13
「ねえ、いつから私の家はあなた達の集合場所になったのかしら? 場所代取るわよ?」
千里の前でのんきに果実を齧る二人、ガガと灯夜はその言葉をまるで気にする風もない。気の済むまで甘くしゃりしゃりしたそれを咀嚼しやっと飲み込んで。
「まあまあそう言わず。これの借金はいくらでも増やしていいんで」
なんとまあどこの大臣かと聞きたくなる返答だ。
「ふざけんな、せめて割り勘だろ」
これにはガガもご立腹である。
「出てけって言ってるんだけど」
まあ千里からすればそういう話では無いのだが。
さて、灯夜の来ている服のポケットには復活地点である四角いキューブが入っている。例の倉庫から上手く盗み出すという最初の目的を果たした彼らは一旦千里の家にて集合と言う運びになったわけだ。
「……出て行く気はないみたいだし借金はきっちり増やしとくとして。灯夜ちゃんの復活地点を取り戻してどうするつもり?」
「まあ幾つか考えはある。とりあえずは適当な剣組の下っ端を捕まえたい所だな」
「へえ?」
「どうするの?」
「そりゃあ……」
何か言いかけていたガガの口が止まる。いや、それだけじゃない。灯夜と千里も目の前に突如発生したそれに言葉を失う。
それとはつまり、薄っすらと見える人の影だ。そしてそれは段々と濃くなって行き。
「……復活?」
何が起こっているのか理解したガガがそう言った直後、そこにろくに洗濯もしていないであろう薄汚い衣服を来た痩せ気味のどこか間抜けそうな男が現れる。
「あ、何だお前らぁぐぅ!?」
ガガの動きは早かった。男が現れるのとほぼ同時に腕を取りつつ足を払いそのまま床に転がす。そしてどこから取り出したのか魔獣の動きすらも封じられると評判の紐で手足を縛り上げた。
「な、何しやがる!?」
「うるさい黙れ」
ガガの取り出した刃が男の首元に突き立てられる。その鋭さはわざわざ説明するまでも無いだろう。その男は目の前の相手が冗談でないことを察したのだろう、唾を飲み込むとそれから口をぎゅっと結んで黙り込む意思を見せた。
「……さて、これはどういう事だ?」
ひとまずガガがそれを問うたのは千里だ。突如現れたこの男がこの場で復活したという事はさっきの様子を見れば誰にでも分かる事だ。そしえてここは千里の家なのだからあの男の復活地点がここにあるのは彼女の仕業であると考えるのは自然な事だろう。
しかし。
「それは私が聞きたいんだけど。これがあなたの策って事じゃないのかしら?」
千里は全く知らぬ態度だ。互いに睨み合う時間が僅かに続き、次の瞬間二人揃って残るもう一人へと視線を向けた。
その残るもう一人、灯夜はと言えば先程から黙り込んで冷や汗を掻きながら徐々にその場を離れようとしていたのだった。千里が目で合図を送るとガガが即座にその背後に回り込む。そして服のポケット、復活地点の膨らみがある場所へ手を突っ込む。
「あ、ちょっ、女の子の身体にそんなことするなんて!」
「黙れ蹴飛ばすぞ」
そしてガガはそれを手に取った。取り出す際に服に引っ掛かって取りこぼす、地面に復活地点が落ちてサイコロのように転がって行く。
二つ。
「あぁ! 俺の復活地点!?」
縛られている男が思わず叫ぶ。それはそうだろう、命同然の物がなぜか本来あるべきでない場所に転がっているのだから。普段のガガなら喋るなと言っていたのだから即座に黙らせるのであろうが、流石にこれには同情せざるを得ない。
「灯夜ちゃん、これは?」
千里が笑顔で彼女を問い詰める。無論、嬉しくて楽しくて笑っているわけではない、無言で圧をかけているのだ。正直に質問に答えろ、さもなくば、と。
