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14

 一夜明けて、朝早くに起きたガガが立ち上がり軽く伸びをする。

「そろそろ行くぞ」

「どこ行くの?」

 眠たそうに目を擦りながら灯夜が尋ねる。周囲はまだまだ暗くて明かりも無しにはろくに物も見えない。こんな時間から外に出る者はそうはいないだろう。

「ザンキの所だ。しばらくはあいつに張り付くことになる」

「こんな時間から大変だねぇ」

「お前も行くんだ」

「えっ?」

 欠伸をして他人事のようにしていた灯夜の顔が歪む。

「言っただろう。お前にも手伝ってもらうと」

「……あ、私用事が」

「そんなものは無い」

「あ、ちょっ、あ~!」

 首根っこ掴まれて連れて行かれる灯夜を千里が見送る。彼女は目の前に置かれた復活地点を手で弄りながら正に他人事のように息を吐く。

「あの、姉さん。そろそろ縄を解いて頂けたりは?」

 変わらず拘束されたまま床に転がされているヤカラが千里を見上げて媚びるような笑みを浮かべてそう言った。

「か弱い乙女一人しかいないのにあなたの拘束を解いたりしたらどうなるか分からないわね」

 簡単に言い換えれば誰が解くか、そういう事だ。ヤカラに舌を嚙み切って自殺するような度胸でもあればこの状況から逃れるのも難しく無いのだろうが、試したことがあれば分かるだろう、あれは相当に苦しい死に方だ。失血か窒息で死ぬことになるだろうがそれまでの間かなりの時間を筆舌に尽くしがたい痛みや苦しみに耐えねばならない。

 要するに復活できると分かっていてもそうそう取れる手段ではないという事だ。少なくとも剣組の下っ端の太鼓持ちである彼には出来やしない。

「……俺ぁどうなっちまうんだぁ?」

 館の中に情けない声が響き渡る。千里はそれをまるで気にする様子もなく爪の手入れなどをし始めるのだった。




 町を出て森の中。ガガが灯夜を背負って薄暗い森の中を駆け抜ける。

「怖い怖い怖い怖い! こんなの聞いてない!」

「黙ってろ! 落ちるだろうが!」

 いや、駆け抜けるというのは少々語弊のある言い方だ。彼らは今、木々の間に垂れ下がる蔦で以て振り子運動の要領で森の中を飛んでいるのだ。その凄まじい勢いを見れば彼らの事を命知らずと思うのは当然の事だろう、しかしガガはこの移動方法に慣れているのか上手く蔦から蔦へと飛び移って行く。

 その途中では眼下で彼らを見上げる魔獣の姿も見られるだろう。

「なんかいた!?」

「ほっとけ、どうせ追い付けん」

 しかしガガの言う通り、過ぎ行く彼らを追おうとするものは見られず景色と同様に後ろへ消えて行く。結局、灯夜の絶叫が響き渡るのみで他は何事も無く先へ進んで行った。

 そうしてかなりの距離を進んで辿り着いたのはガガがプレートザウルスを観察していた崖の上だ。

「こんな場所に何しに来たの?」

 ガガから下りた灯夜は躊躇いなく崖際まで足を進める。日は既に昇っておりそこまで行けば新緑の森の様子が良く見えるだろう。プレートザウルスが通り過ぎて行った跡もそこら中に残っており川を下って途中から逸れてどこかへ消えて行ったのも分かるはずだ。

―――滑空の技能を持ってるからってよくそんな場所まで行けるもんだ。

 少し離れたところで立ち止まったガガはそんな事を思いながら懐から双眼鏡を取り出した。

「ザンキはまだホーンビートル狩りを続けるだろう。ただプレートザウルスが通った跡があるのは見えるな」

「そうだね」

「俺が昨日ザンキに会ったのはあの通り道からそう離れていない。つまり元々ホーンビートルの巣があった近くだな。となると奴らは巣の位置を変えているだろう」

「話が回りくどいよ」

「……ホーンビートルの巣にまたザンキは現れるから俺達は巣の近くで張っておくって事だ」

「ああ、じゃあ今は場所を移したホーンビートルを探してるって事ね……。ザンキはいつ来るかわかるの?」

「さあな。だがあいつの性格上こういうのはさっさと終わらせようとするはずだ。今日は休みになんてしないだろうよ」

 そんな話をしながらガガは双眼鏡で森の様子を見つめている。ホーンビートルの巣は川沿いの樹液が出る特殊な樹の傍に存在する。ただ、今回その付近をプレートザウルスが通った跡がありしかし彼らが争った形跡はない。プレートザウルスが背負っていた炎を吐く鳥であるサンバードの事を考えれば間違いなく周辺の木々に焼けた跡が残っているだろうし、下手をすれば恐ろしい山火事になっていても不思議はない。しかしガガが確認する限りその様子は見られない。

