第77話 魔王候補
第77話 魔王候補
黒岩ダンジョンを攻略した後。
クロエとユナ、そしてジンは冒険者ギルドを訪れていた。
受付前はいつも通り騒がしい。
依頼を受ける冒険者。
討伐報告をする冒険者。
酒臭い男達の怒鳴り声。
そんな喧騒の中で、受付嬢だけは異様に緊張した顔をしていた。
「確認が取れました」
「黒岩ダンジョン攻略を正式に認定します」
周囲がざわつく。
ダンジョン攻略は国家規模の功績だ。
まして黒岩ダンジョンは長年未攻略だった。
「そして」
受付嬢が新しいギルドカードを差し出す。
「クロエ様は本日付けでAランク冒険者へ昇格となります」
一瞬。
ギルド内が静まり返った。
そして次の瞬間。
歓声が上がる。
「Aランク!?」
「マジかよ!」
「まだ若いだろ!?」
「黒岩ダンジョン攻略組だぞ!」
クロエは新しいギルドカードを受け取った。
ランクそのものに強い拘りはない。
だが。
それでも少しだけ嬉しかった。
思わず口元が緩む。
「おめでとうございます」
隣でジンが微笑む。
「ありがとう」
クロエも自然と笑みを返した。
「今夜はお祝いニャ!」
ユナが尻尾を振り回す。
「ご馳走ニャ!」
「ケーキニャ!」
「肉ニャ!」
「食べる事しか考えてないじゃない」
クロエが苦笑する。
その様子を見てジンも笑った。
「じゃあ僕も参加させて――」
そこまで言って。
ジンの表情が止まった。
視線が遠くを見る。
何かを感じ取ったようだった。
「……あ」
「どうしたの?」
「すみません」
ジンが申し訳なさそうに頭を掻く。
「急用を思い出しました」
「また改めてお祝いしますね」
「え?」
クロエが首を傾げる。
だが次の瞬間。
空間が揺らぐ。
ジンの姿が光に包まれた。
「それでは」
瞬間移動。
そして。
ジンの姿が忽然と消えた。
残されたのはクロエとユナだけだった。
「な、なんなのよ……」
クロエが唖然とする。
「変な人ニャ」
「今更?」
クロエは溜息を吐いた。
「はぁ……」
「私達も帰りましょう」
「屋敷でゆっくり休みたいわ」
ユナも大きく頷く。
「賛成ニャ!」
二人はギルドを後にした。
⸻
一方その頃。
ジンは王都から離れた森の中を歩いていた。
静かな夜だった。
木々の間から月明かりが差し込む。
普段なら心地良い時間だった。
だが今のジンは別の事を考えていた。
「クロエさんか……」
思わず呟く。
不思議な少女だった。
強い。
間違いなく強い。
それなのに。
どこか抜けていて。
警戒心も薄くて。
危なっかしい。
そして。
「可愛らしい子だったな」
思わず苦笑した。
フードの下の素顔は結局見られなかった。
少しだけ残念だった。
「次はちゃんと話してみたいな」
そんな事を考えている自分に気付き、また苦笑する。
それにしても。
どうして彼女は弱い振りをしているのだろうか。
あれほどの実力があるのに。
何か事情があるのかもしれない。
考えながら歩いていた時だった。
不意に。
背後から気配を感じた。
ジンの足が止まる。
ゆっくり振り返る。
そこには一人の男が立っていた。
金色の瞳。
派手な服装。
そして。
人間ではない圧倒的な魔力。
「また貴方ですか……」
ジンが露骨に嫌そうな顔をした。
「前にも言いましたが」
「僕は魔王にはなりませんよ?」
男。
強欲を司る悪魔アモンは肩を竦めた。
「そう邪険にすんなって」
「俺達はお前を高く評価してるんだぜ?」
「魔王になるってそんな悪い話じゃねぇ」
アモンは楽しそうに笑う。
「金」
「女」
「権力」
「この世界全部だ」
「全部手に入る」
だが。
ジンは心底どうでも良さそうだった。
「興味ありません」
「つまんねぇ奴だな」
アモンが舌打ちする。
「強いくせに欲が無ぇ」
「人生損してるぜ?」
ジンは無言だった。
早く帰って欲しい。
本気でそう思っていた。
すると。
アモンがニヤリと笑う。
「まぁいい」
「お前が断るなら別の候補がいるしな」
ジンの眉が僅かに動く。
「別の候補?」
「なんだ」
「気付いて近付いたんじゃねぇのか?」
アモンは楽しそうだった。
「お前と一緒にいた女」
「クロエだったか?」
「ありゃ魔王候補だ」
空気が変わった。
ジンの目が細くなる。
「……クロエさんが?」
「王都じゃ有名らしいぜ」
「魔王候補の魔女様だってな」
アモンは笑う。
「まだ弱ぇけど才能はある」
「お前と違って無理矢理従わせる事もできそうだしな」
その瞬間だった。
ジンの雰囲気が変わる。
静かだった森が震えた。
空間そのものが軋む。
「クロエさんに……」
低い声。
「手を出すつもりですか?」
アモンの笑みが深まる。
「安心しろ」
「殺すつもりはねぇ」
「仲間になって貰うだけだ」
「少し強引にな」
沈黙。
数秒。
ジンは静かに目を細めた。
「やめておいた方がいいですよ」
「は?」
「クロエさんに近付くのをです」
アモンが吹き出した。
「心配してんのか?」
「忠告です」
ジンは真顔だった。
「後悔しますよ」
「誰が?」
アモンが笑う。
ジンは答える。
「貴方が」
空気が変わった。
アモンの笑みが消える。
「へぇ……」
だが次の瞬間。
再び獰猛な笑みを浮かべる。
「そうと決まれば」
「早速捕まえに行くか」
アモンが飛び上がろうとした。
しかし、その瞬間。
森全体を囲むように透明な壁が出現した。
空間固定。
逃げ道は存在しない。
アモンの笑みが消える。
「……へぇ」
ジンはゆっくりと刀を抜いた。
亜空間から現れた黒い刀身。
夜を切り裂くような殺気が溢れ出す。
「僕が」
「貴方を行かせると思いますか?」
アモンの全身から金色の魔力が噴き上がる。
「面白ぇ」
「本気でやる気か」
二つの巨大な魔力が激突する。
森が悲鳴を上げた。
月明かりが歪む。
空気が震える。
そして。
アモンは獰猛に笑った。
「良い顔するじゃねぇか」
「ますます気に入ったぜ」
ジンは答えない。
ただ静かに刀を構える。
その瞳には。
明確な敵意だけが宿っていた。
――続く




