第11話 鋼の魔女
第11話 鋼の魔女
巨大な鉄扉の前。
クロエは静かに立っていた。
背後には、百体のスケルトン歩兵隊。
青白い鬼火が暗闇の中で揺れている。
扉の向こうから聞こえてくるのは、下卑た笑い声。
女達の怯えた悲鳴。
鎖の擦れる音。
クロエの黄金色の瞳が冷たく細められる。
「……本当に下品な連中ね」
感情的な怒りではない。
ただ、不快だった。
クロエは静かに右手を持ち上げる。
次の瞬間。
巨大な鉄扉が悲鳴のような金属音を響かせながら歪み始めた。
ギギギギギ――ッ!!
「なっ!?」
「何だァ!?」
扉の向こう側でオーク達が騒ぎ始める。
そして。
轟音と共に鉄扉が吹き飛んだ。
衝撃で地下空間に砂埃が舞い上がる。
オーク達の怒号が止まった。
そして。
青白い鬼火だけが、暗闇の中で静かに揺れていた。
⸻
扉の先は、巨大な地下空間だった。
鉄檻。
鎖。
粗末な寝床。
そして。
檻の中には、大勢の女達や子供達が閉じ込められていた。
衣服を奪われ、痣だらけになった者も多い。
皆、虚ろな目をしている。
助けを求める力すら残っていない。
何日ここへ閉じ込められていたのか。
既に諦めきったような目をしていた。
だが。
彼女達は、助けに現れた存在を見て、更に怯えた。
現れたのは騎士ではない。
青白い鬼火を灯した骸骨の軍勢。
そして。
黒髪の少女。
「な、何だアイツら……!?」
オーク達が武器を構える。
その中心。
天井近くまで届きそうな巨体がゆっくり立ち上がった。
身長三メートルを超える怪物。
赤黒い皮膚。
分厚い筋肉。
巨大な牙。
そして、全身から溢れる闘気。
ハイオークだった。
クロエは静かに目を細める。
(……なるほど)
(これが指揮官個体)
ハイオークはクロエ達を睨みながら低い声を響かせる。
「……侵入者か」
知性がある。
しかも高い。
ハイオークは即座に周囲へ命令を飛ばした。
「盾を構えろ!!」
オーク達が一斉に鋼鉄の盾を並べる。
密集陣形。
その瞬間。
「撃て」
クロエの命令と同時に、スケルトン歩兵隊が一斉射撃を開始した。
轟音。
火花。
銃弾の嵐。
地下空間が閃光で白く染まる。
薬莢が床へ雨のように降り注いだ。
だが。
ガガガガガガガッ!!
盾が銃弾を弾く。
ハイオークは咆哮した。
「突撃ィィィッ!!」
オーク達が一斉に突撃してくる。
巨大な棍棒。
戦斧。
怒号。
接近戦。
スケルトン歩兵隊の弱点だった。
戦斧が振り抜かれる。
次の瞬間。
スケルトン歩兵の上半身が吹き飛んだ。
別のオークが突進し、死兵達を粉砕していく。
骨が砕け、青い鬼火が宙へ散る。
それでも死兵達は止まらない。
クロエは冷静に戦況を分析する。
(近接戦では不利)
(防御力も足りない)
その時。
ハイオーク本人が前へ出た。
銃弾が巨体へ降り注ぐ。
だが。
分厚い筋肉と脂肪。
更には闘気が銃弾を受け止める。
肉へめり込んだ弾丸が弾き出される。
そして。
巨大な戦斧が振り下ろされた。
轟音。
石床が砕ける。
複数のスケルトン歩兵隊がまとめて吹き飛ばされた。
「……硬いわね」
クロエは静かに呟く。
すると。
オーク達の一部が檻の中へ飛び込んだ。
女達の首へ剣を突き付ける。
「動くなァ!!」
「撃てばコイツらを殺すぞ!!」
泣き叫ぶ女達。
だが。
クロエの表情は変わらない。
「馬鹿ね」
「……あ?」
次の瞬間。
オーク達の持つ剣が独りでに動いた。
「なっ――!?」
金属操作。
剣は持ち主の意思を無視して反転。
そのまま、自らの首を切り裂いた。
鮮血が飛び散る。
女達が悲鳴を上げる。
クロエは静かに新たな棺を喚び出した。
「第三の棺、解放」
漆黒の棺が空間から現れる。
扉が開いた瞬間。
十体のスケルトンが現れた。
長大な大口径狙撃銃。
異様なほど長い銃身。
スケルトン狙撃部隊だった。
「狙撃開始」
次の瞬間。
――パァンッ!!
重い銃声が響く。
オークの盾の隙間。
眼球。
喉。
正確に撃ち抜かれていく。
更には。
ハイオークの肩口が弾け飛んだ。
「グォォォォッ!?」
初めて巨体が怯む。
(貫通した)
クロエは静かに分析する。
(通常弾では無理でも、大口径なら通る)
だが。
それでもハイオークは止まらない。
肉が裂けても。
血が噴き出しても。
怪物は前進を止めなかった。
怒号を上げながら突進してくる。
クロエは更に第四の棺を喚び出した。
「第四の棺、解放」
現れたのは、五十体のスケルトン重装兵団。
重厚な装甲。
大型機関銃。
弾帯。
異形の重火器部隊。
巨大な機関銃身が回転を始める。
地下空間に、不気味な駆動音が響いた。
「制圧射撃」
次の瞬間。
轟音が地下空間を埋め尽くした。
暴風のような弾幕。
火線。
薬莢。
機関銃の嵐がオーク達を蹂躙していく。
肉が裂ける。
骨が砕ける。
闘気が削られる。
それでも。
ハイオークは前進していた。
まるで怪物。
クロエは静かに右手を翳す。
その瞬間。
地下空間中の金属が動き出した。
鉄格子。
鎖。
檻。
全てが蛇のように蠢く。
鉄扉が吹き飛び。
檻が絡み付き。
鎖がハイオークの身体を拘束する。
「グォォォォォッ!!」
巨体が暴れる。
だが、一瞬止まった。
その瞬間。
クロエは最後の棺を喚び出す。
「第零の棺」
他の棺とは違う。
禍々しいほど濃密な闇が、地下空間を静かに侵食していく。
空間が歪む。
現れた漆黒の棺。
内部から取り出されたのは。
巨大な対物ライフルだった。
人を撃つ為の武器ではない。
怪物を殺す為だけに存在する兵器だった。
クロエは静かに銃口をハイオークへ向ける。
黄金色の瞳が、真っ直ぐ標的を捉える。
呼吸は乱れない。
指先だけが静かに引き金へ触れた。
金属操作。
弾丸へ超加速を付与する。
空気が軋む。
銃身が悲鳴のような音を立てる。
周囲の空気が圧縮され、白く爆ぜた。
魔力が一気に削られていく。
だが。
クロエは止めない。
「終わりよ」
引き金が引かれる。
次の瞬間。
空気そのものが破裂した。
マッハ二十。
超高速で撃ち出された弾丸が、ハイオークの眉間へ直撃する。
一瞬。
世界が静止した。
そして。
ハイオークの頭部が木っ端微塵に吹き飛んだ。
轟音の余韻だけが地下空間へ残る。
オーク達は硬直していた。
自分達の将が、一瞬で消し飛んだからだ。




