12
違法スライム工場地帯。目の前にあるのはガガが以前潜入した工場ではない。この区域には無数に剣組の工場が建てられておりその中の一つを労働者の復活地点の管理用に使っているらしい。
「流石に警備は厳しそうだな」
「まあ、そうですね……」
大勢の剣組構成員が周囲を見張っている、そんな場所をガガと灯夜の二人は工場の屋上から見下ろしている。
「高い場所怖く無いんですか?」
思わず灯夜はガガに尋ねる。人間と言うのは普通高い場所を恐れて近寄らないものだ。町の建物を見ても二階建ての建物など基本的に存在しない。あるとしたら労働者のアパートの類だが落下死の危険性のある高層階は基本的に家賃が安くなっている程だ。
そんな中、工場の屋根の上というのは十分に死ぬ可能性のある高さ、いくらばれたらまずいとはいえ最初からこの場所での監視を試みるのは驚くべき度胸とでも言うべきだろう。
「恐怖はある、が、今回はばれないことが第一だ。警備は多いがこんな場所まで見てくるやつはいないからな」
警備から見ても上は死角だ。彼らにとってはまさかそんな場所に賊がいるとは思わない。ばれて弓矢で狙い撃ちにされるならまだいいが、実際には大勢で押し寄せられて突き落とされるのがオチだ。
「まあ俺は命綱があるから問題ない。これが切れるまでに自分で死ねばいいからな」
しゅっ、とガガが手を振ると刃が現れる。それは占いの館で彼が自殺した時に使用したものだ。
「こういう事はよくあるんですか?」
「こういう事が何を指してるかわからんが、長時間の観察、監視は素材屋ならそう珍しくもない。そういう意味では俺は慣れている。寧ろ……」
ガガの視線が灯夜の方へ向く。彼女は疑問符を浮かべるように首を傾げた。
「お前こそ怖くないのか? この高さが」
当然であるが灯夜もまたガガと同じ場所に居るのだ、条件は同じ。何なら後の事を考えてガガは面倒がって彼女に命綱を付けてもいない。それを考えれば彼女は震え上がってまともに喋れなくなってもおかしくない状態なのだが。
「ああ……。実は滑空の技能があるんですよ」
彼女はなんてことないようにそう言った。
「滑空? それはかなり貴重な……」
ガガはザンキと一緒に町で暴れていた頃の経験から様々な技能を持った人々と関わる事があったが、滑空に関しては噂を聞いたぐらいのものだ。思わず羨望の目を向けてしまうような技能であるが灯夜は吐き捨てるように呟く。
「それを覚えるのがもっと早ければ色々と話も変わってたんですけどね」
それを聞いたガガは滑空の技能が身に付いたのが両親と共に崖を突き落とされた後なのだと察する。
「……技能ってのはいつもそうだ。もう少し早く覚えられれば何か変わってただろうにってタイミングでやって来る」
「そうですか」
「ああ、そうだ」
そんな会話をしながら彼らが観察を続ける事一時間、警備が交代の為に入れ替わる。
「……これいつまでやってればいいんですか?」
「……本来なら交代のタイミングを完全に把握してから仕掛けるところなんだがな」
「そんな時間あるんですか?」
剣組が戦争を起こすまでどれ程の猶予があるのか彼らは知らない。悠長な事をしていればあっという間に全てが手遅れだ。
「中の構造は分かるか?」
「え? まあ、ぼんやりとなら」
「今教えろ」
灯夜は上からなその言い分に少し、いらっ、としたものの口頭で倉庫内部の構造を伝える。それを要約すれば内部はかなり単純な構造らしい。入り口から入ると正面に監視兼受付の為の部屋があり、道が左右に分かれている。その道の先にはそれぞれ幾つかの部屋がありその中に労働者や剣組の下っ端の復活地点が存在するというわけだ。
「自分の部屋は分かるか?」
「あ~、たぶん不定期に場所が変わってるっぽくて確実ではないかも。何回か死んだ時に部屋が違う時もあったから」
「入り口前の警備は?」
「どの部屋の前も結構厳重だよ。廊下に何人もいるから」
「そうか」
ガガの頭の中では話を聞きながら徐々にどうやって復活地点を奪うか形作られて行く。そしてその為に必要な物がはっきりとした。
「少し待ってろ。必要な物を取って来る」
「え?」
そう言うが早いかガガは立ち上がり駆け出したかと思うと屋根から工場同士の間にある死角に飛び降りる。
「ちょっ!?」
驚く灯夜だったが彼のつけていた命綱は十分に頑丈だったようで地面にぶつかる寸前にその動きが止まる。
「命綱をつけてるとはいえよくやるな……」
彼女はそう感心していたのだがガガの内心といえば。
―――あ、危なああああ! 何で飛び降りてんだ俺は!?
