第8話 自由都市ロレント
第8話 自由都市ロレント
朝焼けが、東の空を淡く染め始めていた。
長時間の移動を終えた魔導列車が、ゆっくりと巨大な駅へ滑り込んでいく。
ロレント中央駅。
王国東部最大級の商業都市――ロレントの玄関口だった。
クロエは窓の外を静かに眺める。
王都とは空気が違う。
巨大な魔導広告塔。
煙を上げる工房地帯。
飛行型の配送ゴーレム。
駅前には、既に多くの商人や冒険者達が行き交っていた。
獣人。
ドワーフ。
エルフ。
様々な種族が当たり前のように歩いている。
王都のような格式張った空気は無い。
代わりに。
金と欲望の匂いが満ちていた。
「……嫌いじゃないわね」
クロエは小さく呟いた。
実力と金が全て。
そういう街の方が、よほど分かりやすい。
⸻
ロレントの裏通りは、朝方だというのに妙な熱気があった。
表通りでは扱えない品物。
違法薬物。
禁制魔導具。
盗品。
様々な物が密かに取引されている。
クロエはフードを深く被ったまま、薄暗い路地を進んでいく。
(やっぱり、大都市の闇市場が一番都合が良いわね)
ハートフィリア家から持ち出した宝石類は高品質だ。
普通の質屋では、そもそも買い取れる規模ではない。
それに。
王都近辺で売れば足が付く。
ならば。
身元の特定が難しい大都市の闇市場が最適だった。
クロエは、古びた看板の店へ入る。
店内には煙草と酒の臭いが充満していた。
カウンターの奥では、中年の男が細い目を向けてくる。
「……珍しい客だな」
男はクロエを一目見て、値踏みするように笑った。
「家出してきた貴族令嬢か?」
「だったら?」
クロエは淡々と返す。
男はニヤついた。
「忠告してやる。こういう場所じゃ、綺麗なお嬢ちゃんは長生き出来ねぇぞ」
「そう」
クロエは小箱を取り出し、中身をカウンターへ置いた。
店主の目付きが変わる。
「……ほぉ」
宝石。
しかも最高級品。
王都貴族でも上位層しか持てない代物だった。
店主はすぐに理解する。
本物だ。
だからこそ。
(これは買い叩ける)
そう考えた。
「金貨三十枚ってとこだな」
クロエは無言で店主を見る。
そして、小さくため息を吐いた。
「市場価格の三割以下で?」
「……」
「王都産高純度ルミナイト。しかも王室御用達工房製。加工費込みなら最低でも金貨百二十枚は下らないわ」
店主の顔が引き攣る。
完全に素人令嬢だと思っていた。
だが。
目の前の少女は、相場を理解している。
「……チッ」
「ちなみに、この石は南方産。最近輸入量が減ってるから市場価格も上がってるわよ」
「お嬢ちゃん、何者だ?」
「交渉相手の素性を探るのは三流よ」
店主は苦々しい顔をした。
完全に主導権を握られている。
そして。
「……金貨九十六枚だ」
「良いわ」
市場価格の八割。
闇市場では破格だった。
クロエは少しだけ口元を緩める。
(上出来ね)
店主は金貨袋を渡しながら、呆れたように笑った。
「とんでもねぇお嬢ちゃんだな」
⸻
店を出た後。
クロエは静かに裏通りを歩いていた。
そして。
背後の気配へ気付く。
(……付いて来てるわね)
四人。
足音。
呼吸。
殺気。
隠れる気も無い。
典型的な路地裏のごろつきだった。
「よう、お嬢ちゃん」
男達が下卑た笑みを浮かべる。
「随分儲かったみてぇじゃねぇか」
「貴族令嬢ってのは本当だったか」
「奴隷商に売れば、かなり高く売れそうだなァ?」
クロエは小さく息を吐いた。
「……大都市だからかしら」
治安が悪い。
いや。
金が集まる場所ほど、こういう連中も湧く。
クロエは懐から数枚の金貨を取り出した。
男達が怪訝そうな顔をする。
「……は?」
次の瞬間。
クロエの黄金色の瞳が淡く光った。
金属操作。
魂と鋼の魔女が持つ権能。
クロエの指先で、金貨が宙へ浮かび上がる。
「なっ――」
そして。
音速で射出された。
――バシュッ!!
「がっ!?」
「ぐぇっ!?」
金貨が弾丸のように男達の身体を貫通する。
額。
喉。
胸。
骨すら砕きながら、凄まじい速度で撃ち抜いた。
一瞬だった。
男達は何が起きたか理解する暇すら無く崩れ落ちる。
クロエは静かに歩み寄る。
「治安は、あまり良くないわね」
小さく嘆息する。
そして。
男達へ手を翳した。
闇が揺らぐ。
魂喰らい。
死者の魂を吸収し、自身の生命力と魔力へ変換する魔女の権能。
黒い靄が男達の死体から浮かび上がり、クロエの身体へ吸い込まれていく。
熱が広がる。
魔力が満ちる。
そして。
肉体が僅かに軽くなる。
(……少しずつ、馴染んできてるわね)
クロエは静かに目を細めた。
闇属性の肉体。
魔女の魂。
少しずつ同調が進んでいる。
⸻
「さて」
クロエは空を見上げる。
既に朝日は昇っていた。
列車移動で身体が少し痛い。
しかも、ここから先は馬車や徒歩移動も増える。
野宿すら覚悟しなければならない。
「……今のうちに休んでおきましょうか」
クロエは表通りへ戻る。
雑貨屋。
魔導具店。
食料店。
クロエは必要な物を次々と揃えていった。
携帯食料。
水袋。
薬。
ランプ。
火起こし用魔導具。
鍋。
食器。
携帯テント。
旅を生き抜く為の最低限の装備。
貴族令嬢らしからぬ買い物だった。
⸻
そして。
夕方頃。
クロエは、小さな宿屋へ辿り着いていた。
「いらっしゃい」
受付に居たのは、優しそうな中年女性だった。
奥では、恰幅の良い主人が料理を作っている。
「一人かい?」
「ええ」
「旅人さんかい? 最近は物騒だから気を付けなよ」
その何気ない言葉に、クロエは少しだけ目を瞬かせた。
普通の善意。
打算の無い言葉。
それが少し新鮮だった。
「……ありがとう」
クロエは小さく答えた。
⸻
夜。
宿屋の温泉。
湯気が静かに立ち昇っている。
クロエは肩まで湯へ浸かり、ゆっくり息を吐いた。
身体から力が抜けていく。
こんな風に、何も考えずに休むのは久しぶりだった。
「……悪くないわね」
小さく呟く。
窓の外には、ロレントの夜景が広がっていた。
まだ追跡は終わっていない。
教会も。
王家も。
いずれ動き出すだろう。
それでも。
今だけは。
クロエは静かに目を閉じた。
束の間の平穏を、味わうように。




