第78話 勘違い
第78話 勘違い
黒岩ダンジョン攻略から数日後。
クロエとユナは、ジンと別れて屋敷への帰路についていた。
夜の森は静かだった。
本来ならば。
「疲れたぁ……」
ユナが大きく伸びをする。
ウェアウルフの身体は人間より遥かに頑丈だが、それでも長期間に渡るダンジョン探索は疲労が溜まる。
「流石に今回は長かったわね」
クロエも苦笑した。
収穫は大きかった。
貴重な素材も手に入ったし、黒岩ダンジョンも攻略できた。
だが今はそれよりも柔らかいベッドで眠りたかった。
そんな事を考えながら森を進んでいた時だった。
クロエの足が止まる。
「……何これ?」
視線の先。
森が壊れていた。
大木が何本も薙ぎ倒されている。
地面は抉れ。
あちこちが焼け焦げていた。
まるで軍隊同士が激突した戦場跡のようだった。
「え?」
ユナも目を丸くする。
二人は無言のまま先へ進んだ。
すると。
地面に見覚えのある兵士達が転がっていた。
グール兵。
クロエ直属のアンデッド兵団である。
骨は砕かれ。
身体は切り裂かれ。
完全に戦闘の跡だった。
クロエの表情が険しくなる。
「何かあったわね」
その瞬間。
近くの影から一体のグールが現れた。
グール諜報兵団。
屋敷周辺を監視している精鋭部隊だった。
「報告」
クロエが短く命じる。
グールは片膝をついた。
そして戦闘の経緯を説明し始めた。
迷霧の突破。
冒険者パーティーの侵入。
吸血鬼討伐依頼。
キールとの戦闘。
無名の剣豪の介入。
そして冒険者達の捕縛。
全てを聞き終えたクロエは額を押さえた。
「はぁ……」
深い溜息が漏れる。
屋敷そのものに被害は無い。
それは良かった。
だが問題は別だった。
「迷霧を突破できる人がいるのね……」
面倒だった。
非常に面倒だった。
今まで誰も辿り着けなかったのは迷霧があったからだ。
それを突破する者が現れた。
つまり今後はもっと強い者達が送り込まれる可能性がある。
「頭痛くなってきた……」
「クロエ様?」
「帰ったら詳しく話を聞くわ」
嫌な予感しかしなかった。
⸻
屋敷へ戻ったクロエは休む間もなくキールを呼び出した。
応接室。
キールはいつものように優雅な笑みを浮かべていた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
クロエはソファへ腰掛ける。
そして単刀直入に聞いた。
「それで?」
「何があったの?」
キールは説明を始めた。
吸血鬼討伐依頼。
迷霧の突破。
屋敷への侵入。
戦闘。
無名の剣豪による制圧。
そして現在は地下牢に拘束中である事。
話を聞くほどクロエの頭は痛くなっていく。
「地下牢?」
「はい」
「連れて行って」
キールは少しだけ首を傾げた。
反応が想定と違う。
だがクロエの命令なので従った。
⸻
地下牢。
重い鉄扉が開く。
そして。
クロエはその場で固まった。
「……何してるの?」
地下牢の中央。
千手怨霊ミサが満面の笑みを浮かべていた。
「ほらほらー!」
「まだ吐かないのー?」
無数の腕。
そして。
くすぐられている冒険者達。
「や、やめっ……!」
「ひゃはははははっ!」
「も、もう無理ぃ!」
「アハハハハハハッ!」
「言うからぁ!」
「ひぃぃぃぃぃ!」
地下牢は地獄絵図だった。
特にカノンは涙目になっている。
クロエは遠い目をした。
嫌な記憶が蘇る。
自分もやられた。
忘れたくても忘れられない。
「……ミサ」
「あっ」
ミサが振り返る。
「クロエだー!」
「やめなさい」
「はーい」
即終了だった。
冒険者達が心底救われたような顔をする。
クロエはゆっくりキールを振り返った。
「キール」
「はい」
「これは?」
キールが少したじろぐ。
「侵入者でしたので」
「目的を吐かせようかと……」
クロエは深く溜息を吐いた。
「私達は別に悪の組織じゃないのよ?」
「不法侵入は悪い事だけど」
「尋問なんてしなくていいから」
キールがしょんぼりした。
褒められると思っていたらしい。
⸻
その時だった。
「……クロエ?」
声を上げたのはエリスだった。
クロエが振り返る。
エリスは信じられないものを見るような顔をしていた。
「クロエ・ハートフィリア……?」
「え?」
「私を知ってるの?」
クロエが首を傾げる。
エリスは絶句した。
知らない訳がない。
三大公爵家。
ハートフィリア公爵家の長女。
第一王子の婚約者。
そして悪女と噂される少女。
だが。
エリスの知るクロエは違った。
虚弱体質。
魔術学園の落ちこぼれ。
政治の道具として扱われる公爵令嬢。
そんな印象だった。
しかし目の前の少女は違う。
吸血鬼。
ウェアウルフ。
アンデッド軍団。
無名の剣豪。
怪物達の中心に立っている。
まるで魔王だった。
「なんで公爵令嬢のアンタが……」
思わず漏れた言葉。
クロエは困った顔をした。
「色々とあったのよ」
全く説明になっていなかった。
⸻
その後もしばらく事情聴取は続いた。
吸血鬼討伐依頼。
迷霧突破。
屋敷への侵入。
全てを聞き終えたクロエは肩を竦める。
「まぁ」
「勝手に入ったのはあなた達が悪いわね」
全員が黙る。
反論できない。
「でも」
クロエは少し考える。
本当なら記憶を消したい。
だがそんな便利な魔法は持っていない。
殺す気もない。
だから結論は一つだった。
「もう終わった事だし」
「帰っていいわよ」
地下牢が静まり返る。
「……え?」
ノーラが間抜けな声を漏らした。
「帰っていいって言ったの」
「また侵入したら怒るけど」
「今回は解放する」
誰も言葉を失った。
吸血鬼。
アンデッド軍団。
魔王候補。
そんな連中の本拠地を見た。
それなのに。
帰れと言われた。
誰も予想していなかった。
⸻
だが。
カノンだけは別の事を考えていた。
(帰れば報告義務がある)
(そうなれば次はもっと大規模な討伐隊が来る)
(でも……)
視線の先。
クロエは本気で解放するつもりらしい。
少なくとも悪意は感じられなかった。
(何かがおかしい)
そう思った。
吸血鬼の屋敷。
アンデッド軍団。
魔王候補。
そのはずなのに。
目の前の少女は悪人に見えない。
(調べる必要がある)
この屋敷を。
クロエ・ハートフィリアを。
そして無名の剣豪を。
もっと深く。
知る必要があった。
カノンは静かに口を開く。
「待って下さい」
その一言で。
全員の視線が彼女へ集まった。
――続く。