 そういうわけで今回はホーンビートルが巣を移動した可能性が高い。そもそもホーンビートルは樹液を吸い尽くすと適宜巣の場所を変える生態なのだ、プレートザウルスのようなあまりに大きな危険を前に移動するのは寧ろ当然の手段だろう。

 ならばどこへ行ったのか? それは簡単だ。川沿いに例の樹が存在する場所をしらみつぶしに探して行けば。

「いた」

「ザンキが?」

「違う、ホーンビートルだ」

 あっさりと見つかるわけだ。大まかな周辺の地形を把握するとガガは双眼鏡を仕舞い込む。

「行くぞ」

「え、もう?」

「ザンキに先を越されると面倒だ」

 崖を下りて川沿いへ向かう二人。昨日は滝壺の近くにプレートザウルスがいてガガはかなりの遠回りを強要されていたわけだが今日の所はその必要は無いし。そしてつい昨日までそんな危険生物がいた周辺には魔獣も寄り付かないのでここからは安全安心な旅になるだろう。

 と、思ったのだが。

「ねえ、地面が割れてるよ?」

「何?」

 それは崖下の滝壺から少し離れた位置、プレートザウルスが通った跡なのだが、地面が割れてその下の空間が露出している。

「……この辺りは地下に空洞があるのか?」

「今歩いてる辺りもやばいかもって事?」

 灯夜が思わず冷や汗を掻きながら足元を見る。一度そう疑ってしまうと今にも割れて地面に飲み込まれるのではないかと恐怖に唾を呑んだ。

「いや、プレートザウルスが通ってようやく割れたなら俺達が乗ったぐらいで割れる事は無いと思うが……。しかしこの辺にそんなものがあるなんて話は聞いたことが無いんだがな」

 ガガはひび割れた場所からその向こうを覗こうとするが地下に光源などあるはずも無く見えるのは真暗な暗闇ばかり。

「わからんな」

「あ、スライムだ」

「スライム?」

 そんなことをしているとすぐ傍を野生のスライムが通りかかる。人の頭ぐらいの大きさのそれはもしも寝ていたなら窒息死させられかねない非常に危険なそれであるが、起きている彼らにとっては大した脅威ではない。

「試し撃ちしてみようか」

 そう言って灯夜が腕に装着した自殺装置を取り出す。それは本来の用途としては彼女が何らかの理由で死なねばならない時に即座に死ぬ為のものであるが、実の所普通に前方に向けても撃てるので簡易的なクロスボウとして用いる事も出来るのだ。

「そうだな。おそらく必要になるし練習しておけ」

「おっけー」

 彼女は微妙に距離を取りながらうろうろしているスライムの方へ矢の先端を向ける。腕を伸ばし、照準を合わせ、発射のスイッチを押した。

 矢を固定していた機構が外れ強力なばねの力で矢が発射される。風を切り、宙を駆け抜けて、スライムの体液の一部を跳ね飛ばした。

「あ、外した」

 スライムは核を破壊しない限りは基本的に死ぬことはない。そういうわけで今の一撃も全体の体積が僅かに減っただけだ。しかし狙われている事を理解したのだろう、先程までは目的無くその辺りを右へ左へしていただけだったのが一方向へ向けて動き出す。

「ほら第二射だ、急げ急げ」

「ちょっと待ってよ! これ装填するの難しくない?」

 灯夜が矢を番えるのに手こずっている間にスライムが遠ざかって、は行かない。それはなぜかガガの方へ向かって、この液体生物にこの表現が適当かは分からないが、走って行く。

「……何だ?」

 位置関係的に言えば元々ガガがいた位置は切り立った崖のすぐ傍だ。そんなガガから正面方向へ少し行った場所に灯夜が、右手に少し行った所にスライムがいた。即ち、スライムの動きは寧ろ灯夜から見て若干だが近付いてさえいる。