自分で自分の行動にビビっていた。戦争がいつ始まるかわからない焦燥感に加えて負け犬呼ばわりして来た灯夜への対抗心が彼を無謀な行動へと駆り立てたらしい。要するになんか格好つけてしまっただけだ。
しかしながらそれで短縮された時間のおかげですぐに必要な物を手に入れる事は出来るだろう。
ガガが工場の敷地内を抜けて行く。流石にそれほどの距離になるとさっぱり見えないので灯夜は倉庫の入り口を観察し続けていたのだが、しばらくすると命綱を辿ってガガが戻って来る。その手に工場の制服を持って。
「それって?」
「さっき監視が交代しただろ? 帰った方に因縁つけて身包み剝いで来た」
「……そうなんだ」
なんとも暴力的な手段だ。こんな男が平穏を求めているというのは何の冗談だと思わなくも無いが、おそらく彼の望む平穏は普通の者が考えるよりは荒っぽい世界なのだろう。
「で、それどうするの?」
「お前が着る」
「……何で?」
「察しが悪いな。仕方ないから説明してやろう、この俺の素晴らしい策を」
胸を張って偉ぶりながらガガはその策を説明し始める。
「まず俺がお前を殺す?」
「は?」
「そしたらお前が辿り着くのはお前の復活地点だな?」
「まあ」
「その時に俺が外で騒ぎを起こして警備の位置を動かす」
「へえ……」
「その隙にお前もその中に紛れ込んでそのまま俺を追い掛けるふりをして抜け出すんだ」
自信満々な割には中々に雑な策である。もしも持ち場を離れず復活地点がある部屋を監視する者が一人でも残ればご破算だ。とはいうものの灯夜の方にそれ以上に良い策があるわけでもない。
「なんかかなりいい加減で怖いけどやるしかないのかぁ」
「じゃあさっさと着替えろ」
「ここで?」
「上から着ればいいだろ」
「暑いじゃん」
「なら脱いで着ればいいだろ。ああ安心しろ、俺は小娘に興味は無い」
ゴンッ、と頭をぶん殴る音が高らかに響く。
その後しばらくガガは監視を続けながら背後からごそごそと聞こえる音を耳にしていた。そして、
「よし、着替え終わったよ」
灯夜のその声を合図にしたかのように振り返るとそのまま彼女が反応する間もなく喉を潰しそのまま心臓を一突き。灯夜は痛みを感じる間もなく即死するのだった。
「あの野郎! 戻ったらいっぺんぶん殴ってやる!」
人が死ぬと何も無い暗闇の空間へ送られる。そこにあるのは己の身一つのみ。そんな場所でいきなり殺された事への憤りを叫んでいるのは灯夜だ。心の準備をする間もなくいきなり襲われることがどれ程の恐怖か、戻ったらそれを教えてやると意気込んで拳を打ち鳴らす。
とはいえこの暗闇の中ではその怒りを保ち続けるのも難しい。
―――暇。
何も見えず何をする事も出来ないその場所で数分も経てば頭の中はそれで埋め尽くされて来ることだろう。とりあえず復活してからの動きを何度かシミュレーションなどしてみるも少々時間が余ってしまったようだ。段々と時間と共に本当に戻れるのかの不安も出てくる頃だが、どうにかこうにかそれを考えぬように意識を逸らす。
そして。
「お?」
唐突に視界が切り替わる。場所は倉庫の中、無数の復活地点が置かれている部屋の中だ。
―――私の復活地点は……。
周囲に視線を動かしそれを探す。
復活地点は四角い手のひらサイズでキューブ状の形をしている。金槌で叩こうが溶岩に落とそうが壊す事は出来はしない。暗闇の空間の中で再び人が死を選んだ時にのみそれは砕け散って二度と修復出来なくなるのだ。
他に特徴を挙げるならば、それらは全てが同じ見た目なのだが不思議と本人には見た瞬間にその復活地点が自分の物だと理解できることだろうか。この感覚を言葉で言い表すのは難しいが、例えば無数の手が目の前にあったとしても自分と繋がっている手が当然自分の物だろう、そういう感覚だ。自分の復活地点はまるで繋がっている身体の一部のような感覚があるのである。
―――あった!