「いや、自分の復活地点取った時に、ほら、ついでにもう一個、みたいな?」
彼女としてもまさかこんなことになるとは思っていなかったのだろう。
無数の復活地点が並んだ部屋の中、彼女は自分のを取った後に他人のそれを見る良い機会だと眺めていただけだ。そして気が付けば外で発生していた工場の中の火災、急ぎ外へと向かう際になぜかポケットに突っ込んだのである。
要するに、ただアホだっただけだ。
「どうするのよそれ……」
「す、すいませ~ん……」
心底面倒そうに溜息をつく千里、ただただ申し訳なさに小さくなる灯夜。全く顔も名前も知らない相手の復活地点を勝手に取って来たばかりかその相手が丁度復活して縛り上げましたなどこの後どうすれば良いと言うのか。適当に平謝りして飯でも奢って終わりに出来ればまあ良い方だが、それをしようにも男は今の話を聞いているだろう。どこかの倉庫から復活地点を盗んで来たなどばらされたらお終いだ。
そういうわけで男の処遇に悩んでいたわけだが、二人はふと、ガガが男の顔をじっと見つめているのに気付く。
「どうかしたの?」
「ああ……、いや、ちょっと、な」
じっと、じーっと、じ~っと、穴が空きそうなほどにガガはその男の顔を見つめる。
「に、兄さん、どうかしましたか?」
へへへ、と笑うその表情はそうやって自分よりも強い相手に媚びを売るのに慣れているそれだ。そしてそれを見たことでガガの中である事が繋がる。
「思い出した!」
「は?」
「何を?」
「こいつ剣組の下っ端だ」
「え?」
それはガガがホワイトミニマムの毛を納品しに来た日、灯夜からプレートザウルスの依頼を受けた日と言い換えてもいいが、その日に町で擦れ違いざまに因縁を付けて来た男たちがいた。その中ででかい奴の後ろで腰巾着のようにしていたのが正に今目の前で縛り上げられている男なのである。
「へえ~、って事は」
「ああ、結果的にだが手間が省けたな」
ガガと灯夜の瞳が怪しく光る。それは剣組の一員とは言え誰かの腰巾着にしかなれないような小物にはあまりにも恐ろしいものだ。
「あ、あの、兄さん姉さん、どうかお手柔らかに」
「それはお前の態度次第だな」
「復活地点はこっちが握ってるわけだしねぇ」
何とも不憫な事だ。まあ彼も強い者の腰巾着をして良い思いをして来たのだろうしここは因果応報という事で。
剣組の下っ端の男、名はヤカラと言うようだ。彼は二人からたっぷりと絞られて剣組の情報をたっぷりと吐き出させられる事となる。
「ホーンビートルの素材はまだ集まり切ってなかったのか」
「ええ、プレートザウルスのせいで計画が狂ったって言ってたもんで」
「それは嬉しい誤算だな」
ガガの頭の中では既にザンキは戦争の準備をほぼ終えている計算だった。しかしながらもう少々の猶予があるらしい。
「今頃剣組傘下の鍛冶屋が総動員で武器を作ってる所で、そっちもまだ時間が掛かるとか」
「まあザンキの事だ、死ぬまでやらせてでもさっさと終わらせるだろうがな」
「へえ、よくご存じのようで」
「剣組の拠点はどこにあるの?」
「あ~、それはその……」
「知らないんだろ?」
「え? 剣組の人間なんでしょ?」
「ザンキの事だ、信用の置ける連中以外には隠してるんだろう。こいつは下っ端もいいとこだからな、そんな詳しい話は知らん」
言いたい放題言われているヤカラだが彼からの反論はない。実際、自分より力のある者に擦り寄ってどうにか立場を確保しているような人間なのだ。孤立無援では言い返すような度胸も無いわけである。
「後はそうだな……。ザンキの技能については何か知ってるか?」
「技能ですか?」