「俺を盾にしようって腹か?」

―――んなわけないか。

 ガガ自身が言いながらそんなわけないと思ってしまうような意見だ。いくらスライムといえどそのサイズで人間に近付くのは危険だという事ぐらいは理解している。

 ではなぜそんなことをするのか? その答えは簡単だ。

「あっ!」

 灯夜が思わず驚きの声を上げた。スライムはガガのすぐ傍まで来るとその足元、先程見つけていた地面のひびの隙間へとするりと入り込んで逃げて行ったのだ。

「……は~、上手い手段を考えたもんだね」

 スライムのその行動に灯夜は感心の声を上げる。普通に逃げたところであのサイズのスライムでは人の足の速さにはまるで敵わない。それならばと人が入り込めない場所へ逃げ込むというのは上手くやったもんだと思ったわけだ。

 しかしガガの考えは違う。

「……今のやつ、もしかしたらこの下が棲み処なのかもな」

「え?」

「はっきり言ってスライムは賢い頭なんざ持ってない。じゃなきゃあんな風に工場が乱立する事もなかったさ」

「だからこの下が棲み処なの?」

「ああ。おそらくこの下の空間でどうにか生きていたのだろう、そこにプレートザウルスのおかげで、或いはそのせいでこんな風に上へ行ける亀裂が出来た。それで外へ出てみたところで俺達に出会った、とかな」

「あ~、要するに危ないやつに出会ったからお家に帰ったんじゃないかって事?」

「そういう事だ。案外この下はスライムだらけかもしれないぞ?」

 その様子を想像し顔を青くする灯夜。

「怖い事言わないでよ」

「そうだな。俺も言っててちょっと怖くなってきた」

 どんな冗談だと灯夜は思ったがガガを見ると彼も少し顔を青くしている。冷静に考えてみればそれも仕方ない、今にも割れて落ちるかもしれない岩盤の上にいるのに下にスライムが大量にいるかもなんて誰だって顔を青くする案件だ。

「じゃあ急いで行こうよ」

「ああ、さっさと行くぞ」

 さっさと、とは言ったもののやはり恐ろしいのだろう。二人共足取り慎重に、地面の僅かな異音も聞き逃さぬように川沿いを下って行くのだった。




 ホーンビートルの巣付近、樹上にて姿を隠しながらその時を待つ二人。

「ねえ、ここで本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だ。もし巣の方に何か異変があったらこの位置からならわかる」

 元々の巣の位置から更に川を下った先、例の樹液が出る樹が周囲にぽつんぽつんと点在している森の中。その中で比較的足場がまともで広い空間がある場所、を、監視できる位置に彼らは潜んでいる。

 ホーンビートルの巣はこの場所よりもう少し先にあり時折遠くの方で巨大な甲虫が舞っているのが見える事だろう。灯夜はろくに町から出たこともなく魔獣など見るのはほとんど初めてだ、それが今にもこっちに飛んで来るのではないかと気が気ではない。

「……何か、気が紛れる話でもしてくれない?」

「お前にも怖いって感情はあったんだな」

「当たり前でしょ」

「まあそう怯える事もない。ホーンビートルがこっちに来そうになってもこの距離なら俺達が逃げる方が早い。俺は気配察知の技能もあるから気付かない事も無いしな」

「気配察知……、一定距離に何かが近付いて来たら分かるんだっけ?」

「そんな感じだな。ザンキもそうだが魔獣狩りを生業にしているやつなら大抵は持ってる技能だ。それなりに便利だぞ」

 気配察知の技能、それは正に先に灯夜が言った通りの技能で身に付けた者は遠くから何か生物が近付いて来た時にそれをまるで第六感が訴えかけるかのように察知する事が出来る。それを持った相手に奇襲を仕掛けようとしても先に大まかな方角と場所を察知されあっさりと返り討ちに合う事だろう。

「便利ねぇ……。いや待って、ザンキも持ってるの?」

「ああ。俺と一緒にいる頃から普通に使ってたな」

「じゃあ私たちがいるのばれるんじゃないの?」

 それは至極当然の疑問と言える、但し気配察知を持っていない者にとって、だ。ガガは頭を掻きながら小さくそう思うよなぁ、と呟く。

「その辺は技能の不便な所だ。あれらは別に万能じゃないって事だな」

「どういう事?」

「気配察知が使えるのは相手から近付いて来た時だけなんだ」

「相手から……?」

 例えば何らかの魔獣が気配察知を持つ者を狙っているとして、背後から駆け寄ったとすればどれ程足音を消して近付いても一定の距離に入った時点で気付かれることになる。しかしある場所で待ち伏せしていた場合は手が届く距離にまで近付いたとしても気配察知で何かを察知する事は出来ない。