そういうわけで灯夜はすぐに自分のそれを見つけて懐にしまう。問題はここからだ、このまま外に出ようものならすぐさま警備の者により所持品検査が行われるだろう。復活地点の持ち出しは剣組の法によれば厳罰だ。復活地点を深い湖にでも沈められた上で殺される事になるだろう。そうなればその先は、あまり考えたくないものだ。
一応、彼女の格好は警備の制服を着込んでいるのでお仲間と思われることはあるかもしれない。しかしそれが復活地点の持ち出しを誤魔化せるほどのものでは無いのは当然だ。はてさてどうしたものか、彼女は誰のものかもわからない復活地点を一つ手に取って眺める。
ある意味ではその四角い塊はその人の命そのものだ。本来彼らはそれを剣組に差し出す事で服従を誓った事を示している。
―――あとは向こうが騒ぎを起こしてくれるはずだけど……。本当に大丈夫なんでしょうね。
不安に駆られた彼女は手に持ったそれを眺めつつ扉に耳をぴったりとくっ付けて騒ぎを待つ。いや、待つつもりだったと言うべきか。
「ん?」
既に外が騒がしい。扉を僅かに開けて外を見るとそこは火の海だ。
「はぁ!?」
「あ、おい! お前死んだのか!? 何でもいいから火を消せ! 水持って来い!」
すぐ傍に警備がいたが彼は制服だけを見て仲間だと勘違いしたらしい。まあ見ればわかる非常時だ、燃える廊下に居ながら正常な判断を求めるのは酷というものだろう。
「分かった! すぐ戻って来る!」
「頼むぞ!」
その男は燃えにくい素材の衣服を火に被せてどうにか鎮火させようとしているらしい。流石に無茶だろうと思いながら彼女は外へ向かって走り出す。流石に工場が全焼するのは見ていられないが実の所わざわざ自分が火を消しに行く必要は無いと彼女は知っている。
上部を通る配管、その中には緊急時の為に水が通っている物がある。その栓が誰かの手によって開けられた。
「うわっ、何だ?」
走る灯夜の背後からそんな声が聞こえた。原因は分かり切っている、彼女の上にも降り注いでいる水、スプリンクラーの散水だ。その水によって火の手は一気に抑えられ工場がこれ以上燃え上がる事は無いだろう。そして濡れながら工場から出てくる灯夜の事を不審に思う者もいない。
―――工場から出れたかぁ……。後は。
彼女がきょろきょろと周囲を探すと仮面を付けてマントで身を隠す如何にも怪しい男を見つける。
「あそこに怪しい奴がいるぞ!」
「何!?」
彼女のその声に反応し皆が指差された方を見る。その頃には謎の男は既に走り出していた。
「捕まえろ!」
警備の者達が我先にと走り出す。何せか復活地点を守っている倉庫に侵入されてあまつさえ火を点けられたなどとんでもない醜聞だ。もしもザンキまで話が行ってしまったなら自分たちの首がどうなるか分からない。それならばせめて下手人だけは捕まえなければ、そう思うのは人の性だろう。
そしてそうなってしまえば灯夜の方は楽だ。後ろの方から彼らに付いて行き適当な所で道を逸れて身を隠す。それだけで簡単に逃走完了である。
「疲れた~」
人の気配の無い路地裏で大きく息つく彼女は制服をそれと分からぬよう着崩す。ポケットに突っ込んだ手でそこに復活地点があるのを確認するとそのまま占いの館がある方へと歩いて行くのだった。




