第74話 爆炎狼
第74話 爆炎狼
ズルリ――
キールの足元から、無数の影が溢れ出した。
黒い液体のようなそれは地面を這い、木々の根元へ絡み付きながら急速に広がっていく。
やがて一本、二本では済まなくなる。
十本。
二十本。
五十本。
数え切れないほどの影が触手となり、夜の森を埋め尽くした。
まるで巨大な怪物の巣だった。
影は蠢き、うねり、獲物を求める蛇の群れのように蒼穹の旅団へ襲い掛かる。
「来ます!」
ノーラが叫んだ。
黄金の杖を胸元へ引き寄せ、神へ祈りを捧げる。
直後。
眩い白銀の光が爆発した。
「聖壁!!」
半透明の巨大な結界が出現する。
蒼穹の旅団を守るように展開された神聖結界へ、影の触手が一斉に激突した。
ドゴォォォォン!!
凄まじい轟音。
森全体が揺れた。
結界表面へ無数の亀裂が走る。
しかし砕けない。
ノーラは歯を食いしばりながら必死に魔力を流し込んだ。
額から汗が流れる。
吸血鬼の攻撃は想像以上だった。
それでも神官として退く訳にはいかない。
「今です!」
その声と同時だった。
「了解」
カノンが腰のポーチから黒い球体を取り出した。
地面へ投げ付ける。
ボフッ!!
鈍い音と共に大量の煙が噴き出した。
白煙は瞬く間に周囲へ広がる。
数秒後には森一帯が濃霧のような煙幕に覆われていた。
視界が消える。
普通の冒険者なら自滅行為。
しかし蒼穹の旅団は違う。
事前に決められた連携だった。
敵の視界だけを奪うための戦術。
「燃え尽きなさい」
煙の向こうからエリスの声が響いた。
赤髪の魔術師が杖を掲げる。
夜空へ巨大な魔法陣が浮かび上がった。
一枚。
二枚。
三枚。
さらに増える。
十重。
二十重。
幾重にも重なった紅蓮の魔法陣が空を覆い尽くしていく。
膨大な熱量で空気が歪む。
周囲の温度が急激に上昇した。
まるで太陽が降臨したかのようだった。
「爆炎狼」
次の瞬間。
轟炎が炸裂する。
煙幕の中から十体の炎狼が飛び出した。
燃え盛る身体。
灼熱の牙。
高位火精霊にも匹敵する破壊力を持つ召喚獣だった。
狼達は一斉にキールへ襲い掛かる。
しかし。
「へぇ」
キールは楽しそうに笑った。
左手を軽く掲げる。
すると腕から流れ出した血液が空中で硬化した。
赤黒い結晶。
宝石のような輝きを放つ血液が巨大な槍へと変貌する。
「血晶槍」
ドガァァァァァン!!
血の槍が放たれた。
凄まじい速度。
爆炎狼を次々と貫いていく。
普通ならそれで終わりだった。
だが。
エリスは笑っていた。
「それ、自爆するわよ」
「ん?」
直後だった。
爆炎狼の身体が膨張する。
そして――
轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟!!
十連続の大爆発。
灼熱の爆炎が夜の森を飲み込んだ。
地面が吹き飛ぶ。
木々が根こそぎ消し飛ぶ。
衝撃波が何百メートルも先まで広がった。
爆炎の中心にいたキールの姿は完全に見えなくなる。
蒼穹の旅団全員が固唾を飲んだ。
やがて。
煙が晴れる。
そこに立っていたのはキールだった。
だが無傷ではない。
左腕が肩口から消し飛んでいた。
焼け焦げた肉。
露出した骨。
確かなダメージ。
しかし。
「なるほど」
キールは笑う。
ジュゥゥゥゥ……
肉が蠢いた。
骨が形成される。
筋肉が盛り上がる。
皮膚が覆う。
ほんの数秒。
失われた左腕は完全に再生していた。
「面白いですね」
その姿が霧へと変わる。
「エリス!」
カノンが叫んだ。
だが遅い。
キールは既にエリスの目の前へ現れていた。
紅い瞳が細められる。
「っ!?」
エリスが硬直した。
吸血鬼の右手が振り上げられる。
手刀。
それだけで岩を両断する一撃だった。
だが。
ガキィィィィン!!
巨大な大剣が割り込む。
ガイアスだった。
「好きにはさせねぇよ」
次の瞬間。
凄まじい衝撃が爆発する。
ガイアスの巨体が数十メートル吹き飛ばされた。
木々を薙ぎ倒しながら転がる。
しかし即座に立ち上がった。
その間にもノーラが動く。
「ホーリーレイ!!」
白銀の光線が夜空を貫いた。
神聖属性最上級攻撃魔法。
聖なる光がキールを直撃する。
「グゥッ!?」
初めてだった。
キールが苦悶の表情を浮かべたのは。
白い肌が焼ける。
黒煙が立ち上る。
吸血鬼の天敵。
神聖属性。
確かなダメージが入っていた。
「今!」
カノンが飛び出す。
懐から取り出した瓶を投げ付けた。
パリンッ!!
瓶が砕ける。
中身がキールの全身へ降り注いだ。
聖水。
高位神官が祝福した浄化液。
ジュゥゥゥゥゥ!!
全身から煙が立ち上る。
焼けた皮膚が塞がらない。
再生速度が目に見えて落ちていた。
「聖水か……」
キールが自分の腕を見る。
初めて眉をひそめた。
「なるほど」
「再生が阻害されますか」
その姿を見て蒼穹の旅団全員の目に希望が宿る。
効いている。
確実に効いている。
吸血鬼は無敵ではなかった。