「今みたいに待ち伏せをしている相手に対しては気配察知の技能は無意味なんだ。実際には他にも幾らか条件があってだな……。まあ技能ってのは強力ではあるが決して万能な力じゃないって事だな」

 技能は個々人で若干ではあるが発動条件に差が存在する。例えばガガの持つ気配察知は相手から近付いて来る事とは別に自身がある程度安静の状態である事が条件として存在する。例えば全力疾走しながらどこかから近付く相手を察知する事は出来ないわけだ。

「だからザンキみたいな奴を相手にするならその技能について深く知る事は大事だ。持っている技能の種類と発動条件が分かっていれば向こうが格上だとしても戦いようはある」

「なるほど」

 灯夜は今になって初めてザンキと直接戦う、という事を意識し始めていた。これまでの彼女はそもそもそこに辿り着けるかどうかすら曖昧でそんな先のことまで考えていられなかったのだ。しかし今はガガが共にいて、彼がそこまでの筋道を立て戦おうとしている。開けた視界の中で次に自分が対面するであろう壁の姿を初めて認識できたというわけである。

「……誰か来た」

 ガガがそう呟くと周囲に緊張が走る。当然だが、町からだいぶ離れているこの付近へ来るのは相当に頭のネジが飛んでいる人間だろう。つまりそんな人間はそうそう居ないという話だ。

 つまりそこに現れるのは。

「新しい巣はこの向こうだな」

 ザンキだ。巨大な大剣を担ぎ数人の部下を引き連れて彼はやって来た。その姿を見て二人は息を殺し身動ぎ一つする事無くただただ視界に映るその姿を頭の中へ記録していく。

 この場へやって来たザンキの目的は言うまでもくホーンビートルの素材だ。そしてその為の狩場としてガガの予想通りの場所を選んだらしい。周囲の地形や足場の良さ、巣への距離などを考慮するとこの位置が最も妥当らしい場所だ。無論、徹底的に探せばこれ以上の狩場を見つける事も可能だろうがザンキはわざわざそんなことはしない。彼は己の強さに絶対の自信を持っている、たかだかホーンビートルを相手に万全を期すなど無意味な事だ。

「巣は向こうだ。とりあえず殺虫剤を撒いて一体釣って来い」

「は、はい!」

 ザンキがそう言うと周囲にいた手下たちがいそいそと動き始める。ガガもよく使う毒煙玉や事前に手に入れていたらしい樹液などを持って周囲へてんでん散り散りだ。

―――らしいやり方だな。

 ガガはそんな姿を見て心の内でそう思う。ザンキの狩りは単純明快なやり方だ。巣から適当なホーンビートルをおびき寄せて一対一で戦いその角を圧し折るだけだ。ただ巣からおびき寄せる釣りはそれなりに難しく面倒な作業でもある。そんな作業を彼がわざわざ自分でやる理由はない、連れて来た手下どもは荷物持ちもあるがこの釣りの為の人員でもあるのだろう。

 さて、その釣りが上手く行ったかどうかで言うと、半分成功で半分失敗と言ったところか。というのも。

「うわあああああ!」

 叫びながら走って来るのは先程釣りに向かったザンキの手下だ。その向こうにはホーンビートルが羽を羽ばたかせて彼を追っている。普通に走るだけでそれを振り切れるならば剣組の下っ端に収まる器ではない、つまり彼は気が付いた時には追い付かれ振り向いた時には。

「ひっ!?」

 目の前に無機質な瞳で彼を捉える甲虫の姿が映った事だろう。直後、その腹を角が突き破り鮮血を周囲に散らした後にその姿は消えて行った。

 そんなホーンビートルの勢いがそこで止まるかと言えばそんなことはない。外敵を追って巣を出て来たところで更に多くの外敵を見つけたのだ。角の威力は今示した通り、勢いそのままに外敵へ、その先頭に立つザンキの元へと飛んで行く。

―――大上段の構えか。

 ザンキは向かい来るホーンビートルを大剣を両手で持ち大上段の構えで待ち構える。その姿に灯夜などは正面から叩き潰すつもりなのかと思っていたが間合いに入っても振り下ろされる気配は無い。そのまま角の先端がザンキへ迫る、が。

「おおっ!」

 手下どものどよめきが森の中にこだまする。角が突き刺さる、そう見えたその瞬間にザンキはその構えからは想像も付かないような凄まじい体捌きでそれを擦り抜けたと錯覚させる動きで躱したのだ。そして擦れ違いざま、振り下ろされた大剣がホーンビートルの羽の先端と後ろ脚を切り裂く。

