第9話 冒険者ギルド
第9話 冒険者ギルド
翌朝。
宿屋の窓から差し込む朝日で、クロエは静かに目を覚ました。
柔らかなベッド。
温かい食事。
安全な屋根。
久しぶりに、まともな睡眠を取れた気がする。
クロエはゆっくり身体を起こす。
そして、窓の外へ視線を向けた。
自由都市ロレント。
朝から活気に満ちている。
商人達の怒鳴り声。
荷車の音。
魔導機関の駆動音。
王都とは違う。
混沌としているが、どこか生きやすい空気があった。
(……さて)
クロエは静かに思考を整理する。
これから先、生きていく為には、新しい身分が必要だった。
ハートフィリア公爵令嬢という立場は、既に捨てた。
今後は、自分の力だけで生きていかなければならない。
生活費も。
移動手段も。
全部だ。
その為に必要なのが――。
「冒険者、ね」
クロエは小さく呟いた。
事前に書庫で調べている。
冒険者は流れ者でも、孤児でも、犯罪歴があっても登録可能。
身元確認もほとんど無い。
そして。
冒険者証は、公的な身分証として扱われる。
国境越えも可能。
依頼を受ければ金も稼げる。
さらに。
(魔物討伐は、魂喰らいとも相性が良い)
魔物の魂。
それを吸収すれば、魔力回復にも繋がる。
今のクロエにとって、冒険者はかなり都合の良い立場だった。
「……まずはBランク辺りを目指しましょうか」
そこまで行けば、かなり自由に動ける。
クロエは黒いパーカーへ着替えると、そのまま宿屋を後にした。
⸻
ロレント冒険者ギルド。
巨大な石造りの建物だった。
入口を開けた瞬間。
酒と汗の臭いが流れ込んでくる。
中は、ほとんど酒場のような空気だった。
冒険者達が騒ぎながら酒を飲んでいる。
武器。
鎧。
怒鳴り声。
笑い声。
獣人。
ドワーフ。
エルフ。
傷だらけの傭兵。
如何にも危険そうな連中ばかりだ。
そして。
クロエが入った瞬間。
空気が少し変わった。
「……お?」
「何だ、あの嬢ちゃん」
「随分良い女じゃねぇか」
下卑た視線。
値踏みするような笑み。
中には露骨に身体を眺める者まで居る。
「お嬢ちゃん、迷子かぁ?」
「ここはガキの来る場所じゃねぇぞ」
「へへっ、相手してやろうか?」
下品な笑い声。
だが。
クロエは特に気にも止めない。
無視して受付へ向かう。
すると、受付嬢が少し驚いた顔をした。
「冒険者登録ですか?」
「ええ」
「お名前を」
「クロエ」
姓は名乗らない。
今のクロエに家名は不要だった。
受付嬢は少しだけ不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。
「では、こちらが冒険者証になります。ランクはFからスタートです」
クロエは冒険者証を受け取る。
黒鉄製の簡素なプレート。
だが、これが今後の身分証になる。
(悪くないわね)
その時だった。
「よう、お嬢ちゃん」
後ろから酒臭い声が響く。
振り返ると、筋肉質な中年冒険者達がニヤニヤ笑いながら近付いてきていた。
鎧姿。
如何にもベテラン冒険者という風貌だ。
だが、目付きは完全に下心丸出しだった。
「新人だろ?」
「俺達のパーティーに入れてやっても良いぜ?」
「色々と手取り足取り教えてやるよ」
「野営の過ごし方もなぁ?」
「ギャハハハ!!」
周囲から下品な笑いが漏れる。
クロエは無言で横を通り過ぎようとした。
すると。
「おい、無視してんじゃねぇよ」
男の一人が苛立ったようにクロエの肩へ手を伸ばす。
次の瞬間。
ガギィィンッ!!
「ぐぁっ!?」
男の鎧が突然歪んだ。
金属操作。
鎧そのものが男の身体を締め上げる。
「なっ!?」
男は強引に地面へ叩き伏せられた。
床へ這いつくばる。
さらに。
腰の剣が、独りでに抜けた。
ガチャリ――と空中へ浮かび上がる。
「……っ!?」
剣先が、男の喉元へ突き付けられた。
ギルド内が静まり返る。
「お、おい……」
「今の……無詠唱か?」
「金属操作だぞ……?」
ざわめきが広がる。
クロエは冷たい黄金色の瞳を男へ向けた。
「悪いけど」
静かな声。
「他を当たってくれるかしら?」
「ひっ……!」
男達の顔が一気に青ざめる。
目の前の少女が、自分達より遥かに危険な存在だと本能で理解した。
「わ、分かった!」
「すまねぇ!」
男達は慌てて後退る。
クロエは興味を失ったように剣を下ろした。
カラン――と剣が床へ落ちる。
鎧の拘束も解除された。
男は息を荒げながら後退る。
クロエはもう男達を見ていなかった。
そのまま依頼掲示板へ向かう。
視線を向ける。
薬草採取。
荷物運搬。
下水道清掃。
ゴブリン討伐。
低ランク向け依頼が並んでいた。
(……まずは、この世界の魔物を見ておきましょうか)
クロエは静かに掲示板を眺める。
その背中を。
ギルド中の冒険者達が、畏怖混じりの視線で見つめていた。




