい奴って誰?」
「みんな顔を知ってる人でいいんじゃないの? 大きい組の幹部なら大体みんな知ってるでしょ?」
「……あ」
灯夜のその言葉を聞いてガガはようやく問題点に気付く。しかし灯夜はまだ気付いていないようで首を傾げるばかりだ。
「どうしたの? 何か問題あった?」
「そうか……。みんな知ってる、のか」
「みんな知ってるのが何か問題なの?」
まだ気付かない灯夜に独り言のように千里が呟く。
「みんな知ってるような顔役の方々はどこにいるのかしら?」
「どこにってそりゃ……。あ」
そして気付く。
「そっか、どこにいるか知ってるんだ」
例えばアジサイ組の若頭がどこにいるかというのはこの町に住んでいれば皆が知っている事実だ。その他の組の幹部連中も大抵の者は自分の縄張りにしている場所が決まっている。要するに剣組の連中は彼らがどこにいるかなど既に掴んでいる。しかし守りが堅く迂闊に手を出せない場所に居るから見張るに留めているだけなのだ。
そんな状況で変装してその辺に出て行ったところで誰が気に留めるというのだ。
「え、じゃあどうするの?」
その問いにガガは無言で視線を逸らした。
「冷や汗掻いてるの見えてるからね……」
呆れたような声が聞こえてくるが彼が振り返る事はない。今更無かったことにする選択肢は彼には無い、であれば他の策を急ぎ考える必要があるがまるで思い付かない。まあ仕方ないだろう。さっきまで自信満々で語っていたのだ、現状を語るなら火が点きそうな程恥ずかしい、穴があったら入りたい、だ。
故にそんな彼に助け舟を出せたならそれはもう幾らかの好感度を稼げるかもしれない。
「まあそんなわけで、私に提案があるんだけど」
そんな思惑があったかは微妙な所だが千里が彼に手を差し伸べる。まあ彼女の表情を見て彼が思った事といえば。
―――悪魔が微笑んでるみたいだな。
というあまりに失礼極まりないものだったようだが。