「直接聞いたことは無くても戦ってる所を見たことぐらいはあるだろ。或いは他の連中から聞いた噂でもいい。何か知らないか?」
「そんなんでいいなら色々ありますが……。後ろから近付いたら声を掛ける前に振り返るからきっと気配察知は持ってるとか、敵対組員の攻撃をすれすれで全部避け切るぐらいの回避の技能があるとか」
「その辺は俺も知ってる。魔獣相手に何かやってたとかは?」
「そう言われましてもねぇ……。ああ、そういえば」
「そういえば?」
「昔に組がまだ小さい頃の話で。その場に居合わせたとか自慢げに言ってた奴が言ってたんですが、もの凄い数の敵対してる組の構成員に囲まれたのを纏めてぶっ飛ばしたとか。そいつは近くに居ただけなのにその時の剣圧で後ろの壁まで吹っ飛ばされたとかなんとか。そんなわけないだろってんでそんときゃ笑ってたんだが、今思うとありゃあ……」
それを聞いてガガは険しい表情を見せる。その他にも剣組やザンキについて様々に聞き出した後、とりあえずヤカラの事は放置してガガたち三人で作戦会議へと入って行く。
「で、どうなの? 参考にはなったみたいだけど」
「だいぶ厄介だな」
言いながら溜息をつくガガ。
「想定通りではあるが、俺が知っている頃よりも強くなってるようだ」
「技能が増えてるって事?」
「そうだな。剣を振ると同時に周囲に凄まじい風圧を生み出すなんて技能は持ってなかったはずだ。実際に戦う前にどうにかして一度は見ておきたいが……。そうそう使う事はないだろうな」
「剣組に関してはどうなの?」
「そっちは想定内だな。どのみち俺達は剣組を相手にはしないんだ。時間がある事だけ分かっていれば十分だ」
「でも残った組員はどうなるの?」
「ザンキがいなくなれば他の組に飲み込まれるだけだ。そして残った連中だけで戦争を起こせるほどの器は無いさ。あいつが居なくなれば戦争は起こらない、そして剣組という組が一つ消える事になるだろうな」
ガガの言葉は灯夜にとって希望的観測が混じっているようにも聞こえたが今となってはそれを信じるしかない。ザンキとの決戦までに出来る事をやるだけだ。
「となると後必要なのって何?」
灯夜の問いに対してガガは指を二本立てる。
「大きく分けて二つ。ザンキのより詳細な情報と、どうやってザンキを一人にするかその方法だな」
「拠点の襲撃とかはしないんだ」
「無茶言うな。たった三人で拠点を落とせるわけないだろ」
「勝手に数に入れないでくれるかしら?」
千里がジト目でガガを睨む。その目は場所を提供している事さえ不本意であると言わんばかりだ。
「あ~、まあとにかく。ザンキ以外は小物だとは言ったが相手にする余裕は無い、数の暴力にはどうやったって勝てはしないんだ。だから奴をどうにかおびき寄せて一人になったところを叩かないといけない」
「まあ、まだ時間あるんでしょ? おびき寄せる方法についてはみんなで考えておこうか」
「私も考えるのかしら?」
「千里さんだけが頼りなんです!」
「調子いいわね……」
千里は呆れたように両手を上げたが断らないのは既に自身も共犯者だと認めているのだろう。
「あの、お、俺はそろそろ帰っても?」
三人が床に寝転がされながら声を上げたヤカラを見る。彼は何やら不穏な気配を察したのか引き攣った笑みを浮かべてどうにか見逃してもらおうと試みる。
「まあ、色々と聞かれちゃったしねぇ……」
「この場所は気に入ってるのよねぇ。もしも剣組が襲って来たら怖いわね」
「まあ安心しろ。食事ぐらいはくれてやるさ」
当然不可能だが。ヤカラは自らの運の悪さを呪いただただ項垂れるのだった。




