第10話 下水道制圧作戦
第10話 下水道制圧作戦
ロレント冒険者ギルド。
昼間だというのに、内部は酒場のような喧騒に包まれていた。
酒臭い笑い声。
怒鳴り声。
金属製のジョッキがぶつかる音。
依頼帰りの冒険者達が騒ぎながら酒を飲んでいる。
そんな中。
クロエだけは静かに依頼掲示板を眺めていた。
クロエが見ているのは、依頼同士の繋がりだった。
他の冒険者達は、危険度や報酬額しか見ていない。
誰も、依頼書同士の関連性など気にしていなかった。
だからこそ。
ロレントの地下で起きている異変へ、誰も辿り着けない。
(……妙ね)
黄金色の瞳が、複数の依頼書を順番に見つめる。
『下水道清掃員失踪』
『裏路地での不審者目撃情報』
『孤児失踪』
『港湾地区におけるオーク目撃』
『下水道調査依頼』
一見、バラバラの依頼。
だが。
クロエの脳内では、既に線として繋がり始めていた。
その時。
近くの冒険者達の会話が耳へ入る。
「最近また人が消えてるらしいぜ」
「下水道だろ?」
「オークの奴隷商人が動いてるって噂だ」
「衛兵も最近近寄らねぇしな」
クロエは静かに目を細めた。
(やっぱり、下水道が中心ね)
ロレントの下水道は巨大だ。
数百年に渡る増築と改修。
現在では地下迷宮のように入り組んでいる。
旧水路。
地下貯水槽。
廃棄区画。
密輸用通路。
人目につかず移動するには最適。
そして。
港とも繋がっている。
(人攫いの搬出ルートとしては理想的ね)
しかも、下水道は複雑に入り組んでいる。
追跡も困難。
地上からの制圧も難しい。
組織的な人攫いの拠点としては、これ以上ない立地だった。
クロエは迷わず『下水道調査依頼』を剥がした。
⸻
夕方。
ロレント下水道入口。
巨大な石造りの排水口から、腐臭混じりの湿った風が吹き出している。
通行人達も嫌悪感を露わにしながら足早に通り過ぎていく。
「酷い臭い……」
クロエは眉を顰めた。
だが。
ここなら、人目を気にする必要が無い。
クロエは静かに目を閉じる。
魂の深層。
そこに存在する99999の棺との繋がりを意識する。
「第一の棺、展開」
闇が揺らぐ。
空間が裂けるように漆黒の棺が出現した。
重々しい扉が開く。
中から現れたのは、スケルトン諜報部隊。
黒装束。
サプレッサー付き拳銃。
暗視魔導具。
完全武装の隠密部隊。
その数、二十。
「先行偵察」
命令と同時。
諜報部隊は闇へ溶けるように下水道内部へ消えていった。
続けて。
クロエは第二の棺を喚び出す。
巨大な黒鉄の棺。
扉が開いた瞬間、内部から無数の鬼火が灯る。
「第二の棺、解放」
現れたのは。
百体のスケルトン歩兵隊。
黒い戦術装備。
自動小銃。
弾帯。
軍靴。
現代兵器で武装した異形の軍勢。
青白い鬼火だけが暗闇の中で静かに揺れている。
生者の気配は無い。
呼吸も。
感情も。
ただ、主の命令を遂行する為だけの死兵。
クロエは地図を広げながら命令する。
「十個分隊へ分散」
「交差点を制圧しながら前進」
「諜報部隊の情報を常時共有」
カチャリ。
百を超える銃器が一斉に構えられる。
「制圧開始」
その瞬間。
百体の死兵が、一斉に動き出す。
統率の乱れは一切無い。
まるで、一つの巨大な生物のようだった。
死の軍勢は音もなく下水道へ侵入していった。
⸻
下水道内部は、巨大な迷宮だった。
湿った石壁。
濁った汚水。
錆びた鉄格子。
崩れた旧水路。
そして、闇。
普通の人間なら迷う。
だが。
クロエには魂で繋がった軍勢が居た。
『第一分隊、異常なし』
『第三分隊、血痕を確認』
『第五分隊、人間の足跡を検知』
情報が魂を通して流れ込む。
複数の視界。
複数の音。
複数の感覚。
普通の人間なら脳が耐え切れず発狂していただろう。
だが、クロエは平然と処理していく。
クロエは静かに歩きながら分析していく。
「……引き摺られた跡」
血痕。
鎖の痕。
小さな足跡。
子供用の靴。
人攫いは確定だった。
壁には爪痕のような傷が残っている。
助けを求めたのだろう。
だが、その痕跡は途中で途切れていた。
『第七分隊、オークを確認』
『武装個体三』
『排除します』
次の瞬間。
――パシュッ。
乾いた小さな音。
オーク達は何が起きたか理解する暇もなく崩れ落ちた。
見張り役のオークが眉を顰める。
「……おい?」
返事が無い。
だが、暗闇の奥では。
カツ、カツ、と骨の足音だけが静かに響いていた。
暗闇。
サプレッサー付き自動小銃。
下水道では、死神そのものだった。
⸻
クロエは立ち止まる。
頭の中で、全ての情報を整理する。
血痕。
移動経路。
失踪地点。
オーク目撃位置。
そして。
地下構造。
「……ここね」
旧貯水区画。
複数の搬入口。
逃走経路も確保可能。
拠点として理想的だった。
クロエは静かに命令を下す。
「第二分隊、右水路封鎖」
「第四分隊、退路遮断」
「第六、第八分隊は側道制圧」
「……包囲するわ」
スケルトン歩兵隊が動き出す。
静かに。
音もなく。
逃走経路は、一つずつ閉じられていく。
オーク達はまだ気付いていない。
自分達が既に檻の中へ追い込まれている事に。
⸻
下水道最深部。
巨大な鉄扉の前へ、クロエは辿り着いた。
扉の向こうから、微かに悲鳴が聞こえる。
子供。
女。
複数。
クロエは黄金色の瞳を細めた。
「……見つけたわ」
その瞬間。
背後で。
百体のスケルトン歩兵隊が、一斉に銃口を構えた。
鉄扉の向こう側では、まだオーク達が騒いでいる。
自分達の終わりが、すぐそこまで迫っている事にも気付かずに。