 羽を傷付けられたその虫は空中での動きを維持できず地面へ、しかし後ろ脚なしでは上手く着地も出来はしない。腹這いで地面に不時着し、しかし戦意は失っていないと言うかのように振り返りザンキを睨み付ける。

 或いは相手が駆け出しの素材屋のような者ならばその瞳に恐れを為していたかもしれないが相手が悪かった。ザンキはまるで意に介さず近付いて剣を振り下ろし角を切り取る。

「これは捨てて来い」

「へい!」

 素材さえ取ってしまえばもう興味は無いのだろう。最大の武器を失い羽も足も失ってろくに動く事も出来ないそれを下っ端共に川に流させ次の釣りを開始する。




 ホーンビートルは本来かなり危険な魔獣なのだが彼にかかればまるで流れ作業のように次々と素材が狩られて行く。

「凄……」

 その様には思わず彼を憎む灯夜からそんな言葉が漏れる程だ。実際、彼の戦闘能力はその様子を見ているだけでそこらの連中とはものが違うと分かるだろう。

 彼の基本の構えは大上段の構えだ。先手の一撃で決める事を前提とした攻撃の構えに見えるそれは、しかしそれでいて彼にかかれば相手の攻撃を躱す事も容易なのだ。既に四度ほどその構えを見せた姿を灯夜は見ていたが、どれももう躱せないと思う程の距離まで敵を引き付けてから見事なカウンターを決めている。

 灯夜は今更ながらに自分が戦おうとしている相手の恐ろしさを肌で感じていた。彼女はちらりとすぐ傍にいるガガの表情を見た。もしも彼さえもその姿に恐怖を覚えていたならば、或いは何か別の方策を考える必要があるのかもしれない、そう思っての事だ。

 しかしガガの表情からは恐怖などまるで読み取れない。

―――真剣だ。

 灯夜が彼の表情を見て思ったのはそれだ。寧ろそれ以外には何を思う事も出来ないとすら思った。ガガはただザンキの一挙手一投足を見逃すまいと瞬きすら忘れたかのようにその姿を目に収め続ける。灯夜にはそれが素材屋として培われた能力なのか、それとも彼が持つ生来のそれなのか判断も付かない。

 ただ思ったのは、もしもガガで駄目ならばそれは自分の見る目や彼の能力を責めるのではなくザンキの強さそれだけが問題だったのだろう、そういう事だった。

 そんな事を考えていたら狩りの方が一段落付いたようでザンキが残っていた下っ端連中に素材を持たせると帰り支度を始める。幾つもの角を背負わされた彼らは文句の一つも言わずその後を付いて行く。

 そんな中で不意にザンキが足を止めた。警戒するように周囲を見回す。

―――ばれた?

 ガガは気配察知の技能では自分たちは見つからないと言った。しかし彼も言った通り技能とは個々人でその効果が僅かに異なる、或いはその違いに足元を掬われたのか。そんな不安を彼女が覚えた瞬間、背中を二度、叩く感触がした。それは二人が事前に決めていた合図だ。思わず、灯夜は唾をのむ。

―――実際にやる事になるなんて……。

 背中を二度叩く合図は装置を使う合図だ。彼女の腕に付いたいざという時にスムーズな死を迎えられる装置を。大丈夫だと分かっていても自分で死ぬというのは中々に覚悟のいる行為だ。彼女はつい躊躇いがちに矢を自分の方に向けていたのだが急かすように再び背を二度叩かれる。

―――分かったってば……。

 突き刺さんばかりの勢いで矢を口の中に入れ、そのまま流れるように彼女はスイッチを入れた。

 一瞬、矢が突き刺さる痛みと感触。




 占いの館。相変わらずそこに居るのは千里とヤカラの二人だ。退屈を持て余した千里はどこからか取り出したペット用の餌をヤカラの前にぶら下げている。

「ほらほら、もうちょっと頑張ったら食べられるわよ?」

「あ、ま、も、もう少し下げてくださいよ姉御!」

「ん~、まあもう少し頑張ってみたら?」

「そんなぁ!?」

 そんな風にのんきに遊んでいる二人のすぐ傍には灯夜の復活地点が仕舞われた金庫がある。まあ要するに、

「……何してるんですか?」

 そんな場面に出くわしてしまう不幸も起こり得るという話である。

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